3月のライオン | ナノ
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彼と彼女のホットライン


島田さんが私を塩野クラブで発見したその日、私は島田さんとメルアドを交換した。それまで知らなかったいえば意外に思われるだろうか?ただのファンに憧れの棋士のメルアドを知る権利はない。許されているのは差し入れ(いやコレも実のところ微妙なラインかもしれないけど)とファンレター(という名のラブレター)くらいのもので。それは私にとってある種の線引きだったかもしれない。

「心配した時、連絡とろうにも連絡先知らなかったなと思って」そう言って島田さんは一枚の名刺を私にくれた。職業と、名前と、連絡先が書いてある。わたしはそれを握り締めて、震えた。夢かな。まだ寝てる?
「島田さん、わたしめっちゃ調子に乗っちゃいますけど大丈夫ですか?後悔しませんか?すっごいしつこく毎日のようにメール攻勢しかけるかもですよ?」
「結ちゃんはしないだろ」
「……」
「しないよ」

島田さんの信頼がつらい。毎日おやすみなさいメールとかしたい。したいけど嫌われたらどうしようと怖くてそんなことできないし、島田さんの仕事の邪魔にでもなろうものなら私は携帯を叩き追って海に投げ捨てる覚悟がある。

「………わたし、島田さんからの連絡なら24時間いつでも受け付けてますから」

どんなくだらないことでも、ひとことでも、ふたことでも。暇なときに思い出して、かまってくれるなら嬉しいなと思う。ただのストーカーファンから、可愛がってる近所の猫、的な島田さんの人生における癒し系マスコットくらいに格上げしてもらえたと思っているからこれくらい調子にのるのは許して欲しい。




島田さんとメルアドを交換した。幸せだ。
日に何十回何百回とアドレス帳を呼び出してはそれを眺める。大抵の困難はこれで乗り越えていける気がする。
指先が勝手にうごく。止まる。「百面相きもい」なんて酷いよ親友ならもっと励ましの言葉をください!と抗議したら「“ハゲまし”て欲しいのはあんたの大好きな将棋指しでしょ」なんて憎まれ口を言われた。まてまて親友であろうとも島田さんをディスることは許さんぞ!再度抗議したが「はいはいはい」と軽く流され、百面相の理由を聞かれた。

「べ、べつに、なんでも……」

白をきるには相手が悪かった。
次回のテスト範囲の山ははってやらなくていいのね、と同期でも指折りの秀才であるマイフレンドはニコリと脅し文句を告げる。成績が地をはっている私に拒否権はない。

「……ちょっと、めーるを」

ごにょごにょと、言葉を濁す。業をにやした相手が私の手元を覗き込んだ。これには私ももはや抵抗しない。

「To:島田さん、が十件以上下書きボックスにたまってるけど」
「……」
「あそこまで強引ぐいぐいいっといてそこで恥らうわけ?!」
「だ、だだだだってメールだよ?!メール!!送ったら島田さんの携帯に残るんだよ?」
「すぐに消す主義の人もいる」
「いるけども!いるけども!今はそれはいいの!おいといて。つまり私はその、」
「びびってるのか」
「ぐうっ、」

そのとおりである。

「From:宗谷さん、が受信ボックスに溢れかえってるんだけど」
「……い、いがいにメール上手で」
「週刊誌が実話になるぞ」
「ならないってば!」

芋づる式に何故か宗谷さんともその後メルアド交換に至った。困る。だいたい宗谷さんからのメールというのは私の専門とする食事や栄養に関することへの質問なのだ。あの人はあれで意外にしつこく探究心旺盛だ。そうでなくては名人なんて務まらないのかもしれないが。食事をおろそかにしがちな宗谷さんに食事に関しての相談にのってやってくれとこれも勉強の一環になるだろ?と会長さんにもおしきられたのが痛い。

「もう一斉送信してちゃえばいいのよ」
「やーめーてーー!」
「きょういいおてんきですね、とか。おやすみなさい、とか。あしたはれるといいですね、とかさー」
「ぎゃぁあああっ、抜粋やめて!朗読しないで!」
「縁側の老夫婦か」
「願わくばそうなりたい!正直島田さんの縁側の隣の席は誰にも譲る気ないし!私の人生のゴールがそこです!!」
「そーしん」
「いやぁああああ」


一斉送信は踏みとどまってくれたようだ。送信ボックスの一番上に一通の送信済みメール。
『きょうは、さむいですね』

ぴこん、と受信メールのおしらせがなる。ひえっ、と私は思わずスマホを取り落とした。おそるおそる受信ボックスを見る。受信メール一件。そうっと開く。

『友人ののろけのせいで熱いです』

隣で親友がにやりと笑って一言。「島田さんだと思った?……残念っ、わたしでしたー!」

がくりと肩をおろす。
チャイムがなってわたしは携帯を鞄にしまう。送信したメールをもう島田さんは見ただろうか?今日は対局は無い日だったはずだ。研究会の途中に空気読まずに邪魔した感じになってませんようにと祈りながら、ひとまず目の前の授業へと無理やり意識を集中させた。授業があって良かった。なかったら私はどれだけ長いこともんどりうって苦悩していたかわからない。

授業が終わって時間を携帯で確認すると受信メールがあった。


『さむい格好で、ふらふらしないように。風邪がはやってるみたいだしな』


From島田さん、の文字に私は震え上がった。寒さではなく歓喜によって、だ。ぽかぽかする。寒くない。もう少しも寒くない。はじめてのメールだ。すぐさまそのメールが消えてしまうことが無いように保護をかけた。
さて、どうしよう。どうしよう、どうしよう、どうしよう。これって返信していいのだろうか?あんまり返信続けたらうっとうしくないだろうか?いやでもこちらがメールを終わらせるなんて私にはできない。
短く。そう短く、邪魔にならない程度。それしかない。さりげなく。なんでもないふうをよそおって。

『マフラーで防寒はばっちりです!』

中々いい出だしだ。

『島田さんが風邪をひいたら看病に駆けつけたいです』

あ、これはまずい。消去、消去、消去。重いぞ私。調子にのるな私。さりげなく!普通に!

『風邪には梅がゆがおすすめです』

よし、これだ。すこしばかり実家のおかーさんみたいな感じのメールだけれども、無難な、はず。そうだ、気のある相手にはクエスチョンでメールを返せといつだかどこかの合コンに引っ張っていかれたときに同級生達が言っていた。クエスチョン。私の梅がゆが食べたいですか?とか?いやだからだめだ。落ち着け私。

「百面相きもい」
「親友のきもいは大好きって意味なのは知ってるけど今はちょっと待って!人生最大の難所にたちむかってるとこだから!」
「粥すすめてると、介護相手みたいだよね。私はお粥は嫌いです」
「はっ、そうかキライだったらどうしよう…そうか、それだよ!クエスチョンはそれでいこう!」


『島田さんはお粥好きですか?』


完璧だ!私は今度こそ自分で送信ボタンを押した。送信の音がピコンとなる。隣から呆れたような溜息がした気がするけど気にしないぞ!


その日は、島田さんも手がすいていたのかその後も何通かメールのやりとりが続いた。最後に『おやすみ』メールを貰っときには私はその場でスクショした。手帳にはその日付けに花丸をつけて、赤ペンで“島田さんとの初メール記念日”と大きく書き込んだ。満足だ。幸せすぎて怖いくらいで、興奮で中々寝付けなったのは言うまでも無い。