3月のライオン | ナノ
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彼女の話


「島田さん好きです!結婚してください!」

セーラー服を身にまとった女子高生の渾身のプロポーズ。
あの一途な光をともした眼がまっすぐに自分を見つめているのが、まるで現実味がなかった。
物好きな子もいたものだ、としみじみ思った。そして、同時に若さゆえの過ちにチガイないとも思っていた。
はじめの頃こそ、散々会長や棋士仲間にからかわれたが、人のうわさもなんとやら。次第に話題は移り変わって、時折思い出したように「あれからどうなった?」なんていう相手に「別に何も・・・」と返しては「残念、惜しいことしたなー、逃した魚はでかいぞ」何てからかいの言葉をかけられた。
それすらもほとんどなくなって、島田自身もすっかり記憶の片隅に追いやってしまったころに、彼女はまた突然あらわれた。
もうセーラー服は着ていない。
おろしたてのスーツに身を包んで、わずかにほどこされた化粧。大人びたその様相とは裏腹に、島田を見つめる瞳だけはちっとも変っていなかった。まるで子供のように無邪気で、一心なその目が輝いて。

「島田さん!」

あの日と同じ声音が、島田を呼んだ。緊張しているのか、少しだけ声が固かったかもしれない。

「プロポーズの返事、聞きにきました!」

記憶の中の彼女が、目の前にいる彼女と重なった。
いつのまにか、自分の中に彼女のために空けられた場所があるのに気が付いた。対局で遠方へ出向けば、何か彼女に土産でもと思う。どんなものが喜ぶだろうかと。綺麗な景色を見つければ、写真にとって。帰ったら見せてあげようと。

同年代の男と歩いているのを見て、柄にもなくショックを受けて。いつか自分じゃない男があんなふうに彼女の隣に座るのだと、気が付いて。彼女がそれに気が付くよりも先に、自分が逃げ出そうとした。あんなにも一心に、自分に向けられる瞳を、若さゆえだと決めつけて。ただ、また誰かに置いて行かれることに、耐えられる気がしなかったのだ。
それでも。
ずるい大人の、ずるい言葉を、彼女は赦すから。
どうしようもない。
手放したくない。そばにいてほしい。

答えを先延ばしにしている自分を、それでも好きでいさせてもらえるなら嬉しいと、彼女は言うのだ。男の趣味が悪すぎる。もっといい男がいるのに。彼女のまわりにはたくさん。
宗谷の顔が浮かんだ。同い年なのに、少しも同い年に見えない。彼女と並ぶなら、宗谷の方がまだ似合いに思えた。会長が、宗谷の世話焼きをする彼女を気に入っているのも、知っている。
柘植の顔が浮かんだ。大学という、島田の知らない彼女の居場所にいる青年。軽口をたたきあう姿がうらやましくて、眼をそらした。


『島田さんが大好きです』


そう言って、彼女はいつも笑うのだ。
ただのファンだと思った。若さゆえの、恋に恋する、勘違いだと思った。いつか、自分になんて飽きてしまうと。
その日まで、優しい年上の憧れの人でいたいと思っていたのに。

いつかいなくなってしまう彼女の姿を、もう島田はうまく思い描けない。