第三者的視点

「あー、さっぱりした!」

「明日の朝も入っちゃおうかしら」

「お、いいねえ」

露天風呂を堪能した三人はまた脱衣場へ戻ってきた。暑い暑いと言いながら、髪を乾かしたり水を飲んだりしている。

「そういえば、上着買っておかないとね。こんな薄着で山なんか越えられないもの」

「たしかに! じゃあ着替えたら買いに行く?」

「あ……その前に、このワンピースを洗わないと」

そう言ってワンピースを握り締めたまま困惑しているイリスに、二人も眉を下げる。エアリスを抱き締めたときに付いた血で赤く染まったその服は、たしかにそのまま着て行くことはできそうにない。

「洗って乾かしてからじゃないと着られないので……二人は先に……」

先程までの楽しかった表情から一変して、彼女の顔は再び翳りを帯びていた。始めはどうしたものかと思った二人だったが、一人になりたそうな彼女の意図を汲んで、先に買い物に出ることにした。

「じゃあ、先に行ってるね」

「イリスも後で来いよ!」

「うん、いってらっしゃい」

残された部屋には静寂が訪れていた。いつもならばエアリスが傍にいたのだと思うと、再び寂しさに襲われる。泣き出しそうになるのを必死で堪えて、風呂場でごしごしと服を洗った。



ドライヤーで素早く乾かした服は石鹸の香りに包まれていたが、付着した血は完全に落とすことは出来なかった。そして、旅の途中で付いたであろう傷が思いの外多かった。

買ってもらった服が汚れていくのは悲しいことだったが、着ずに取っておくよりはましだと言い聞かせる。

僅かながら貯めていた小銭を握り締めて、部屋を出た。宿の受付の前を通りすぎようとすると、ヴィンセントが何やら店主と話しているのが見えた。

「ヴィンセントさん」

「イリス。……風呂に入ったのか?」

「はい、さっぱりしました。ヴィンセントさんも入りましたか?」

「ああ」

店主との会話を終えた彼は、店主から受け取った大きな紙を折り畳んでいる。一度ちらりとこちらを見て、少し濡れた髪を捕らえた彼の瞳が一瞬大きくなっていた。

「……えっと、それは何ですか?」

「明日登る雪山の地図だ」

彼は仲間のためにもせっせと情報を集めていたのかと思うと、やはりよく気のつく人だと改めて思い知らされる。

「イリスは何処へ行く」

「あ……薄着では体力も持たないとティファさんに言われたので、何か着るものを買いに行こうかと」

「それは良い心掛けだな。私も行こう」

彼の思いがけない提案に胸が高鳴る。一人で買い物に出るというのは寂しいものがあったし、彼と一緒ならば心強い。

「……いいんですか?」

「私も弾を補充しておく必要がある」

彼は折り畳んだ地図を懐にしまうと、宿屋の玄関へと足を向けた。入り口の扉を開けて、先に出ろと目で合図する彼は、さながら紳士のようだった。



そのまま彼の隣を歩き、店の立ち並ぶ通りへと向かう。どの服屋にも防寒に長けた服ばかり陳列されていたが、これだけ寒い地域だから当然といえば当然なのだろう。

「上着を買うつもりなのか?」

「はい、その予定です」

「……」

ショーウィンドーを見つめていたが、彼を振り返りそう答えると、彼はこちらを頭の先から爪先まで、まじまじと眺めるように見ていた。なんとなく気まずい気持ちになり、目を伏せる。

「一式買い換えた方が良い」

「えっ……でも、前にも言った通り、これはエアリスさんにもらった服なんです。それに、ヴィンセントさんにもらったズボンだって……」

「露出の多い服は防御力も劣る。それに……」

彼はこちらに近付いてくると、徐に腕を掴んだ。まじまじと腕を見ると、そのまま視線を合わせる。

「あまり傷を作るな」

「……」

たしかに、旅の道中で引っ掻いたり、転んだり、攻撃を受けたり、何かと傷は絶えない。自分でも仕方がないと思っていたことを、彼はしかし、よく見ていた。

自分ではなかなか気付けないことや、或いは気にしないことでも、彼は心配してくれているのだろうか。そう思うと、掴まれた腕が熱くなっていくような気がした。

「着ていた服を捨てろと言っている訳ではない。せめて雪山を越える間だけでも別のものを着れば良い」

「……わかりました」

そう答えると彼は満足したように腕を離した。そしていくつかの店先を眺めていたが、落ち着いた色合いの、それでいて丈夫な作りの服を扱っている店を目に止めた。

あの店に行くぞ、と目で合図した彼に続いて、自分もその店に足を踏み入れた。



「わあ……! とっても素敵ですね」

「これならば雪山も耐えられるだろうな」

二人で店内を歩いて回っていると、一体のマネキンが着ている服が目にとまった。細身のスキニーにシャツ、そして上着と、落ち着いていて大人びたものだった。

「気に入ったか?」

「そうですね、色も落ち着いているので、派手なものよりこういう方が好きです」

シックな色合いが、どこかヴィンセントの服装に似ていないでもない。だから彼もこれが目にとまったのだろうかと、ちらりと彼を盗み見れば、目が合ってしまう。

「お客様、こちらは新作でして、防寒は勿論、温度調節も可能となっております! いかがでしょう、ご試着なさってみては?」

ヴィンセントと見つめあっていたところへ、突然現れた店員になにやら説明され、あたふたしてしまう。そして強引なまでに試着室へ通されたイリスを、ヴィンセントは肩をすくめて見送った。

「お客様、いかがでしょう?」

「は、はい、ぴったりです」

試着室のカーテンを開けたイリスは、先程の服を身に付けていた。鏡を見ると、ワンピースを着ていたときよりも随分と大人びて見える。

「お客様、よくお似合いですよ!」

「あ、はは……」

わざとらしくあちこちを誉めちぎられると困惑してしまい、乾いた愛想笑いしか出てこない。なんとも居心地の悪い店内からさっさと出たいという思いに駆られる。試着を脱ごうとまたカーテンを閉めようとすれば、店員に怪訝な顔をされる。

「お客様?」

「はい……? えっと……とりあえず服をお返ししようと思うので、着替えますね」

「その服でしたら、彼氏さんからもうお代をいただきましたよ!」

「えっ?」

ぽかんとしたままカーテンを掴んでいる自分を見て、店員は何やら楽しそうに話している。

彼氏さん? お代はいただいた?

まさかウータイのときに引き続き、また彼が代金を支払ったのだろうか。なにより「彼氏さん」と言われたことが脳内で何度も再生されている。

呆然と立ち尽くしている間に、店員は先程まで着ていたワンピースとショートパンツを袋に詰めてこちらに渡した。

「イリス」

「ヴィンセントさん! またこんな……」

「よく似合っている」

「なっ……」

不意に向けられた彼らしからぬ笑顔に、申し訳なさや代金を返そうとしていたことはうやむやにされてしまった。服の代金として足りるのかもわからない小銭を彼に渡そうとしても、涼しい顔で突き返される。

「……ありがとうございます」

「ああ」

慣れない服装を見られている気恥ずかしさと、彼の笑顔を見て思わず照れてしまったことから、顔を赤くした。隣のヴィンセントは相変わらず余裕の表情で、大人な彼には敵わないと肩をすくめた。


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