3月のライオン | ナノ
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傘の下の太陽 前編


いつものごとく、結は将棋会館前で島田の出待ちをしていた。
会館の中で待つのはさすがにずうずうしすぎる気がして大抵は近くのベンチに座っているが、今日はそうもいかなかった。


「あー、結構振ってるな」

会館の軒下で雨宿りをしていたら後ろから突然大好きな人の声が聞こえて結は振り返る。


「島田さんっ!」

ぱああっと顔を明るくして名前を呼んだ。

「俺たちもいるんですけどー、って見てないか……つか午前中あんだけ晴れてたのに災難だよねコレ」

そこまで言ったスミスにようやく気がついて「スミスさん、零君、こんにちは」と結はぺこりとお辞儀した。

「雨宿り?」
「はい、突然のどしゃぶりでほんともう……あ、でも島田さんに差し上げるつもりだった差し入れは死守したんで!!」

可愛らしくラッピングされたソレを誇らしげに手渡して、漸く結も人心地つく。

「差し入れよか自分を死守しなさい」
「イヤイヤ、ちゃんと自分も死守しましたよ?」

わずかに濡れた前髪を揺らしながら、ニコニコと笑う結に苦笑しつつ、島田はポケットからハンカチを取り出して差し出した。それを見た桐山とスミスが「おっ」と目を見開いたのに、二人は気がつかない。桐山は「大人の気遣い」に感心して、自分の気の利かなさを恥じていたが、一方のスミスはといえばピューと口笛でも吹きたい気もちでいっぱいだった。

「ちゃんとふいとけよ?」
「……はい」

王様からの賜りもののように、大事そうにハンカチを受け取って、また結はヘラリと笑った。

「にしても、どうしましょうか」

困ったように零が言う。

「傘、持ってきてないんですけど、少し待てば弱まるんでしょうか?」
「……んー、そだな。島田さんはどうなんです?」
「俺?イヤ傘なんてないけど、待っても弱まりそうな感じには見えないな」

ていうか雨男だしな……と僅かに島田は影を背負いつつ自嘲した。慌てて結と桐山が「そんなことないです!!」と懸命にフォローしているのを尻目にスミスは片手を顎にあてて考えていた。どう、するかを。
雨の勢いは強まるばかりで、待っていてどうにかなるようには見えないのだ。

「私の傘、良かったら!!」

雨男な島田さんも大好きですっ、といわんばかりの笑顔を浮かべて結は傘たてに立てていたソレを引っ張り出して島田に献上してみせた。

「いや、俺だけ借りるわけにもな……ってか結ちゃんが濡れるだろそれじゃ」
「わ、わたしはもう一本予備があるので……そうだっ零くん、私の傘に入れてったげよう!!島田さんとスミスさん二人でこの傘どうぞ!これ大きいんで大丈夫ですよ!!」

がしりと零の肩をつかむ。何でそこで桐山なんだよオイオイ、とつっこんでやりたいとスミスは溜息をついた。
変なところで、気後れしてしまうのが結の悪い癖である。まだ初心であることも一因ではあるのだろう。まるで中学生の恋愛を見せられているようで、見ているほうがくすぐったい気持ちになってしまう。


「そんじゃー、俺と桐山がソレ借りるわ」


鞄から結が取り出して見せた予備の折りたたみ傘をひょいと取り上げる。


「え、え?!」

「俺こないだあかりさんとこの店に忘れもんしてたみたいでさー、それとりにいくから桐山と方向同じなんだよね。ほら、行くぞ桐山」

桐山の首根っこをつかんで器用に片手で傘を開く。聞いてませんがそんな話?!と桐山がはてなまーくを盛大に飛ばしている。

「じゃ、俺たちはここで失礼するんで。結ちゃん、島田さん濡らすなよー。今期調子いいんだから体調崩して成も落としたらもったいないからな!もうじきタイトル戦も控えてるし」
「あの結さんっ、傘お借りします!」

島田が引き止める間もなく、カラフルな女物の傘に凸凹な二人が窮屈そうに納まって雨の中に駆け出していった。

一度だけ肩越しに振り返ったスミスの口元がわずかに笑っていたのを見て、島田はげっそりした。島田と結の関係を面白がって変に世話をやかれることが最近富にふえているのだ。こんなおっさんを若い子になんてどうかしている。そう一人ごちて。
誰か他の棋士が通りかかったらその傘に入れてもらおうか、それとももういっそタクシーを呼んでしまえばいいかと口を開こうとした。


「島田さん!」


けれど、島田は思い描いた行動を取れなかった。
使命感に燃えた目が、一心に島田を見つめていて、言い出せなかったのだ。


「お送りします!」


傘を握り締めた結に「……じゃあ、頼むよ」と言ってしまう。向けられている好意を受け取ってしまうのはまずいとわかっているのに、あんまりにもソレがまぶしくて手を伸ばしてしまう。お膳立てされたシチュエーションにまんまとはまってしまうのも悔しいが。

結の手から傘をとって開く。なるほど確かにこちらの傘は大きくて、二人入っても濡れなさそうだった。