3月のライオン | ナノ
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風変わりな彼女


「ちょっと林田先生、ずるいですよ!」

ぶすくれた顔をした結が林田に詰め寄った。林田は突然の剣幕におののいた。
女子大生に詰め寄られるようなことをした覚えはない。
島田開に恋する女子大生は、教え子である桐山を通して知り合った。

「え、なになに、俺なんかやった?」

「わたしより、さきに、島田さんの布団で寝るなんて!!酷いわっ・・・この泥棒猫!!」

「濡れ衣だ!」

林田はめいいっぱい否定した。ものには言い方というものがある。誤解しか招かないような発言をしないでほしい。泥棒猫ってなんだ。


「島田さんのおうちにいきましたか?」

唐突に尋問が始まった。尋問官の顔が真顔すぎて、林田は冷や汗をかく。

「い、いえす」

「島田さんの布団にあなたは横になりましたか?」

「・・・・い、いえす」

「島田さんと、同じ屋根の下で、一夜をすごしましたか?!」

「ちょっとまて言い方がまぎらしい!誤解を招く!!」

「被告人はYESかNOで答えるように!!」

「被告人っ?!」

「YESですかNOですか!」

「・・・・いえす」

「有罪ぃいい!うっ、うっ、林田先生に思い人を寝取られた・・・信じてたのに!」

よよ、と結が泣きまねをする。桐山が泣きまねとわかっていつつも、よしよしと頭をなでて慰めている。
基本的に桐山零は彼女の味方なのだ。思い込んだら一直線、不器用恋愛組は仲がいい。

「無実だ!冤罪だ!」
「あかりさんに誓って?」
「・・・・なっ、なんでそこで彼女のな、なまえが」
「誓えるんですが誓えないんですか」
「誓って!ない!おい、桐山いい加減助けてくれ!」
「ノーコメントで」
「桐山ァ!?」

尊敬する先輩の前で醜態をさらした元担任に桐山は手厳しい。

「あたりまえでしょう先生!ひなちゃんの布団で私が寝るなんてことした日には切腹して零くんに謝罪しますよ」
「え、切腹?俺はいま切腹を求められてんの?」

あまりに理不尽だ。何もしていないのに。そもそも相手は男だ。なおかつ同年代で憧れの棋士殿だ。情けないところを見せてしまって、林田だってやるせない。

「そういう結ちゃんこそ、」

林田は反撃を試みることにした。

「宗谷名人と朝まで密会してたんだろ」
「またその話!いい加減弁明するのに飽きてきた!!」

ばんばんと結が机をたたく。

「あれは全部宗谷さんが悪い!私は悪くない!!」

形勢が逆転する。今度は林田が尋問する側である。哀れ被告人は無実を主張した。

「などと被告は主張しており」
「先生、私は、島田さん以外見えて、ないですから」
「朝まで会ってたとこは否定しないと」
「私がどんな苦行にあってたかも知らないで好き勝手言う!」

朝まで男と女が一つ部屋にいて何をするというのか。教え子の前で赤裸々に述べるのはさすがにはばかられて思わず林田も言葉を濁した。

「でも確かに宗谷名人と仲いいですよね」とは桐山の言である。彼も気にはなっていたらしい。

「黙秘します」
「やましいことが?」とつい林田は追及する。あれだけ島田に入れあげている彼女のことは信じたいとは思っている。
「ないです。ないですけど、言いたくない」

悔しそうに唇を結がとがらせて「私の負けでいいですから」と白旗をあげた。
成人しているとはいえまだ学生の彼女に、むきになってからかいがすぎたことに気が付いて、あわてて林田は頭をさげたが彼女は「いいですよ、もぅ」とため息をつく。
こういうところは彼女のほうがよっぽど大人だ。


「・・・・・島田さんと朝まで一緒なんて、考えただけで死にそう。林田先生はよく生きて帰れましたね」
「・・・・・お、おぅ」

大人だと思ったけれど、やっぱりよくわからない子である。