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39:真夜中の住人(WT長編)


春は自衛ができる人間だ。
赤井秀一仕込みの護身術は、トリオン体相手では分が悪いが、それでも生身の一般人なら軽く撃退できるレベルである。だから、迅はその"未来″を見た時、困惑した。
どうして反撃しないのか。春ならそんな奴は怖れるに足りない相手だ。何せ、銃弾飛び交うブラックな世界を生き抜いて一つ組織をつぶしてきた人なのだ。
三門市の、一般人なんて、八嶋春の敵たりえないはずだ。
なのに、なんで。

迅は、八嶋春が通り魔に襲われる未来を視た。

思わず目の前で「じゃあ、おやすみユーイチ君」と珍しくも自宅に帰ろうとしている春の腕を迅はつかんでいた。今、この手を放して見送ったら、未来が確定するからだ。春が、通り魔に襲われて、倒れる未来。生死は?と目を見開いてもっと視ようとするのに、暗がりの未来はよく様子が確認できない。このまま離さないでいたら、回避される。春は本部で眠り、翌日に何故か暗い顔で誰かと電話をしているようだった。

「・・・・・・・春さん、もう遅いし帰るのやめなよ」

ついさっき「気を付けてね」と言っていた迅が、そんなことを言い出せば春だって察するというものだ。

「・・・・なにかまずい?」
「あぶないし、もう遅いからね」

迅が送っていけばいいのか。この後のシフトが入っているのを誰かに変わってもらえば何とかなるだろうか。

「・・・・・・・・・うーん、そう、だなぁ」

春は首をひねっている。それから何故帰ろうと思ったのかという理由を指折りで数え上げていた。
ひとつには、そろそろ部屋に空気を通さなくてはと思いついたこと。ふたつには、お気に入りのマグが割れてしまったから一度かえって新しいのを取ってこようと(これはFBIのロゴが入っている)思ったこと、三つには、明日大学で会うのに諏訪へ返す本を家に置いていたのを思い出したこと。四つ、五つ、と数えていって。
どれもそれは、大したことじゃあない。大したことじゃあないけれど、と春は口ごもる。

「わたしは、帰った方が、いいような気がするんだよね」

「どうしても?」

「うーん」

さっきうたたねした時に、夢の中で自分は家にいたのだと春は言う。だからそれも相まって。遅いけれど、帰るか、と思い至ったらしい。

「どうしてもじゃなきゃ、おれはおすすめしない。というか、だめ。許可できない」

そっかぁ、と春はうなずいて「じゃあ、やめとく」と帰り支度をやめた。なのに、まだちらつく未来は消えないから迅は眉間にしわを寄せ「今夜はさ、ほんと出歩かないように」ともう一度迅は念押しした。











「あのね、春さん・・・」

迅はためいきまじりに言った。春はぼんやりと迅を見つめている。春を少しにらんだ。怒っているのだ、迅は。帰るのを辞めたはずの人が、こんな暗がりにいる。

「なんで自衛しないの。ていうか帰っちゃだめだっておれ言ったよね?なんでこんなとこにいんの?」

声にかすかな苛立ちが混じる。

「ほんとに、助けに来てくれた・・・・すごい・・・・いいなぁ」
「は?あのね、春さんおれは結構真剣に、」
「いいなぁ。」

何を言っているのか。かみ合わない。
通り魔に襲われかける春は少しも反撃しないのだ。
そもそも、この反応もおかしい。うっとりと、迅を見る。まるで別人のようだ。春はこんな顔を迅には向けない。これは誰だ。なんだ。

「いいなぁ」

こぼれるような声が、夜道に溶けて消えた。迅はじっと春の出方を待った。
ぱちり、と瞬きをひとつ春がした。すると、うっとりとした表情が消えて、いつもの見慣れた春になる。「お願い」とささやくように言う。
視えた未来に、迅は息をのんだ。
「ぎゅって、だきしめて」
表情は、春だ。けれど、この言葉は?春が?
常日頃、玉狛第二の隊員たちに「ぎゅってしていい?いい?だめって言われてもしちゃだめ?」なんて猫かわいがりする人だが、迅にこんなことは言わない。はずだ。
「・・・春さん?」
横ではまだ通り魔が転がっている。
「おねがい」
訳が分からない。それでも、願われ、請われて。迅はそっと両腕を春の腰にまわした。胸元にぽすんと春が収まる。ついさっきに視えた未来が現実になって、腕の中の人を、迅はそっと抱き寄せた。ぴったりと、くっついていたのがどれくらいの時間だったのか。たぶん、ほんの一分かそこらだ。
ゆっくりと春が腕を伸ばして、一歩下がった。それから、ぱちぱち、と瞬きして、迅を視界にとらえると春が照れたように頭をかく。いつも見慣れた、表情だ。

「あー、えっと、ごめんね・・・ユーイチ君忙しいのにお手数をおかけしまして・・・」
「反撃しないのなんで?太刀川さんにやってたじゃん・・・・・あと、さっきのは、えっと、」
「・・・あー、その、」

春があらぬ方向に視線をそらす。少しだけずり上がってしまっているスカートのすそに気が付いて、迅は乱雑になおしてやった。少しだけふれかけた素肌に視線をとられかけたのを、理性でひきはがす。腹の底でじわじわと煮立っている感情は、この肌を好き勝手に扱う変態という迅が垣間見たけれど実現はされなかった未来によって引き起こされている。回避した、けれど。先ほどまでの混乱が収まってくると、腹が立つ。どうして反撃しないのか。
もしも迅が間に合っていなかったら、そう想像するだけで胸焼けがした。世の中のSEを持っていない人たちはよくもまぁ呑気に生きていられるものだ。大切なものが目を離したすきにめちゃくちゃに扱われる可能性について、少しも感じ取れないなんて恐ろしすぎる。

「春さん」

名前を呼ぶ。窘めるように。少し、咎めるような響きが混じった。
春は困ったように眉尻をさげた。この人は、割と流されやすいくせに、変なところで頑固だ。

「さっきの、何?いや・・・・誰?」


春が目を見開く。そのまま視線がゆっくりと夜の空に向けられる。
今夜は月も雲間に隠れているせいで薄暗い。
じっと空を見つめて、それから大きく息をすって肩をなでおろした。

「だれか、憑いてたみたい・・・あー、降谷さんからね、前に頼まれてた事件の資料で確認してほしいのがあるって言われて」

それでノコノコ迅の言いつけもあったけれど、自宅へ向かっていた。途中で何かに憑かれ、そのまま通り魔に遭遇してしまった。
春は心からほっとしたような顔で笑った。

「ありがとう、ユーイチ君」
「・・・・・・おれが遅れたらどうなってたかわかってる?」
「うん、間に合ってよかった。でなきゃ、あの子も成仏できなかったろうし。通り魔、警察にもってこっか」
「・・・・・・・・・・春さん」
「あ、やばい降谷さんが連絡待ってるんだった!先にマンション寄っちゃ駄目かなぁ・・・通り魔完全に気絶してるよね?」
「あのさ、春さんおれは今、春さんの話をしてるんだけど」
「うん?わたし?」

喧々囂々と話をしている迅と春の横を痴話げんか?と不審そうな顔をした仕事帰りらしいくたびれたスーツを着た女性が通りぬけていく。
それをちらりと春が横目で見て、それからほっと胸をなでおろして息を吐いた。

「出てきて、よかった」
「良くないって。何かあったらどうすんの」
「だって、今の人、助かったし」
「・・・・・・今の?」

通り過ぎて行った女性の背中をぼんやり春は眺めていた。ほっと胸をそれからなでおろす。迅のサイドエフェクトは顔をみた相手のことしかわからないが、春はよくわからないところまでアンテナが伸びていて、こんな風に見知らぬ誰かのことを、誰も知らぬ間に助けている。その結果、自分が背負うもののリスクを度外視しすぎていることを目の当たりにして、迅はぞっとした。もしも、今日。迅が春のことを『視て』いなかったら。
春のマンションによって、それから迅が通り魔をかついで警察署に行った。近くに書類を取りに来ていたらしい降谷からも小言をくらっていたが、あまり堪えている様子もない。
春が席を外したタイミングで、降谷に「前から、ああなんですか?」と聞けば、深いため息が帰ってきた。

「あれから目を離すなよ。無茶しかしないから。まぁ無理なら早々に言ってくれ。引き取る」


乾いた笑いが漏れた。声に殺気がこもっていた。彼は春の保護者としては過激派の部類だから、迅へのあたりが割ときつい。
春の選択肢は無限にある。その中のどれを選ぶことだって春の自由だ。あちらこちらから『こっちへおいで』と手招きされている。
もしも迅が間に合わなかったら自分がどんな目にあっていたか、春はわかっていたのだろうか。誰かは助かったけれど、代わりに春が傷ついた未来だってあったのだ。迅にはそれが視えていた。起こらなかった未来は、迅の中にだけ確かな淀みとして残った。迅に視えていた、ということは起こってしまう可能性が限りなく高かったのだ。
春は自分の傷を厭わない。見知らぬ誰かの傷を、勝手に引き受けてしまう。

「・・・・・春さんさ、もうちょい自分を大事にしてよ」

「うん」

「わかってない」

「うん?」

「春さんはぜんっぜん分かってない」

「そう?でもさ、ユーイチ君がいるから」

「おれ?」

「多分ね、ユーイチ君がいて、わたしがいて、二人揃ってるから。敵無しだよ。私が一人でずたぼろになるだけだったら、きっと視えなかったと思う」

「おれは心労でやばいよ」

「それは、ごめん」

「ほんっとーにわかってる?」

「・・・・・たぶん」

「だめじゃんかソレじゃ」

「・・・・・・・で、でもさ、ひとつでも拾えるものが多いならそれに越したことないし・・・何か、ボーダーの役にたつことだったかも知れないし」

少しの沈黙の後で春は言い募る。

「いつか巡り巡っていいことあるかも。今の人が大企業の社長になって、スポンサーになってくれるかも」

「・・・・・・それは、飛躍しすぎのような」

「わかんないよー?世界はつながってるからね!二人でわらしべ長者するのも悪くないでしょ?」

迅には視えない限りなくゼロに近い未来を、隣にいる春がたぐりよせて。近づいた未来を迅が確定させれば、確かに敵はいないかもしれない。
迅は肩をすくめた。この人にはどうあったって勝てる気がしないのはこういうところだった。そうだね、と同意して。

「でも春さんが傷だらけになったんじゃ意味がないってことはちゃんと覚えてて」とくぎをさした。
呑気なまのびした答えが返ってきた。降谷を見送って、そのまま一人で自宅へ帰ろうとする春の手を引き留めた。細い手首を緩く握りこむ。一瞬、春が小さく震えたのがわかったけれど、それに怯んで引き下がったらいけないと迅は一歩踏み込んだ。

「目を離すなって降谷さんに言われたんだよね」
「えぇ?降谷さん、過保護だからなぁ」

この人を見ていたら過保護にもなる。

「今日は玉狛に泊まっていきなよ」

不審者に襲われたのだから。

「・・・・・・大丈夫だよ?」

慣れている、と春が諦めきったように笑う。

「俺が大丈夫じゃないからダメ」

迅が言うと春は目をまあるく見開いた。

「帰ろっか」

そのまま手首をなぞって握りこむ。指を一本ずつ絡めて逃げられないように。

「お泊りセット買わないと」
「途中でコンビニ寄ったげるよ」
「・・・・・・・・・うん」

春は口をもごもごと言いたいことを濁すように動かして、小さく息をついた。それから、

「ありがとう、ゆーいちくん」

と、小さくつぶやいた。視線はそっぽを向いていたけれど。

「あの子ね、すごく怖い思いをしてて――だから、最後に、優しい記憶がもっていけたらいいなって思ったんだ」

握った指先にじわりと熱がこもった気がした。

「どういたしまして。おれは春さんのヒーローなんでしょ?」
「うう・・・私がユーイチ君にヒーロー返ししたいんだけど・・・・・」

玉狛支部までの道のりを、誰にも見つからない邪魔されないルートを選んで迅はゆっくりゆっくりと、指先から伝わる熱を感じながら春と並んで歩いた。









嫌な記憶だった。
逆らえない、あらがえない、どうにもできない。ただ、ひたすらに暴力に蹂躙される。
自分の身体が、搾取される。
打ち捨てられた自分の存在のあまりのちっぽけさに、彼女は絶望していた。
誰も助けてくれない。世界は敵しかいない。
彼女の最後に見たものを、感じたものを、追体験する。

たすけて。

小さな声は誰にも届かなかった。
ガラス細工のように脆い、助けを求めた祈りはだれに届くことなくついえた。
『春さん』と迅が呼ぶ声に、胸がしめつけられる。自分はなんて幸運だろうか。
世界には酷い人間ばかりじゃない。差し出された手のぬくもりを、思い出すように手を握りしめた。
信じれるものがある。その温もりが、彼女にも欠片でも安寧を思い出させてあげていたらいいと思った。
絶望のままに、取り残された魂の欠片が、夜の闇にふわりと溶けたのを見送った。






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39:通り魔に襲われる夢主を迅が助ける話。

夢主、一般人相手だと普通に返り討ちにしそうなので、ちょっとしたホラーというか心霊話のようになりました。







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