テイク・アクション (元拍手)
めんどうなところに鉢合わせてしまった。嫌な予感はしていたし、テレビの占いでさえ今日は朝から大凶で、黒猫には8匹も遭遇し、烏にゴミ袋を破られて掃除をするはめにもなったし、みずたまりに足を二度も突っ込んだ。
きっと、どんな駆け出し占師が見たって自分の運勢は最悪だ。おとなしく家にいるのが吉でしょう、と薦めるに違いない。
「朱音、頼んだものは」
「・・・・レシートはいってるから後から返してね」
赤井秀一という人は昔っから私を便利に使う。便利に、上手に使う。便利に、上手に使われてあげている、とも言えるが。昔っから、人当りに関しては最悪で、言葉を惜しむ人だから敵をあちこちに作りまくっている。
レジ袋を押し付けて、私は何も関係ありませんからねとすぐにその場を離れようとしたのに、腕をひっぱられて動けなくなる。
「なんで、きみが、わざわざ来る」
言葉を区切られると恐怖感が増す。こめかみがひきつりまくっている笑顔だ。
「・・・・メ、メールがきたんで」と馬鹿正直に答えたら、更に不機嫌なオーラが増す。
「メールが来ればほいほい言うことを聞くのか君は」
「・・・・・・・・・暇だった、ので」
「洗濯は」
干してない。
「朝食のあとかたづけ」
それは食洗機くんに入れたら完成するし。
「僕が頼んでおいた買い出しは」
それはこれのついでに済ませに行く予定だ。ちゃんと買い物袋だって持っている。というか、こっちがついでだ。なんだかんだと言うことをつい聞いてしまうのは、このタイミングの良さもある。何かをしようとすると、じゃあついでにやってやるか仕方ないなぁというタイミングでお願いされるから断りずらいのだ。
逆に言えば、目の前で不機嫌ですと言わんばかりの人とはあまりタイミングのかみ合わせがよくないなと思う。
何か頼まれるときに限って、お客さんにかかりきりで手が離せないときなのだ。
「なんですか、その顔」
「私と先生ってタイミングも相性も最悪なのに、同居生活うまくいくのってなんでだろうと思って」
「僕の努力の賜物です」
即答された。間髪入れずに真顔でそういうこと言えるあたりがさすがである。
生活力にかける私の生活水準は、この人と暮らすようになって飛躍的に上がっている。一時的な同居だったはずだけれど、美味しいごはんとふかふかのベッドに最高の珈琲につられて自宅兼事務所の修繕が終わった今もずるずると同居が続いている。一度上げてしまった生活水準を下げるのはなかなかに難しい。
「とにかく、その男の連絡先は全消去してください」
「あ、あははは」
この人の赤井秀一嫌いは本物だなぁといっそ感心してしまう。
「彼女は妹も同然だ」
「・・・・実妹をパシりには使わないのに妹分にはこの扱いである」
「お前なら安全なルートを選んでくるからな。真澄はどうにも危険に飛び込んでいく傾向が強い」
「やめろというのにやめないところがそっくり兄妹だよね!私の忠告一個もきかないもんね!」
「用が済んだなら帰ってください」
「先生、今日帰ってきます?」
「・・・仕事が片付けば」
「じゃあ大丈夫ですね!今晩はカレーです」
「降谷くん、薬局へ寄って帰れよ」
「一兄だまっててくれませんかねぇ!?私の料理スキルは先生と同居してからというもの右肩上がりなのを知るまい。ふっふっふ」
「なるほど、どれほどの腕前か相伴にあずかるか」
「さっさとアメリカへ帰れ赤井」
「そーだそーだー、ジャンクフードにまみれて残念中年になってしまえー」
歳をくっても相変わらずかっこいいのは非常に腹が立つ。というか、赤井たちの家の人間の顔面偏差値の高さは神様の依怙贔屓が酷い。先生も今は割と童顔だが、歳を聞いたことはない。いくつぐらいなんだろうか。思えば、誕生日だって知らない。それが同居人。ちょっとどうなんだ。どうしよう、今日が誕生日だったりしないかな。誕生日か・・・・サプライズとか楽しいんだけどな。たかが同居人にやられたら引くかな。
星座占いとかでこっそり誕生日聞いてみようかな。とか、考えているあたり、いつまで同居し続けるつもりなんだ自分は。一時しのぎのはずが、どうにもまずい。
「ところで雨も降ってないのに傘を持ってるのはなんでですか」
なんで、といわれると自分でもわからない。傘がいると思ったのだ。
「さすが朱音」
にこやかに赤井が言う。と同時に、扉を蹴破って誰かが飛び込んできた。待って!そうだよこの二人が顔をそろえているのだから、これはまずい事態じゃないか。
手に持っていた傘が、一瞬にして赤井に奪われ次の瞬間には、飛び込んできた黒づくめの男に武器として襲い掛かった。ああああ、お気に入りの傘が!間違いなくもう使い物にならないし、人の頭を野球みたいにバッティングした傘をたとえ無事でも平気な顔して使える気はしない。
クリティカルヒット。飛び込んできた男は一撃で床に倒れこんだ。何者かなんて重要ではない。わーわーわー、と耳を押さえた。これだから一兄のそばに居ると!物騒なのだ。
考えてみるに、先生の傍は意外に平和だ。先生が私を巻き込まないからかもしれないが。
相性ってあるんだなと思う。
「撃つと他の連中に気づかれるからな。手頃な武器が欲しいところだった」
「こんな修羅場になるかもしれないところに呼び出すなんてどうかしてる!私は一般人なのに!」
半泣きで抗議した。けれど赤井はけろりとしたもので「お前なら大丈夫だろ?」と。そんな信頼はいらなかった。大丈夫なのと、怖くないのは別問題だ。
先生が私をかばうように背中に隠してくれるのは、なんだかまっとうな扱いをされているのでとても幸せを感じる。
「・・・・こういうことはよくあるのか」
唸るような声に、つい「そうなんですよ!酷いですよね!」と鼻息荒く答えたら逆に「だからアドレスを消せと言ったのに!」と叱られた。一理ある。
だがこれはもう仕方ないのだ。こういう人と幼馴染として家族ぐるみでお付き合いがあってすっかり当たり前のようになっている。
足音が幾つも近づいてきて、近場にあったテーブルを二人がひっくりかえして盾がわりにする。ここは日本なのに誰もかれも銃を装備しているのはこれいかに。ああでも、どこの誰かは知らないけれどすぐに逃げた方がいい。私の占師としての勘とかそんなの関係なしに。――逃げないと、やられるぞ!と。
数分後には、動いているのはまた私たち三人だけになった。早いよ片付くのが。いっそ敵の方が可哀そうになってくる。
「あ」
すみっこに隠れていた私は声をあげた。
「スーパーの特売終わっちゃう!」
「送ってやる」
「え」
「何か文句が?次の現場へ動くついでだ」
「・・・・今日の朝の占い『ドライブ』がアンラッキーワードだったような」
「シートベルトはしておけよ、朱音」
「俺の隣にのせるのに、道交法違反をさせるわけがないだろう」
おつかいにでただけのはずなのに、アクション映画もかくやの時間。ようやく一息つけるかとおもったけれど、まだまだアンラッキーでデンジャラスな一日は終わらないらしい。
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