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幸せを許されるなら


澄んだ青空が広がる午後。スーツに身を包み、鞄も持たずに街中を歩く一人の女がいた。

彼女はちらりと人目を気にするように周囲へと視線を向けると、そのまま大通りから外れた路地へと入っていく。路地の左右には飲食店があり、狭い路地にはダンボールやゴミ袋がいくつか積み重ねられている。

彼女は一人その細い道を歩き、通り抜けることなく足を止める。ぴたりと壁に背を預けるように立ち、路地の先から顔を出すと、少し先にある建物をじっと見つめる。そこは電子機器を作っている会社だった。


「五島さん?」


前方にばかり意識を向けていたところへ、背後から声をかけられる。足音も立てずに突然名字を呼ばれたことに驚いたのは一瞬。それが誰の声なのかを瞬時に理解した彼女は、内心安堵しつつ、後ろへと振り向く。

「降谷さん、風見さん。こんにちは、お疲れ様です」

笑顔でそう挨拶して会釈をする彼女に、目の前の男二人、降谷と風見は困惑の表情。だがすぐに降谷は目を細めて彼女を睨む。

「FBIのあなたが、何故こんなところに?」

「それは多分、あなた達公安と同じです」

じとりと睨まれながらも先程と同様に笑顔で返す彼女に、さらに眉を寄せる降谷。そんな二人の様子に、風見は戸惑っていた。


彼女――五島櫻はFBIの捜査官であり、降谷が毛嫌いしている赤井秀一の部下である。

そして同時に――この姫を睨みつけている降谷の恋人だ。


「何か動きは?」

「いえ、今のところ何も」

短くやり取りを終えて、降谷も櫻同様に先程の会社を監視する。

櫻は赤井に頼まれて、組織が目をつけそうな技術者に目星をつけては、こうして監視しているのだ。それは公安である二人も同様で、今回のように現場で出くわすのもこれが初めてではない。

風見は、目の前で同じ対象を監視している二人を見る。風見自身、櫻が降谷の恋人だということは知っているが、櫻が赤井の部下のFBIだということを降谷が態度には出さないものの、密かに気にしていることも知っているため、複雑な面持ち。

顔を合わせればこんな雰囲気の二人がどうして恋人になんてなったのかは知らないが、降谷の態度を欠片も気にした様子を見せない櫻の態度にも、そんな二人に板挟みにされている自分の立ち位置にも、風見は溜息をつきたくなるのを我慢した。


そんな自身の部下の思いも知らず、降谷は自身とは反対側の壁に背を預けている櫻をちらりと見る。

降谷個人としては、FBIなんて危険な仕事は辞めて普通に生きてほしいと思っているが、櫻には櫻の信念があることも分かっているため、強くは言えずにいた。

一方で櫻もまた、自分を心配してくれる降谷の気持ちも分かってはいるが、そんな降谷の方こそあまり危険なことはしないでほしいと思っている。けれど命懸けの潜入捜査をしている彼に、そんなこと言えるはずもなく。

風見が気にしていた降谷の態度も、櫻は自分が赤井の部下なことから表向きの風当たりは冷たいが、二人きりになるとその態度を謝ってくれるから特に気にしてはいなかった。櫻はただ、赤井とは違う形で正義を貫く降谷の信念に、その姿に、どうしようもなく惹かれたのだ。


そのとき、コツ、と足音が耳に入る。監視をしていた会社に近づく一人の人物を視認すると、三人の空気も緊張感に包まれる。

やってきたのは、上から下まで真っ黒のスーツに身を包んだ恰幅のいい男――ウォッカだ。

やがて会社から一人の男性が出てきて、ウォッカと何やら話をしている。その男は櫻達が目星をつけていた技術者だった。ウォッカは男に対して組織に協力するよう交渉しているらしいが、男は断りの言葉を口にすると建物内へと戻っていく。

残されたウォッカはやれやれといった表情で、来た道を戻っていった。あの様子ならまた来るだろう。


「戻るぞ、風見」

その言葉にはっとして降谷を見ると、彼はもう既に会社の方を見ておらず、風見を先頭に公安に戻ろうとしていた。すると、そのとき――。


「今夜、電話する」


すれ違い様に耳元でたった一言だけを言い残し、姫の方を振り返ることもなく立ち去ってしまう降谷。耳元に感じた降谷の声に、櫻は一人胸を高鳴らせていた。




***



夜になり、まだ本庁に残っていた降谷は休憩がてら廊下に出る。自動販売機で缶コーヒーを購入すると、その場で壁にもたれながらプルタブを開け、口に含む。降谷の頭に浮かぶのは昼間にも会った自身の恋人である、櫻のこと。


(まさか、あんなところで会うとはな)


櫻と出会ってしまったことで、よりにもよってFBIの、それも赤井の部下を好きになってしまったことを悔しく思っている降谷。

けれど櫻自身は降谷と赤井の関係を知っているくせに全く気にしていない様子で、二人で会うといつも『降谷さん! 降谷さん!』と、まるで犬が尻尾を振っているかのように純粋に自分に好意を向けてくれる。そんな彼女を思い浮かべ、ついくすりと笑ってしまう降谷。


(櫻はいつもまっすぐに気持ちを向けてくれるのに、俺ばかりが意地になって。何をやっているんだ)


先程、櫻の前から立ち去るときに風見にも「いいんですか?」と心配されたことを思い出す。

降谷は潜入捜査をしている身で、いつどこで組織に見られているか分からない以上、あまり外で頻繁に櫻と会うことは彼女の身の安全を考えれば極力避けるべき。だから外では表向き、櫻と会っても冷たい態度で接するようにしている。そのことは櫻自身も分かっているはず。だが。


(さっき会ったっていうのに、もう櫻に会いたい)


FBIだから、赤井の部下だからと意地になる気持ちもあるが、本当は自分も、いつもふとした瞬間に会いたいと思っていることに気づく。

会いたいと思っても相手はFBI。お互いの立場と自分の意地が邪魔をして、なかなか素直になれない己に、無意識に息をつく。

(たまには、素直になってみるか)

そう思い立つと缶コーヒー片手にスマホを取り出し、昼間約束した相手へと電話をかける。すぐに通話が繋がり、相手の声が耳に届く。


『降谷さんっ!?』

「俺以外に誰がいる。着信相手は見てるだろう?」

『う、あ、はい。すみません。嬉しくて、つい』

降谷の想定通り、櫻の第一声はとても嬉しそうなもので、降谷はつい呆れた物言いをしてしまう。はっとした様子で謝ってくる櫻に、降谷もはっとして口を閉ざす。

外で会っていないときでもこんな態度では駄目だ、こんなことではこの態度が常となってしまうと、降谷は言葉を探す。


「……今日、悪かったな。あんなこと言ってしまって」

この言葉に今の発言のことも含まれていることは、降谷だけが知っている。すると電話の向こうの櫻、もう何度聞いたかも分からないその台詞にくすくすと笑う。何故笑われたのかは分からないが、不思議と嫌な思いはしなかった降谷は、その続きを待つ。

『まさかあそこで降谷さん達に会うとは思ってなかったから、びっくりしました』

「俺も驚いたさ」

『でも』

「でも?」

『ちょっとだけでも久しぶりに降谷さんに会えて、嬉しかったです』

「……次はすぐに会えるさ」

『え?』

「今度、久しぶりに二人で出かけないか? もちろん、あいつには内緒で」


櫻に会いたいと思っていた降谷は、気がつけば自然とそう口にしていた。突然のお誘いに嬉しくなって即答する櫻に、今度は降谷がくすくす笑う。

スピーカー越しに聞こえてくる声が本当に嬉しそうで、仕事の合間のそんな些細なやり取りが幸せで、この電話の向こうで嬉しそうに笑っているであろう櫻の表情を思い浮かべては、降谷も笑顔になっていた。



***


数日後。降谷とのデート当日。待ち合わせ時間の一時間前というタイミングで、櫻の上司に呼びつけられ、櫻は上司がお世話になっている工藤邸へとやってきた。

「突然呼び出して悪かったな、櫻」と、悪いだなんて欠片も思ってなさそうな表情と声音で言うのが姫の上司、赤井秀一である。今の彼は見た目は沖矢昴、声は赤井秀一というアンバランスな状態だが、櫻にとってはそんな彼にはもう慣れたもの。

「例の男はあれからどうだ?」と、件の技術者の捜査についての進捗を訊かれ、櫻も仕事モードへと切り替える。


「あれからもまたウォッカが声をかけてるようです。そのたびに断ってるんですけど、そろそろ彼の身も危険かもしれません」

「奴らに気づかれないように、早めに保護した方がよさそうだな。その件は俺がジョディとキャメルに頼んでおくから、今日は“ゆっくり”してくるんだな」

「はい! 行ってきます、赤井さん!」

よそ行き用の服装をしている櫻にそう言う赤井だが、櫻は特に深く考えずに言葉の通りに受け取ると、笑顔で出ていった。その姿を見届けて、赤井はふと口元を緩める。

「……ああいう清楚な服装なら、降谷くんも気に入るだろうな」

そう楽しげに笑うと、コーヒーを淹れにキッチンへと姿を消した。


そして待ち合わせ場所に着くと、目立つ降谷とはすぐに合流出来た。淡い水色のワンピースに、薄手の白い七分丈のカーディガンという服装の櫻を見て、降谷は「今日も可愛いな」と、さらりと褒めて目を細める。

嬉しそうにはにかむ櫻を見ていると、ふと降谷の赤井センサーが発動したのか、櫻とは違う人物の匂いを感じ取る。途端に眉を寄せ、少し屈んで距離を詰めてはすんすんと櫻の匂いを嗅ぎ始める降谷。当然、その行動に櫻の顔は色を持つ。


「えっ、ふ、降谷さん!?」

「……俺と会う前に、あいつと会ってたのか?」

不快そうな表情のまま上目遣いで訊いてくる降谷に、うっと言葉を詰まらせる櫻。

「しょ、しょうがないじゃないですか! いきなり呼ばれたんですから。上司に呼ばれたら断れませんよ。それに、降谷さんの名前も出しませんでしたよ」

(まさかあいつ、今日のことを察して……? まさかな)

「降谷さん?」

「いや、何でもない。行こうか、櫻」


そう降谷も切り替えて、櫻と並んで歩き出す。当然のように車道側を歩いてくれる降谷に、櫻は内心嬉しさでいっぱいだった。

初めて降谷と会った頃は、赤井の部下のFBIということで、赤井と同様に冷たい態度をとられていたというのに、今はこうして自分と同じ感情を向けてくれ、恋人として隣を歩いてくれる。それだけで幸せなのだ。

なかなか自由に会えないのは寂しいが、あまり二人一緒にいるところを見られるのも困るだろうと、降谷の気持ちも分かっているので仕方ないと妥協している。だからこそ、こういう些細なことで幸せを感じるのだ。

そしてそれは降谷も同じ。あまり会えないのに恋人らしいことをなかなかさせてやれないことを、密かに気にしていた。こんな自分にいつまでも気持ちを向けてくれるだなんて甘い考えだと分かっているからこそ、何か櫻が喜んでくれることをしてあげたいと思う。


(握り返してくれるといいんだが……)

そう思ってそっと手を差し出してみると、嬉しそうにすぐ握り返す櫻。そんな櫻に、降谷はどうしようもなく幸せな気持ちが込み上げてくる。


(あいつの部下とか関係ない。ただ、この子が俺に笑いかけてくれる瞬間があれば幸せだと思える。そんな関係を、壊したくない。いつでも会える関係じゃないが、俺を想ってくれるときの櫻が幸せな気持ちでいてくれたなら、それだけで俺も幸せだから)


「櫻、どこか行きたいところあるか?」

「え? うーん、そうですねえ……」


幸せすぎて涙が滲みそうになるのをごまかすように、そう言って降谷は櫻の手を握る手に力を込めた。





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相互サイト『まちぼうけ』の高城凜さまより頂きました。

「赤井さんの部下の女の子と降谷さんのロミジュリ的なお話、赤井さんに隠れてデート、ふんわり赤井さん要素」という私のざっくりリクエストをこんな素敵なお話にしてくださって嬉しい・・・・!
というかリクを受けることはあっても、リクをするのは・・・・数年ぶり?でした。わぁぁあ、なんかこう多幸感がすごい。この気分を自分も誰かに贈れていたらいいんですけど。
個人的にニマニマポイントは降谷さんのすれ違いざまの「今夜、電話する」です。きゃー!!降谷零そういうとこある!すぐそうやってイケボと素敵シチュで胸キュンさせるんだから!
お持ち帰りOKということだったので、満を持してGIFTページを開設しまして飾らせていただきました。わーい!
映画一年延期の悲しみは、これで癒された・・・・!
高城さま、本当に本当にありがとうございました。





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