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タイムゴーズバイ


「……何分使ったんだ」

目を、覚ましてスティーブンは呟いた。爆薬の匂いがあたりにたちこめている。

「……10分、くらい、ですよ」

力ない声が答える。まだ若い少女の声だ。遠くからサイレンの音が聞こえる。
10分、その時間にスティーブンは呻いた。
とある組織のアジトになっているビルの一階にあるレストランで、今度の仕事の視察もかねてランチをしていた。まさか敵がこうも早くに動き出すとはまったく計算が甘かったとしかいいようがない。

「ハル」

声が掠れる。こんなはずじゃなかったのだ、と言い訳しそうになる自分を叱咤する。もう起こってしまったことは変えられない。ハルは“使って”しまった。

「すてぃー、ぶんさん」

息が荒い。途切れがちになる声。爆発で崩れ落ちてきた天井。一瞬、隣のご夫人をかばい術の発動を遅らせてしまったスティーブンの頭に瓦礫の破片があたって、そこで一瞬意識が途切れていた。
当然、全員が瓦礫に埋もれて死んでいた“はず”だった。

「……なんだい」
「ジュリアンに、ごめんねってつたえといてくだ、さい」

彼女のハイスクールの友人の名前を告げられて「ああ、もちろん伝えるよ」とかみ締めるように答えた。そのごめんねの意味もきちんとスティーブンは把握している。
違う、謝るのは彼女じゃあない。自分なのだ。

「ハル、もういい、もう十分だ」

あたりがひんやりと冷える。スティーブンの術が発動したからだ。

「あとは僕にまかせて君は“眠りなさい”」
「…すてぃ、ぶん、さ、ん」
「ん?」

ぶじですか?という彼女の言葉をぎゅうと力いっぱい抱きしめることで黙らせた。


「おやすみ、ハル」


耳元にそっと囁いてやる。安心したようにこわばっていた体から力が抜けてスティーブンの胸に体重がかかった。
スティーブンの氷がみしりと音をたてる。崩れかけてのビルを支えていた“力”が消えて、その全ての重みが氷にかかったからだ。
ハル・フィッツジェラルド。彼女はPSI能力者だ。主な能力は重力の操作と、サイコキノ。類稀なる強力な力を持った少女だ。
ある偶然の出会いから、スティーブンは彼女と親しくなり、そうしてその能力をライブラのために利用してきた。
彼女はいくつもの能力を併用できるが、多感な年頃のせいもあってかコントロールのかけていた。しばしばそれで問題を起しては学校側から叱られているし、ポリスにだって目をつけられているだろう。

その能力の中でも、サイコキノの能力は彼女にとって最悪だった。
便利な能力である反面、代償が伴う。

“1分1日”

1分使えば、彼女は丸一日眠り続ける。
自分では発動を制御できない彼女は、いつでも突然眠りだしてしまう。気が弱いくせに、不正を許せず、短気で直情型。自分たちの上司によく似た彼女は、上司と違ってひとりぼっちだった。それをスティーブンがつけこんで、いいように使っていたのだ。

若い少女にとってその一日がどれだけの価値を持つのか。わかっていても、必要に迫ればいつだってスティーブンは彼女を呼び出した。「君の手を借りたいんだ」その言葉に彼女が弱いことを知っていて。
女子高生の彼女は、スティーブンやその他の構成員たちよりも警戒されにくいから、ついつい便利に使っていた。

悪いとは思っていた。だからこそ「今度、みんなで卒業旅行に行くんです!」と彼女が楽しみにしていた日だけは何としても平穏無事に送り出してやろうと決めていた。孤児院育ちの彼女が、スティーブンの要請の合間をぬってはバイトにあけくれて旅行資金をせっせと溜めていた事だって知っている。コレに関してはスティーブンが埋め合わせの意味もこめて僕に出させてくれないか、と提案したのだが「わたしがすきでやってることですから」と笑顔で断れてしまったから、さしものスティーブンもかすかな罪悪感を抱いた。

10日。
旅行の出発日から逆算して、深くスティーブンは息を吐いた。腕の中でこんこんと眠り始めた少女は、少しもスティーブンを責めない。彼女の青春をまたひとつ奪って台無しにしてしまった。

ハイスクールの友人に電話をすれば烈火のごとく罵られるに違いない。彼女の友人たちは、特にハルが名前をあげたジュリアンはスティーブンのことをスティーブンの外面に騙されることなく蛇蝎のごとく嫌っている。
ハルのお人よしに漬け込む氷の悪魔。金でハルを釣った詐欺師。ロリコン。いくつもの不名誉にすぎる呼称を賜っている。

抱えあげた体は軽い。それを片腕に抱え込み、瓦礫を氷で片付けていく。外へとつながる道を作れば、中に取り残されていた人々がわれ先にと飛び出していく。外には多分、ライブラのメンバーやポリスが到着している頃合だろう。10分。
もっと早くにスティーブンが目を覚ましていれば。もっと早くに、ライブラに連絡を取っていれば。
いや、そもそもスティーブンが彼女を呼び出していなければ。
いくつもの仮定が頭をよぎるがどうしようもない。スティーブンの情は、確かに彼女を解放してやりたいと思うのだが、ライブラにおける氷の番頭の理性がそれを決して許さない。使えるものは使うべきだ。眠るだけだ。ただそれだけのリスクで、あれだけの力を振るえる人間を使わずにおくほうがどうかしている。

だから、これから先なんどだってスティーブンは同じことを繰り返すのだ。

わずかな良心の呵責に苛まれながら。


***


「あれ、最近番頭早いっすね」

いつもであれば何日も徹夜でオフィスに居座る番頭役が、ここ数日日が暮れると共にそそくさと仕事を終わらせて帰路についている。

「ハルだ」

クラウスが答えた。
わずかに苦味を残した声音になったのは数日前に起きた事件についての詳細を把握しているせいでもある。

「あー、今度は“何日”なんすか?」

その一言できちんとザップも状況を把握した。ハル・フィッツジェラルドのことはザップも勿論知っている。一度なんて売りをやっていてザップの相手をしていた同級生相手に「もっと自分を大事にしないと!」とやり部屋に乱入してきたこともあるイマドキこの街では珍しいほどに糞真面目な少女だ。
そして、彼女がスティーブンにしばしば協力していることも。彼女が能力を使うとどうなってしまうかも知っている。

「10日だ……卒業に必要な試験に間に合わないかもしれない」
「なんとかなるんじゃないっすか?あいつ馬鹿だけど馬鹿じゃないっすからね」

それに、あの番頭がそんなことを許すはずもない。おそらくは学校側に働きかけもしているはずだ。

「起きてからが大変だ。スティーブンもそのために色々用意しているのだろう」

無論、それだけでもないだろうが。
ハルは孤児だ。世話を焼いてくれる身内がいない。これまで能力の暴走を繰り返していたせいもあって孤児院では相当酷い扱いを受けていた。一度、スティーブンに言われてハルを孤児院に迎えに行った。身なりをきちんとしていないちゃらんぽらんなザップに油断したのか、孤児院の人間はミスをした。
ザップを『化物を買いに来たやくざの下っ端』だと思い込んだのか、いかにハルが危険で力があるかを熱弁し、「今は地下室に閉じ込めてある」なんて口を滑らせた。薄暗く、しめっぽく、光さえ届かない、薄汚れた地下の牢獄のようなところがハルの住処だった。

いかにもきちんとしたスーツをきたスティーブンに対して、最大限警戒していた孤児院はスティーブンがやってくるときだけ階上の子供部屋へとハルをおいていたのだと知った瞬間の番頭の顔を、思い出すだけでザップは震えあがる。

現在、ハルの住居はスティーブンがいくつか押さえているセーフハウスの一つに変わっている。力を使ってしまうとこんこんと眠り続けてしまう彼女のために最新のセキュリティが施されているらしい、と噂で聞いたがどこまでほんとうかはわからない。ただ、ザップが知っているのは。

ハルが眠っている間はスティーブンの帰宅が早くなる、という事実だけだ。

眠っているハルを見たことがない。いや、眠りかけの状態なら何度もある。だが、完全に眠りに落ち無防備な彼女を知らない。それを知っているのはおそらくは我らが番頭だけなのだろう。大事に大事に、隠しこんで。

「ところでザップ、スティーブンから『明日の朝にそれが終わっていなかったらお前の人生が先終わるからな』、という伝言を預かっている」

げ、と呻いた。ザップ・レンフロの徹夜がまさにその瞬間確定した。


***


スティーブンは足早に、帰路を行く。途中で何箇所か寄り道をするが、基本的にはまっすぐに家路をたどる。
今日の寄り道は最近流行りと噂のネイルショップだ。アイスブルーのペディキュアをスティーブンを待つハルがつい先日物欲しげに見ていたブランド物。
先日はこれまたウィンドウごしに眺めていた特大のテディベア。その前は以前連れて行って(勿論仕事で)ものすごく喜んでいたチョコレートショップの限定品。

そうして買ったものを、彼女の眠るベッドサイドに並べていく。馬鹿げたことをしている自覚はある。彼女はいつだって目を覚ますとそれを見渡し困ったように笑うのだ。「気にしないでいいんですよ?」と。

女性は贈り物を喜ぶイキモノだと思っていたのに、あまりハルには効果がない。おずおずと感謝しつつ丁重に受け取りを辞退される。時には「じゃあ、あの…院の子たちにあげてください」なんていわれる始末だ。あの孤児院にスティーブンが顔を出そうものなら、あそこの大人たちは悲鳴をあげて逃げ回るだろうが。

「……あと、5日」

彼女の眠りは自分の責任だとスティーブンは考えている。だからこそ、相応の代償を支払いたい。なのにそれはいつだって受け取られない。わかっていて、それでもスティーブンは彼女を利用する。
いや、ほんとのところ彼女の代わりにできるのものだってないわけじゃあない。それでも。それでも彼女を呼び出すのは。

(……明日は、なにをかって帰ろう)

もう既にねた切れのおじさんは、明日あたり一発ひっぱたかれることを覚悟して彼女の友人に会いに行こうと心に決めた。大事な親友への捧げ物だと分かれば、イマドキの若者の流行のひとつやふたつ教えてもらえるに違いない。
翌日、やっぱり「おっさん、さいってーよね!」と平手うちをくらったが、実は平手より「おっさん」の方が堪えている。
その日は教えてもらった流行の女性シンガーのCDを購入した。スティーブンにはさっぱりわからない甘ったるい歌詞だ。だがひとつだけ。

――あいたくて、あいたくて。

そこだけは、わかった気がした。
スティーブンと、アンに“事件解決”以外の接点はない。スティーブンが仕事を持ちかけなければ、ハルとスティーブンの生活なんて少しも交わらない平行線、どころかどんどん一秒ごとにその距離は離れていく一方だ。
スティーブンと過ごす時間が増えれば増えるほど、彼女の平穏な学生生活が削れてしまっていくのに。公私混同もいいところだ。

かけていたCDをとめる。まだ眠り姫は目を覚まさない。


***


「あの、おっさんはサイテイよ」

目を覚まして、旅行の土産話を聞くはずがなぜか話題はスティーブンのことで持ちきりだった。ハルはずずっと、ジュースをすすりながら「そう?」と相槌を打つ。

「そうよ!」
「ジュリアン、それ欲しいって言ってたけど高くて諦めてたピアスじゃない?」

きらりと光る見慣れぬピアスを指摘すれば、ジュリアンはふふんと笑った。

「とあるおっさんから情報の対価にせしめたの」
「……ジュリアーン、援交はやめなさいとあれほど、」
「そのとあるおっさん、名前を“スティーブン”っていうのよね」
「サイテイっていっときながら?!スティーブンさんに何させてんですか、援交でスティーブンさんが捕まったらどうするの!」

ジュリアンは白い目をしてハルを見た。鈍い。鈍すぎる。いっそあのおっさんが哀れである。
いや、同情はしない。あれは敵なのだ。

「おっさんはね、旅行のことだってちゃあんとわかってたはずなのよ」

あたりまえだろう私が話した、とハルが口を尖らせる。違うのだ、そう言う意味じゃあない。

「ダンスパーティーのことだってそう。あと、ミスHLコンテストの二次審査のことも」

どれもこれも、楽しみにしていたのにスティーブンの依頼でおじゃんになってしまった計画ばかりである。そう、間違いない。あのおっさんはわかってやっているのだ。仕方ないって、と肩をすくめているハルの頬をぎゅむりとつまんでやった。

「いひゃい!」

旅行よりも、パーティーよりも、ミスコンよりも、そして、――PLLLL,と携帯が鳴る。なんて忌々しい音だ。思わず舌打ちする。ハルが「ひゃい、アンれす」とつままれたろれつのまわってないままに通話ボタンをおす。
スピーカーから『ハル?』と困惑した耳慣れた声。ハルは慌ててジュリアンをひっぺがした。
電話の向こうにいる人物に「うんうん」と頷いているハルを机にひじをついて眺める。「え、わたしでいいんですか?」「でも、」「あ、いや大丈夫ですよ?」――、一緒にいる友人よりも、自分を優先してくれるかあのおっさんはいつだってハルを試しているのだ。なんて、汚くて卑怯で臆病きわまりない野郎だ。ふぁっく、ゆー。視線でちらちら「ごめんね」と謝ってくる友人に片手で右指だけをたててやる。もちろん、そのポーズを向けているのは電話の向こうだが。

「ごめんジュリアン、スティーブンさんに頼まれごとされた」

通話が終わるなり、ハルは残ったジュースを勢いよく飲み干し食べかけのケーキを慌てて始末する。

「……あっそ」

そして、久方ぶりの友人を置いてのこのことあんなおっさんの所に行くのだ。このばかめ。
ぶう、と唇を尖らせて露骨に嫌な顔をしてやる。どうせそれでも行くのだが。仕方なく、買ってきたお土産の袋を渡してやる。まだまだガールズトークだってはじまってばかりだったというのにこの仕打ち。平手うちと、ピアスだけじゃあまだ安かった。

「ほんっと、あのおっさんサイッテイ!」

カフェに取り残されたジュリアンはむっつりとむくれながら端末をいじりはじめた。――さて、あのおっさんから次は何をせしめてやるべきか。思い切り高いものを強請ってくれようと、ふんと鼻を鳴らして心に決めた。
そして、全速力でサイテイ男のもとへと走っていく馬鹿な友人の背中を見送った。











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