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28.Eine Klinen :3月のライオン


( 貴方の名前を呼んでいいかな? )



小さな私が、泣いている夢をたまに見る。
小さな私は、雨の中でおいてけぼりにされて泣いている。そうだ、私は昔、雨が嫌いだった。大事な人を亡くした日に、いつも雨が降っていた。
ずぶぬれになる私に、夢の中で誰も傘を差しかけてくれない。
小さな私は、雨の中を走りだした。
もう消えてしまいたかった。ひとりぼっちだと、思い込んで。小さな私は悲鳴をあげていた。

何度も転んで、立ち止まりかけるたびに、私は小さな私を励ました。
だめだ、止まるな。走って!走り続けて!
小さな私は、涙をぬぐうこともせずに、視えない私に急かされるようにまた走り出す。
そして、走って走って、走り続けた先で。
小さな私は、雨宿りできる場所を見つけたのだ。
雨が雪に変わる。
透明な水が、真白い雪景色に変わって、誰かがその雪原に立っていた。
背の高い痩せた、人。
その背中が誰かなんて、今の私にはすぐにわかった。




***




島田さんと出会って、もう何年になるだろう。
ちょっと思い出せなくなるくらいに、長い間、私はずっと島田さんに片思いして、追いかけてきた。
はじまりは確か高校生の時。ブラウン管ごしに、恋をした。
生まれて初めてファンレターなんてものを書いた。どきどきした。どのくらいの手紙を没にしたかもわからない。記念すべき第一稿はとってあるけれど、墓場まで持っていく覚悟だ。どのレターセットがいいか、文房具屋で毎日悩んで、何セットも買ってみたりして。便箋が決まったら今度は、どのペンで書こうとか、柄にもなく季節のあいさつなんてものを調べてみたり。投函しようとして、でもこんな手紙もらっても困るかもしれないという不安に駆られて、真っ赤なポストを目の前に撤退すること数度。
最初の一通は本当に今考えると馬鹿みたいに一人でくるくる空回りしていた。生まれて初めて恋をして、私は浮足立っていたのだ。
最初の一通が出せてからは、どこか胸のつっかえがおりて、それからは季節折々に応援のお手紙を送るようになった。毎度毎度こんな手紙をもらって気味悪がられていないかだけが心配だった。島田さんの対局は逐一チェックして、テレビ放送があるときは録画して。
時折、塩野将棋クラブに遊びに行ったりした。そこは島田さんをとても近くに感じれて、田さんの幼いころの話を聞かせてくれる方もいた。「開がおるときに来たらええ」と言われたこともあるけれど、その頃はそんなとてもじゃないけど押しかけファンみたいなことをしているのがバレて困らせてしまうのが嫌で、いや怖くて、私は首をふるばかりだった。今考えると私は一方通行な片思いに浸っていたのだ。
けれど、そんな殊勝な気持ちでいれたのも、短い間だけだった。島田さんが好きだ、という気持ちはどんどん膨れ上がっていって、自分でもどうしていいのかわからないくらいに大きくなって。
高校の修学旅行の先で、偶然にも対局の立ち会いに島田さんが来ていると知ったその時は、若さゆえの無謀さを私は最大限に発揮してしまった。集団行動の大原則を破って、こっそり抜け出す。島田さんがすぐ近くにいる。すぐそばに。おさえきれない気持ちに、背中をおされて、私は走り出していた。


ただ、見ていられたら良かった。
応援していけたらと思っていた。
あの日、ずたぼろだった私を救ってくれた場所を作ってくれた人。
この人に幸せであってほしかった。
その気持ちは本音でもあり、そして逃げでもあったと思う。

ただ見ているだけなら、応援しているだけなら、ずっとずっとファンでいれる。
一方通行な片思い。出会うことなんてないけれど、実際に届くことなんてなくても、追いかけているのが虚像だとしても。私は一生幸せな片思いをして、それを糧に生きていける。大勢のファンの中で。

島田さんにもっと近づきたいと思う自分を、島田さんを少しも失いたくないと思う自分が窘める。出会ってしまったら、別れがある。何かを得る代償に、失うものの大きさに恐れおののいている。もう十分に救ってもらった癖に、これ以上何を島田さんに求めるっていうんだ、と。救ってもらった分を、今度は自分が返したいなんて、身の程知らずにもほどがある。


『 島田5段!好きですっ、結婚してください!! 』


結局、私はどうしようもない思いに突き動かされるままに、やってしまった。
ぽかんとした顔の島田さんに、大笑いしている会長さん。子供の冗談だと思われるのが悔しくてたまらなかった。
先生に見つかって連れ戻されて、盛大なお説教をくらいながら、私は島田さんのことを性懲りもなく考えていた。
一歩、扉を開けて踏み出して。島田さんの眼に一瞬でも自分がうつっていて。
もっと、近づきたいという自分に、ただ応援しているだけのファンでありたいという自分が敗北した。

大学に入って、東京に行く。そして、島田さんにアプローチをするのだ。
当たって砕けて、そしたらまた遠くからファンをやればいい。

猛勉強したけれど、希望の大学に一年目は合格できずに浪人生活を送った。色んな人に、お前の学力じゃ無理だろとも言われたけれど、頑張って頑張って、二年目に何とか合格して。大学の入学式も上の空で、早く早く、会いに行きたかった。ほんの少しでも覚えていてくれるだろうか?
また、一歩踏み出して、私は大好きな人に会いに行く。出会ってしまったら、今度はお別れへのカウントダウンが始まってしまうのかもしれないけれど。


『 ――島田さんっ、プロポーズの返事を聞きに参りましたっ! 』


それでも、私はあなたに何度でも出会いたい。




『 春ちゃん 』


貴方に名前を呼んでもらえた瞬間に、泣き出したいくらいに嬉しくて、切なくて。島田さんが大好きだっていう気持ちが、もうこれ以上膨らむなんてありえないと思っていたのに、またひとまわり大きくなるのだ。
精一杯背伸びして、一生懸命その背中を追いかけて。いつしか、時折島田さんが振り向いてくれたり、手を取ってくれたり、私が追いつくまで待っていてくれたりするから、私の中にある小さな期待の芽はぐんぐんと育っていく。




「 春 」
「結婚しよ!(好き!!結婚しよ!!)」


島田さんが私の名前を、まるで愛しい人みたいに呼んでくれる奇跡を私は噛みしめて心の中で呟いたつもりだった。馬鹿まるだしだ。すぐに自分の発言の失態に気が付いて顔を青くしかけたら、表情を変えるより早くに島田さんが、

「そうだな、」なんて言って島田さんが笑った。
「そうだな?!」私は混乱した。おでこにそっとキスされた。

私は鼻血をふいて、ばったりと倒れた――らしい。らしいというのは、私にその記憶がないからだ。だって。だってしようがないと思わないか?何年も何年も片思いしてきたのだ。それも、報われないのを前提にした片恋だった。いつか終わりが来るんだと思っていた。それでも好きな気持ちを伝えたくて。少しでも傍にいたくて。それだけで。
期待の芽は育っていたけれど、それでも歳の差という障害の壁は高く険しく私の前に何度も立ちはだかっていたから。



目の前のすべてがぼやけて溶けてしまったみたいに、私の心はどろどろに溶けてしまって。これっていわゆる、奇跡というやつなんだろうか。



「春が俺を『 開 』って呼べるようになったら、しようか――結婚 」



島田さんが私の名前を呼んでくれる。
島田さん、好きです、大好きです。ほんとに、私でいいんですか?どうしようもない私で。

貴方の名前を呼んでいいのかな?

そして、私は何年も何年も呼びなれた大好きな人への敬称をそっと心の宝箱の中にしまいこんで、実はひっそりと夜寝る前にそっと唱える魔法のように布団の中で繰り返していた大好きな人の名前を口にした。何だか少しつっかえていたし、ぶっちゃけ少し噛んだ。少しも恰好がつかない。口にした瞬間に、あまりの恥ずかしさに全身がピンクのオーラでいっぱいになっているみたいな気分だった。なのに、そんな私を『 開さん 』はとびきり優しい顔で見てくれていて、『うん』って返事をしてくれた。






小さな私の夢を見た。

真っ白な雪原が、真白い花畑に変わって、そこに立っていた人がゆっくりと振り向いた。
私は、走り出して、その人に抱き着いた。
細いけれど、確かに大人の男の人の腕が私の腰に回されて、耳元に甘く名前をささやかれた。
小さな私はいつの間にか、今の私になっていた。

「 開さん!! 」

大好きな人の名前を呼ぶ。
とてつもない奇跡に、ひとりぼっちで、寂しくて泣いていた小さな私は、もう泣いていない。







――――――――――――
25:♪アイネクライネ(米○玄師)イメージで、3ライのお話を読んでみたいです。

Eine Klinenには小さな私、という意味があるそうです。
小さな私があがいてあがいて、たった一人の大事な人を見つけて振り向いてもらえるまで、みたいなふわっとしたイメージを、米○さんの歌詞とちょこちょこリンクさせながら書いたんですが、リク主さんのイメージにあっていたらいいんですが…。
この曲は死ぬほど大好きな曲なので、こうして歌詞と向き合いながらお話しを考える時間はとても楽しかったです。







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