アルバイト・リターンズ
「後藤さん、絶対絶対ぜぇーーったい誰にも内緒ですよ?」
百回はお願いしたであろう台詞が脳内をリフレインした。
大変に時給のよいバイト先。
メイド喫茶でメイドさんをしていることが、将棋連盟のかたがたに知れ渡ってしまったりなどしたら・・・・・。
想像するだに恐ろしい。絶対笑われる。似合ってないのわかってるもの。自ら恥を晒したくないじゃない!
こんな姿を島田さんに見られたりしたら・・・・・・・・・・・・恥ずかしさのあまり死ぬんじゃないだろうか私は。
だからこそ、絶対に言わないでくれと頭を下げて。耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んで厚顔不遜なご主人様に誠心誠意お仕え申し上げたというのに……。
「ううううううう、嘘吐きイィイィィィィィ!!鬼っ、悪魔、サディスト!!ごくあくにんっ!!」
わたしは二度と後藤さんのいうことなんて信じないぞ、と胸に刻みこんだ。
とりあえずあの性格ゆがみきった感じの笑みを泣きっつらに変えてやりたい。平手打ちじゃあ我慢なるまい。ぐーでいくぞ私は。ほんと、メリケンサック装備で。
この世のありとあらゆる罵詈雑言を浴びせかけてやりたい。最低だ。最悪だ。
「いらっしゃいませご主人様、だろーがよメイドさん」
「さっさと帰っていただけますかこの嘘吐きやろうめが。悪霊退散っ!!」
「へえ、そんなこと言っていいのかよ」
「後藤さん爆発しろ!」
店内の調理場から塩をとってきてまいてやりたい。しれーっとした顔がほんと腹立つ。
「あ、島田さんこんなところでよろしければゆっくりしていってくださいね?あの、わ、わわわたし精一杯おもてなししますので!」
こちらにはにっこりと営業スマイル以上のスマイルで。ああ、恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。
お願いだから島田さんにだけは、島田さんにだけは、他の誰に言っても島田さんにだけは言ってくれるなとあれほど言ったのに!!
いったいなんで後藤さんはこんな鬼のような仕打ちを私にするのですか?!
「いや、俺は、遠慮を、」
「遠慮すんなソイツの驕りだから」
「年下の小娘にたかるなんてどういう神経してんですかアンタは!!あっ、もちろん島田さんにはサービスします!よろしければ是非っ」
こうなればもうやけくそだ。
私は島田さんの両手をひしっと握り締めて、これは仕事だけれどもちょっと役得だなあとその手の温もりに感動したりしつつにっこりと笑って決まり文句をこれまでのどんなお客様に向けてより心こめて告げた。
「いらっしゃいませ、ご主人様っ」
島田さんがご主人様なら何時間だってメイドさんでかまわないかもしれません。