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餌付けされた猛獣の主張


「春、これうまい」

太刀川は弁当に入った肉団子を満足そうに頬張った。

「よかったよかった、たんとお食べ慶くん」

そんなに気に入ったなら、と春は自分の弁当に入った分も太刀川に与えた。箸で挟んで目の前にさしだされた団子をそのままぱくりと太刀川が食べる。

「うまい」
「これ以上は褒めてもないよ」
「春が最近弁当差し入れてくんないって忍田さんが愚痴ってたけど普通に作ってんじゃん。なんでもってかねーんだよ」
「他人の恋路は邪魔したくないもん」
「恋路ぃ〜?」

春曰く、自分が弁当なんぞを差し入れているから忍田の周りの女性が遠慮してしまうらしい。忍田の親戚筋にあたる春は、子供の頃から大層可愛がられているが、自分のせいで忍田の婚期をこれ以上遅くしたくないのだそうだ。
太刀川には弁当と婚期の関係性がさっぱりつかめないので首をかしげた。

「一緒に食事って距離を詰めるのに最適でしょ?ごはん行きませんか?からの二人きりデート発生イベントが私の弁当があるからという断り文句でなくなる可能性を排除してるの」
「でも弁当は作ってんだろ?もったいねー」
「だから慶君にあげてるじゃん」
「俺の婚期は遅れてもいいのかよ」
「はっはっは。学生身分が何をおっしゃるやら」
「学生結婚するかもしんないだろ」
「恋愛より戦闘が好きなくせに何を言ってるやら。しっかり食べてまさ兄のお手伝いしてね」
「俺、派閥的には忍田さん派じゃないけど」
「派閥!」

春が噴出した。太刀川は笑ってお腹を抱えている春の隙をついて、残った肉団子も強奪した。

「まぁどこで何してたって、元気に剣振ってればまさ兄の役に立ってるって。・・・にしても派閥・・・ふっ、慶くんがそんな難しい単語を使うとは」

肉団子を奪われた腹いせなのか、口元をゆるませたままの春は太刀川の弁当から半分になった卵焼きを奪っていった。もちろん、よけようと思えば避けれたが、そもそも作ったのは春なので大人しくしていた。

「よく寝て、よく食べて、しっかり働いてまさ兄をよろしくねA級1位さん」

はむり、と春が卵焼きを食べた。
春は忍田が子供のころから大好きだった。道場にも太刀川と同じく入り浸っていたが、いかんせん運動神経は普通で、あとから始めた太刀川にあっという間に追い抜かれた。
ボーダーにも当然入隊したかったが、トリオンが足りなかった。

「俺はお菓子の家の魔女に菓子食わされてる気分の時あるわ」
「取って食ったりしないよ失礼な!常に健康で元気でいてほしいと思ってる幼馴染になんてこというんだ」

栄養バランスもばっちり、と胸をはる春に太刀川は何だか釈然としない。

「彼女作るなら、栄養管理できる子にするんだよ慶くん。せっかく今日まで私がしっかり横にいて健康頑丈な体に育てたんだから!」

その言い回しはどうなんだ、とはもう面倒くさかったのでつっこまなかった。
春が太刀川に弁当を与えるのは、太刀川に恋人がいないときだけだ。以前、恋人にねだられるままにあちこち食べ歩いていたら、体重がわずかに増えて、すぐさま春に注意された。太って体なまってうっかりミスしたらどうするんだ、と1時間の説教コースだ。
まさ兄に迷惑をかけたら二度と差入れなんかしないからね、と念押しされた。結局、その恋人とはほどなくして別れた。
子供の頃からずっと、春は忍田が大好きだった。本当にずっと好きだったのだ。
太刀川はそれを横で見ていた。

「春の飯はうまい。餅はもっとうまいけど」
「デザートにきなこ餅あるよ」
「まじかよ」
「まじまじ。崇め奉りたまえよ慶くん」

春が満足そうに笑った。



***



「太刀川さんと春さんって付き合ってんですか?」と出水に聞かれて一瞬本気で理解できなかった。

「俺と、春?が?付き合う?なんで?」

本気できょとんとした。その発想はなかったな、とあごひげをなぞった太刀川を出水が怪訝な顔で見ている。

「仲いいから。こないだ「あ〜ん」して弁当食わせてもらってたの見ちゃって」
「ああ、あれな」

出水がみた場面に思い至り納得した。言われてみればまるでカップルのようだが。

「ありゃ餌付けだ」

春は太刀川に健康な食事を与えることを自分の使命にしている節がある。
トリオンが少なく、戦闘力のない自分ができるのは料理くらいだからと高校に入ったあたりから猛勉強しはじめた成果だ。

「それが結果的に忍田さんの手助けになるからという、春のまさ兄第一主義の突き詰めた先がこれらしい」

春→太刀川→忍田、という流れが大事らしい。一時期は直接あれこれと忍田の世話もやいていたが、婚期だなんだと最近は少し距離をおいているらしい。姪っ子を猫かわいがりしている忍田が実は密かにさびしがっているのも知っているが、太刀川はとりあえず静観の構えを取っている。
まさ兄第一主義で、まさ兄絶対主義の春に余計なことを言っても、火に油を注ぐだけなのだ。

「なんだ付き合ってないんだ」

意外そうに出水が言う。

「そうそう」

そもそも定期的にではあるが、太刀川には恋人だっている。入れ替わりは激しいが、それを横で見ている出水がそんなことを言い出すことにふと疑問を抱く。

「なに、気になんの?」
「後輩に春さんってフリーなんすかね、って相談されたんで」
「そいつ、忍田さんより強いの?」

出水が何言ってるんだこいつ、という顔をした。ノーマルトリガー最強と呼ばれる本部長より強い後輩がいるわけないだろ、と言外に言っている。

「じゃー、無理だろ。フリーでも」

春は弱い男に興味なんてないはずだ。何せ”まさ兄”が基準なのだから。

「けど春さん前に大学の先輩と付き合ってたんでしょ?」
「なんだそれ。知らね。忍田さんより強いのそいつ」
「いや、大学の人なんでしょ?つか太刀川さん知らないんですか?」
「俺が入学した時はもう春は卒業してるだろ」

春は太刀川よりも5つ上だ。学年としては東と同じになるはずだ。同じ学校にいたのは小学生の頃だけで、中学も高校も大学も在籍がかぶったことがない。

「東さんに愚痴ってたのに居合わせちゃったんですよね。元彼が結婚するらしいって。そろそろまさ兄も結婚するべきだ〜って」

東には「お前もな」と冷静に突っ込み返されていたがさらに「人のこと言えないでしょ」とやり返していた。

「30になってもお互いにいきおくれていたら結婚しようとか不穏な会話してましたよ」
「東さんが30でも売れ残ってるわけないじゃん。不毛な会話だなそれ」

笑える!と太刀川は一刀両断だ。

「とにかく、付き合ってないってのは伝えときます」
「おー、まぁ頑張れ」



***



「男子高生に告白された・・・!遅すぎるモテ期?」
「へ〜」

この間、出水が話ていたやつだろう。さっそく行動にうつすとはなかなかの勇者である。感心しつつもどうせ玉砕したんだろうと確信している。

「まぁさすがに学生さんとはお付き合いできませんって断ったけど。今度お見合いもするし」
「は?誰と」
「ボーダー関連企業の人?かな」
「そいつ忍田さんより強いのかよ」

出水にもした質問を繰り返した。

「まさ兄より強いわけないない。普通のサラリーマンだもん」

春はきょとんとした顔をして、それから笑いながら答えた。

「春はふつうのサラリーマンの嫁で満足できるわけないじゃん」
「どういう認識なのそれは・・・」
「昔言ってただろ。『まさ兄と結婚する!』って」
「小学生の頃の話です!」

春は顔を覆った。

「忍田さんに彼女できたらしいって聞いたときに告白されたときは『まさ兄より強い人』って断ってたくせに?」
「そっちは中学の話!なんで覚えてるかなぁ・・・恥ずかしいから忘れてよ」
「春の旦那が忍田さんより弱いやつなんて俺認めないぜ」
「師匠よりも弟弟子の方に反対されるとは思わなかった」

師匠、というのは忍田のことだ。

「忍田さんは何やってんだよ」
「見合いはそもそも私とまさ兄二人セットで売り出しにかけられた結果だからね。私を生贄にまさ兄は逃げ延びたわけだけど。これを機に響子ちゃんが打って出ればいいけど」
「沢村さんのことはどーでもいい。ボーダーはどうすんの」
「結婚しても続けていいよって言われてるけど、どうかなぁ」
「忍田さんの役に立てなくなるじゃん。俺の健康は誰が守るんだよ」
「最近の慶くんの彼女は中々お料理上手な子が増えてきてるじゃん」
「・・・・」

寝転がっていたソファから起き上がると、すぐそばに春が立って太刀川を眺めている。手には何か紙切れを持っていたので「なにそれ」と聞けば照れたような顔でそっぽを向いて小さな声が「ラブレターもらっちゃった」と言った。

「断ったんだけどね、手紙だけでも貰ってくださいって。いまどき手紙で告白ってのも可愛いよね。はじめてこんなのもらっちゃったから恥ずかしいな」

「はじめてじゃないだろ。俺だって昔やった」

「・・・・あれは、果たし状でしょ?」

誤字脱字が多すぎて赤ペンで修正いれて書き直しさせられたから太刀川だって覚えている。

「もしくは今晩の夕飯の注文書だった」

だいたい内容は俺が勝ったら夕飯これにしてくれ、的なものだった。
春の手がのびてきて、太刀川の頭をわしわしと撫でまわした。まるで犬のような扱いだが大人しく撫でまわされてやった。

「姉弟子を心配してくれてるの?ありがとね慶くん。心配ついでに今度道場にも遊びにおいで。ちびっこたちにトリオン体じゃなくてもすごいんだってとこ見せてよ」

「ポイントも貰えないとこでやってもなー」

「まぁまぁ。未来のアタッカーがそこから出てくるかもだし」

「先ながっ・・・春が相手してくれんなら行ってもいいよ」

「私を相手にしても慶くんつまんないでしょ」

「春をぶちのめすという事実が大事なんだよ」

「・・・・慶くん、いつからそんなバイオレンスに。お姉ちゃんは悲しい」

「姉ちゃん、腹減った」

肩をすくめた春が、鞄から飴を取り出して太刀川の口に放り込んだ。




***




お見合い相手にさっくり振られたと、春ががっくり肩を落としていた。なかなかのイケメンで、仕事もできて、なおかつボーダーのスポンサー企業の若手ホープだったらしい。
写真を見せてもらったが少しも忍田さんに似てねーな、が太刀川の抱いた感想だった。

「春、俺こないだ戦功あげた」

報告すれば、ぱっと顔をあげた春が太刀川を見る。目がキラキラと輝いて、一瞬前の落ち込みはなりを潜めたので満足した。

「さすが慶くん!よくがんばりました!」

愛犬を可愛がるがごとく頭をわしゃわしゃとかきまぜられた。

「あ、てことは臨時収入あったの?傷心の可哀そうなお姉さんにおごってくれるとか?」
「戦功祝いにおごってくれよ、ねーちゃん」
「なにをおっしゃる稼ぎ頭」
「今回はさ、ことのほか頑張ったからお願い一個聞いてもらってチャラになったからナシ」
「遠征もっと行かせろって?」
「まー、そんなとこだな。とにかく飯いこ飯。おごって」
「あとでね。ランク戦覗いてきたら?私はなんか本部長に呼び出されたから行かなきゃなの」

珍しくも忍田に呼び出されて春は首をかしげている。ふーん、と相槌をうった太刀川は「じゃあ、あとでな」と訓練室へと向かっていった。



***



身内とはいえ、ただの事務員が呼び出されるにはそこはかなり不釣り合いな場所だった。どこか張りつめた空気に、自分は一体何をやらかしてしまっただろうかと振り返ってみたが、特に思い当たる節がない。

「・・・春」

本部長である忍田が口を開く。真面目な顔をかっこいいなぁ、と呑気な部分がいっていたがどうにもなごやかさにかける会談である。

「こないだは悪かった」

こないだ、と言われて思い出す。そうだった、お見合いに振られたのだ。春と相手がうまくいったのをいいことに、ダブルデートを回避して自分だけ逃げた忍田は随分と申し訳なさそうだった。

「いえ。相手いい人でしたし。お断りされちゃいましたけど」

美味しいカフェに行って、見たかった映画見て、夕飯までごちそうになった。最後にはメアドも交換したのに、翌日には本部の方に断りの電話が入っていてかなりまいった。

「はっ、スポンサーさんの機嫌をそこねるようなことしました?!」
「先方は非常に満足されてる。」

気まずそうに顔をそらされた。気を使わないではっきり言ってほしい。どうせ自分が本部長のおまけで行ったのはわかっている。本命にふられたのに、おまけの方の接待をあんな親切にしてくれただけで春は満足していた。

「今、誰かと交際予定はないのか」
「・・・・あったらお見合いなんてついていきませんよ」
「そうだな。」
「何かあったんですか?」
「・・・・お前が独身の間は平和だから問題ない」
「はい?」
「誰かと交際予定の時は・・・・あー、俺を倒してからにしろ」
「は?」
「すまん春、推しきられた」
「往生際がよくありませんよ本部長」

根付が口をはさんだ。何故こんなにも幹部連が自分の深刻な顔をしているのだかさっぱり理解できずにいる春をそっちのけだ。

「あれは言い出したら聞かんだろう」と城戸司令がしれっと言った。
「私の責任だ・・・」
忍田は頭を抱え込み、両手を組んで懺悔している。

「八嶋君、最近太刀川くんとはどう?」

話を転換させたのは唐沢だ。この人はいつでも余裕たっぷりに見えて、春は密かに尊敬していた。

「慶くんですか?いつもどおりでしたよ。さっきもご飯行こうって誘われました」
「他には?」
「お見合い駄目だったことを笑われましたね」
「忍田さんより弱い男には興味がないとか?」

わずかに顔が赤くなるのがわかった。何をいっているんだあの馬鹿!と心中で弟弟子を叱りつけた。

「それは、その、子供の頃のはなしで・・・というか私の嫁ぎ先なんて幹部が心配するようなことでもないですよね?」

段々怖くなってきて、一歩足をひいた。

「八嶋君」と城戸がいつものようにデスクに両肘をつき、組んだ手を顔の前において真正面から見つめる。蛇ににらまれたカエルの気分を存分に味わいながら「はいっ」と返事をした。

「君はボーダーに就職した。ボーダーのために多少の犠牲は払ってくれるな」

多少ってどれだけだ、とはつっこめない。自分の見合いの話をしていたはずだが、何か重大な機密でも握っていただろうか?いや、自分はこまごました事務を片づけているにすぎない。

「できる範囲で、ガンバリマス」
「精進してくれ」
「すまない春・・・・あとはまかせた」

戦場に向かう兵士か、遠征に向かう隊員に送るがごとくのセリフが退室する春の背中に送られた。ひらひらと、手を振る唐沢だけは面白そうに笑っていた。



***


その場所に太刀川がいたのは、本当に偶然で誰も意図していたわけではない。
いつものように報告の遅い太刀川がふらりと会議室に現れたのに珍しいとは思えど、不審さを感じたものいなかった。
せんだっての見合いの件がどうにもうまく転びそうで、妹弟子にようやく来たらしい春を忍田も密かに喜んでいた。


『で、そいつと模擬戦していーの?』

いつものように、あっけらかんと太刀川が言った。全員が凍りついたように黙り込んだ。

「・・・慶?」

冗談だろう?と師は祈るような気持ちで呼んだ。

『なんで忍田さんよりも強くないやつが付き合うんだよ。つーか、そいつは最低限俺より強いのソイツ?なら模擬戦やりてーな』

太刀川曰く、春は常々『男たるもの強くなければ』と言っていた。もっというなれば『まさ兄より強い人がいい』と公言していた。大人の事情で黙ってはいるだろうが、それじゃあ可哀そうだ、と。
忍田とて知っている。春が自分を慕ってくれていたのも。何せ定期的にプロポーズをされていたのだ。
大学を卒業した年に、これが最後だと大泣きしながら告白された。可愛い妹弟子だ。泣かせた奴をたとえ自分でも切り倒してやりたい。泣かせずにすむのならうなずいてやればいい。だが大事な子だからこそ、誠意をもって答えるべきだと思ったのだ。
その話を太刀川は知らないはずだ。言いふらすようなことでもない。春の名誉のためにも。
子供の頃から春の横にくっついていた太刀川にはもしかしたら話しておくべきだったのかもしれないと、いまさらながら思い至った。

『俺ヤダよ。俺より弱いやつに春やんの』

春はお前のものじゃないだろう、という正論を忍田飲み込んだ。

『俺の特級戦功、いらないからさ――春の見合いはちゃんと断っといてよ忍田さん』



***



春は努力していたのを知っている。

誰よりも努力して、けれど気持ちや努力だけですべては片付かないのだということを、太刀川は見てきた。毎日かかさず稽古をしても、春は県大会の初戦を何とか勝ちあがれるかどうかだった。二回戦を突破しようものなら、泣いて喜んでいた。
忍田のことが好きで、料理にうちこみ、勉強にうちこみ。けれども、それだけで選ばれるというものでもない。
子供のころから傍にいた二人がくっついたら、これまでと変わらず、二人に甘えていられると思った。だが、どうにもそれはうまくいかなかったらしい。

(忍田さん以外の奴に、春をやんのは癪だしな)

ご機嫌に太刀川は訓練室で何人かとランク戦をしながら、うっそりと笑う。先ほど迅とすれ違った時には、何かが視えたらしい迅が盛大に引いていた。

さて、どうしたものかと考える。

「慶くん?」
「お、帰ってきた。何の話だった?」
「・・・よくわかんないけど、ボーダーってヤクザだったんだなって」
「はぁ?」
「もしくはマフィア的な。恐ろしい組織に骨をうずめてしまった・・・慶くんは就職は慎重にね」
「いまさらだろソレ」
「え、ほんと?早まったな・・・・」
「春、飯いこ」
「はいはい。A級1位さんに餅とコロッケ以外のものを食べさせに行きましょうか」
「じゃあ肉だな」
「野菜も食べろとあれほど・・・」
「出水たちも誘った」
「先輩、しっかりバランスのとれた食事を指導してね」
「了解了解」


とりあえず、自分より弱いやつにやる気なんてこれっぽっちもないのだということは、上層部に伝わっただろうから良しとしよう。太刀川はご機嫌にランク戦を片づけて、春と数人の部下たちと焼肉屋で夕飯を堪能した。








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