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Break the Wall


この世から壁なんかなくなったらいい。
結構本気で思っている。
とりあえず今この瞬間目の前にある壁が滅びないかと睨みつけた。壁と巨人滅びろ。
某漫画の主人公の気持ちがすごくわかった。目の前に立ちはだかる壁も、襲い掛かる巨人もまとめて駆逐したい。

滅びろウォール・アズマ。
駆逐されろ巨人、フユシマ。

私は、自分の低身長を呪った。



***



「八嶋は俺のことどう思ってるんだ?」

「・・・・・・・・・・は?」

「いや、時々熱い視線でこっち見てるだろ。冬島さんが絶対お前に気があるんだって!って」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

「ないよなぁ。ははは」

心底むかついた。
ないよ、馬鹿野郎。滅びろ壁。世の中がホビットの里みたいになればいい。そしたら灰色の魔法使いよろしく天井に頭ぶつけて痛い目にあわせてやれるのに。
ない。ないだろう。見つめてたんではない。睨んでいたのだ。何かもうむしょうに腹が立った。わかっていて聞くあたりもむかついた。
東春秋、実は性格悪い説を推している。いや性格のいいやつがあんな正確無比な狙撃で人を撃てるわけない。

「いや、好きだよ。好き好きめっちゃ好きだわ」

真顔で言ってやったら、東の顔が一瞬驚いたようになる。一瞬かよ。もっと長いこと驚けよ、腹の立つ男だな。お前、どうやったら驚いたままの表情が固定されるんだ。私が目の前でストリップショー始めたってきっと「風邪ひくぞー」とかいうのだ。いい人づらがはりついてやがる!むかつく。世の中こんな出来すぎ君がいていいのか。いやいるな。鈴鳴の来馬くんや村上くんは天使だ、仏だ。私の癒しだ。つまるところ鈴鳴に移籍したい。何度も希望を出しているのに一行に許可が出ない。

「へぇ?」

へぇ、って何だよ。お前告白した相手に反応それなの?酷くない?東春秋酷くない?へぇ、って。もっとこう困惑してみろ。この馬鹿でかい壁が、ひざから崩れ落ちる様が見たい。攻撃手時代は物理的に狙っていたが、狙撃手になってからは「滅びろ壁」「死に晒せ巨人め」という気持ちでやっていた。『膝狙いの春』の異名は伊達じゃない。ちなみ攻撃手時代の異名は『膝切』だった。名刀とお揃いだったので、気に入っている。
とにかく、東春秋の膝をがっくがくにしてやりたかった。まったくこの男ときたら目障りこの上ない。
隣で「まじかよ?!」顔で固まっている冬島さんを少しは見習えよ。冬島さんはでかくて滅びろと思うけれど、こういうところ可愛いので許す。
あろうこと「どれくらい?」とか聞いてくるからね東は。可愛げゼロ。

「殺してやりたいくらい好き」
「熱烈だなあ」
「引退して本部運営にうつっちゃったからこの欲求をどこにぶつけたらいいのか困ってるくらい好きだわー。闇夜には気を付けてね?つい欲求が暴走して後ろからグサリとやってしまうかも・・・愛ゆえの凶行・・・・怖いね」
「そうか。じゃあ、付き合うか?」
「は?」
「付き合うか」
「は?」

にこりと東が笑った。上から見下ろすように、私を壁際に追いつめてくる。おいおいおい、だから!それを!!やめろよ!!私を見下ろすんじゃない!!
膝を蹴りあげてやろうと思ったのに、片手で振り上げた右足をつかまれて私はあえなくバランスを崩す。壁に頭を打ち付けかけたのを、もう片方の東の手捕まえる。なんてざまだ。
そのままぎゅうっと抱きしめられて、私はもう怒りで目の前がみえない。


「あー、抱き心地最高」
「はぁなぁせぇええええ!!!」
「照れなくてもいいのに」
「照れてない!照れてない!照れてない!」
「八嶋が三回繰り返す時は照れてる時だろ」
「東と付き合うくらいなら冬島さんと付き合う!」
「好きなんだろ?」


巨人め、とうとう本性を見せたな?!
ここで「ごめんなさい、嘘です冗談でした」なんて私が白旗を降ると思ってるんだろう。だからそうやって苛めてるんだろう?!くっそ、その余裕面をぶんなぐってやりたい。隊務規定とかなんであるんだろう。


「好きだよ!ほんっと好きだわ!」


隣の正気を取り戻したらしい冬島さんが「八嶋、」と何か気遣わしげに発言しかけたが、隣の東がニコリと微笑むと「ひっ」と悲鳴を上げて口にチャックでもしたみたいに黙り込んだ。
私がごめんなさいって言うと思ったか。私はあんたの弟子じゃないんだよ。遠まわしな教育的指導をされたってむかつくだけだ。


「じゃ、付き合うか」
「望むところだ、受けて立つ!!」


東が肩を揺らして笑った。おい今のどこに笑うとこあった?!笑うとこなくない?!冬島さんが両手を合わせて私を拝んでいる。なんで?南無三って?冬島さん宗派どこでしたっけ。


「手始めに私、彼ぴっぴのことは『○○ぴ』って呼ぶから。秋っぴ(はあと)」

先制攻撃。どうだアホみたいな彼女、腹立つだろう。嫌だろう。これを弟子の前でやられたら精神的ダメージ食うだろ?ふはは、ざまあみさらせ!嫌ならさっさと「俺が悪かった、別れよう」って膝をついて言うがいい。そしたら私はしぶしぶ別れてやる。付き合い始めたばかりで捨てられたと泣いていいふらしたやるからな。


「じゃあ俺もそうしようか、『春ぴ』」
「やめて!!」


鳥肌がやばい。サブいぼたっている。


「春ぴ、俺は彼女の要望は叶えてやりたいタイプだし」
「結構です! ていうかそもそも、東は別に私が好きじゃないんでしょう!だ、だからそんな簡単に『春ぴ』とかうすら寒い呼び方ができるんだ!!わたしは『秋っぴ』って呼ぶたびにサブいぼたつ自分を奮い立たせて万感の思いをねじ伏せて呼んでるのに酷くない?!」
「春ぴは結構彼氏には我儘だな」

我がまま?!これ私が我儘なのか?!え、まじで?そうなの? 隣の冬島さんを見たら、全力で顔をそらされた。頼りにならない大人だ。

「・・・・わ、私は別に付き合ってくれなくてもいいよ!私の恋は崇高なので、別に成就しないからってへでもないしね!!おきづかいなく!」

「いや、あんまりじっと見られてると俺も手元が狂うから」

嘘付けよ!こないだも「くそあの東の野郎を誰かぶち殺してくれ現役ちょっと頼りないな復帰したい復帰したい」とガン見していたが、華麗に壁ぶち抜いて中学生をぶち殺していたくせに。
隣の冬島さんの目がさっきから半目だ。おいその目はらたつからやめて。当真君に言いつけるからな!東に私を売ったって!!ていうか、


「っとりあえず!この体制やめて!」
「春ぴの大きさが丁度すっぽりくるんだよなぁ」
「抱き枕扱い?!遠まわしチビってディスるのやめて!心の底からむかつくから!」


丁度そこへ、何故か忍田本部長が通りかかって「なにをやってるんだ?!」と酷く常識的なツッコミをしてくれた。これだよ。これを待ってた。


「ああ、忍田さん。今、春ぴと付き合うことになりまして」
「は?!ちが、」

「春、ぴ?」と忍田さんが小首をかしげた。近頃の若者はわからんな、って顔やめてください。てか何を勝手に報告しているんだ。やめさせようと、口を開こうとしたら頭を押さえつけられて私は東の胸元に沈んだ。春ぴ呼びやめて。ほんとに浮かれたカップルごっこで私をいじめるのやめて。本部長のきょとん顔が脳裏にやきついている。

「なんだ、ようやくまとまったのか」

は?いまなんと?本部長は私の理解ある上司のはずだ。東への愚痴を聞いてもらって慰めてもらったことだってある。かつて、東のあの高身長から振り下ろされる弧月に縦真っ二つにされて恐怖のあまりしばらくスランプに陥った私のことだって、その恐怖以上の恐怖を上書きすることによって助けてくれた私の心の師匠だ。それがなんで?!むしろ、助けてくださいよノーマルトリガー最強の名は飾りじゃないでしょう?


「ははは」

ははは、じゃない。その薄笑いやめろ。おいどういうことですか本部長。事の次第によっては私は本部長派を飛び出して、城戸派に鞍替えするぞ。いかに心の師匠だってこの勘違いは酷い。あれだけ相談にのってくれていたのに、あの愚痴を聞いていてなんでその反応になるんだ。聞いてるふりしてるだけだったんですか本部長。


「やー、俺達ももういい歳ですしね。ちゃんと色々考えますよ、そりゃ」
「東も来年は卒業だったな」
「といわけで見合いとか俺も春ぴもしないんで、断っといてくださいね」
「あー、そうか。唐沢さんには伝えておこう」
「ふがっ!!え、ちょ、は?!まって!待って忍田さんソレ何の話ですか?!」

東の拘束から何とか身をよじって顔をのぞかせて問うと、どうも私と東に見合いが複数もちあがっているとかいう話をされた。なるほど、謎は解けた。真実はいつも一つ!つまり見合いが嫌だったのだ東は。

「二人がうまく行ったなら必要のない話だな。だが何件かは得意先だし会うだけでもあってもらわないといけないかもしれないな。私も何件か会ったんだが、まぁそのうち減ってくる」

「・・・・・・秋っぴ、いい話じゃない。私よりもいい人いるかもよ?社長令嬢とか。ほら、もっとふさわしい相手がいるなら私なんておよびじゃないでしょ。お見合いしたいから別れてくれって言うなら今だよ今」

「春ぴこそ、見合いしたいのか?俺のことが好きだって言ってるのに? 俺は春ぴが好きだから見合いなんてしたくないし、春ぴにもしてほしくないよ。ということは、俺の方が春ぴを好きなんだな。所詮、春ぴの気持ちはその程度か」

「はぁああああ?!そんなことないし!!私の方が好きだし!負けてないし!!」

「じゃ、見合いはしないよな」

「するわけないよ!!東に熱烈片思いをしているんだから!!私はわがままなうえに束縛したい系だから付き合うからには余所の女とご飯とか許さないからね!見合い?論外だわー」

どうだ、面倒な女だろう。知ってるんだぞ、開発室の関係会社のおねーさまと食事してんの。にこっと笑って誑かしては開発費を増し増しにしてきたのを私は知っている。ていうか食事だけじゃないのだって知ってんだぞ。あまたの弟子を抱える東が、唐沢さんの弟子であることを知る人間は少ない。その成果が新ポジションである狙撃手誕生につながっているし、そのポジションを私だって堪能したから文句はない。だが、研究熱心でいつだって研究費欲しいと思ってるであろう東にはこんな女邪魔だろう。研究室で院の先輩と寝てるのも知ってんだからな。

「そっくりそのまま返すけど」
「は!私は一途な女だからまったくもんだいないけど?」

冬島さんが崩れ落ちて頭を抱えている。医務室に行かなくていいのだろうか。私は目下そびえたつ壁、東に向かって仁王立ちだ。

「というわけで、無理ですね。すいません本部長」

この茶番をまだ続ける気らしい。


「相手には『結婚を前提におつきあいをしている人がいますので』って断っといてもらえますか?」

「は?!」

「それはめでたい話だな。式はいつになりそうだ?」

頭が痛すぎて言葉が出てこない。本部長、私は本部長を信じてついていって本当にいいんでしょうか。今、城戸派に優しくされたら私はなびいてしまいそうです。だからこれはそんな話じゃないんだってば。単なる売り言葉に買い言葉で、私をいじめて普段のいい人面のせいでたまったストレスを発散させているだけの、それだけのはずで。

「俺が卒業してからですかね」

「ボーダーを挙げてお祝いしよう」

私は蒼白になってへなへなと廊下の壁に背中をつけた。ちょっと自分の力では立っていられないくらいには衝撃の強い会話が目の前で繰り広げられている。すすす、と隣に冬島さんが寄ってきて肩をぽんと叩いてから「どんまい、春っぴ」と言った。すかさず「冬島さん、馴れ馴れしいですよ」と東が言う。いや、馴れ馴れしさが天元突破しているのはお前だよ。私の動揺になんで本部長気づかないの?さすが沢村ちゃんの好意に気づかないだけのことはある。怖い。本部長、大丈夫かな。戦闘能力にステ全振りしたの?可愛い部下の結婚相手への反応がこれだって本気で思ってる?!まじかよ、本部長・・・・。
ボーダーを挙げてお祝いなんてお断りである。


忍田本部長は酷い勘違いをしたままで去っていってしまった。取り残された私は早急にあの口をふさぎに行きたいのに、東が腕をつかんで離してくれない。背が高いと比例して手まで大きい。

「見合いめんどいからって、好きでもないのに付き合うとかサイテイだと思うな!」

「春ぴは見合い嫌じゃないのか?」

「上が持ってきてくれる相手に変なのいるわけないってことくらいは信じてる。それに唐沢さんの下についてからはそこそこそう言う誘いはもらったことあるし」

「・・・・・やっぱり学生結婚しておこうか」

「だから!なんでそんな話になるの?!わけがわからないよ!もう、嘘だと言ってよバーニィ!」

「また懐かしいネタを・・・」と冬島さんがこういうところにだけ突っ込んでくる。もっとこう年の功からくるアドバイスをしてくれよ。お前は上のことを信じすぎだと、言われてもしょうがない。自分は頭を使うのにはむいてないのだ。

「俺と結婚する度胸はないか。そうだよな、俺には弟子も多いし、奥さんには迷惑かけると思う。あれこれ相談されることも多いし、春には無理をさせるのも悪いよな」

「は?!全然余裕だわ!!弟子とか何なら私だっているし!可愛い弟子のためなら何でもするし!むしろ東の方が困るんじゃない?!」

ぎゅ、っと手を握られた。いわゆる恋人つなぎだ。自分のちっぽけな手が、東の手にすっぽり握りこまれてしまうのが不愉快だった。

「なら安心だな」

何がだよ。今回の嫌がらせは嫌に長引かせて来るな、とそんなことをその時は考えていました。
私が!!甘かった!!!
こんなところに偶然にも指輪が、とか言いつつ差し出された指輪は床に叩きつけてやった。だれがするかボケ!

後日、上司である唐沢さんに「仲人は誰にする?」とか言われたのでパワハラで城戸司令に訴えたい。
風間くんに相談したら「勝算のない裁判は無駄なのでは」と冷静に突っ込まれて哀しかったが、彼が言うとことは大体正しいので訴えるのは諦めることにした。
床に捨ててきたはずの指輪がいつのまにやら自分のデスクの上にベルベットの小箱におさまっておかれていたのも、むかついたのでデスクのぐしゃぐしゃに物が詰め込まれた引出に放り込んだ。





***




「春ちゃんさー、なんでもうちょい素直にやんないわけ」

「素直に優しくしてても気づかないですよ春ぴは」

「・・・・なぁなぁまじそれやめとけって」

「・・・・・・・・春が卒業してしばらくして、戦闘員やめて事務方うつるって人づてに聞いたときは正直捨てられたと思いました。春はずっと俺を殺すのに全力だったのに・・・まだ勝ち越せてないうちは絶対やめないと思ってたらあんなあっさり・・・唐沢さんとこ行って。俺の次は唐沢さんなのかなとか、俺はもう殺さないのかなとか」

「・・・・殺されたかったのお前?!」

「あの瞬間は春がずっと相手してくれるし」

「・・・・いつからだっけ? 最初はお前だって苛々してたろ?たかが身長で絡まれて困るって」

「・・・・・弧月で、」

照れくさそうに口元に手を当てて、東は余所を向いた。思い出しているらしい。

「あんまりにもしつこいから弧月で首飛ばして終わったと思って背を向けたら、首が飛んだ先で笑ってて後ろから首なしの春が俺をぐさりと刺してきた時ですかね」

なんか刺さってしまって、と東はのたまった。冬島はどんびきした。いやそれは物理的に刺さってるだけだろうが。なんかって何だよ。弧月が刺さってるだけだろうが。

「お前ら頭おかしい・・・」

「頭おかしいからボーダーなんかいられるんでしょ」

「俺はおかしくないもん」

「もん、て」

「聞くんじゃなかった。いっそ春ちゃんが可哀そうなレベル・・・まじで付き合うの?」

「好きなんですよね。事務方に移って他の奴が殺されなくなったのはいいんですけど、接点減ったし・・・付き合えばそれなり顔合わせるでしょ」

「いや、春ちゃんだぞ」

「・・・やなこと言わないでくださいよ」

「お前ソレ他の弟子たちの前で言うなよ? いやでも、あれか。あいつらはお前に夢見すぎだし多少は現実見せてやるべきか? とりあえず当真は『東さんはヤベーよ』っつてたわ」

「さすがに言いませんよ。俺だってしゃべる相手は選んでます」

「いや、俺にも言わなくていいから。でも春ちゃんはじっさいのとこお前のこと嫌いだろ」

冬島は確信をついた。すっとぼけているが、わかっていないはずもない。

「ですね」
「ですねって」
「俺のことが嫌いな春ぴが好きなんですよ」
「・・・・お前のこと実はどSだと思ってたけど一周まわってどMだったのな・・・・高度な縛りゲーとか好きだもんな・・・うわぁ・・・・・まじかぁ・・・春ちゃんかわいそう」


東春秋がうっそりと微笑む。その視線の先にいる人物に、冬島は心の底から同情した。唐沢の後ろをくっついて歩く春は取引相手に露骨なちょっかいをかけられているのを唐沢仕込みの話術と、最近身に着けつつある営業用スマイルで交わしている。元が短気な攻撃手にしては頑張っているな、と評判である。絶対3日で白旗上げて逃げ帰ってくると攻撃手界隈ではもっぱらの話だったのだが、かれこれ数年。立派に事務方に馴染みつつあるらしい。

「いいお相手なんだよほんとに」
「いやー、私なんかとてもとても。勿体ないです」
「会うだけでも!私は君をかってるんだ!」

こつり、と狙撃手の長い指が机をたたく。顔は相変わらず微笑んでいるが、内心でははらわた煮えくり返っている時の東春秋を目の前にして一気に飲んでいたコーヒーの味がしなくなった気がした。

「ほんとに、私は能無しなので。社長の御子息の御内儀なんて務まりません。せいぜい護衛の弾除けくらいでしょう」

「八嶋君っ」と尚も言い募る男に、にこやかに対応しつつも苛々ゲージが増している春はくつろいでいる東と冬島を見つけると、隣の男に二人の方を指さし何やら小声でささやいた。食い下がっていた相手は、ぐっと黙り込み去っていった。
漸く解放されたらしい春がさっさとその場を去ろうとしたのを、東が声をかけて引き止める。


「春、今のは?」

『春ぴ』呼びを嫌がられて以来、ちゃっかり下の名前で東は春を呼んでいる。

「見合いを断ってた『結婚を前提におつきあいしている人がいるので』って中々使えるパワーワードだった」

「へえ!」

東が嬉しげに声をあげた。

「俺と付き合ってるっていったの?」
「そうだよ」

けろりとした顔で言う春に冬島は頭を抱えた。この女は腕っぷしは確かだし、機転も利くがどうにもこうにも変なところがすっぽ抜けている。そのすっぽ抜けに気づく人間は少ないが、その数少ないうちの一人である東はそこに全力で付け込んでいる。底なし沼に大暴れしながら沈んでいくのを見ているようだった。

「結婚を前提に?」
「そうだってば。嘘も方便だし、唐沢さんにもそれが一番障りのない断り文句だと推奨された」

なるほど唐沢もグルらしい。東に恩を売っておいて損はないから当然の判断だ。可愛い部下といえど、売れるものをは売るのが外務営業部長である。

「嘘じゃなくても俺は問題ないよ。式はいつにする?」
「・・・・・そのネタまだ引っ張るわけ?」

ネタじゃなく上はその方針で動いていて、きっちりボーダーの本部スケジュールに『東の結婚式』は組み込まれているのを、まだ春は知らない。


「春が言ったんだろ、俺が好きだって」
「あー、言った言った。好き好き、その馬鹿でかい頭をそがせてくれたらもっと好きになるかな」
「じゃあ、今から訓練室行くか」
「・・・・・仕事あるんで」

こいつまじで何を言っても駄目だな、と肩をすくめて忌々しげに舌打ちをして春が去っていこうとする。そうやって放置するから余計に増長するんだぞ、という助言は勿論飲み込んだ。冬島だって、東は敵に回したくない。

「逃げるのか?」

にこやかに煽る。そんな単純な煽りにすら怒りを燃えあがらせるのが春という女であることを東は知っているのだ。案の定、春の足が止まる。
一度こいつにはバックトゥザフューチャー見せないといけないな、と冬島は思う。『腰抜け』と呼ばれるたびにブチ切れて人生台無しにする主人公にぜひとも学んでほしい。

「は?引退して事務方やってる女に皆の憧れ東さんがぶちのめされたら大問題でしょ?」

「ははは、そうだなー。ぶちのめされたら、な?」

暗にそんなことはないと更に東が煽る。どうしてこいつの愛情表現はこうなんだ。だれの教育なんだ。こいつらの弟子はそのあたり絶対に師匠の真似はしないでほしい。歪んでいる。聖人君子みたいに慕われてすぎて、メーターがおかしなバグを起こした結果のしわ寄せが恋愛方面によりすぎている。

「ただやるのもつまんないだろ? 何か賭けないか?」

「上等だ!私が勝ったらその髪を切ってイメチェンしろ」

「ロンゲは俺の数少ないアイデンティティなのに・・・・これ以上顔がモブキャラになったらどーするんだ?」

「『髪型、東さんとお揃いですね』って言われるのそろそろ不愉快だから切れ。身長をちょんぎりたいところだけど、それやったら上に怒られるから髪の毛ちょん斬るので我慢するから。ていうかずうずうしい。キャラ立ちなら髪型以外で充分盛りすぎだから。ロンゲ枠は冬島さんに任せて丸刈りしろ。丸刈り枠でキャラを立たせたらいいよ受けるから」

「おそろいでいいじゃないか」

「やだよ!なんで私があわせたみたいに言われんの?!腹立つ!私のが先にこの髪型でやってきてんのに!!」

「わかった負けたら切る。じゃあ、俺が勝ったらこないだの指輪つけて」

「望むところだ!」

なんだよ指輪つけるだけでいいわけ?はっ、安い要求だ、とばかりにOKした。この後訓練室で10-0の大敗北を喫した春はその左手の薬指に先日床に叩きつけたばかりの指輪を強制的にはめられることになる。なんでこの指?!と抗議するも、どの指かなんて言わなかったんだから勝者が決めていいよな?と「負けたのに言い訳するの?」と畳み掛ける東に丸め込まれた。
悔しげに左手に指輪をはめて、悔しさのあまりにくちびるを噛みしめて半泣きで後悔している春をながめつつ東は至極満足げだった。

翌日、一日つけてたんだから満足しただろうと再び指輪を机の引き出しに放り込んでいたら「いつまでなんて言ってない」といちゃもんをつけられた。勝者の理屈をこれみよがしにかざされて、完全敗北を喫した春は「じゃあいつになったら外せるんだ」と抗議した。東はにこやかに笑って、


「春ぴが俺に勝ち越せたら、外してもいいよ」


と、のたまった。









弧月の素振りを欠かさずにしている事務員がいるらしいと、B級隊員の間でひろまった噂を自隊の二人から聞かされた東は「へぇ、心強い話だな」と相槌をうつ。オペレーターの人見が、「・・・東さん、顔にやけてますよ」と冷静につっこんだ。この子はひじょうに冷静で優秀だ。東は「おっと」とおどけるように口元を隠すように片手で覆った。








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