3月のライオン | ナノ
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中距離恋愛


遠距離か、と言われると別にそこまでではない。かといって近距離というほどでもない。
現状、中距離のお付き合い。そんな感じだと結は思っている。

待ち合わせの時刻を前にいそいそと結は部屋の中を片付ける。デスク周りを重点的に、少しでも可愛い雰囲気づくりのために何かのゼミの催しで景品でもらったクッションも設置した。もらった当時はなんでこんなものを押し付けられなくてはいけないのかと、その無駄な大きさにむくれたものだけれど、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
以前一緒に出掛けた時に、島田に選んでもらったマグにインスタントの紅茶のパックを放り込む。ケトルがしゅんしゅんとわいたので、お湯を注いでかきまぜた。試作がてらに作ったお菓子をなるべく可愛らしい雰囲気の更に広げて、デスクに置いた。そそくさと自分の服装のチェックをする。普段の室内着よりもかわいい色合いのシャツは、柘植のブランドの新作だ。小さめのボタンが春らしい薄い桃色で、結は結構気に入っている。

カチカチと、時計の針が音をたてる。無駄につけっぱなしになっていたテレビを切る。老デスクの前で正座をしてPCを起動させた。アプリを続けて起動する。知り合いにお下がりでもらったワイヤレスイヤホンを耳につける。
約束の時間より数分すぎたところで、ようやく結はにっこり笑った。

「お疲れ様です。だいじょうぶですか島田さん?」

『ああ、おつかれ結ちゃん』

画面の向こうに島田がいる。それだけで一日の疲れなんてものはふっとぶ。

「わたしは家でレポートしてただけですから、元気はまだまだあります」

島田がそうか、と小さく笑った。今日の対局の結果は先ほどネットでも見ていた。

「今日も対局勝利おめでとうございます。次の獅子王戦、挑戦者決定戦までいけるといいですね」

『見てたのか?』

「見てないって思います?わたし、画面にうつってる島田さん見てるの好きなんです」

島田が頬を困ったようにかいた。その長い指先が、結はたまらなく好きだった。

『かなり苦戦したけど、首の皮一枚つながったな――あ、そのクッキーうまそうだな』

「午前中気分転換に作ったんです、新作の味なんですよ!今度持っていきますね」

『楽しみにしてるよ』

「・・・・・・・つぎ、いつ会えますかね」

『・・・・・・・・あぁー。そう、だなぁ』

島田が困ったように頭をかいた。しまった、と思って結は慌てて画面に前のめりになる。そんなつもりじゃなかったのだ、ちょっとばかり会いたいと思ってますアピールというか。だって、付き合いだしたばかりだ。神様は酷い、と思った。それでも、島田に迷惑をかけたくないから、ぐっとがまんするよりほかにない。
島田の家で、島田の帰りを待っていたいけれど、彼は学生である結にそれを絶対に許してくれない。時折家で一緒に過ごすことはあっても、夕方になれば結の下宿まで送ってくれる。

「島田さん、あの、次も勝ってくださいね。そしたら、島田さん見れる時間が増えるし!会えない間も島田さんを見てられますから!!」

食い気味に言う。島田が首をかしげて、次の相手は後藤だぞと言った。

「ぼこぼこにしてくださいね!」

渾身の笑顔になった結をみて、島田がつられるように噴出した。画面の向こうで、島田は笑いをこらえながらコーヒーを飲んでいる。ふふ、と結は口元を緩めた。島田のマグは結が選んだものなのだ。

「そうだ、家庭科大得意の柘植君に布マスクの作り方を習ったんです!課題の合間に大量生産してるので、今度送りますね!!」

『いやいや、自分で使いな結ちゃん』

「自分のはちゃんとキープしてますから大丈夫です!」

『……その指に絆創膏はってるのは?』

「あ」

ばれた、と結が固まった。努力はしているが、もともとはそう器用なほうでもないので、針仕事の初めのうちはかなり失敗した。勿論枚数をこなすごとにかなりマシにはなっている。

『無理しなくていいんだからな』

「・・・・・・・私の作ったマスクをしている島田さんが見たいだけの自己満足活動なので、あの、えっと、めいわく、だったらやめときます」

『結ちゃんがくれるもので迷惑だったものなんてないよ』

「・・・・・・・・しまださん」

『ん?』

島田が画面の向こうで笑っている。

「だきつきたいです」

『3密は厳禁だ』

「うううううう」

余裕だなぁ、と結は少しだけそっぽをむいてむくれた。大人の余裕が、画面の向こうからでも伝わってくるようで、もどかしくて仕方ない。もやもやを飲み込むように、作ったクッキーを一つ口に放り込んだ。

『結ちゃん?』

贅沢なものだなぁと思う。
画面に手をのばして、そっと島田の顔のあたりを触れた。島田がきょとんとした顔になる。つん、とつつく。勿論感触なんてない。
昔は顔も見れない声も聞けない、むしろこちらを認識してさえもらえていなかった。ファンレターを書いては消して、消しては書いて。そのころに比べれば、こうして約束を取りつけて話せるなんて夢みたいな話なのだ。

「・・・・・・島田さんも、私以外の誰かと3密しちゃ、やですよ」

『ああ』

「課題を爆速でしあげすぎたので、島田さんにファンレター書いたんです。今度届くと思います」

『こうやって話してるのにか?』

「ファンレターと、・・・・こ、こいびととの電話は、ちがうんです」

『!』

実際のところ、ファンレターというよりラブレターと言った内容になっている気もしたけれど。
島田が画面の向こうで顔を手で覆ってしまう。

『・・・・・・・あいたいな』

零れるような声音だった。その甘い響きに、どうして自分は録音しておかなかったんだろうと、結は通話が終わってから百回は思った。








通話が終わると、しんと静けさが戻ってくる。がこん、と島田は目の前のちゃぶ台に頭を勢いよくぶつけた。痛みは少しあったけれど、どうにも自分の顔がにやけている気がして引き締めるためにも甘んじて痛みは受けるつもりだ。

(・・・・・かわいい)

かわいい、しか言葉が出てこないあたり自分でも脳が沸いているなと思った。こんなおっさんが、通話後に何をやってるんだと恥ずかしくなる。年若い恋人の言葉はどこまでもまっすぐで、いつだって島田の防御壁を簡単に瓦解させる。
自分の頬にそっと、触れようとした指先。それを脳裏に思い出すと、カッと体が熱を持つ。たまらない気持ちになって、もう一度頭を打ち付けた。
かわいい、だけでは済まなくなっているどうしようもないおっさんに、あの子が少しも気づかないのだ。