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餌付けされた猛獣の本音


八嶋春は酷い女である。
だがたいていの場合は俺の方が悪いことになる。なんでだ。どいつもこいつも視る眼がない。俺くらい春に振り回され、いいように使われ、それでも春を大事にしている人間はいないのに。

「春さんのお見合いを邪魔して回るのはどうかと思うよ」

迅がしたり顔で言う。

「春が悪い」
「太刀川さん、あのねぇ」

頭をかかえて、迅が説教モードに入ろうとした。未来が視えているくせに、なぜわからないんだこいつは。

「ちゃんと視てんのお前。春が結婚して、可哀そうなのは相手だぞ」
「は?」

可哀そうだろうが。俺は相手が心底かわいそうだと思う。何せ俺はここ何年も俺ってなんて可哀そうなんだろうと思っているからだ。

「まさ兄絶対主義は魂にこびりついてはがれねーの。旦那と忍田さんがおぼれてたら迷いなく旦那見捨てるやつなの」

「忍田さんはおぼれないでしょ」

「お前、知らないからな。春は酷い女だぞ」

「けど好きなんでしょ太刀川さん」

「好きだよ。けど春は別に俺のこと好きじゃないんだなコレが」

素直に認めたら迅が意外そうな顔をした。

「春の世界で男は何種類に分類されてるかわかるか」

「・・・忍田さんと、それ以外?」

惜しい。

「まず忍田さん、それから忍田さんが大事にしてるやつ(ここに俺が入る)、忍田さんの役にたつ奴、立たない奴、以上4種類な。お前は大事にされてて役に立つとこに入るだろーな」

「それは太刀川さんの勝手な見解でしょ」

「言っとくけどな、こないだの見合いだって『自分の方がうまくいけばまさ兄は助かるだろうな』が8割だし、『そろそろ結婚したら安心してくれる』が2割だ。相手はまさ兄の役に立ってくれるいい人そうな男ならだれでもニコニコ笑ってOKする女なんだよ春は。相手が可哀そうだろうが」

迅がそこまで?という顔をした。
わかってない。こいつほんとわかってない。
忍田さんと旦那が対立する羽目になってでも見ろ、春は旦那をさっくり捨てる。

「太刀川さんと結婚する未来が視えてるって言ったらどうすんの」
「そりゃするだろ」
「なんで」
「俺がふらふらしてて、そのうち忍田さんが心配しだす」

目に浮かぶようだ。
だいたい、あんな酷い女に付き合いきれるのが俺以外にいるか?いないだろ。
まさ兄第一主義も絶対主義も、まぁ仕方ないと許容してくれるような男いないだろ。

『慶、お前いい人いないのか』とか言う。絶対言う。そろそろ落ち着けとか絶対言われる。自分は30代で独身の癖に、弟子あたりにはかなり無茶振りしてくる。
それを春が聞けば一発だ。

「俺が『忍田さんがそろそろ落ち着けって煩くて困る』と春に相談して、ゴールだ。めでたしめでたし」

「全然めでたくないよね?!」

「何でだよ。みんな幸せだろ」

「・・・・っていうか太刀川さんはそれでいいの」

「だから言ってんじゃん。あんな酷い女、こんなに真面目に好きでいる可哀そうな俺にはそのうちご褒美があってしかるべしだと思うね」

「・・・・それでも好きなんだ」

「好きだよ。超好き。俺が何回失恋したかわかるか迅」

「・・・・えっと、うん、なんか、もう、ごめんなさい」

春は酷い女だ。
不器用で失敗するが、それを忍田には見せないように必死に隠している。差入れの菓子は最初の頃は10こ作れば2個しか成功せず、その成功した2個はもれなく忍田さんに献上されていた。
そして残りの8個は『慶くん食べる?』と俺に払い下げられる。
子供の頃からずっとだ。
出会ったときにはもう、春の世界の中心には忍田さんがいた。

「俺が強くて、トップで、可愛い可愛い忍田さんの一番弟子だから、春は俺を大事にしてくれんの。俺はそれ知ってて、それでもまぁ、忍田さんはすげーしかっこいいし俺も尊敬してるから我慢できる。けど他の男はダメだろ。俺の忍耐はなんだったのって思わね?」

迅が「頑張って未来確定させてね」と引き気味に言った。
そうだ、だから俺は少しも悪くない。むしろ人を救ったと思う。
とびきり美人ってわけでもないが、人当りも愛嬌もよく、料理は失敗もするがそこそこ美味い。だが春の一番は忍田真史だ。
それを知らずに、春に愛されてる!なんて勘違いをして結婚するなんて相手の男が可哀そうだろ。現実知って打ちのめされる前に俺が打ちのめしてやっているだけだ。

「忍田さん以外の男の一番は俺なんだから、春は俺のになるだろ」

「沢村さんについては?」

「自己分析はできてんだよ。自分は本部長夫人なんてできない、ってな。そして誰が一番ぴったりか、まぁ春の厳しい審査基準満たしてる沢村さんって、はんぱねーよな。びっくりしたわ俺」

「俺が現在進行形でびっくりしてるよ」

「春はほんと酷い。けど好き。俺がふらふら女ひっかけても嫉妬ひとつしてくんないし、俺のけなげなアピールをことごとくスルーするのも酷いけど」

大学が決まるまでの高校3年は天国だった。
春は四六時中、俺の心配をしてくれてた。飯も食わせてくれて、勉強も見てくれて、試験の送り迎えもしてくれた。
『慶を頼む』の忍田さんの一言の効果だとわかっていても、かなり浮かれていた。
だが大学が決まって、一人暮らしを始めて、これで一安心だね、とばかりにぱったり連絡をくれなくなったときはさすがにグレた。
とりあえず適当な女をひっかけてみた。まぁまぁ楽しい。
ちやほやしてくれるし、俺のことが大好きな女は可愛いと思う。けど春じゃない。
甘ったるいのが好きな彼女に付き合って、あれこれやけくそぎみに食べ歩いていたら、健康診断があった翌日に春から呼び出された。
めっちゃ叱られたことに喜びを感じた自分にちょっと引いた。
暴飲暴食するな、戦闘に影響あったらどうするの、と一見するとものすごく俺のための言葉だけど、わかってる。何かあったら忍田さんが困るもんな。そこは心得ている。
可愛い弟子に何か間違いがあれば師匠が哀しむ。
だから、俺が忍田さんの可愛い可愛い自慢の一番弟子である以上、春は俺を見てくれる。


「どうだ、酷かろう」
「・・・まぁ、そう聞くと多少は、そんな気もするけど」
「まー、いーんだよ。最終的に俺のになるなら」

これに関しては長期戦を覚悟している。迅が何かを視ている。
こいつの眼は割と節穴だ。説教は俺ではなく、春にするべきだ。そろそろ太刀川さんにもちょい優しくしてあげて、とかそんな感じで。忍田さんが絶対の春は、忍田さんが信じている迅を全面的に信じている。

「出水は、付き合ってないしそういうんじゃないって言ってたって」
「だって言っても信じねーもん。たいていの奴は優しい春さんだろ?俺が悪役じゃん。被害者なのにありえねーよな。俺がおとなしく餌付けされてやるのは忍田さん以外じゃ春くらいなのに」
「こじらせてるね」
「ほっとけ」

餌付けしている気でいたらいいのだ。
そのうちぱくりと美味しく頂くのは確定事項なのだから。

「最終的には俺が食うんだから」

あ、未来確定させるんだ、と迅が身震いした。確定した、ではなくて確定させると言ったあたりだいぶわかってきてんなと思う。

「よく見とけよ迅。春は馬鹿でアホで、うっかりすると何しでかすかわかんねーし」

「っていうと?」

「城戸さんあたりはソレ知ってるからな。本部長のために情報とってこいと言われたらホイホイ枕営業だってやるぞ」

「は?!」

「唐沢さんあたりにドナドナされんのが浮かぶわ〜」

「・・・・まさか、だから太刀川さんて城戸派なの?えっ、太刀川さんがまとも?ていうかうちの上層部そこまではさすがにしないよね?しないと、思う・・・たぶん」

そこで”絶対ない”と言い切れないのがボーダーだ。

「遠征ばんばんいきてーのもあるけど。馬鹿とハラミは使いようだろ?春、ほんっとちょろいからな。ちょろちょろ。国近なら全クリまで三秒くらい」

馬鹿と鋏ね、と迅が合いの手を入れてきた。そうだよそれが言いたかった。
そして迅の顔色がにわかに悪くなる。これまで視てきた春の未来のいくつかが浮かんだんだろう。

「一見、ニンニンに見えるから仕方ない」
「ウィンウィンね」
「それだよ。横で見てて俺は面白くねーじゃん。こないだの件で上もわかってくれたろうし、これできっちり春は俺のになるな」
「外堀埋めるとか高度な策を太刀川さんがしてる・・・・すごい。これが愛の力」
「たしかなまんぞくを感じた」
「けど一見するとやっぱり春さんが不憫に見える」
「お前な〜、俺がどんだけ頑張ってると思ってんだ。ちょっとは協力しろ。サイドエフェクトフル活用しろよこういう時こそ」
「意外すぎて」
「とりあえず春と東さんのフラグは全力で折っておいてほしい。あれはちょっとまずいよな。やばい。同い年の同期ってまじ厄介。なんで春は俺と同期で同い年じゃねーの?子ども扱いされんのは全力で不服なんだよな」

部下の手前、鼻で笑って見せたが想像するとリアリティがある。東さんは時期本部長補佐も期待されてるらしいし、何より強い。元A級1位だし。現A級1位は俺だけど、更新の育成というやつでボーダーに貢献しまくっている人と勝負するのは分が悪い。
一対一で負ける気は全くないが、そもそも土俵が違う。

「弟ぶって甘えてるじゃん太刀川さん」
「どうせタメなれねーなら使えるもん使わないの損だろ。ねーちゃん、って呼ぶとすごい油断して甘やかしてくれるんだよな」
「嵐山あたりが聞いたら激怒しそう」
「言うなよ」
「そろそろのろけ聞いてるの疲れてきた」
「のろけてない。全然惚気てない。お前聞いてたか?春は酷い女なんだよ。ところで迅おまえまだ暇か」

肩をがしりとつかんで逃がさないようにした。

「春がさ、東さんと焼肉行くらしいから俺らも行こうぜ」
「気の置けない同期飲み邪魔すんの?やりすぎると嫌われるとか不安なんない?」
「だから、俺は忍田さんの自慢の一番弟子なんだから大丈夫なんだよ。不安になる要素ないだろ」
「確信犯怖い」
「焼肉でフラグがたったらどうすんだ。邪魔するしかない。せっかく見合いぶち壊したのに」
「やってることは悪役のソレなんだよな〜」
「こないだの黒トリガー争奪戦の話は絶対にするなよ」
「春さん『元気に剣ふってればそれでいい』的なこと言ってたでしょ」
「おっま、真に受けたのかアレを。真実が明るみに出てみろ、春の”まさ兄に迷惑をかけたやつ絶許リスト”入りだぞ。いいか八嶋春は100パーセント忍田真史でできている。甘く見たら後ろからぐさりだ。一生かけてじわじわ対価支払わされるから。俺は別にそれでもいいけど。俺の場合一定期間無視されるんだよ、まじへこむ」

無視されてるとこなんて見たことない、という顔をされた。そりゃ人前ではふつうだ。
人前以外の二人の時間がゼロになるだけで。

「無意識に全部やってるから怖いんだよ。息すんのと同じ。とにかく、あの話は絶対すんな」
「考えとく」
「あとは嵐山な。本部長派だし、好感度がやばい。あいつなんか欠点とかねーの?」
「敵だらけだね」
「まぁ俺が一番強いから大抵のことは何とかなるはずだ」

春は酷い女だが、仕方ない。
そういう風になったのは、ボーダーが身近にあったせいであり、そこに携わる大人たちのせいだ。
息を吐くように、ボーダーのために生きている。そういう人たちを俺たちは見てきた。
そして春は馬鹿だから、そっくりそのまま飲み込んだ。
ボーダーが忍田真史には変わってるけど。

「ふつうに告白とかしてみるのは?」
「メンチがとれねーのはやだ」
「・・・・あぁ、えっと、言質?ね」
「とにかく春から言わせたい。付き合おうかとか。先に言わせておけば一生安泰だろ」
「もうびっくりが止まらない。この話、風間さんとかにしていい?」
「それやって俺にいいことある?」
「・・・・風間さんが味方になる未来は視えないかな」
「意味ねーじゃん。もういいからさ、焼肉屋へ行くぞ」
「なんだかな〜」

焼肉屋へ迅を連行して、東さんに愚痴り倒す春を邪魔して、酔った春をマンションにおくった。迅に「良かったね一回分のフラグは回避されたよ」と言われた。なんだそれ、危ないところだったのかよ。
そういうことはもっと早く言え馬鹿迅め。
ところで一回分てなんだよ。あと何回フラグが立つんだよ。

「送り狼した?」と後から迅に聞かれたが、出すわけねーだろうが。
こと春に関して俺の行儀のよさはもっと褒めそやされていいはずだ。







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