ただひとりの君へ 1
やくそくですよ、と指切りをした。
ちいさくて可愛い彼女と、ありもしない未来を誓い合った。
それが、少なくとも幼い日々の中で最も自分の輝かしい思い出だ。
***
「おいの嫁じゃ」
「違います」
この若者は何を言ってるんだろうか。とは思ったが、現状生かされているのは、彼がかばってくれているおかげなのかもしれない。
春はよく日に焼けた褐色の肌を持つ青年をじっくりと眺めた。時折興奮するとお国訛りが飛び出すのが微笑ましい、若武者だ。
「私は、アシリパちゃんのところまで杉元さんを送り届けると約束しました。それだけです」
「では金塊に興味はないと?」
「・・・・・・お金はあって困るものでもありません。身よりのない身の上ですから。手に入るなら欲しいですが」
「ふむ」
気味が悪い。ぞくぞくとする。この鶴見という男は、危険極まりない思想の持ち主だと聞いていた。蝦夷を独立?そんなバカげたことを本気でやれると思っているのか。そんなことは『ありえない』のだと口をつきそうになるのを必死で堪える。
「鯉登とは本当に面識はないのだな?」
「ありません。いま、優先したいのは杉元さんの看病です。そしてアシリパちゃんを追いかける。利害は一致してます。アシリパちゃんは私や杉元さんのことは信じてくれていますから、手元におかれて損はないでしょう?」
手が震えそうになるのを必死でこらえる。怖い怖い怖い。無理。一瞬でも隙を見せれば喰われてしまう。
「春!!」
「申し訳ないですが、私は生涯独り身の誓いをたてましたので有り得ません」
「約束ばした!!」
「してません」
私は貴方を知らないです、ともう一度だけ繰り返そうかとも思ったが、あまりにも必死なのでやめておいた。この調子ではいっそ斬られてもおかしくない。どこの誰と勘違いをしているのか。これだけ見目麗しい人なのだから、自分のようなものに一時でも時間を無駄にするべきではない。
「杉元さんのところに行ってもいいですか?」
「ふむ。だがなぁ、君の名でどれほど調べさせても少しも該当者がでんのはおかしな話だとは思わんか?」
「・・・・・しらべられたんですか」
「無論、な。立ち振る舞いといい、確かな学識といい。それ相応の身分の家柄のものでなければ得られぬものだ」
「ふぁいがd@おえかっか」
「鯉登少尉〜、何をいっとるのかさっぱりわからんぞ」
「・・・・自分の嫁になる女なので当然です、とかなんとか言っていらっしゃいます」
「薩摩の言葉がわかるのかね」
「・・・・・お国訛りの好きな人が周りにいたので」
「げせんなぁ。ただの娘御にしては」
「利害は一致しています」
「いまのところは、だろう?」
「それで充分です。お互いに。違いますか」
「鯉登少尉」
「キエッ」
「この女性を案内してさしあげなさい。丁重にな、丁重に」
「・・・・・・・j;あさpdがp」
「何と言った?」
「・・・・・・お父上に報告をしたいと」
「ふむ、式には呼んでいただこう」
「ないです。有り得ません」
「頑なだな?」
「そういう生き方を選んだので」
鶴見中尉殿はそっと春の肩に手をのせて、耳元に顔を近づけ囁いた。
「だが薩摩の男はしつこいぞ?」
後ろから奇妙な悲鳴が聞こえた。
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