箱庭トロイメライ;DC | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


ブリリアント・ライフ


「あ」

注文を取りに来た店員さんの顔をまじまじと見つめた。

「いらっしゃいませ、何にしますか?」

店員さんの笑顔がさく裂した。効果は抜群だ。私は瞬時に空気を呼んで、がっちりと口をつぐんだ。お口にちゃっく。守秘義務は占師にとって重要なファクターである。
オーケー、オーケー。だからそんなに笑顔でこっちみないでくださいよ。イケメンスマイルがまぶしすぎて死にそうです。貴方ふだんそんな顔したことなかったじゃあないですか。不機嫌な仏頂面が貴方のテンプレじゃあないですか。

「なにに、しますか?」

笑顔のごり押し怖い。

「お、おすすめで」
「かしこまりました」

安室さん〜、ともう一人の女性店員さんが彼を呼んだ。ほう、安室さん。ここではそう呼べばいいのか。学習するが、果たしてそれを私が呼んでいいのかわからないので、ひたすらに沈黙を守ることにした。
おきゃくさんが『めちゃくちゃさわやかでイケメンの店員さんに癒されるからぜひ行ってみるべきです』とおすすめされたときに、なんだかそわそわしたのは気のせいじゃなかった。自分の勘は「行くな」とメッセージを送っていたというのに・・・あーめん。だってイケメンに癒されたかったし。ちっとも癒されてないけれども。
おすすめらしいサンドイッチとコーヒーが光のはやさで出てきた。おっと、これはさっさと食ってさっさと帰れと。なるほど理解しましたよ!
私は心の中でぐっと親指をたててがってんしょうちだぜ!と安室さん(仮)に念をおくった。
サンドイッチはとっても美味しゅうございました。コーヒーもいつもの味で、この人ほんとなんでもできるんだなぁと改めて感心した。感心しつつも、これがじゃあ彼のほんとうの姿なのかと考えると、なんだか違う気がした。とてつもなく似合っているし、さまになっているけれども。占師の勘ってやつですね!
もぐもぐと一心不乱にサンドイッチを食す。安室さん(仮)がにこやかにこっちを見ている。怖い。

「あっれ〜?占師のおねーさん?」

まいがっ!私は心の中で叫んだ。サンドイッチものどに詰まらせかけてしまい、あわててコーヒーで流し込む。

「お園ちゃん!」
「おすすめしたの、来てくれたんだ〜」
「う、うん」

私の向かいに座ってもいいですか?と丁寧に聞いてくれた女子高生二人組。園ちゃんと蘭ちゃんは、近頃うちのお店によく来てくれるお客さんである。このお店にイケメンがいるの!と教えてくれたのはもちろん園子ちゃんである。

「イケメンでしょ?」と私に顔をそっと寄せて園子ちゃんがにやりと笑う。
私はひきつり笑いで「ほんとだね!」と答えた。
ちっとも癒されてはいないのですがそれは言わないでおいた。

「園子さん、蘭さん、こちらのかたとはお知り合いなんですか?」

二人が注文したものをもってきたついでに、私の領収をもってきたイケメンアルバイターさんがさわやかスマイルをさく裂させている。

「占い師さんなんですよ〜!当たるも八卦当たらぬも八卦!が売りで」
「・・・こ、こないだは彼の帰国あてたよね?!」
「その前のははずれてましたよ」
「ぐうの音も出ない・・・」
「へぇ、僕も占ってもらおうかなぁ」

ニュータイプではありませんが、ピキーンと私は何かを受信した。笑顔の裏からにじむ「早くお前の巣に帰れや」オーラが痛い。

「はっはは、あたらなくても怒らないならいつでもどうぞ〜」

お店の紹介を兼ねた名刺をお札と一緒にそそくさとテーブルに置いた。

「もう帰っちゃうんですか?」と名残惜しそうにしてくれる二人はほんとうに可愛い女子高生だ。願わくばこのままトークしたいです。けれども場所が悪いんだ。敵にまわしちゃいけない相手くらい、わきまえている。

「また二人もお店に遊びに来てね!」

二人の分のお会計もまとめておいて、わたしはお店を脱兎のごとく飛び出した。



***



「あ、イケメンアルバイターさんだ。いらっしゃい」
「・・・・・」

どうしてこの人はいつも真夜中にやってくるんだろうか。謎だ。住居兼店舗だからいつも私はここにいるけれど、それにしたって営業時間というものを少しは配慮してほしい。
私はすでに寝巻である。二階につづく階段から店内を覗いた。

「どうしていつもすぐに来店がわかるんですか」

ぎくり。

「ええっと、来店ベルがついてまして」

魔女だから、とかいったらこの人いったいどんな顔をするだろうか。とりあえず無難そうな言い訳をしてみた。

「見たところなにもありませんでしたが」
「最新式でして」
「最新式、それはそれはご教示いただきたいですね」
「・・・・一族に伝わる秘密なのでちょっと」

調べてみたところってなんだ。来てそうそう何してるんだこの人。

「しいていうなら、・・・・占師の、勘ですかね!!」

どや顔きめたのに、イケメンアルバイター氏は興味なさそうな相槌をしてくる。質問してきたのはそっちでしょうにと憤りもあるが、この人相手にぷんすかしていても仕方ない。


「イケメンアルバイターさん、コーヒーひとつお願いします」
「・・・・自称天才占い師さん、仕事してくれませんかね」
「閉店してますんで」
「あいにくとこちらも業務時間外ですので」

きらきら光る金色の髪が、月明かりの中でもまぶしい。階段に座り込んで、話をする。このイケメンさんはこの店を勝手に簡易ホテルにしている節があるのだ。たぶん、今夜はもうこのまま居座るつもりだろう。

「わたし、もう寝ますんで」
「客ほったらかしてですか」
「朝一番で占ってあげましょう」
「テレビの今日の占いの方があてになりそうですけどね」
「ひどっ」

来客用のソファに長い脚をのっけて寝転がる。ソファの下に勝手に常備されている毛布をかぶって勝手にお休み体制に入っている。

「まいかいいってますけど、そのソファはものっそ高いやつですからね。よだれつけたら損害賠償まったなしですからね」

ひらひらとあっち行けと手で指図してくる。なんてことだ、家主は私なのに!

「呼ばないんですか」

きびすを返そうとしたら、ソファから声がした。

「はい?」と首を傾げれば「名前」と彼が言う。名前、名前、名前。はて、なんのことだろうか。

「今日、昼間聞いてたんじゃないんですか」

――あむろさん。
そうだ、そうこの人は呼ばれていた。

「名前は、とっても力があるんです。だからなるべく呼ばないように心掛けてるんですよ。占師って魔女のはしくれみたいなもんですから」

とはいえ、果たしてあの名前に効果があるのかは疑わしい。名前は魂と器を結んでいる糸みたいなものだ。昔は本当な名はそうそう明かされるものでもなかったのにもきちんと意味があったことなのに、人はどんどん忘れていく。
私程度ではあまり効果はないけれど、言霊の力っていうのは馬鹿にならないのだ。

「・・・・」
「その名前だと、私たち世代は八頭身美人歌手思い出すんですよね…一曲歌います?」
「歌いませんよ」
「デスヨネー」



***



トリプルフェイスにつかれないか、と聞かれれば確かに「YES」だ。疲れる。
降谷零は非常に優秀な男だが、それでもロボットではなく人間だ。オーバーワークによる疲労は確実に蓄積していく。
安室透はいつでもさわやかなイケメンアルバイターでなくてはならず、バーボンは言わずもがな切れものとしていつ何時も気が抜けない。かといって降谷零としてゆっくり過ごせるかと言えば、前述の二つの正体が露見しないように努める必要がある。輝ける未来を夢想するような子供でもなかったが、まさか自分がこんな面倒な人生を送ることになるとは子供のころの自分は思うまい。
どれも自分だが、時おりその全部を忘れて空っぽになりたくなる。

『おきゃくさん』
『つきかげさん』

占師は適当な名で彼を呼ぶ。誰でもない。ただの客としてのようでいて、どこか特別な響きをのせているように聞こえるのはなぜだろうか。
彼女は降谷に名前を聞かない。どんくさいが、変なところで勘の働く女性である。
聞かれないから、名乗らない。彼女にとって、彼はなにものでもない。古いビルの地下にある薄暗い店舗は、秘密基地みたいで気に入っていると得意げだったのを笑ったけれど、降谷にとってもそうなりつつある。秘密基地みたい、ではなくまごうことなく秘密基地扱いであるが。


「おはようございまーす」

上の寝室から寝癖をつけた寝間着姿で降りてくる彼女は簡易キッチンに立つ降谷の横に立つ。

「あさごはんなんですか」
「サンドイッチ」
「やった、朝からついてるなぁ」
「君のがあると思ってるの?」
「・・・・わたし、家主ですぞ?」
「つまみぐいしない」

のびてきていた不埒な手をたたき落とす。ちぇっ、と小さな舌打ちが聞こえた。

「コーヒーの用意をしておいてください」
「え、私が?」
「他にだれがいるんですか」

じっと彼女が僕を指さす。

「・・・・コーヒー、入れてください。教えたでしょう?」
「こんな朝一番で唐突にコーヒー入れ方覚えてるでしょうかの抜き打ちテストが始まるとは思わなかった!せんせい、事前にテスト範囲予告しといてくんないと困りますっ、予習まにあってない!」
「むしろ復習をしてください」
「ぐう」

せんせいのが美味しいのにわたしのまずいコーヒーを飲むなんてまちがっている!とぶつくさと文句を言っている。

「いいから早く。サンドイッチだけで食べるのも味気ないでしょ」
「最高の朝食に最低の飲み物を添えることになるわたしの気持ちは先生にはわかるまい・・・」


どうやら今朝の呼称は『せんせい』でいくことにしたらしい彼女はのたのたとコーヒーメーカーへと足を向けた。
「せんせい、ひげのびてますよ」と攻撃してきたが「寝癖とよだれの後を直してからいうように」とすかさず降谷も反撃した。


自分で作ったサンドイッチと、彼女のいれた相変わらず少しも上達していない薄すぎるコーヒーを胃に流し込む。勝手においている着替えのスーツに袖をとおした。
公安、降谷零の装備だ。昨日までのラフな服はまとめて洗濯機に放り込んだ。

「・・・・Mr.スーツ、ここ貴方んちじゃないのですが」
「たまっていた貴方の洗濯もはいってますから、洗濯機が止まったらすべてコインランドリーに持って行って乾かしておいてください。ちなみに、あちらにわけてあるものはクリーニングへだしておくように」
「ええ〜」

抗議を聞くより先に扉を開けた。この部屋を出るときはいつも、海から顔出す瞬間のようだ。最後に海に泳ぎに行ったのがいつだったか思い出せないくらい昔だが。
外界の喧騒が遠くから風にまぎれて聞こえてくる。閉まったままの扉をもう一度振り返る。次にくるのがいつかはわからない。今晩来るかもしれなければ、一か月二ヶ月、下手すれば半年から一年来ないかもしれない。
自称、魔女の占師なんて怪しすぎることこの上ない女だ。

(どうせ、いいつけたことの半分くらいしかしないでしょうけど)

結局、洗濯がコインランドリーに置き去りにされていないか、クリーニングをケチって適当な洗濯をしてやいないか、確認しに戻ってくるのだ。











title by Javelin



prev / next