街角のファンファーレ

今日は久しぶりに街で買い物が出来る。

そうとわかるなり、エアリスとティファは足早に飛空艇を降りて街へ繰り出していった。二人の会話によると、流行の服やアクセサリーが揃ったファッショナブルな店があるらしい。

そして意外なことにクラウドやバレットまでもが、心なしか普段よりも浮き足立った様子で艇を降りていた。こちらは武器やら防具やらを見に行くらしい。武器を見ることは果たして楽しいのか、男性の嗜好はよくわからない。

いつになく楽しげな皆の様子に、イリスは同行を諦めた。もとよりファッションにも装備品にも、それほど興味が無いのだ。あのテンションの彼等についていける気がしない。

飛空艇に残ってのんびりしていよう。そう思ったイリスだったが、すぐさまシドに、飛空艇の整備の邪魔だと追い出された。結局、街へ行くことになるのだ。人混みの苦手な彼女は,渋々艇を降りて街へ向かった。





街へ出ることに気乗りはしていなかったが、気まぐれに商品を見ることは、彼女の心をくすぐった。可愛らしい店に足を運び、ペアになったマグカップを見付けて手に取った。お揃いのマグカップでお茶が出来たらきっと楽しいだろう。

そんなことを考えていると、店の窓からヴィンセントの姿が見えた。一人で街を歩く彼も珍しい。さしずめ、自分と同様、シドに追い出されたのだろう。

「…あれ?」

彼を追いかけるために店を出ようとしているところに、いささか奇妙な光景が目に入った。

武器屋へ足を向けているヴィンセントの少し後ろに、女性が三人、ひそひそと話をしながら彼を見ている。三人ともイリスと同じか、それ以上の年齢だろうか。いかにも流行なもの、といったきらびやかな服に身を包んでいる。彼女達は笑顔ではしゃぎながら、彼を目で追っていた。

「……」

目に入ってきた光景に、マグカップが置かれた棚の前から動けなくなった。彼女達がヴィンセントのあとについていく、それも、一定の距離を保ちながら。

「ねえ、やめようよ」

窓ガラス越しに彼女達の声は聞こえなかったが、三人の内の一人、引っ張られるようにして歩く女性の口が、そう動いているように見えた。

ひときわ可愛らしい容姿の女性の背中を、他の二人がポンと押す。女性は一度、顔を真っ赤にして二人を振り返ったが、意を決したようにずんずん歩いてゆく。

女性の向かう先には、武器屋のショーウィンドーの前で銃を眺めるヴィンセントの姿があった。

これはひょっとすると、最も見たくない場面かもしれない。

彼に限って自分を裏切るようなことはしない。そうだとわかっていても、イリスの心は穏やかではなかった。街ではよく見かける光景が、いざ自分達の身に起こるとこんなにも腹立たしいのか。

その女性はついにヴィンセントの後ろまで来て、彼の背中をトントンと叩いた。彼がそれに振り返ったことで二人の目はばっちり合った。

「……っ」

そこまで見たイリスは、ハッと息を飲んで、すぐさま店を出た。少し遠くに彼等の横顔が見える。今すぐにでも彼の元へと走っていきたかったが、何故か躊躇してしまう。

彼の瞳がほんの少しでも揺らいでしまうことを恐れているのだろうか。可愛らしく美しいあの女性に、嫉妬しているのだろうか。そんなことを考えてしまってイリスの足は止まり、見たくもない光景を視界に入れてしまう。

「あの……、よかったらこれから──」

もじもじと毛先をいじりながらヴィンセントを見つめるその女性は、イリスの目から見ても可愛らしかった。頬を染めながら上目遣いにあんな顔をするなど、自分にはできない。



一瞬眉をひそめたヴィンセントだったが、女性の意図しているところがわかったのか、一言、すまない、とだけ言ってマントを引き上げた。

誘いを断られた女性は、今度は恥ずかしさから顔を真っ赤にして身を翻した。巻いた髪をゆらゆらと揺らしながら、二人の友人の元へと駆けていった。



「ヴィンセント、」

一連のやりとりを見終えた瞬間、ほとんど涙目になりながら彼の方へ走った。

街中であることも、人混みであることも、今は気にならないし、気にしていられない。イリスはヴィンセントの胸へ飛び込み、ぎゅっと彼の背中へ手を回した。

「ヴィンセントのばか」

「ああ」

彼が悪いことはひとつもないと、頭ではわかっていた。わかっていたが、このどうしようもない感情を吐き出す方法がわからなかった。

それでも、安心させるように頭を撫でてくれる彼がとても愛しい。

「私はここにいる」

「うん、わかってる」

「イリスの居るところが私の帰る場所だ」

「うん、私も。私もだよ」

優しく、落ち着かせるような声でそう言った彼に、涙が出そうになる。彼の言葉も想いも全て抱き締めるように、彼の胸に頭を擦り寄せた。



イリスが顔を上げたとき、視界の端に、先程の女性三人が見えた。彼に話し掛けていた可愛らしいあの女性は、今のイリスとヴィンセントを見て、むっと頬を膨らませた。

見せつけようと思って彼に抱きついた訳ではなかったが、いざこうしてこの場面を見られるとばつが悪い。

「あ、えっと……」

突然ぱっと身体を離して距離をとった彼女に、ヴィンセントは首を傾げる。そして、彼も同じように先程の女性を視界に捕らえた。

名前も知らない、見ず知らずの女性にさえ気を遣ってしまう彼女が、この上なく可愛らしく思えた。見せつけてしまえばいいものを、それが出来ずに俯いて縮こまっている。

「イリス、」

彼女が出来ないのならば、自分が見せつけてしまえばいい。そう思いながら彼女の手を引いて、腕の中に閉じ込めた。


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