3月のライオン | ナノ
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貴方との距離


(……最近、島田さんがよそよそしい、気がする)

以前、島田さんと相合傘をして以来愛用している傘をくるくる回しながら歩きながら将棋会館に向かう途中でぼんやり考える。
よそよそしい、そっけない、話していても目が合わないし、逃げるように話を切り上げてしまう。

雨の日は好きだ。
島田さんが雨男らしいと知ってからは、なおのこと好きになった。一つの傘の下で笑いあって幸せ一杯だったのはつい最近のことなのに、酷く遠い日の記憶のようだ。

一体何がいけなかったんだろうか、と自分の行動を振り返る。

(……いつもどおり、だよね?)


いつもどおり、おめかしして。
いつもどおり、出待ちして。
いつもどおり、挨拶して。
いつもどおり、差し入れして。
いつもどおり、話しかけて。
いつもどおり、わかれる。


そこまで振り返って、はたと気がついた。変わったのは、自分ではないのではないか?
変わったのは、自分ではなく、島田さんのほうだとしたら?


(とうとう、きらわれて、しまった……?)


しとしととふる雨の音は優しくて好きだった。
雨は、島田さんと似ている。
優しい雨音。恵みの雨。私にうるおいをあたえてくれるもの。

大好きだった音に囲まれているのが怖くなる。

ぴたりと会館に向かう足が止まる。


(……どうしよう)


傘を持つ手が幽かに震える。

ずっと、最近島田さんが私に対してよそよそしいのはわかっていた。
わかっていたけれど、何かお疲れなのかな?とか、もしかしたら漸く意識してもらえているのかな?なんて楽観的に捉えていた。

けれど一度悲観的な考えが生まれてしまうと、それは黒い墨を白紙たらしたようにどんどん広がっていく。
楽観していた島田さんの反応のどれもこれもが『迷惑だから』『めんどうだから』『困っている』のだというふうに思えてくる。


(どうしよう)


こわくてこわくてたまらない。
島田さんに嫌われてしまったら、なんて島田さんが優しいのをいいことに考えたこともなかったのだ。


(島田さんに、嫌われたら、)


顔から血の気が引いていく。
冷たい雨の滴が、傘のはしからぽたりと落ちて肩をぬらす。


(わたしは、きっと、ダメになる)


頬を伝う温かい一筋の涙が、冷たい雨に濡れた地面にぽつりと落ちた。


(どうしよう)


そればかりが、頭の中をぐるぐるまわっている。