3月のライオン | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


前向きな彼女


どうして自分なんだと彼は問う。

「どうして?」そんなの私にだってわからない。初めて島田さんを見たあの日に、雷に打たれたように衝撃的に恋に落ちた。
好きになってしまっていた。

ならば私もと問い返す。

「どうして将棋だったんですか?」

きっとその問いに島田さんだって答えられないでしょう?それと同じです。
島田さんにとっての将棋と、私にとっての島田さん。なぜ、それだったのかなんて言葉にはできないものなんですよ。


「島田さんっ!今日対局日ですよね?あ、あのその、もしよかったらコレお昼にでも食べてください!」


将棋会館の前で待ち伏せして、弁当箱を差し出す私を島田さんが困ったように笑いながら見ている。「いや、俺は……」なんて断り文句を聞き終えるよりも先に弁当を押し付ける。
島田さん仕様の胃に優しいラインナップ。


「いらなかったら捨ててくださっていいんで!今日も対局頑張ってくださいっ!」



大学入学を期に地元を離れ、一人東京へとやってきてから早1年が過ぎようとしている。
島田さんにプロポーズをした高校二年の修学旅行の夜。あれからもう、2年が過ぎたかと思うと時の流れの速さを感じる。
島田さんとの関係は、亀の歩みのように遅々として進んでいないのが現状だ。将棋会館に返事を貰いに行ったらその場で「ごめんなさい」された。当然だ。
ついこないだまでじょしこーせーだった子供を、30半ばも過ぎた大の男の人にあっさりと受け入れてもらえるとは思っていない。
わかってた。こうなるだろうなあということは。
わたしの思う島田さんなら絶対そう言うだろうって。
そのうち私が諦める、もしくは飽いてしまうだろうとその表情が言っていた。想定内だ、問題ない。
これしきのことで私はへこたれたりなんかしない。


「島田さんっ、お疲れ様でした!今おかえりですか?奇遇ですねえ〜、わたしもこれからそっちに用事があるんです!ご一緒してもいいですか?」

「………お向かいの喫茶店のマスターから通報があったんだけど」

「へっ?!」

「俺のおっかけがすごい形相で将棋会館の方双眼鏡で眺めながらコーヒー1杯で半日ねばってるんだけどいい加減可哀想だから連れて帰れって」

「………すいません」


困ったように笑う島田さん。胃の辺りを右手で支えているのは、もしかして私が迷惑かけたせいだろうか?
わたしは馬鹿だ。好きな人に迷惑かけてどうすんのさ。
それ以降出待ちは控えることにしている。
喫茶店のマスターは私の恋を応援してはいてくれているようで、島田さんが店に来たときには連絡してやるからなんて言ってくれた。
しばらく島田さんに会いに行くのも控えたほうがいいのかもしれない、だってお仕事の邪魔になってしまうなんて絶対嫌だ。嫌われたくないし、何よりうざったい面倒な女だと思われたくない。
島田さんの後輩君たちは私が怖いものなんて何も無い能天気な奴だと思ってるんだろうけど、そんなわけない。いつだって怖い。
それでも、怖がって、恐れて一歩を踏み出さなかったら、永遠に私と島田さんの距離は縮まらないから。
いや、縮まらない所かどんどん離れていくばかりなんだ。
テレビで放送されるタイトル戦を闘う姿を見るたびに、新聞の片隅に島田さんの名前が載るたびに、自分とは違う世界の人なんだと思い知らされる。画面の、紙面の向こう側の住人。
私が諦めたら、手を離したら、あっという間に終わってしまう恋だからこそ、いつだって勇気をふりしぼってアタックしている。

「迷惑だ」
「顔も見たくない」
「うざい」

多分、一言でも島田さんがそうもらせば、二度と私は立ち直れない。
多分、きっと諦めもついたんだと思う。
だけど。


「あー……弁当うまかったよ、いつもありがとう」


そんな風に、同情でも慰めでも声をかけられてしまうと諦められないんです。
島田さんを好きでいることを、島田さんが許してくれているんじゃないかって期待しちゃうんです。
たとえ応えてもらえなくても、私の本気をいつだって島田さんは受け止めてくれるから。
だから、その度に「ああ、やっぱり島田さんのこと好きだなあ」って再認識しちゃう。


「会長がね、褒めてた。若いのにたいしたもんだって」

「……いちおうかんりえーよーしのたまごなので……あの、その、」

「ん?」

「島田さんは、ど、どれが口にあいましたかっ?!」


諦められない。
もう少し、もう少し頑張ってみてもいいじゃないかと思って我がままになってしまう。


「……たまごやき、かな?」


こうやって、島田さんが私に答えをくれる限りは頑張ってみようと思っている。ああ、でも少し自重はね、しなきゃだけどね?
いつも応援ありがとう、と島田さんが故郷山形の新作特産品らしいラフランスくじらもちをお土産にもたせてくれた。今度山形の郷土料理とか研究しよう……。
島田さんが好きな気持ちがどんどん膨らんでいく。膨らみすぎていつかパンクしちゃうんじゃないかってくらい。


島田さんが笑う。
その笑顔が曇ってしまわない限り、もう少しだけ、島田さんのやさしさに甘えていてもいいですよね?
諦めないでいるうちは、全力投球。強気にいかせてもらってもいいですよね?
いつか、いつか絶対私のこと好きにさせてみせますから!


前向きな彼女