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45:Lemon #02


そこからは文字通りのおにごっこだった。ふらりふらりと、現れては消える最上宗一を迅はひたすらに追いかけていた。幽霊なので、物理法則なんてものがない。が、もとよりトリオン体もそれに近い動きをする。姿が消えているのはカメレオンだとでも思えばいい。
迅のほかには誰にも視えない。ただ、春が。迅の未来を懸命に視ては指示をくれた。もうこんなことやめて、ゆっくり話をすればいいのにとことあるごとに漏らしてはいたが概ね彼女は協力的だ。
春を抱えて、あちらこちらへと走り回る。

『最上さん』は相変わらず『最上さん』のままで。あの頃と何一つ変わらない。
追いかける背中をつかもうとして、迅は走っていた。



追いかけていった先は、警戒区域もほど近い場所にあるさびれてしまった神社だった。長い階段を春を抱えてまた登ろうとしたら、ゆっくり歩いて登るよと丁重に辞退された。もうここまで抱えてきたのだし、そもそもトリオン体の迅にとってはさして重くもないのだ。それでも春は「ゆっくりあがるから」と地面に足をついて、階段の先を指さした。その指した先には、最上がいた。視えていないはずなのに。
最上が鳥居の向こう側で笑っている。




階段を上がりきったところで、最上が立っていた。「おにごっこは終わり?」と皮肉もこめて言う。

『そうだな』

「・・・・ここに来るまでに、色々視えたよ。三門にはべったり死の気配が張り付いてる。よくこんなとこに春さんいるよね」

どろりとした、形をとるともいえない塊が、そこかしこに淀みとなっている。あれは迅たちの選択の結果だ。大勢を《見殺し》にした、自分たちの《罪》だ。あんなふうに、視えていたなんて思わなかった。春は、本当のところボーダーをどう思っているのか。
あんなものが視えていたら、聡い彼女はきっと気が付く。ボーダーの、後ろ暗い過去を。
あの本部を建てるまでに、積み上げてきた罪の大きさを。
ここはお前にはよくない、とそう言っていたのは彼女の能力面における保護監督を務めている人物だった。三門はいいとこだよ、と彼女は答えていた。迅はそれを聞いてほっと胸をなでおろしたけれど。

――ソーイチから聞いてた通りのところだった。

そう言っていたのだ。


『でもなぁ』


指さすのは、眼下に広がる三門の街だ。夕焼けに、照らされてボーダーの本部が赤く燃えているようだった。


『綺麗だろ?』

「・・・・・」

『いいとこだよ、三門は。俺は、この街が好きだった』

過去形で話す最上に、胸がいたんだ。そうだ、この人はもう今を生きていない人なのだ。

『ここから、この時間に見下ろす街の景色が、好きでたまらなかった』

初耳だった。迅はここに最上と来たことはないのだ。いつ来ていたのか、それを最上が話す気配はなかった。今、聞かなくてはもう二度と聞けないかもしれない。そうは思ったが、迅は聞かなかった。すべてを知る必要はないのだ、と言っていた春の言葉を思い出していた。秘すれば花、ってね。と笑いながら。


『お前がさー、成人したらここで二人並んでくだらない話しながら飲み明かすのが夢だったんだよ』


その夢は、かなわなかったじゃないか。
言葉にならない。そんなことを言うためにここまで連れてきたのかと思うとたまらなかった。知らなければよかった。最上が、何を思って死んでいったかなんて。
叶わなかった。
かなえられなかった。
それは、迅の手落ちだ。全部を、選べる道を見つけられなかった。


「お、またせ、しましたっ」


ひたすらに、最上を見ていた迅はかけられた声に肩をはねさせた。春が、息せき切って、階段をのぼりきってきていた。


「はい、どうぞ」

差し出されたのは、コンビニのビニール袋だ。それをぐいと押しつけて、春は「あー、疲れたもう走れない」と階段の一番上に、ぐったりと座り込んだ。
袋の中を迅は覗いた。入っていたのは、


「・・・・・ビールと、ぼんち?」

「ここ、私も来たことあるよ。ソーイチがよく見てた景色だから」


ビール頂戴、と春が手を伸ばしたので、迅は袋の中から一本の缶ビールを出して渡した。一緒に入っていたのは紙コップだ。びりびりと袋をあけて、紙コップを二枚取り出すと、そこにビールを注いだ。
迅を春が手招く。階段に並んで座った。春には視えていないだろうけれど、二人の一段前あたりに最上が座っていた。


「ソーイチのと、ユーイチ君のね」とビールの入った紙コップを渡された。最上が嬉しそうに顔を緩めて『さすが春ちゃん』と言う。

「おれ、未成年だよ?」

「うん。だから口つけるだけね。ほら、御屠蘇とか?お神酒とか?あんな感じで。残ったのは私が飲むから」

まだわずかに残っているビールの缶を春がゆらした。

「もうじき、誕生日だし。舐めるくらいなら平気だよ――ってのは、降谷さんあたりには内緒ね?あの人厳しいからなぁ」

「おまわりさんだしね」

「にしても、ソーイチも馬鹿だなぁ。せっかくの機会なんだから、回り道せずにまっすぐここに来ればよかったのに。おいかけっこばっかりで、ちっとも話せてないし」

最上はじっと眼下に広がる街並みを眺めている。その姿が春には視えていないはずなのに、きちんと春は最上のいる方を見ていた。
ビールをちびちびと飲みながら、夕日が山際に沈んでいくのを《三人》で眺めている。

「もう元に戻っちゃうね」と春が静かに言った。
『春のおかげで夢が叶ったな』と最上が言うから、迅はもうたまらなくなってしまう。自分の膝に額をあてて、視界を塞いだ。
永遠に陽が沈まなければいいのになんて、子供じみている。


『悠一、頼みがある』


最上宗一は最後まで、マイペースに迅を振り回すのだ。


『覚えてるか?覚えてないかもなぁー、お前らまだちっこかったから。小南が《タイムカプセル》が作りたいって言ってたの』

覚えていない。一体いつの話だ。迅はふせていた顔をそっとあげた。春は聞こえてない。まだ。迅だけにしかこの声は聞こえない。


『お前や、城戸や、まぁ色々な奴からこっそり入れるものを拝借して実はやったんだよ』

それこそもう小南は覚えてないだろうからさ、と付け加えた。その悪戯を、覚えている人間は誰もいなくなってしまった。
そもそも、勝手に拝借するの事態どうかしている。


『お前のもあるよ』

「最上さんさぁ・・・・」

『悪かったって。俺も忙しくて忘れてたんだよ伝えるの』

一緒に、開ける日がくると思っていたのだ。その日が来ないなんて思いもしていなかった。

「小南、泣くじゃん」

「え、小南ちゃんが泣くの?」と春が迅の言葉に反応する。それは視てなかった・・・と言う。ということは《小南ではない他の誰か》が泣くのは視ていたということだろう。

「いや、切れるかも。風刃叩き壊されてもおれは知らないからね」

「小南ちゃんのトリガー火力あるもんね。どんまいソーイチ」

『ははっ、その時は城戸が助けてくれるだろ。俺《風刃》は聞き分けのいい黒トリガーだからな』

春がビールを飲みほした。最上の横におかれた紙コップは当然ながら少しも減ってはいない。

「一日走り回って飲むくたくたのとこで飲むビールはさいっこうに美味しい」

『確かに』

陽がくれていく。影が、どんどんのびて、それが夜のとばりにのまれていく。


『――        』


最上が、タイムカプセルの隠し場所をそっと告げた。なんてベタな隠し場所なんだと言うよりも、先に山の向こうに陽が落ちて、夜が来た。
薄暗い神社の階段にいるのは、迅と春だけになっていた。
もがみさん、と迅はかすれる声で名前を呼んだ。もう、応えは返ってこない。
ふと、春が最上のいた場所に置かれていた紙コップをとった。


紙コップをかすかに掲げると、一気に飲み干した。それから、おいてあったぼんちの袋をあけて、ばりっと一口かじりついた。
迅は、ただ、もう誰もいなくなってしまった場所をじっと見ていた。
春は、こちらを見ずにまっすぐに三門の街を眺めている。少しだけ、ためらったように口を開きかけ、また閉じて、一呼吸おいて。結局、春は小さく迅の名前を呼んだ。


「ユーイチ君」

「・・・・ん?」

「・・・・あの、ね。あー、その、」

何を言うべきか、言わないでいるべきか。考えあぐねたように、唸ってから「・・・・ぼんち食べる?」と迅とは反対側を向いたままでぼんちだけ差し出すから、思わず迅は笑ってしまった。
噴出して、笑ってしまった空気が伝わったのか、春が思わずと言った風に迅の方を見た。
目が合って、迅は春の目の中に映っている自分を見た。真ん丸に見開かれた瞳に。
ゆーいちくん、と春が迅の名前を呼ぶ。迅を下の名前で呼ぶ人は割合少ない。もっとも迅をそう呼んだ人がいなくなってからは特に。

「春さんのサイドエフェクトでは、この後どうしてた?」

もう、視えていない春に聞く。どこまで視えたのか、迅にはわからない。今、迅にしか視えてない。迅のサイドエフェクトが視ているものと、果たして同じだろうか。
春の手がゆっくりのびてきて、迅の頬をぬぐった。指先が、かすかに濡れている。


「・・・・・私のサイドエフェクトが言ってたのに、ぜんぜんうまくいかなかった。私ね、弱いんだよ、ユーイチ君の泣き顔には。笑っててほしいのに・・・それに、これ使ってね、ってさっそうと差し出して言えるようなハンカチも常備してなかった・・・さいあくだ」と春が悔しげに言うのに迅は笑ってしまう。

「最初っからうまく使いこなされてたらおれの立つ瀬がないって」

「ユーイチ君はちゃんと私の能力と付き合ってたのに」

「実力派エリートですから。でもさ、春さんだってすごいと思うけどな。あんなのがずっと視えてたら三門から逃げ出したくなんない?縁もゆかりもない街なんだし」

「・・・・縁もゆかりもあるよ。私の命を助けてくれた人の大事にしてた街だ」

「そっか」

「そうだよ。――それに、わたしも好きだよ、」

三門市はボーダーはいいとこだ、と春が言う。

「おれも、すきだよ」

「うん」と春が笑った。知ってる、と。ちっともわかってないなぁと思う。
迅が、好きなのは。大事なのは。

「……帰ろっか、城戸さんに怒られる前に」

「春さん。」

「ん?」

「………もうちょっとだけ、このまま、いていい?」

神社の階段に座り込んでいるから、じわりと地面の冷たさが伝わってくる。けれど、隣にある触れそうなくらいに近くのぬくもりが、それを和らげている。


「うん」


もうちょっとだけ、待っててもらおう。
春は、三門の街を見下ろしたまま返事をした。大丈夫、城戸司令がA級隊員を捕獲に差し向ける未来は視えていなかったから。もうちょっとだけ。
じりじり、と音をたてた古ぼけた街灯に明かりがついた。ぽつりぽつりと、眼下にも光が広がっていくけれど、ぽっかりと暗いままの場所があり、その真ん中にボーダー本部が鎮座している。時折、閃光のようなものが瞬くのは恐らくは防衛任務に当たっている誰かのトリオンだろう。
ボーダーの、今の、三門市の、これがいつもの夜だ。
この景色を、現実の最上宗一は知らない。これは彼の知らない景色だ。
けれど、変わってしまったこの街を、二人は眺めていた。




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