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ちいさな恋の物語




宗谷冬司という人は、将棋の国の神様の子供と目される人物である。
島田さんに出会うまで将棋に対する興味の薄かったわたしでさえ名前と顔を知っているほどの有名人で、30代をこしてなお衰えることのない相貌から女性のファンも非常に多い。
それこそ老若男女。

普段話す機会が増えてきたからか、そういう特別な人であるという認識が薄れてどうにも放っておくと危なっかしい手のかかる人、という印象が強くなっていた。
本当にコドモのままオトナになってしまったような人。

時折うっかり忘れていたけれども、この人はほんとにとっても人気のある人だったのだと今更ながらに再認識した。

「宗谷名人っ、いつか名人に勝てるくらいに強くなったら・・・・・・・・・」

小さな小さな女の子。
会長さんに頼まれて、宗谷さんに昼食を差し入れにいったわたしは非常にまずいところへと鉢合わせてしまった。

「わたしをめいじんのおよめさんにしてください!」

告白の、真っ最中。
わたしをここまで案内してくれた島田さんが後ろで固まったのがわかった。


「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」


デジャブ。どこかで見た光景だ。
まあ、それもそのはず。あの小さな少女は数年前の私で、宗谷さんの位置にいたのは島田さんだった。


「なんてこたえるんでしょーね宗谷さん」
「いやいやいやいやいや、相手小学生だから」
「小学生でも女です(キッパリ)」
「生物学的に女でも子供です(キッパリ)」

ひそひそこそこそ、物陰に隠れて会話を続ける。
どこか、自分たちに重ねてしまうからなおのこと互いの意見には心情がにじみ出ている。

「あと10年もすれば20歳ですよ」
「・・・・・20も年下の子を・・・・・」
「最近じゃ珍しくもないですよ!男の人はいーんです、女は出産とかのかんけーじょうやっぱ遅くなればリスク増しますけど男ってのはつごーよくできてますからね!40!まだまだ男盛り!コドモの一人や二人作れますって」
「・・・・・・・・・・・最近の若い子は・・・・・」
「あっ、宗谷さんが動きますよ?!」


すい、っと音もなく宗谷さんが少女の前でしゃがみこみ視線をあわせた。
真摯な瞳で彼を見つめる少女をまっすぐに見据えて、「そうだね、勝てたら、結婚しようか」

(ぇえええええええええええええ!?)
(きゃぁああああああああああああ!!ぐっじょぶ!ぐっじょぶですよ宗谷さぁあああん!!)


声にこそお互いださなかったけれど、宗谷名人の衝撃発言に二人は心の中で盛大な叫びをあげた。
あまりにも、あっさりと承諾してしまった彼に信じられないという面持ちで、今聞いたことは夢か幻だったんじゃあないかと疑ってしまいたくなるような非現実さ。


少女が「やくそくだよ!!ぜったいぜったいつよくなって、めーじんに勝つから!!」何度も繰り返し繰り返し確認する。
「そしたらわたしをおよめさんにしてね!」
頬をばら色に染めた少女は何度も振り向いては宗谷に手を振り、いつかの約束を口にした。



「・・・・・・本気か?」
少女の姿が見えなくなってから、私と島田さんは今見たものの衝撃冷めやらぬままに宗谷さんのもとへと駆けつけた。
開口一番に島田さんのその一言。
少女に自分をかさねてしまっているぶん地味にショックだ。

「彼女がそれでいいならね」
「いっがいでした〜。宗谷さんなら一刀両断にしそうだとか思ってましたけど。どーいう風のふきまわしですか?」
「さあ?なんとなく、それもいいかと思って」

コドモの戯れだし、時間がたてばこんなおじさんに興味もなくなる。
宗谷さんはそう言うけれど。

「それって、ありえないからこその承諾ですか」
「まぁ」

この自信。
将棋の国の神様の子供、なんて称されてしまう現役名人だからこそ許されるというものだ。確かに、ちょっとやそっとじゃあ彼には勝てまい。


「けど、万が一ってありますよね」
「・・・・・・・悪い顔はやめなさいね」
「島田さんっ、島田さんに勝てたら嫁にしてくれますか?!」
「絶対だめ」
「なんでですかぁああああ?!プロにいっぱんぴーぷるの私が勝てる確立なんていちぱーせんとだってありゃしないですよ?」
「だったら最初から諦めなさい・・・・・・・・大体、どーやって勝つつもりなんだ」
「・・・・・・・・・・40度の高熱の時とか、下剤をしこんだジュースを差し入れた後に対戦とか?」
「そんなことだろうとは思ったけどな」

げっそりと島田さんが溜息をつく。
けれども、私のポジティブシンキングはこんなことではひるまない。

「以心伝心ですねわたしたちってば☆」

もう2年だ。
私がこんなふーに島田さんの日常に姿を現すようになって、こんな風に話したり笑ったり、同じ時間を共有するようになって二年。
短いけれど、互いを知るには十分すぎるくらいの時間。


「・・・・・・・・っ、」


ぐぐっ、と言葉に詰まったように島田さんは眉ねをよせて口を閉ざした。
彼の日常にちょっとずつ侵食していく私に気づいて戸惑っている。

「あの子、ちょっとキミに似ていたね」
「じゃー、あんまりつれなくしないであげてくださいね」
「年頃になれば忘れるよ」
「女の子は覚えてますよ。恋する乙女は年齢に関係なく強いですからねぇ」

そのいい例がここにいる。
あの小さな女の子、もしや奨励会の子だろうか?宗谷名人に将棋で勝とうとは、それだけでも至難の業であることは明白。その上で、『勝ったら結婚』だなんて見上げた根性の持ち主である。

「あ、でも私今の子の顔見覚えがあるよーな?」


気の強そうな瞳。綺麗な黒髪をポニーテールにして、真っ赤なランドセルを背負った少女。
果たしてどこで見たのだったか。


「あ」


島田さんが今しがた持ってきた月刊将棋世界の一面を飾った「次世代の棋士」特集を指差した。
小学生ながら各将棋大会を総なめにしていっているその少女。かつての桐山くんや宗谷名人のように、女性ながら中学生プロ誕生に期待のかかる新人さん。


「子供名人!!」



(ちいさな恋の物語)



彼女のインタビューの記事に小さく載っていた憧れの棋士はやっぱり《宗谷冬司》だった。
将来の夢は勿論――宗谷名人に勝つこと、である。

「うふふ、断然あの子のおーえんしちゃいますよねっ!」
「・・・・・・・」