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いつかの夢を殺す日


いつかを夢見ていた。
いつか、はもう永遠に来ないことを知っていた。



「ヤンの補佐についてくれ」とアレックス・キャゼルヌが口にした時に自分がした表情はただしく『嫌な顔』をしていた自覚がハル・レインにはあった。ヤン。ヤン・ウェンリー。今や同盟でその名を知らぬものはいない、軍の英雄。

「いやです」

ハルは言った。とりあえずの抵抗だ。現在の職場をこよなく愛している。戦史を編纂する地味な仕事だが、ここに配属されるためにどれほどの暗躍じゃなかった、努力をしてきたことか。それがここにきて、前線に?まったくもって冗談はやめてくれ。前線なんでごめんこうむる。卑怯?卑怯で結構。卑怯になるにも努力は必要なのだ。

「――と、言って覆るんですかソレ」

将官でもない自分にその意思決定権はほとんどない。

「ヤンからの希望だからな」
「ますます嫌になりました」
「お前さんなぁ、士官学校の同期の誼だろ?」


同期の誼だからこそ嫌なのだ。ヤン・ウェンリーのお守役は自分の仕事ではないとハルは認識している。だがそれは口には出さなかったし、当時を知るキャゼルヌとてわかっているはずだ。


「私じゃダメでしょう」


彼の補佐を、するにふさわしい人はもういない。
ジャン・ロベール・ラップは戦死した。
士官学校で知り合い、三人でつるんでいた。あの頃、来るはずもない未来について夢想していた。いつか、いつか戦争が終わったら。
軍人なんてやめて、三人で船を買おうと言った。ハルとヤンはどちらも歴史が好きで、けれど考え方が違うせいか口論に発展することが多かった。その間にラップがたち、バランスがとれた。ラップの婚約者となったジェシカがそこに加わって、いつかの未来は一層輝いていた。


「・・・・退役しようかな」
「それなら今回の作戦が終わってからヤンの奴と一緒に辞めればいい。あいつはそのつもりらしからな」
「・・・・」


深く深くため息をついた。


「ヤンは馬鹿なんです」と言う。
「そうだな?」とキャゼルヌも頷いた。どこまでわかっているのか、とハルはこの先輩を図りかねている。どれだけヤンがスピード出世をしても、ねたむどころが面白がるような人だ。

「・・・・大馬鹿なんですよ」


歴史をハルは愛している。
歴史は、時は偉大な教師である。人に多くのことを教えてくれる。
けれど同時に、いずれ弟子を皆殺しにするのだ。


「ちなみに副官にはフレデリカ・グリーンヒルを持っていく予定だ」
「わー、ますます私いらなそう」


データを送ってよこされたので目を通す。ヤンが指揮することになる第13艦隊の幕僚のリストである。フレデリカ・グリーンヒルといえば、女性軍人の間では有名だ。何せかのグリーンヒル大将閣下の御息女である。それだけで知名度は抜群だが、なおかつ彼女は士官学校を次席で卒業した才媛なのだ。


「どうもヤンのファンらしいな」
「噂聞いたことありますよ」
「そうなのか?」
「女性軍人のネットワークは光の速さで噂話が駆けめぐりますからね〜。 ていうか、お小言いうポジションならムライさんがいらっしゃるじゃないですか。私必要ないですって」
「どういう解釈なんだ・・・」
「ヤンに物申せる人間が欲しいってことでしょう?私がいるってのは」

キャゼルヌは確かに、といった風情で頷いた。

「絶対にいやか?」
「・・・・」

返事ができない。
嫌に決まっている。ヤンは馬鹿だ。


「知ってますか先輩、『男はロマンチストで、女はリアリスト』だって先人は言ってるんです」

一呼吸おいて、


「現実は、甘くない。それを、イマイチわかってないんです、ヤンは」
「・・・・ぼやっとしてるからな」

だから俺達がいるんだろう?とキャゼルヌがつづける。そう、抜けている。
この作戦は成功する。成功すれば、和平の機会を得ることができるはずだというヤンの希望はあまりにも楽観的にすぎる。
人間の欲望というものを、欲の薄い人間であるヤンには図りきれないのだ。人の欲は、果てしない。
もっと、もっと、更に多くを、より良いものを。
人間に欲望が人間を進化させてきたのも事実だけれど、人間を滅ぼすのもまた欲望なのだ。


「自由な人事の意味だってわかってない。先輩はその辺わかってるくせに黙ってるでしょう。作戦成功のため?軍部内の勢力均衡?それも確かに事実でしょうけど」

「まぁ、な」


キャゼルヌは否定しなかった。自由な人事を許され、必要なものを望まれるままにそろえ、そうして出来上がっていく『第13艦隊』が、おそらくは完成した瞬間に一つの未来が誕生する。
居心地の悪い軍隊から、さっさと足を洗いたいヤンにとって、最高の居場所が用意されつつある。


「自分で自分の首を絞めていくスタイルに気づかないのがヤンの度し難いとこです」

「適度に緩めてやる人間がいるだろう。お前さんが適任だ」

「・・・・考えときます」





後日、ハル・レインはヤンの艦隊に配属された。イゼルローン要塞攻略直前の会議に顔をそろえた面々に軽い自己紹介をした。揃った面々の顔を順繰りに見て、それから自分の上官となるかつての同期の満足そうな顔を見た。


「着任いたしました」と形式ばって言えば困ったような顔をする。
会議が終わり散開することになった段階で、漸くハルは勤務時間外の友人としてヤンに声をかけた。

「ヤン」

声をかけ、振り返る男に、懐から取り出した銃口を向けた。
驚愕に目が見開かれる。会議室からでていこうしていた全員の足がとまる。


「私の立案に不満があったのかな」
「ないよ。ただまだ少し悩んでるんだ」


取り押さえに動こうとしたシェーンコップをキャゼルヌがおさえた。シェーンコップは視線でその意味を問うが、キャゼルヌはわずかに首をふり、ハルとヤンを見据えていた。
二人は互いにじっと視線をあわせた。おそらくは二人にしかわからない、無言のやり取りがあった。こうしてにらみ合っていると、常ならば間に入ってくれていたもう一人の友はどこにもいない。もうひたすらに議論を続けていけない。二人の間の緩衝剤は失われて、だからどちらかは妥協せめばならない。こどものように、語り合えた日々はもう戻らないのだ。古き良き日の最後の空気に、銃による緊迫感を加えた瞬間はまるで永遠に続くのではないかと思われた。

ひきがねに指がかかり、そして――、

ハルは銃口を自分の頭へと向けた。「ハル?!」とむけられた銃口の向きが変わったことにヤンが腰を浮かせて叫んだ。
カチリ、と音がして銃口から飛び出したのはビームではなく造花だった。


「なーんちゃって。どっきりでしたー」とハルが真顔でいう。わかっていたのかキャゼルヌが肩をすくめた。本来なら悪ふざけではすまない軍法会議ものの冗談だが、それが許される場所だった。何せ、ここの最高責任者がヤンなのだ。彼の意にそまぬものは何一つない。その始まりの場所だ。
造花を無造作にひっこぬいて、ヤンにおしつけた。


「だめだなぁ、やっぱり。ヤン殺すよりも自分を殺す方が簡単だった」


諦観のこもった言葉だった。


「ヤンに向けて引き金引けたらさ、軍をやめようと思ったんだけど無理だったよ。殺せない。私も度し難いなぁ……、まぁしょうがないか。 私の命はたった今この瞬間から君のものだ、良かったねーヤン」

「この作戦が終わったら一緒に辞めるかい?」

「ははっ、いやそれできるなら今やってたよ」

「……?」

「ヤンは馬鹿だなぁ。そこがいいとこだけどさ」

ハルは晴れやかに笑った。


「ま、とことん付き合うよ。この命が尽きる瞬間までね」





( いつかの夢を殺して、新しい夢を見る。)





「ところで今晩はまちがいなくヤンのおごりだし、これからもずっと奢ってくれるわけだよね上官殿」
「同期飲みは割り勘だろう?!」
「ヤンはさ、私が今どこに配属されてたか知ってる?」
「……どこだったんだい?」
「戦史編纂室」
「…………あー、うん、そうか、さすがハル。」
「ありがとう。それも短い夢だったよ。今日からどこかの誰かの引き抜きのせいで最前線でさぁ〜。だれかの、引き抜きの、せいで。誰だろうねほんと。 で、おごってくれるよね」
「……飲みすぎないでくれよ」
「ヤンはこの人事自分がやられたら飲まずにいられる?無理でしょ?ないでしょ?飲むでしょ?」
「………とことん付き合うよ」
「命がつきるまで奢ってね」

ハルはにかりと笑った。









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