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私に与えられた残像


私は芸者の娘だ。
母はそれなりに売れっ子であったらしく、結構なお大尽を相手にしていたそうだ。その中の一人といい仲になり私を身ごもった。だが、悲しいかな、お相手にはきちんとした正妻がいたのだ。芸者の娘で、妾の娘。そんなちいさなわたしを連れて、母の実家に戻ってからはそれなりに白い目で見られたし、酷い陰口もたたかれた。母が病に倒れてからは猶のことだ。鼻つまみ者のように扱われた。早くに母が亡くなってしまい、それからは祖父母に育てられた。祖父母が亡くなった頃、一人ぼっちになった私はさてこれからどうしたものかと考えていた。
そんなある日やってきた男が言った。私に「子を産め」と。

私の父親であるという男は、長州閥に属する軍人でかなりの高官であった。彼には三人の息子があった。どの息子殿も優秀で、一人は軍に、一人は政治家に、一人は学者になられている。きらびやかな経歴に、眩暈がしそうなほどであった。これが私の異母兄弟というのだから。
さて、ここまでくるといっそ自分は一族の汚点として憎まれ秘密裡に消されるのではあるまいか?という危惧がよぎった。

「わたしは殺されるのかな」

部屋で本を読んでいる一つ下の学者さんな弟に問う。彼は小首を傾げて、やるならきっと嵐の夜でしょう後始末がしやすいですからね、だからきっと今夜は違いますよなぞという。
そしてまた当たり前のように本を読むのだ。どうかしている。この家の人間たちは、おかしい。
こどもは多ければ多いほどよいと言われた。何人でも生め。生め生めといわれても、デウスの母親でもないので相手がいなければどうにもならない。

一番上の軍人である兄が言う。「強い男の子を産め」
二番目の政治家である兄が言う。「賢い男の子を産め」
三番目の、学者である弟が言う。「美しい人の子がいいです」

注文の多い連中である。血筋なぞもはや問わぬと彼らは言う。血は私の中にある、彼らの敬愛する父親のものが流れていればよいらしい。ではお前らが生ませればよいと初めは思った。だが彼らにはそれができないのだ。
学者である男は「種がないのだ我らには」となんてことはない風に言う。これは呪いやもしれぬ、と。
ゆえに私が拾われたらしい。一族の血を絶やさぬために。お家のために、私を。

三人は口を揃えて言うのだ。父上の血を残したい、我らにはそれが果たせぬゆえに君を受け入れるのだと。まったくどうかしている。けれど彼らも無茶を言っている自覚はあるらしく、誰の子を産むかは私が選んでいいと言う。注文はつけるけれど、それがお前の生んだ子であるならば、我ら三人が責任を持って育てると。私は子育てに参加できないのかと思ったが、好きにするといいと言われた。
かくて私は種馬を探すことにした。









「というわけで、遠路はるばる北海道まで佐一くんを探しに来たわけだよ!」
「何がというわけでだ!お前なぁ、体をほいほい売るなって」
「そうは言われましても」

佐一君は母の実家の御近所さんだ。誰の子を産むかと考えたとき、それも三人の異母兄弟たちの注文を踏まえた上ですぐさま浮かんだのは杉元佐一。村で一番強くて賢くてかっこうよかった。だが彼には梅ちゃんがいる。幼馴染の梅ちゃんは寅次くんと結婚したが、梅ちゃんは妾の子である私にだってよくしてくれる子なのだ。梅ちゃんも少し佐一くんのことが好きだったと思う。これは口にしたことはないけれど、絶対にそうだ。けれどうまく気持ちの調子が合わなくて、歩幅が揃わなくてあの二人はすれ違った。そんな二人を見ていた私が「佐一君、子作りしよう!」なぞとは言えない。
御家の三兄弟はすぐさま手をうってくれた。軍人のおにいさん、政治家のおにいさんがひとりずつ推挙してくれた人に順番に会い、そうして私は一人目にあった軍人さんをいいなぁと思った。


「それがとんでもなく良い人でね?顔よし、性格よし、家柄良し、経歴完璧なのにお妾さんの私をお嫁さんにしてくれるとかいうのよ。異母兄大喜びでね?いや、ダメ元でやったのにお前はよくやったよと褒めちぎられた。何回かおちゃをしたりしてね?でえと?とかいうのもしたのよ。」

「俺の出る幕ないよねぇ!?」

「でも話がうまくいきすぎるとは思ったんだよね」

「なんだ、詐欺か?どこのどいつだ?」

佐一君の笑顔がこわい。上官だって殴り飛ばす人なので、ここで私が詐欺だと言えば相手をぶん殴りに行ってくれるんだろう。そのくらいは、昔馴染みとして大事にされている自信がある。

「違う。日露戦争で亡くなったの」

「・・・・・・そっか」

「うん。そんでね、あんまりにその人が素敵だったからもう他の人とか無理じゃない?って思ったわけよ。その人すっごく可愛い人でね、つられて私も考えちゃったの。その人と作る自分の家庭というやつを。そしたらもうね、やだやだ無理無理!!あの人がいい!!!ってなるじゃない?でも子供はいるのよね・・・・それでね、佐一君を思い出したのよ」

「酷い惚気でぶん殴られた!」

「前は子供作ったら佐一君のこと好きになっちゃうかも・・・・無理、そんな梅ちゃんになんていったらいいの?って思ってたのだけれど、熱烈な恋におちた私にはもはやそんな心配もないわけよ」

「俺の意志が行方不明だぞ、春ちゃん」

「ねぇねぇ、佐一君おねがい。ひとりだけでいいから。ごしょうだからさ〜〜」

「それだけの為に北海道まで来たの?ばかなの?」

「恋は人を馬鹿にするのです。大丈夫だよ梅ちゃんに『佐一君はとっても年下が好みだった』とか報告はしないから」

「春ちゃん、アシリパさんのこと茶化すなら俺怒るよ?」

にこりとすごまれた。さすがの佐一君である。

「ごめんなさい」

こちらをさっきから遠くでそわそわと見守っているアイヌの女の子、アシリパさんというそうだ。めちゃくちゃ可愛い。男の子を求められているが、女の子もいいなぁと思う。大事な相棒だと佐一君は言うけれど、女の勘がそれだけじゃないぞといっている。佐一君、鈍いからな。器用になんでもこなすくせに、変なところで不器用なのだ。
だから梅ちゃんとだってあんなことになった。

「子供つくったらすぐ帰るし」
「俺とかどうどう〜?」とひょっこり現れた人は先ほど脱獄王と名乗った白石さんだ。

「うーん。」

悪くないけど、あの人基準で考えるとぜんぜんだめだ。

「そんなかっこいい人だったのぉ?」
「かっこかわいい人なの。善意のかたまりなの。国の宝として愛でるべき人だった・・・・」

あの人との子供がいたら、もう他になんにもいらなかったのになと呟くと佐一君が頭をぽんと撫でてくれた。何て名前のなんだ?俺の知ってる奴だったりしてな、と佐一君が笑った。



「――あのね、花沢勇作さんっていうの」



私の後ろで、何かが落ちる音がしたので振り返った。軍服を着ている男性だ。

「おいおい尾形、何落としてんだ!そりゃ今日の晩飯だろうがよ!」

佐一君がどなった。おや、と私は目を丸くした。彼がこんな風に誰かを怒鳴るのって日常のなかでは珍しい。よほど馬が合わなかったのだろう。
落ちていた鳥を拾い上げたその人は、まだ紹介されていなかった。けれど、不思議とどこかで見たことあるような気がした。

「どうも!佐一君の幼馴染の八嶋春です」

にこやかに、自己紹介をするとどこか警戒している猫のようににじりよってきたその人は私の手を握り返しもしないで私の顔を見据えている。

「おい尾形、自己紹介しろよ」

おがたさん。というらしい。

「・・・・・・・尾形百之助」

名乗るとすぐさま、鳥のしまつをその人は始めてしまった。アシリパさんがそれを手伝っている。どこだろう。どこかで会ってるかな?違うかな?正直、一時期は異母兄に振り回されてあれこれ人の顔を見すぎていたので判別できない。

「ふむ」
「なになに、春ちゃん?尾形はおめがねにかなったの?」
「そうですねぇ」

顎に手をやる。白石さんが「妬ける〜」なんて茶化す。そういうとこがダメなんですよ、と忠告してあげてから、

「顔はけっこう好みですね!」

あの人には負けるけれども。とは口に出さなかった。

「ねぇねぇ佐一君あの人どう?顔はいいよね。軍人さん?だよね、服が軍服だし。腕はいい?」

「性格が糞だから絶対やめとけ」

「なるほど」

「・・・・・なにがなるほど?」

「ってことは、腕は一級品なんだなーって。佐一君がそういうってことはよっぽど出来る人なのねきっと」

「だから性格がだめだってば」

そんなこといったら、性格だってあの人に比べてしまえば誰だってダメな気がするのだし、正直もう子育てだって一緒にする予定はないので顔と腕が優先順位が高い。

「尾形さんね。いちおうリストに加えておこう」

「リスト?」

「私のこどものお父さんりすと」

その筆頭は勿論佐一君である。ぶっちきりだ。だから頷いてくれると助かるのだ。

「北海道でね、風の噂できいたのだけど新撰組の鬼の副長が生きてるって!維新に敗れた壬生の狼のこどもってのも悪くないよね。育てるのは維新側の人間ってのがえぐくて。どうなのかな、やっぱり反体制派に育っちゃうものかな?興味深いよね」

「年齢差考えなよ」

「でも想像すると燃えない?壬生狼の末裔がいつかこの国の御大尽になったら」

「おっそろしいこというよね春ちゃん」

「あっはっはっ。だって私はおかーさんに三味習ったけど、全然だしね。聞きたい?私の三味線は佐一君をも撃沈させるよ?」と、小脇に抱えた三味線を見せた。

「不死身の杉元を撃沈するって・・・・」

白石さんが身震いをしてから、丁重にやめてくださいとお願いされたので仕方なく私は三味線の披露をやめてあげた。それにしても不死身って。不死身ねえ。と佐一君をじっと見た。昔から頑丈だったけれど、戦場でまたすごい異名をもらってしまったものだ。名前なんてのはとかく、人を縛る。私が『八嶋』春であるように。言霊なんて文明開化のご時世にと鼻で笑う人もいるけれど、学者の異母弟くんはそう馬鹿にしたものでもないよ、なんだか難しい講釈をしてくれた。ふぅん、とわかったような顔をして聞いていたけれど実際10のうちの2くらいしかわかっていなかった。難しい言葉が多すぎるのだ。そのあたり、彼は別に気にしているわけではないらしく、それでも「君の産む子ともこんな話ができるといいんだけど」とは言っていた。せめて半分くらいは理解できる子が生まれれば、彼の講釈も報われるだろう。

「好きなんだけどなぁ、三味線」

母の形見は結局、愛用の三味線と簪がひとつだけ。どちらも、愛人である父に贈られたものだった。勇作さんは私の下手な三味線を聞いても、笑顔で「独創的な演奏ですね」と言ってくれるのだ。それから「兄様にもお聞かせしたい」と。
正直、妾として生きた母の後姿を見て育った私は『恋』というものに懐疑的であった。だが勇作にであってから、その間違いに気が付いたのだ。わかる。母の気持ちが今ならば。
たとえこの先この人に捨てられたとしても(勇作さんはそんなことはなさらないが)、今この一瞬この方と一緒にいたい。それが許されぬ恋であったとしても。
私のはつこいの人。最初で最後の恋がめでたく成就するなんて、そう世の中は優しくなかった。
じわり、と思わず涙が出そうになるのを何とかこらえた。しんみりするのは性に合わない。泣いていたってしょうがないのだ。
恋ができた。それも一生モノの。ならば悲しむことはない。恋を知って、私は同時に生まれて初めて嫉妬というものもした。勇作さんの口からふとこぼれる『兄様』の存在に私は埒もなく妬いていた。
花沢勇作にはお前と同じで、妾の子がおるのだと後から異母兄に聞かされた。芸者の、妾の、異母兄。
そんな厄介な存在すら、こうも慕える勇作さんの凄さよ。純粋に、その兄様が好きなのだと伝わってきた。正直、私の異母兄弟たちは扱いが非常に雑である。少しは勇作さんを見習ってほしい。
思い出すと、どうしようもなく会いたくなった。勇作さんのはにかみ笑顔を、必死に思い出す。大丈夫、まだ覚えている。人はかんたんに忘れてしまうのだ。『春さん』と呼ぶ柔らかな声も、繋いでくれた手のぬくもりも、抱きしめてくれた時の軍服の匂いさえ。まだ思い出せる。けれどいつか。思い出せない日がくるはずで。それがどうしようもない恐怖だった。その瞬間が訪れたときに、一人でいるのは良策ではない。無理。死んでしまう。可愛い我が子がいれば、その悲しみも多少は紛れるのではないかという打算がある。子供を作ろうとする動機がそもそも不純だし、打算まみれのこどもには大変に申し訳ない。そもそもがろくでもない出自なのだ。仕方ない。ろくでなしでも、とりあえずは息をして生きている。この世は残酷だが、寛容でもあるのだ。

「ねぇねぇ、あの人がだめならやっぱり佐一君にお願いしたいんだけど」
「だめ」
「だめぇ?」

けち。少なくとも、優しい佐一くんの子供ならばちゃんと強く育つと思ったのに。

「ちゃんと好きな人とそういうことはしな?」

佐一君は可愛いものが好きなロマンチストだからしようがない。だが優しいし、情にあついので、ねばれば何とかなるかもなとか私は考えている。

「だからね、好きな人はもういないのよ」
「・・・・・」

佐一君が泣きそうな顔をする。

「春ちゃん」
「なぁに」
「とりあえず、オハウ食べようぜ」
「・・・・・・うん」

アシリパさんが話が終わったのを見計らったのか、食事に呼んでくれた。勇作さんが亡くなってからめっきり食事の量がへっていたから、佐一君が知っている頃よりもうんと私は痩せている。子供産むんだったらもっとちゃんと食いなよ、とお椀いっぱいにそそいでくれる。
寒空の下で、温かいオハウを口にした。じわりと、疲れた心にしみこむ優しい味だ。

「ヒンナか?」とアシリパさんが言う。佐一君が「美味しいかって意味だよ」とアイヌ語を解説してくれたので私も「ヒンナだった」と答えた。アシリパさんは嬉しそうに笑った。







「ヒンナだった」と女が笑う。
それから女は――ゆうさくさんにもたべさせてあげたかったな、と小さく小さくつぶやいた。
ゆうさくさん。花沢勇作。義母弟にして、尾形が自らの手で殺した男。
その男の影を追いかける女が目の前にいる。ぞくり、と背筋を何かがはしる。思わず口をついて出そうになる。お前は今、恋人を殺した義理の兄になるはずだったかもしれない男と鍋を囲んでいるのだと。告げればどうするだろうか。この女は、どんな顔をするだろうか。ヒンナヒンナと、頬張りながらヘラリと笑う女の顔が、怒りや憎しみや悲しみに染まるのか。愛は人を愚かにする。尾形の母のように。尾形自身のように。目に見えぬ形のないものに、確かなものを求める愚かさに嗤いがこみ上げそうになる。
この女が、あの高潔なる『花沢勇作』に選ばれた。妓楼につれて行った日、あそこまで抵抗をしたのは父の教え云々と言っていたが、この女の存在もあったのだろう。
翌日、気まずげに顔を合わせた弟は、

『兄様、その・・・・今度紹介した方がいるのです。この戦から戻ったら』

そう言っていた。
きっと、この女のことだろう。
しかしおかしい。花沢勇作の恋人ともなれば、箱入りのお嬢様のはずである。だが女は『杉元佐一の幼馴染である』と名乗ったのだ。不死身の杉元が由緒正しい家柄でないのは一目瞭然である。果たしてどこでどうしてそんな事態になったのか。

「佐一君、おねがい」と子作りをせがむような女が、あの勇作殿の恋人。

「ははっ」

思わず笑いがこぼれていた。なんだ尾形いきなりどうした?とアシリパがおかしなものでも見るようにこちらを覗き込んでくる。

「なんでもねぇよ」
「なんでもないのに笑うのか尾形は」
「俺はこう見えて愛想のいい男なんだぜ、知らなかったか」
「春が気になるのか」
「・・・・・は?」

肩をすくめて見せたが、アシリパはじっと尾形を見ている。

「見てただろう?ずっと」
「お前もだろう。そりゃ気になるよな、杉元のことを『佐一君』なんて親しげに呼ぶ女が現れれば」
「・・・・・尾形は性格が悪いからやめておけと春には言っておく」
「はっ、それで杉元を選ぶと言われてお前はいいのかよ」
「春はいい女だからな・・・杉元に似合いだ」

幼馴染、というものが持つ特別な空気は、確かに他者を少しばかり寄せ付けぬものがあった。
似合いといえば似合いの二人だろう。だが、この女が勇作の隣に並んでいるのを想像しても少しも似合わないのは確かだった。不釣り合いに過ぎる。女の趣味が悪いな、とひとりごちると「いい女じゃないか」とアシリパが繰り返した。杉元絡みで目が曇っているな、と尾形は思ったが少女をこれ以上苛めて何が得られるわけでもないので口を噤んだ。

「話をそらすなよ尾形。私は何故お前が春をあんなにじっと見ているんだと聞いたんだ」

賢いアイヌの少女は話をそらされたままにはしておいてくれなかった。尾形は目線を少しばかりそらす。

「別に見てない」
「嘘だ」

ずっと見てるだろ、とアシリパは言う。
顔をぐいと近づけて、口元をつりあげる。

「ばれたか、お前にだけ教えてやるが――ひとめぼれというやつだな」

耳打ちするとアシリパは憤慨したように「尾形はすぐそうやって誤魔化す」とまなじりを釣り上げた。黙ってろよ、恥ずかしいからなと耳打ちすると猶更怒らせてしまったらしい。

「春!」

アシリパが叫んだ。杉元と片づけをしていた女が、小首をかしげながら近づいてくる。

「どうしたのアシリパさん?」

アシリパさん、と杉元と同じように呼ぶ。その響きの近さに、少しだけアシリパが悔しそうにしたが、すぐに持ち直す。

「尾形が春にひとめぼれだそうだぞ」
「ええっ?!」
「尾形は少し性格は悪いが射撃の腕はいい」
「アシリパさんのおすすめ?」
「いや、アチャにするなら杉元を薦める」
「アチャ?」
「父親という意味だ。ただ尾形がお前にひとめぼれしたというから」

尾形のひとめぼれ発言に驚いていたくせに、アチャにするなら杉元というアシリパの発言にすばやく後ろを振り向き近くまで一緒に来ていた杉元にこぶしを握り締めてガッツポーズを決めている。どうにも言動が庶民的な女だ。

「佐一君、佐一君!アシリパさんがねっ、佐一君はアチャにお勧めだって!よかったね!!好印象!」
「おい尾形、おれの幼馴染に色目使ってんじゃねえぞ!」

会話がかみ合っていないくせに幼馴染二人は、ピタリと並んで立っている。

「他人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬぞ杉元」
「は?他人じゃねーし。幼馴染だし」
「他人だろうが」
「佐一君はもはや身内だからね!もしも子供が二人生まれたら、一人は佐一君に名づけ親になってもらうか、佐一君の名前をもらうんだー」
「え、一人だったら駄目なの?!」
「一人目はね、もう決まってるから。勇作さんがね、子供ができたら何て名前がいいですか?って私がたわむれに聞いたら顔真っ赤にしちゃって」
「のろけ・・・」
「そんでね、しばらくしてから『男の子なら勇乃助、女の子なら百子(ももこ)がいいです』って!なので一人目はそれにする。でもアシリパさんに会ってちょっと揺らぐ・・・アシリパさんに何かあやかりたいような・・・・うーん」
「・・・・・・・・・・」

どうかしている。あの弟は。

「なんだ尾形、変な顔して」
「別に。死んだ恋人の選んだ名前を付けられて、旦那は納得するもんか?」
「納得は必要ないんですよ、だって育てるのは私と八島家だもの」
「酷い話だ」
「駄目だってばそういうのは」杉元が口をはさむ。
「私も寅一がいいとか、桃子がいいって思ってたから、女の子の方はね決定よ。めんどなことにも納得してくれるような人を探せばいいわけだし」

にこにこと女は言う。

「尾形さんはそういうの気になさる人ですか?」

気にするしないの問題ではない。何を考えていたのか。どちらも尾形の名をもじっているのは一目瞭然である。

「気にしないと答えたら?」
「尾形ァ!!!」
「もう、佐一くん落ち着いてよ」

じっと。女の両の目に自分がうつる。紹介します、と言いながらそういえば勇作はどこか躊躇っているようでもあった。会わせたくないのなら別にかまいませんよ、所詮は妾のところに生まれた異母兄ですしと自嘲してみせれば、慌てたように否定したが。

「わたし、やっぱりどこかで尾形さんに会っているような気がするんですよねえ」

わかるものか、と腹の中で嗤う。少しも似てなどいないのだ。父親が同じでも、まるで違う。

「尾形さん、ご兄弟とかいらっしゃいますか?」
「いいや、いない」

いない。そんなものはもうどこにも。

「俺はバアチャン子の、一人っ子でね」
「それは奇遇な!私もおばあちゃん子の一人っ子ですよ。おばあちゃん孝行は少しもできませんでしたが」

ふふふ、と女が笑う。この女を布団の上に押し倒して、犯してやるのも一興だ。奥の奥まで犯しながら、女の最愛の男を殺した異母兄のことを教えてやったらどんな顔をするのか。どんな顔をして孕むのか。

「俺にしといたらどうだ?」
「うーん」
「駄目!許しません!」と杉元が女を抱え上げて、尾形から引き離す。ああもダメと言われると燃えるタチだ。

「いや、尾形さんはやめときます。好きになったら火傷しそう」と女は答える。振られたな、とアシリパが言う。

尾形は髪をかきあげた。
少しだけ瞬きを女がした。きょとんとした顔で、すぐにへらりと笑う。そのお気楽なツラをめちゃくちゃにしてやる日を、夢想する。



「狙撃手はしつこいぞ」と、嗤った。






title by ジャベリン





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