全てはまやかし
「おい! 持ってきたぞ!」
未だ緊張感の漂っていたその空間に、突然バレットの声が響いた。随分と急いで走ってきたのか、肩で息をしながら険しい顔をしている。
「お前ら大丈夫か?」
「ああ、ありがとう……バレット、黒マテリアは?」
「おう、ちゃんと持ってるぜ!」
それまで無言のまま立ち尽くしていたクラウドが、いつものようにバレットに話し掛ける。どう考えても様子がおかしい。口調こそ普段通りだが、先程と同じうつろな目をしている。
「ここからは俺がやる。だから黒マテリアを俺に」
「ほらよ。すげえプレッシャーだったぜ」
皆は事の成り行きを呆然と見てしまっていたが、バレットからクラウドへと黒マテリアが渡された瞬間、ようやく我に返った。
「待って! バレットだめ、クラウドを止めて!」
「なんだ? ティファがさっきクラウドに渡せって言いに来たんだろうが」
「え……私、行ってない。ずっとここにいた、そんなことしてない」
罠だったのかと気付いたときには、既に黒マテリアはクラウドの手の中にあった。
「ありがとうバレット。あとは俺が……やります」
明らかに様子のおかしいクラウドに、皆は困惑する。ルーファウス達は、何が起こるのか興味深いといった表情でクラウドを見ている。
「みんな、今までありがとう。それに、ごめんなさい」
俯いたまま話す彼に、今までのクラウドの面影はなかった。淡々と話す口調にはまるで感情が含まれていない。
「クラウドさん! しっかりしてください!」
声を上げて話し掛けるも、彼の耳にはまるで届いていないようだった。
「すみません……ごめんなさいイリスさん……特にティファさん、ごめんなさい。俺、クラウドにはなりきれませんでした」
「いや、いやよ……」
目に涙を溜めながら頭を横に振るティファも、クラウドの目には入っていないのだろうか。かつての彼はどこへいってしまったのだろう。
「クックッ、やはり私の実験は成功していたのだ」
喜びを抑えきれないという風に笑う宝条を残して、皆訳がわからず視線を交わしていた。
イリスの実験の話も、クラウドの様子がおかしいことも、宝条が喜んでいることも、理解が追い付かない。
「あいつは何者だ?」
先陣を切って聞いたのはルーファウスだった。理解できないことに苛立っているようでもあった。
「あれは5年前、セフィロスが死んだ後に創ったセフィロス・コピーのひとつだ。ジェノバ細胞と魔晄、そして私の知識と技術が生み出した神秘の生命だよ」
「そうです、それが俺なんです」
完全に別人のようになってしまったクラウドに、ティファはぼろぼろと涙を溢し始める。
「これは失敗作だったが……まあいい、このふたつのサンプルによってリユニオンは実証されたのだ」
「待て。さっきから何の話をしているんだ。リユニオンとは何のことだ」
ルーファウスが宝条を睨み付けながら話を遮った。どうやら彼は社長に秘密裏に実験をしていたらしい。
「ジェノバは身体をばらばらにされても、やがてひとつの場所に集結し再生する、これがリユニオン仮説だ。ミッドガルに保管していたジェノバのところにセフィロス・コピーは集まってくるはず、そう思っていた」
「まさかあの、首なしのバケモノのことか!?」
バレットは以前、神羅カンパニーに潜入したときに見た光景を思い出した。謎の液体に入れられた不気味なものが、厳重に保管されていたはずだ。
「その通り。しかし私の予想は外れた。神羅カンパニーのジェノバもろとも、集結のために動き始めたのだ。私はすぐにわかった、セフィロスの仕業だ。セフィロスは自らセフィロス・コピーを操り始めたのだ」
宝条が嘘を言っているようには見えなかった。彼は神羅カンパニーのため、というよりも、自らの実験のためならば犠牲を惜しまない。そんな彼が語る実験の内容は、真実味を帯びていた。
「では、神羅カンパニーのジェノバの元へ集結するのではないとしたら、セフィロス・コピー達はどこへ行くのだろう。私にはわからなかった」
「俺にもわかりませんでした」
クラウドは宝条に加担するような口ぶりで話をしている。そんな彼を見ているのは心が痛んだ。
「ただひとつわかっていたことは、セフィロス・コピー達の目的地にはセフィロスがいるはずだ、ということだ」
「そうなんです。俺、セフィロスを追っていたんじゃないんです。セフィロスに呼ばれていたんです」
弱々しい口調で話しながらやっと顔を上げたクラウドの目は、輝きを帯びることなく曇った瞳をしていた。意識を保っているのがやっと、という状態だろうか。
「セフィロスへの怒りと憎しみ。それは、俺がセフィロスのこと忘れないようにと、セフィロスがくれた贈り物」
「そんな……」
彼の話を聞いたイリスは、ヴィンセントに支えられてやっと立っている状態だった。
怒りも憎しみも、セフィロスがくれた贈り物? セフィロスの元へと集めるために、わざとそんな感情を植え付けていたというのだろうか。
「じゃあ、私……私にしてくれたことも全部……」
「俺にはわかりません、でもセフィロスがイリスさんに、忘れないようにと思って贈ってくれたんだと思います」
神羅カンパニーから逃がしてくれたことも、ブレスレットをくれたことも、お守りだと言って髪を切ったことも。全てが自分をここへ呼ぶための偽りだったというのだろうか。
ジュノンの船から連れ出してニブルヘイムの神羅屋敷へ行ったことも、神羅屋敷で食べ物を作ってくれたことも、一度だけ口付けをされたことも。愛情だと錯覚させるために彼がしたことなのだろうか。
「そんな……」
「すみません、俺には全部はわかりません。セフィロスに聞いてみてください」
茫然自失となったイリスに向かってクラウドはそう言った。彼はその洞窟のようになっている空間の上を見上げた。
そこには何か不完全なマテリアのような、ガラスのバリアのような、異様に輝く物体があった。
そこから僅かに見えたのは、目を閉じて眠っているセフィロスの姿だった。
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