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花の名前


「……また、負けたわ」

ハルは温室の床に膝を突いた。

「ハル、君の花はたくましい、すばらしい花だ」

「お世辞はいらないわミスタークラウス!わかってる勝ち負けじゃない。そんなのこだわっているのは私だけだってこともね……けど悔しいんだもの!勝ちたいの!負けたくないの!」

ばんばんと床をたたく。盛大に悔しがる彼女を“園芸サークル”のメンバー一同は温かく見守っているが、勿論クラウスは深刻に悩んでいた。
ハル・レインがこの園芸サークルに参加するようになったのはつい最近のことである。とある花の品評会(これまで彼女が連覇を続けていた)で、クラウスが出展した花に最優秀花の称号を奪われたことがきっかけである。

「勝ち負けにこだわる私の性格はもうどうしようもないのよ……最高にキレイにしてあげたのに、もっとキレイな子がいたなんて……これが無心の愛の差?ピュアさが足りないから?連戦連敗……勝利にこだわりすぎる姿勢がいけないの?」

「ハルの花だってきれいだったさね。」

園芸仲間が必死にフォローする。

「いいんです、わかってるの……クラウスの花は確かに最高にキレイだった。それは私も認めてるの。けど悔しいのはそこじゃないわ!クラウスのは趣味!わたしのは仕事!プロのプライドが毎回死んでるの」

花を愛してやまない彼女は、今回出展されたクラウスの花をじっと見詰める。

「花には人柄がでる……つまりあの子が負けたのは私の人格が歪んでいるせい……そうね、人柄でクラウスにかとうなんて無理な話だものね……」

「ハル!わたしは君の花は美しいと思う!」

「ありがとうクラウス……けど勝者に優しくされるとつらいから、もう言わないで。お世辞は結構よ、貴方は貴方の花をもっと誇ってくれていいの」

「いや、世辞などではなく、私は、」

「で、次はどこの品評会にする?」

「む」

きりりっ、と意思を固めた瞳がクラウスをとらえる。そもそもクラウスはその手の大会にはこれまであまり参加してこなかった。サークル仲間が勝手に応募してしまった最初の一件以来、こうしていつもハルにゆすられては参加するようになっているのだ。
互いのスケジュールと花の育成を考えて、ではここの品評会を目指すことにしようと二人で相談する。クラウスの部屋には最優秀を評する表彰状や盾が絶賛増殖中である。

「次こそは絶対に負けないわ!」

ハルが嵐のように温室を飛び出していった。

「ハル嬢ちゃんは熱いのぉ」
「熱すぎて、花に水が足りないのかも知れないわねぇ」
「そんなことはありません、ハルの花はいつも彼女と同じく強く気高い」

スケジュールに品評会の日付けを書き込みながら、クラウスはハルの花が写った写真に視線を送る。

「クラウスくん、こういう《品評会》のは苦手だったもんねぇ。ハルちゃんきてからいい刺激になってるみたいじゃない?花も前よりぐんとキレイになってる」

「そのとおりです。彼女の花に恥じぬ花を、といつも思います」

「そのあたりハルちゃんにはイマイチ伝わってないのがなぁ」

あの子、花の虫だからね、とジェイムスンが笑った。


***


クラウスがハルと顔をあわせるのは、品評会と園芸サークル。それだけだ。
だからこそ、クラウスはその日をいつだって心待ちにしている。花を我が子のごとく愛してやまない彼女の育成方針は、クラウスにとって共感するもので。
彼女がいつだって誇らしげに連れてくる彼女の《花》我が子を見るのが、楽しみだった。

「……ハル?」

その日、品評会に彼女も、彼女の花も、結局最後まで現れなかった。
めでたく最優秀を授与された鉢植えを抱えて、撤去が完了し誰もいなくなった品評会会場でクラウスはぽつんとその大きな体でつったっていた。

「坊ちゃま」

迎えの車から降りたギルベルトがクラウスを呼ぶ。

「彼女は、約束を破るような女性ではない」
「……そのことですが、」

ギルベルトの言葉に、クラウスは即座に車へと乗り込んだ。


***


「はぁなせぇええええ、はなしなさいってばぁあ!あっ、こら鉢に触るな!」

にぎやかな声だ。勝気な声。
その声のする“病室”の扉を、クラウスは開けた。

「よっくも沈静剤なんかうちやがったわねやぶ医者!うっかり寝ちゃったじゃない、どうしてくれるの!!今日はね、大事な日なの!はってでもいくの!そこどきなさ、い、」

ベッドの上で医者や看護士たちに押さえつけられのを必死でもがいていたハルが、その視界にクラウスを捕らえた。窓際におかれた病院ではあまり送られるにはふさわしくないとされる鉢植えに、美しい赤い花が咲いている。

「クラウス!」

悔しそうに、ハルの顔が歪んだ。

「品評会、終わっちゃったわよね…ごめんなさい、私がふっかけた勝負だってのに。いい訳なんてしたくないんだけど、…ちょっと最近大変だったのよ」

「……」

ハルはとある事件に巻き込まれて、この数ヶ月ベッドにしばりつけられていたらしい。そのとある事件というのが、何よりも問題だった。

「クラウス?どうかしたの?」
「………」

ハルが負った怪我は、とある事件で彼女の店にポリスーツが激突しその下敷きになったのが原因で、そしてそのとある事件でポリスーツを投げ飛ばしたのは間違いなくクラウスだった。仕方ない。血界の眷属を相手にしているときに、周囲への被害を慮れるほどの余裕はない。
けれど、気づきもしないところで他ならぬ彼女を傷つけていた事実がクラウスを酷く打ちのめしていた。

「まさか、貴方……、」

医者たちからその場をまかされたクラウスは見舞いの花を言葉なく差し出し、視線を逸らす。

痛々しい包帯が、見ていられなかった。

「クラウスっ!!」
「〜〜っ?!」

がしり、と首元をつかまれた。ベッドに引き寄せられ、思わずベッドサイトに膝をつく。

「あなた、もしかして負けたんじゃないでしょうね!?わたし以外に?!もしそうだったら承知しないわよ?だいたいこの花はなに!どこの花屋で買ってきたのよ、しおれているじゃない」

強くに握り締めすぎていたせいか、花に元気がないのをハルは憤慨する。
鼻先がふれあいそうなほどの距離で、苛烈なほどに燃え滾るハルの目がクラウスをうつす。眼がねの鏡ごしにさえ、やけどしそうなほどの熱を感じる。

「…いや、私の花が選ばれた」
「あっそ。ならいいのよ。あんまりにも辛気臭い顔してるから驚いちゃったわ。」

まんぞくげに、ふわりと目の前のハルの表情が綻ぶのを見せ付けられて、息が詰まる。歯を食いしばり、ベッドサイドに置いた自分の手がきつくシーツをにぎりしめたのがわかる。

「君の店が、だめになったとも、きいた」

声が掠れる。なんとか、聞こうとしていたことをひねり出す。

「ああ、そんなこと。どうってこないわ。」

ハルが首筋から手を離し、体重を後ろへとかけた。ぼすんと、勢いをつけて枕へと沈み込み、固まったままのクラウスに笑いかける。

「うちの店のこと誰に聞いたのかは聞かないでおくわね。サークルの皆さんには口止めしといたはずだもの。そりゃあ、うちの花や植物が台無しにされたのはあったまきちゃうけど、生きて一花咲かせるのも大事だし。そもそもあの“大崩落”に比べたら大抵のことなんてへっちゃらよ。……それよりも貴方との勝負をすっぽかしちゃったことの方がずっと堪えるわ、ほんとごめんなさい」

花のこと以外で、こんなにもハルが饒舌だったことはこれまでにはないことだ。そのことからも、余程それを気にしているのがわかった。

「いつかね、あなたに勝ったら『ぜひうちの店にも来てみて』って言うつもりだったのよ。しばらく病院暮らしだし、店の再建で忙しくなりそうだから品評会もサークルもしばらくおやすみになりそう」

「やすむ…どれくらいだろう?」

「さあ?ま、がんばるしかないわねー。私がいなくてなってせいせいするでしょ?品評会品評会ってせっつく奴がいなくなって」

「君がいない品評会は、」

クラウスが言いよどむ。何と言えば、あのときの感情が伝わるのか、うまい説明が思いつかない。

「楽勝?」
「……いや、」
「ああ、じゃあ、」

ハルがからかうように続けた。

「寂しかった?」

照れて全力否定を始めるだろうと思っていたのに、クラウスは目をまんまるに見開いてハルに見惚れていた。
そして、こくりと、体を縮めて頷いた。そう、寂しかった。色とりどりの花が色褪せて見えてしまうほどに。

「待ってて、クラウス。すぐよすぐ、あっというまにまたしつこく勝負を挑んであげるから」

おもわぬ反応に慌ててハルが早口で言う。それに少しだけクラウスは安堵する。

「今回、新品種の花になまえをつけるのだが」

懇願するように、クラウスは呟く。自信なさげで不安そうな声。

「君の名をもらってもいいだろうか?」

悔しそうに、でも嬉しそうに、ハルは「喜んで」と、そっと告げた。
包帯だらけの彼女は、それでもいつものように凛としてまっすぐ折れない瞳をクラウスに向けた。








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