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29.ダイヤモンドよりも君がいい (WT長編)


投げ飛ばして投げ飛ばして投げ飛ばして。
それで喜ぶ人間がまさかいるとはおもわなかった。


「太刀川くんはほんと頭おかしい」
「やろうって春さん、ちょっとだけちょっとだけ」
「男の言うちょっとは全部だって秀兄と降谷さんに問答無用で急所を狙えと言われてる」
「じゃあ全部やろ」
「正直か」

急所を狙ってみたがかわされた。太刀川はにこにことご機嫌だ。何度かは不意打ちでやり返せていたのは最初だけで、反撃が迷いなく来るとわかってからは毎度躱されている。生身でも太刀川慶は結構強いのかもしれないな、と春は分析する。

「やるなら訓練室でやろーぜ」
「トリオン量少ないから無理だってば」

無理だと言っているのに、太刀川に腕をひっぱられて引きずられる。お前押しに弱いのをいい加減にどうにかしろ、と降谷にも重々注意されているのだが、そもそもが降谷はじめとする押しの強い人に囲まれて育ったのだ。環境による慣れなのだから仕方ないと思う。誰かが妥協しないと世の中回らないのだ。

「訓練室なら仮想空間だから疑似体験でいけるし」
「……だから、私そんな強くないってば。面白くないでしょ?弱い者いじめとか」

迅のセクハラについついうっかり身体が条件反射をおこして反撃してしまうのを何とか改善したい、と太刀川にふいうちセクハラを推奨して数度。華麗に投げ技が決まること三度。四度目はうっかり流れでスタンガンをくらわしてしまい、さすがに上層部に呼び出しをくらった。太刀川が処分を受けてしまいかねない勢いだったので、正直に白状したら「君は護身術もいけるのか」と余計な情報を握られてしまった。オペレーターに対する護身術の訓練企画が持ち上げるのも時間の問題だろう。

「生身であれだけ動けるんだし」
「えぇ……」

結局引きずって行かれた。トリオン体になったことは少ない。そもそもトリオンの量が少ないのだ。
訓練室近くで遊んでいた宇佐美と陽太郎が春につきそった。春は知らないことだが、この訓練室は以前風間と三雲が対戦をした一般に観覧席までついているところだ。
結論から言えばぼこぼこにされた。瞬殺につぐ瞬殺。あまりにも実力差がありすぎる。だから言ったじゃないかと春は思った。はじめ集まっていた外野も随分と数が少なくなった。何を期待してたんだよ、と心の中で突っ込む。私は後方支援型の卵なのに!と憤慨したい。


「生身の時は反応できてたよな?」
「は?いやいや、こんなもんだってば、私は」

そろそろ飽きてくれないかな。太刀川は未だやる気らしい。変なところで探究心を出さないでいいのだが。『春さん、ダウン。勝者太刀川さん〜』という宇佐美のアナウンスを聞くのも何度目か。

「春っ!太刀川にまけてばかりとはなにごとだ〜〜!そんなんでは、たまこまのよめにはしてやれんぞ!」

ばんばん、とコンソールを陽太郎がたたく。ちょっとまて、玉狛の嫁ってなんだ。

「えっ、春さん玉狛にお嫁にくるの?だれだれ〜?誰のお嫁さん?その人メガネ似合う?」
「宇佐美ちゃん悪乗りしない!」
「おれのおよめさんにしてやりたかったが、迅のよめだからな春は!」
「おいお子様、春さんは本部の人間だから本部の嫁だろ」
「なにおうっ?」
「だって俺勝ってるし、A級1位だし」
「たちかわのよめなぞ、かわいそうなことはできん!」
「え、待って。これは私の嫁ぎ先決める戦いじゃないよね?」
「勝者は正義だろ」
「横暴か」

通信での会話で割り込む太刀川は完全に面白がっている。ばーん、と再度陽太郎は机をたたく。

「よし、春、行けーー!太刀川をぼこぼこにしてやれ!たまこまはさいきょうなんだぞ!」
「いえっさー、ボス」と笑い混じりに春も返事をした。

太刀川の大人気ない煽りのせいで半泣きの五歳児にNOが言えるはずもない。くたくたでもういい加減終わりにしてほしかったけれど、もう一戦付き合うか、と再度戦闘態勢へと入った。



市街地A、三門市を模した通常マップだ。太刀川の姿はまだ視えない。ここまで何通りものやりかたで瞬殺されてきた。春だってなすがままにやられるのは面白くはなかった。FBIと公安の師匠筋二人に知られたら、大目玉の案件だ。絶対地獄の合宿が開催される。怖い。絶対に黙っていよう、と心に決める。

目を閉じて、息を吐く。生身ではない自分の感覚をすみからすみまで確認していく。
装備は組合えるように、スコーピオンだ。反射で動く春にはスピードが命になってくる。本来なら狙撃手ポジションか、もしくはスポッターあたりをお願いしたいところだが、春の反撃を面白がっている太刀川はかくれんぼがメインになってくるポジションでの戦闘は面白くないし、と勝手な主張するので仕方なくこうなった。

見慣れた街並みで立ち尽くす。太刀川の姿はまだどこにも見当たらない。どうにも陽太郎がコンソールを叩きすぎた悪影響が出ているようだ。ぞくり、とそれまでは少しも感じなかった冷たい感覚が背筋を撫で上げていく。偽物の身体でも、こんな感覚になるのかといっそ感心した。
太刀川慶は優れた剣士だ。剣士、なんてものがこの現代でまだカテゴリとして使われるのもおかしなものだけれど、このボーダーにおいては最高の剣士で、戦士だ。戦場において、臨機応変に敵を屠る。かといって一点しか見えてないわけでなく、全体のバランスさえもきちんと図れる。馬鹿なのに。こういう人種を春は知っている。
赤井であり、降谷がそうだ。上にたち、人に指示をし、なおかつ単独での戦闘力も群をぬく。だが比較対象はどちらも学術面でも秀でていたため、太刀川というのは何とも春にしてみれば規格外だった。戦闘ばか、という人種に生まれて初めて出くわした。





「なにをやってる」

宇佐美の後ろから第三者の声が割り込んだ。ふりむいた宇佐美は、現れた人物をきらりとメガネを光らせて歓迎した。

「あ、風間さん〜!太刀川さんのわがままに付き合ってるんですよ〜」
「またか・・・・」

太刀川さんが春さんをひきずっていくのをみた、とラウンジで話している隊員がいたので様子を見に来たらしい風間は画面の中で立っている春をみた。

「経過は?」
「ここまで春さん全敗ですねぇ。全然反応できてないのはなんでなんだろう・・・・太刀川さん投げ飛ばしたときの鋭さがないんですよね。気づいたら負けてます」
「たまこまのよめがまけとはけしからんーー!!」

むきー、と叫ぶ陽太郎の頭をぽん、と風間が撫でた。
玉狛の嫁、あたりにつっこまないんだー、と宇佐美は横でにこにこ笑いながら思った。風間が迅と春をセットにしたいのは宇佐美も一枚かんでいるのでよくよく心得ていた。

「セクハラは撃退できて、戦闘はだめなのか」
「春さんトリオン体苦手っていってましたから。太刀川さんはとりあえず数こなして慣れたら面白くなるんじゃね?って繰り返してますけど、そろそろ飽きてくるころなんじゃないかなぁ。そしたらここにいると次の標的は風間さんになっちゃいますよ?」
「問題ない。課題を預かってきている」
「・・・・わー」

大学の教授に頼まれたらしい。分厚い紙の束に、宇佐美は目を細めた。参考書籍もあわせてもってきてくれているのがさすがの風間である。

「これで終わりか?」
「んー、春さんもかなりげっそりしてましたし多分」
「そうか」

風間はスクリーンを眺めた。映し出されている春は、目を閉じて道路の真ん中に立っている。旋空などオプショントリガーは禁止の単純戦闘なんです、と宇佐美が解説した。






死にそうなとき、本能に従って生き延びてきた。
本よりそういう感覚に従うのは得意だったし、赤井や降谷の実地訓練によってそれは更に体にすりこまれた。とある組織の潜入中は、それこそ、いつだって危険が隣にあった。銀髪に髪の長い黒コートの男が脳裏をよぎる。春を何度も殺しかけた男だ。
春の中にある『死』のイメージは、未だにあの男の姿をしている。
ずくり、と背中の傷あとが痛んだ気がして、春は反射的に振り返り、立っていた場所をけりあげて背後にとんだ。『死』が、追ってくる。冷たいものを飲み込んだように、身体が冷える。
――死んでたまるか。
何度も過去に心の中で叫んできた。こんなやつに、こんなところで、殺されてたまるか。
たくさんの死を見て、そして死をリアルに身近に感じるようになって。自分の声と、自分じゃない誰かの叫びに突き動かされる。誰も、死にたくなんかないのだ。


背後に倒れこみながら、スコーピオンの刃を瞬間伸ばした。
重力にしたがって、身体がたおれていく。髪がゆれた。振り返ったそこに、楽しげな顔をした男がいた。口元を思いきり釣り上げた男もまた、スコーピオンの切っ先を体をそらし、首の皮一枚で交わしていた。
フラッシュバックする。


――銀色の髪、翻る、黒い、コート。
――茶色のくせ毛と、黒のロングコート。


倒れていく体は普段であれば地面にたたきつけられるだけだ。そこから立て直せるような筋力はない。だが仮の器は、トリオン体は、違った。
続けざまに振り下ろされた弧月の刃が目の前に迫ったのを、転がるように回避し、太刀川に足払いをかけた。
どくどくと、心臓の音がするのはなぜだろう。手に汗をかいている気もした。

転がった地面ですった肌が痛む。だがそんなことを気にする間もなく次の斬撃が飛んでくるのを反射で交わした。思い描く最高の動きが、確実に再現されることに、春はいっそ感心すらしていたが、それをしみじみ噛みしめていられる余裕はない。
そのまま互いに距離をとる。
向かいあう。
太刀川の眼がらんらんと輝いているのを見て、春はひいた。





「動きがいいな・・・1対1で太刀川の初撃を交わせる隊員はA級でも多くない」

風間が身を乗り出す。

「すごーー!春さんどしたんだろ?」
「春ーー、そのままぼこぼこにしてやれーー」

きらりと宇佐美はメガネを光らせ、陽太郎は意気揚揚と声援を送る。勿論戦う二人にこの音声は届いていない。

「反応速度がこれまでと段違いだ、どーしたんだろう春さん、何だか目覚めちゃってますねぇ〜」

「トリガーはスコーピオンだけか?」
「はい、春さん武器を使った戦闘は経験ないそうで」

武器を使わない戦闘経験ならある女子大生とはなんだ、という突っ込みは誰もしない。

「でも、何か様子が変?」

宇佐美が首を傾げた。逃げの一手をうつ春はしきりに太刀川へ「待って」「無理」「後生だから!」と叫んでいる。勿論、太刀川が面白くなってきた戦闘で止まるはずもない。






「反応できてんじゃん春さん」
「〜っ!」

太刀川が、二本目の弧月をぬいた。ますます春が顔を青くさせる。
二撃、三撃もよけきったものだから、宇佐美は「すごい!すごいよ春さん!」と拳を握って見入っている。

「待って!だめだって、これは、」

弧月が春の右腕をかすめた。トリオンが漏れているが、ベイルアウトするほどにはいたっていない。




「・・・・八嶋?」風間が様子のおかしさに、目を細めた。太刀川はとりあえず目先の楽しさを優先するために、いくつかの点に目をつぶっていたが、第三者である風間は冷静に春を観察していた。何が先ほどまでと違うのか。
風間と対戦したときの三雲のように、これまでの攻撃パターン分析による反撃の作戦を春が持っているようには見えない。

風間は目を見開き、すぐさまコントロールパネルを確認して息をのんだ。確認した数値は、表示されていては許されない数値を表示している。

太刀川がさらに攻撃に転じる。足を踏み出し、地面をける。トリオン体は開いた距離をあっという間にゼロへと近づけていく。スコーピオンを起動した春が叫んでいる。


「――やめろッ太刀川!!!!!」

音声をONにして風間が叫んだのと、二人の距離がゼロになるのはほぼ、同時だった。宇佐美と陽太郎は顔色を変えて叫んだ風間と、今まさに決着がつきかけている画面を交互に見て混乱している。

一撃目をぎりぎりで交わし、さらに加わる二本目の弧月をスコーピオンで受ける。スコーピオンが、ぱきりと音をたてて割れた。まるでスローモーションのように、割れるスコーピオンの結晶が綺麗だなんて思っているのんきな自分と、次に自分を襲うだろう『 死 』を怖れて死にたくないとわめく自分が交互に華の頭の中をよぎっていく。

首がとんだ。


「八嶋っっっ!!!」

コントロールルームから飛び出してきた風間が走り寄る。

「っか〜、春さんやるじゃん――、あれ、風間さん何か用?」

くずれおちた春を仁王立ちで見ている太刀川が言う。太刀川の左胸に、スコーピオンが付きたてられている。首を飛ばし、勝負はついたと思った瞬間に、反撃された。
たったいま行われた戦闘を反芻しながら、太刀川はぞくぞくしていた。面白くてたまらない。もっと、やりたい。そう思ったから、すぐさま続けようと思ったのに、風間が「すぐに戦闘を終わらせろ」と矢継ぎ早に言う。渋々、戦闘終了を選択した。




「ごめんなさい春さん」と宇佐美の声がした、

「いやいやだいじょーぶ」

春の声がかすかに小さい。風間の神経質そうな声が「メディカルチェックを受けに行け」としきりに促している。

「春さん〜?もっかいやろ?」

今さっきの戦闘は結構面白かった。迅の先読みともまた違う感覚だった。
呑気にそう言うと全員がものすごい形相で振り返った。

「だめだ、八嶋は救護室に連行する」
「なんで?」

春は困ったように肩をすくめた。少しばかり勢いがないが、普段通りの春に視えたのでますますわからない。太刀川としては今すぐもう一戦やりたいのだ。

「元気そうにみえるけど」
「太刀川、お前痛覚はどうしてる」

唐突に風間が別の話題をふってきた。痛覚。トリオン体では通常痛みはあまり感じない。完全に痛覚自体をOFFにしてしまうこともできる。

「通常値よりちょい上くらい」

痛いほうがいいというわけではないが、その方がスリルがあるので太刀川は一般的な隊員よりも痛覚の設定値が高い。そもそも、太刀川に「痛い」と思わせる攻撃をできる人間が少ないのだが。

「・・・痛覚を100%にしたことは?」

さすがにない。一度ふざけて設定しかけたことはあったけれど忍田にこっぴどく叱られた。あの後はしばらく稽古をつけてもらえなくて難儀した。「私に弟子を殺させる気か」と忍田は言った。つまり、痛覚を100%にするということは、脳みそがたとえ疑似的な痛みでも『 死 』んだ、と認識をする恐れがあると言うことなのだ。

「あれ、まさか?」
「まさか、だ」

春を見た。けろりとした顔をしている。

「・・・生きてるよな、春さん」
「慣れてるからね」

慣れてる。どういうことだそれは。

「すまん」と陽太郎がべそをかいている。

「さっき、私が痛覚数値いじった時にちゃんとロックかけとかなかったから。自己責任だよ。・・・・てかね、やめよって言ってんのに攻撃してくる太刀川くんがむしろ悪い」

「だって面白かったし。なー、もっかいやろ今ので」

「・・・・太刀川くんは何回私を殺せば満足するのかな」
「やっぱ痛いと反応すんの?」
「痛いのヤダし、死にたくないからね!」
「痛覚最初はOFFだったから反応鈍かったってことか。よし――もっかいやろ、大丈夫大丈夫優しくするから」

風間が太刀川の頭を殴った。生身の太刀川は「風間さん酷っ!」と抗議しているが誰も太刀川の側にはつかない。この流れで何故そう言いきれるのか。

「八嶋じゃなかったら死んでいたという事実にもう少し思うことはないのかお前は」
「春さんで良かったよな」
「太刀川くん、笑顔で殺しにくるのほんと怖い。ボーダーあって良かったよね・・・なかったらなんかこう道を踏み外す恐れが、・・・・って、ないか。忍田さんがその前に太刀川くんを粛清するもんね」
「物騒かよ」
「忍田さんに出会えてよかったね」
「春さん俺をなんだと思ってんの?傷つく。いしゃりょーで、もう一戦やろ」
「太刀川くんは学習能力とかを戦闘に全振りしすぎだと思うんだ」
「A級1位だから」
「どや顔・・・・」
「やろ?」
「痛いからやだ」
「優しくするってー」
『ねえ、今そっちで戦闘してたの誰』

割り込んできたのは寺島だ。開発室のモニタに異常値が出て凄い騒ぎなってんだけど、と変わらないテンションで言う。

「春さんと俺」
『あ、わかった。了解』
「いったい何がわかったっていうんだ寺島君?!」
『死人でてないよね』
「ない。寺島、そっちはどうなってる」
『大騒ぎだよ。痛覚値100%はモルモットでしかやってない。最初期ボーダーの頃だってない。メディカルチェック含めてこっちで詳しいこと調べるから八嶋はすぐこっち来て。鬼怒田さんがきれてる』
「え、今日の飲みは?!この後だよね?」
『無理でしょ。仕事できたし』
「行くぞ八嶋」

風間が春の右腕をつかむ。が、

「いやいや、俺ともう一戦が先だって。ほら、データ増えるし」

左の腕を太刀川がつかむ。
真ん中で春が悲鳴をあげた。両側からものすごい力で引っ張られるものだから、半分にさけてしまう!と半ば本気でそれを想像して震え上がる。そんな春を太刀川は「首がとんでも大丈夫だった」なぞと煽る。

「・・・・太刀川」

躾けのなっていない犬を窘めるような声音だ。だが、犬は少しも悪びれない。

「てかさ、生身でやろ?最近そっちでやってなかったし」
「私の護身術には銃とナイフと最新の撃退グッズでの反撃がオプションでつくから、絶対また忍田さんに怒られるから嫌です」
『どのくらいの数値からなら八嶋の勘が働くのかはそのうちテストするし、その時にしたら?』
「えー、今やりたい」
『室長敵にまわすと困るだろ現役アタッカー』
「つまんねーの」
「勝手に私切り売りされてる・・・同級生は鬼だった。せっかく焼肉予約してたのに・・・」
「組手には付き合え」
「あれ、風間くんまで?!」
「身長差による不利をうまくいかしているのは、赤井さんたちを相手に訓練したからか・・・?」
「三人でやる?」
「太刀川くん黙って」

春はくっついている自分の首をなでさする。その仕草に風間が目を細めた。

「痛むのか」

春は首をふる。痛みはないのだ。ただ、確かに、感触があった。自分の首が胴体から切り離される生々しい感触。――回線をカットしろ!、という懐かしい叱責を思い出すくらいの余裕はあった。

「はじめてじゃないからだいじょうぶ」

風間が息をのむ。ブースが静まり返ってしまったことに気が付いて、しまったなぁと首をさすっていた手で頭をかいた。世の中には、残酷極まりない事件がそこらじゅうに転がっている。そういうところで働くことを、同じような能力者である人からは『自殺願望でもあるのかお前は』といつも咎められていた。やめなかったのは、必要とされたかったからだ。赤井だって、降谷だって、やめさせようとしてくれたことはあった。春が視ずとも、解決に至れるように捜査をする。それでも。より多く、少しでも情報が集まれば一分一秒だって早く事件は解決できる。そこに悪いことはない。


「でも、ほんっと私じゃなかったら死んでるからね!太刀川くん、私が相手で良かったね!痛覚値の設定はもうちょいせってい厳しめにして、誤操作におけるロックのかかり方とかも改善の余地があるな!」

「次やったらやばい?次も大丈夫?やろーよ、春さん。すげー動きよかったじゃん」

「・・・わたし、太刀川くんのその精神のぶっといとこ好きだよ本気で尊敬するすごいまじでない。この世で最も硬いのはダイヤモンドよりも太刀川くんの戦闘意欲だと思う」

「大好きな俺のお願い聞いてよ春さん」

「誰も大好きとは言ってない。引くわ〜、太刀川くんほんっと引くわ〜」

「ダイヤモンドよりも硬い俺の愛受け止めてよ」

「ダイヤモンドの方ください」

そんな会話をしていると、春の服のすそを何ものかがぐいっと引っ張った。下からの勢いに思わずバランスがくずれかけた。服のすそをひっぱったのは陽太郎だった。
涙がほほに痕を残している陽太郎の前にしゃがみこんで、その頬を春がぬぐってやった。陽太郎は「すまん、春・・・」としゃくりあげて言うから、春はそのまま子供を抱き上げた。ぎゅうぎゅうに抱きしめて、「傷が残ってたら、陽太郎君に責任とってお嫁にもらってもらったんだけどね」と茶化した。お子様は「それはだめだ」と言う。
おれとけっこんしない?が口癖のちびっこは、春に対してそのセリフを言うことはない。

「春は、迅のおよめさんになるんだろう? もし春に何かあったら迅がかなしむ・・・だから、せきにんは迅がとる。だから、たちかわのことほいほい『すき』とかいうな!だいやは迅がよういする!!」

「えーっと、」

「だいじょうぶだ、春! 迅はどんな春でもだいすきだっていってたぞ。たちかわより、迅の方がつよい!たまこまのおとこだからな!」

抱えている鼻水たらしたお子様は胸をはる。その言葉にもう春は顔を真っ赤にして言葉もない。太刀川は面白くありませんという顔をしたが、泣く子に張り合うのはさすがに大人気ないし、暴走したのが自分だという自覚もあったので口をつぐんだ。陽太郎を机の上に座らせて、向かい合わせに春は笑いあう。


『はいはい、茶番はいいから。早く来て』と情け容赦ない一言を寺島が言うまで、その場はなんだかほっこりした空気に包まれていた。

『ところで、迅がすごい顔してそっち向かったけど』
「よし、次は迅か。今日は充実してんなー」と戦う気満々の太刀川が言う。
「えっ、ユーイチ君が?なんで?あ、もしかして太刀川くんまた何かやった?」
「春さんのシャワーは覗いてない」
「はい?」
「太刀川、お前には課題を預かってる。そしてお前は前回のことを少しも学習しないな」という風間に太刀川は悲鳴をあげた。そこへ、
「春さんっ!!!」

迅が駆けこんできた。勢いよく抱き着いたせいで、春が少し後ろによろめいた。

「ごめん、読み逃した・・・!」

なんて迅が言うものだから、春は目を丸くした。迅のせいなどでは微塵もない事態だというのに。

「なんでユーイチ君が謝るの?これは、ほら事故だし」
「慣れるのと痛くないのは違うでしょ」
「・・・・ユーイチ君!!」

胸キュン!という顔を春がして、迅が笑顔で「ところでダイヤモンド用意したら受け取ってくれる?」と言った。

「大丈夫、ダイヤよりもユーイチ君の優しさの方が百万倍価値があるから!!」

さらりと話題がずれた。さすが一級フラグクラッシャーはんぱない、と宇佐美は思った。そこは大人しくダイヤ受け取ってあげてほしい。実力派エリートに果たしてダイヤを買うだけの甲斐性があるのかは謎だが。
迅のあの手この手のアプローチが、さりげない会話の中でかわされているのはいっそ可哀そうで、春さん気づいて!と心の中で誰もが迅にエールを送っていたりするのが最近のボーダーの日常である。

「でも、風間さん。春さんのもある意味強烈な愛の告白だと思いません〜〜?」

宇佐美のメガネがきらりと光る。

「ラブソングでもあるじゃないですか『ダイアモンドよりもやわらかくて〜』って歌詞の曲知りません?ドラマの主題歌なんですけど、こないだ再放送してたんですよ〜!」
「・・・?」

風間は首をかしげたし、勿論太刀川もドラマの再放送なんて見ないので右に同じくな反応だ。ふふふ、と宇佐美だけが笑っている。

「ダイアモンドより、迅さんの優しさのが価値あるって、愛ですね愛!」

はてなマークを風間は飛ばしていたが、何となく言いたいことのわかったらしい太刀川は少しだけ砂を吐きそうな顔をしていた。






***



《 痛覚値、設定実験 》

「痛覚10パーセントから5%ずつあげていって、反応がかわったとこから1%刻みに切り替えるんで。対戦相手に希望ある?」

「・・・・ええ?」

「誰にベイルアウトさせられたい?八嶋の好みで誰でも呼べるけど」

「それって誰に殺されたいかって意味だよね?趣味悪い質問だなぁ・・・・」

「誰がいい?太刀川が立候補してたけど」

「うーん」

「俺はやんないから。めんどくさいし」

「寺島君ひどっ!」

「風間と諏訪と木崎もやだって」

「同級生がつれなさすぎて泣く」

「同級生に首跳ね飛ばさせたい?」

「いや、同級生じゃなくても普通に誰が相手でもやだよ。痛いんだよ?」

「痛いで済むんだからお前ほんとおかしい」

「あの後スプラッタホラー映画見ていた寺島君の神経こそおかしい」

「で、誰にするの」

「・・・・・」


誰になら殺されてもいいか。
誰に殺されたいか。
最後に見るものは何がいいか。

質問は、春の中でそんな風に変換されている。誰だろうか。もしも、ほんとうにもしもそうなった時に。


「はい、シンキングタイム終わり」
「え」
「ブース入って。もう相手の変更はきかないから」
「えええええ、酷い!質問の意味あった?!ないよね?!」
「さっさと決めない八嶋のせいだろ」
「そんなすぐに即答できる質問じゃないでしょ!」


叩き込まれたブースでしぶしぶトリガーを起動させる。そして現れる仮想空間でため息をついた。誰だろう。誰が自分を殺しにくるのか。
名前を呼ばれた。その声が誰かなんて、わかりきっている。

振り返った先にあった、鮮やかな青になら何度だって殺されてもいいかもしれないと、途切れる意識の中で思っていた。



「迅が立候補するとはな。八嶋を痛めつけるのを嫌がりそうだと思っていたんだが・・・」
「俺との10回勝負完勝しやがって・・・・」
「他の奴にやらせるのはもっと嫌って迅が言ってましたよ」

春の実験に付き合う券で争奪戦が行われたのはつい先日のことだ。面白がって参加者多数だったが、最後の最後に迅と太刀川の一騎打ちになり、最終的にそこから10本勝負を迅が勝ちきり権利を手にした。

「いつも五分だろう?愛の力だな!」
「嵐山・・・お前さ、争奪戦の時迅が来るのわかってて先に俺とやったろ?俺を消耗させといて、迅と勝負させるとかずりーことすんなよ」
「手段を選ぶべきとか、選んでいるべきじゃない時がありますけど、これは後者でしょう?迅がやりたいことを俺は応援してますから」

広報部隊の隊長はニコリと笑った。





−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
13:例の対セクハラ練(?)で投げられるうちに閃いた太刀川さんにより手合わせさせられるというか、鍛錬相手が増えたというか、太刀川さんや風間さんと一緒に訓練するお話。

あれこれ矛盾がある気がするんですが、雰囲気で書いてるので見逃してください・・・(懇願)







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