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君がここから飛んでいってしまう夢をよく見ます


迅がはじめて未来を視たと自分に打ち明けてくれたのはいつだったか覚えていない。物心ついたころには、それが当たり前になっていた。
迅には人の未来が、正確には未来の可能性が見えた。幼い私は毎朝、迅に「今日は傘いるかな?」と聞いていた。お隣さんだったからだ。
学校に行く前に必ず聞いた。皆がうっかり傘を忘れたときでも、私はばっちり傘を持っていて濡れずに帰宅することができた。
迅はいろんな未来が視えているせいで、それを見たくないせいで、いつも下ばかり向いていた。下を向いていても視えてしまうことがあるらしく、思い通りにならない自分の力に腹を立てることもあった。私は迅の言うことを嘘だなんて思ったことはない。大変な力だなとも思った。
しんどい時はそばで背中を撫でてあげるくらいしかできなかったけど、迅はそれでも助かると言ってくれた。

高校の下校時刻に、迅に呼び止められた。珍しく、迅が何かを言いよどんでいた。じっと私のことを見ている。いや”視ている”のがわかった。

「迅、どしたの?何か視えた?大丈夫?」

迅は目を見開いて、私の未来を視ているみたいで、少しも私の声が聞こえていないみたいだった。
口を開きかけ、閉じて、また開き、何かをいいかけ、けれど言えない。珍しい。迅は私にかかわる未来を言いよどむことはない。だって私は知っているし、信じている。

「迅?」

瞬き一つしない迅の青い目の前でひらひらと手を振った。
迅が目をそらす。そのまましゃがみこんで膝を抱えた。視たくない未来を視たときの迅の反応だ。そんなに嫌なんものが視えたのかと思うと心配になる。

「わたし、なんかまずいの?」
「・・・・春」
「なに?」
「今日はまっすぐ家に帰って」

迅が私を見ないままに言った。私は間髪いれずに「うん、わかったよ寄り道せずにまっすぐ帰る」と返事をした。はじかれたように迅の顔があがって、私を見た。
何が迅をこんなに困らせているのかわからない。迅が『まっすぐ帰れ』とい言うなら、まっすぐ帰らない未来では何かよくないことがあるのだろう。

「・・・・・ごめん、春。今の忘れて。どっちでもいい。春の好きに帰ってよ。俺に出くわしてなかったらしてたようにしてくれていいから」

意味が分からなくて首をかしげた。だって迅はまっすぐ帰れと言ったのだ。迅が雨が降るといえば絶対に傘がいる。迅が言うのに、私がそれを無視する理由がない。
迅はなんだか悲壮な顔をしていた。

「ごめん、春。ごめん」

何の謝罪なのかわからない「ごめん」を繰り返して、「仕事あるから」と私を置いてけぼりにした。
茫然とその後ろ姿を見送った。



私はその帰り道に、交通事故にあい2週間の入院を余儀なくされた。



病院のベッドの上で目を覚ますと、ベッドサイドに迅がいた。下をむいて視線が合わない。
「ごめん春」とかすれる声が言う。
迅の言うとおりにまっすぐ帰った。途中で文化祭の実行委員の手伝いを先輩に頼まれたも断って、いつもの通学路を歩いていた。そこへ暴走した車が突っ込んできたそうだ。
迅にはたぶん、この未来が視えていた。私の入院を迅は推奨したことになる。

「・・・迅さぁ、何で謝ってるの?」

本気でわからなかったから、素直にきくことにした。

「事故、助けられなかったろ」

確かに。頷く。迅の言葉がなければ、たぶん自分は実行委員の手伝いをしていたから、車が暴走した時刻にあそこにいなかっただろう。

「けどこっちの未来のがいいって迅は思ったんでしょ?」

事故より酷い未来があったとはなかなか思いつかないが、迅が言うのだからこれは最善の未来のはずだ。

「・・・・俺にとってはね」と迅が言う。迅にとっては。では私にとっては違ったのだろうか。迅はいろいろなものが見えすぎるせいで、時折ひどく難しいことを言う。

「じゃあ、いいじゃん。もう大丈夫そう?」

迅の顔をつかんで、私に向けさせた。

「視えた?」
「・・・・・視えた」
「問題ない?」
「ない」
「文化祭出れなくなったのは残念だなぁ〜。迅、ちゃんとおみやげ持ってきてね。1組がコスプレ喫茶やるっていってたの見に行くのも楽しみにしてたんだから写真を所望します」

2週間だ。文化祭は退院する前に終わってしまう。

「了解」
「よしよし」

話はこれでおしまいかな、と思ったらまた思い出したみたいに「ごめん」と言った。




***



春が帰宅する後姿が見えて声をかけようとした。同時に2つの未来が”視えた”

――春が事故に会う未来。
こちらはまっすぐこのまま帰らなければ避けられる。帰ったとして、迅が助けに行けないだろうかと考えたがいくら視ても自分が助けに現れる可能性は視えなかった。おそらく仕事でかけつけられない場所にいるのだろう。

――春が事故にあわない未来。
どこかでほんのすこしでも時間をつぶせば未来は変わる。文化祭で楽しそうにダンスをしている春が視えた。その先も視えた。文化祭で距離の近づいた男子生徒と付き合いだす春が見えた。そしてそのもっと先の未来で、春が泣いている。顔と調子だけがいいやつに、春がひどいことをされる未来だ。制服がぐちゃぐちゃで、春はボロボロだ。


なんといえばいいだろう。
事故にあわせるなんてもってのほかだ、だからまっすぐに帰るなと言わなくてはと思う。
けれど。
事故にあわない先の未来をじっと視た。そばについていれば、この未来だってそうそうすべては実現しないのでは?こちらを選んでも春が泣かずに済む選択肢がないかを必死に探した。なのに春がなく未来が消えない。
事故に合わない春は、結局酷い失恋をして、思春期のガキの横暴につきあわされて泣くのだ。そもそも春も馬鹿だ。どうしてあんな馬鹿と一瞬でも付き合うんだ。そしてどうして自分はそれを防げないのだ。
深く深く、未来を探る。手繰り寄せるように最前を探す。けれど、このまま帰らない未来で、あれこれ最悪の未来を回避しようとする迅を恋に浮かれた春はうっとおしいと感じるかもしれない。勝手に自分の未来を視るな、と忠告されたら迅は心臓がとまる気しかしない。春がそんなことを言うわけがないと思いながらも、無数の可能性の中で見落とした未来があるんじゃないかと不安になる。近頃はゲートが小規模に開くことが多く、迅も学校に顔を出せる日が減っている。
簡単な未来がちらついている。事故にあう。入院する春。文化祭に参加しない春。玉狛への通り道にある病院に入り浸る自分が視えた。



「今日はまっすぐ家に帰って」



こぼれ出た自分の言葉に春が「うん、わかったよ寄り道せずにまっすぐ帰る」と返事をした。はじかれたように思わず顔をあげた。
春は多少困惑してはいても、少しも迅の言葉を疑わない。きっとまっすぐ帰ってくれるんだろう。

そして事故にあうのだ。

「・・・・・ごめん、春。今の忘れて。どっちでもいい。春の好きに帰ってよ。俺に出くわしてなかったらしてたようにしてくれていいから」

意味が分からないといった風に春が首をかしげた。どっちがいいかなんて普通未来を選ぶのはおかしい。誰もが未来なんてわからないままに生きている。それを自分のいいように捻じ曲げていいわけがない。春が帰るなら、全力仕事を終わらせて事故のあった場所に助けに行こう。事故にあわず、迅の助けが間に合う未来は見えないけれど。
春の失恋も、春が酷いことされる未来も、春にとってどうなのかはわからない。手痛い青春の恋が、もしかしたら春の何かを変えるかもしれない。

「ごめん、春。ごめん」

それでも迅は「ごめん」を繰り返した。「仕事あるから」と春を置いてけぼりにして現場に向かった。全速力で。そちらを一刻でも早くかたづけて、それから、それから。
春が事故にあわずにすめばいい。誰かに連絡をすることも考えた。連絡をして自分以外の誰かに助けに行ってもらう。それでもよかった。けど春は、いつだって自分で助けたかったのだ。せっかく未来視なんてものがあるのだから、大事な幼馴染を守る権利くらい自分にゆるされてしかるべきだ。
視えている未来を無視して、自分が春を助けられる未来を選びたかった。

けど結局間に合わなかった。
春は事故にあった。
2週間の入院が決まり、俺はベッドサイドでうつむいて春に「ごめん」と謝罪した。

「・・・迅さぁ、何で謝ってるの?」

本気でわからないと、その声音が言っている。

「事故、助けられなかったろ」

春が頷く気配がした。

「けどこっちの未来のがいいって迅は思ったんでしょ?」

迅が言うのだからこれは最善の未来のはずだ、と春は信じている。

「・・・・俺にとってはね」と迅は言う。迅にとっては。最善だ。春が誰にも泣かされない。春が誰のものにならない。春は迅の横にいる最善の未来。

「じゃあ、いいじゃん。もう大丈夫そう?」

迅の顔を春がつかんだ。

「視えた?」と春が聞く。
「・・・・・視えた」
「問題ない?」
「ない」
「文化祭出れなくなったのは残念だなぁ〜。迅、ちゃんとおみやげ持ってきてね。1組がコスプレ喫茶やるっていってたの見に行くのも楽しみにしてたんだから写真を所望します」

2週間だ。文化祭は退院する前に終わってしまう。浮ついた空気の中で、雰囲気に流されて始まる恋の可能性が消えていく。病室で迅のとってきた写真を満足そうに眺める春が視えた。

「了解」
「よしよし」

春が満足そうに言うのが、未来の春と重なった。「ごめん」と言った。
未来視の力を自分のために使うことは良くないと思っていた。世のため人のために暗躍する。春が、迅じゃない誰かと結婚する未来への可能性が薄れて、迅は心の底からほっとした。あの文化祭が、大きな分岐で、それさえうまくやり過ごせば、もっとずっと春は迅の傍にいてくれる。

「・・・・春、明日は雨が降るよ」

迅の未来視をお天気予報や朝の占いレベルで気軽に聞く春が「入院してるから関係ないじゃん」と笑った。






title by Javelin







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