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5gの寵愛


東君はどSだ。鬼だ。
東くんは酷い。
何が酷いって、もう言葉では言えないくらいに酷い。
最悪なことに私のこの主張はたいていの人に理解してもらえない。「え、それどこの東さんの話?」みたいな顔をされる。東春秋がこの世にもう一人いてたまるかボケ。一人だけでも散々なのに二人もいたら私の精神は崩壊する。
悔しいことに私の発言に信憑性の方がはるかに低い扱いを受ける。納得いかない。私の話に頷いてくれる人は本当に希少である。冬島さんとか、迅くんも少し。あとはもっぱら年上幹部組だ。年下はほぼ全滅である。何言ってんだこの人、と露骨に引かれる。酷い話だ。加害者のような扱いをされるんだが、私は全面的に被害者なのに。
聖人面した笑顔と優しげな声音に騙されている。東君は鬼だ。

「八嶋さんって東さんのこと嫌いなの?」

太刀川くんが言う。この子は読めない。年下の男どもはもれなく東派である。うっかり私が失言しようものなら、年下からの呆れ顔という屈辱のオプションがもれなくやってくる。

「嫌いとは言ってない。東君は酷い鬼だと言ってるだけ」
「なんで?」
「・・・・」

なんで。あんまり聞かれたことがないから説明に戸惑った。なんで?なんでって。

「たとえばだけどね、私が一生懸命に藁の家建ててたら、隣に東君がお城建ててるわけ」
「・・・・」
「太刀川君、藁ってわかる?」
「俺は今八嶋さんが酷いと思ったね」

善意で聞いたのに。

「嵐が来て、私の藁のおうちが吹っ飛ばされるわけ。で、隣のお城の東君が『ほら、おいで』って言うわけ」
「いい人じゃんそれ」
「一見そう見えるでしょうとも」

私は歯ぎしりした。想像しただけで悔しい。私もどうしてせめて煉瓦の家を建てようとしないんだと、自分の想像に自分で文句をつけている不毛さだ。こんなばからしいことをするはめになるのも、全部東君が悪い。

「じゃあ作ってる時に言えよって話じゃない!」

私はこぶしを握って主張をした。

「作ってるときはにこにこ横で笑って見守ってますよって顔で・・・っ全部最初からどうなるなんて予想ついてたくせにさ」

吹き飛ばされる藁の家の前で茫然とする自分が簡単に思い浮かべられる。そして東君が笑っている。私はお城の中に保護される。風も雨もしのげるけれど、一生懸命自分で作った大事な家は翌日には跡形もなくなっている。いっそ家と一緒に吹き飛ばされてしまえばよかったのだ。だけどそんなこと東君が許してくれるはずもない。

「・・・・そりゃ、自分で気づかないんだから自業自得だけどさ」

気付く前に答えが、まんまえにできあがっている。昔は部屋に引きこもって本ばかり読んでいた自分よりも小さな幼馴染。同い年だけれど私が守ってあげなくちゃなんて思っていられたのは一瞬だった。東春秋少年は非常に優秀で、いつだって私の前を呑気に歩いている。
ボーダーに入ったのだって私が先だったけど、あっという間に追い抜かされてしまった。

「東さんてチビども育てるの得意そうなのにな」
「・・・・東君は昔から私の心折るのが趣味なんだよ!私が何をしたっていうんだ!!よその子には優しいのに幼馴染には鬼ってわけわかんない」
「八嶋さんって現場退いたの東さんに苛められたからって沢村さんが言ってたな。涙目でボーダーなんかやめてやる内部情報を売って高跳びしてやる〜って大騒ぎで」
「トリオン体になると東君に殺される夢見るんだよね未だに・・・・トラウマすぎてトリオンがうまくねれなくなった・・・・」
「トラウマ上書きしてみるとかどう?俺相手にさー」
「個人戦やランク戦なんか絶対しない!もう二度と!」

個人戦なんて私が東君にいかにベイルアウトさせられるかのパターンを増やすだけの行いだ。そこにアドバイスというものはない。最速最短でベイルアウトさせられる。まず真っ先にマーカーうたれ、いの一番に狙われて追い掛け回され、最終的には袋小路に追いつめられる。
複数でやっても同じことだ。むしろ私の傍にいると巻き添えをくう、とまわりから苦情が来るくらいだった。

「・・・・トラウマうんぬん以前に、1000敗したら現場向いてないってことだから大人しく後方支援に回るって親との約束だったしね」

その条件付けを出させたのも東君だというのはネタが上がっている。うちの親ときたら実の娘の言葉よりも幼馴染の東君の言葉の方を信じるのだ。

「1000回負けるってすげーな八嶋さん尊敬するわ」
「うるさいA級1位め」
「じゃあさ、」

太刀川くんは読めない子だ。珍しくも東君の愚痴を聞いてくれる。A級1位なのに、どうにもつかみどころのない彼はまたしても可笑しなことを言い出した。



***


『はっはっは、こりゃ楽しいな』
『ぎゃぁ〜〜!結局こうなるんじゃないか!』

個人戦のブースから珍しい声が聞こえてきて、思わず東は足を止めた。

『八嶋さん、それどーやってやるんすか?俺にもできますかね』
『うるさい弾バカ少年、君はばかすか弾撃ってればいいんだ』
『出水ぃ〜、こっちがあたりだ。はい、八嶋さんベイルアウト』

モニターから掻き消えていく姿を見て、眉間にしわが寄った。冬島に呼ばれていたがブースから出てくるであろう面々を、じっとそこで東は待ち構えることにした。

「・・・・太刀川くんも鬼だった」
「八嶋さんのトリオン面白いからもっかいやろ?」
「・・・・さっきの言葉本気で言ってる?」
「言ってる言ってる。俺に百回勝ったら、かけあってやるよ忍田さんに『お嬢さんを俺にください』って」
「おじさん本気にするよまじで。まだ若いのに人生の墓場にまっしぐらだよ」
「太刀川春・・・いいじゃん」
「よくないよ・・・・げ、」
「何やってるんだ春」

東の顔を見るなり春が目をそらした。

「ちょっと」
「ねぇねぇ東さん知ってた?八嶋さんトリオン足りないとかで、トリオン体がガキみてーなんの。けどトリオンを自分の影分身みたいにして使うのは面白れーっすよね。本体どっちか当てるまでぞくぞくする。なんで俺知らなかったんだろな?こんな面白いトリオンの人見逃すとか」
「太刀川君黙って!私だって久しぶりであんなことになるとは思わなかったの!!」
「あれ幾つぐらいの時だ?」
「・・・・・小1。昔は!ちゃんと!実年齢でコピー体作れてたのに!!トリオン量が足りないばっかりに・・・形とかもちゃんとイメージして練ってやってたの!!想像力があるからできる技だって忍田のおじさんも褒めてくれてたし、」
「八嶋、どいうことだ?」

おっと、と太刀川は目を見はった。笑顔だが、これはかなり機嫌が悪そうだ。こんな状態の東を見ることは非常に珍しい。今ならもしかしたら模擬戦も本気で相手をしてもらえそうだ。

「・・・・太刀川くんに100回勝てたら現場に戻れるように忍田のおじさんにかけあってくれるって、その、売り言葉に買い言葉でちょっと」
「現場、向いてないだろうお前」
「ぐうっ」

ざっくりと選ばない言葉だ。確かに、東は春に対して東らしからぬ態度を見せる。幼馴染ゆえの遠慮のなさなのか。

「太刀川も適当なことを言うんじゃない」
「掛け合うだけならタダだし」
「春も別に現場が好きなわけじゃないだろう」
「・・・・だって、」
「だってじゃない」
「まー八嶋さんが俺に百回勝つとか一生無理だから問題ない」
「年下に弄ばれた。酷い」

春の後ろ頭を容赦なく東がひっぱたいた。ぐえ、と可愛げのない悲鳴があがる。

「・・・・年下になれたらいいのに」

東にひきずられていく寸前、春がぽつりとこぼした言葉に、太刀川はきょとんと眼をみはった。
誰の?とは聞かなくてもわかったし、出水も少しだけ理解できたので黙っていた。
東春秋は年下に優しいし、甘い。けれど年下だって思うのだ。あの人があんな風にぞんざいに扱うのは同期だったり年上の友人たちだけだ。
ないものが、人はほしくなる。

「けど、年下でも、結局あーなると俺は思うけどな」
「それは言わないお約束ですよ太刀川さん」
「東さんて八嶋さんに対しては割とガキみたいだよな。あとでランク戦申し込もうぜ東隊に。今ならガチのマジでやってくれそう」
「元東隊とか引っ張り出してきそうで怖い」
「眼がマジだったな」
「巻き添え!」
「死なばもろもろだ」
「死なば諸とも、っすよ」

太刀川は引きずられている後姿を見送ってから、先ほどの春の話を思い出していた。藁の家がふっとんで、途方に暮れているところに笑顔で「ほら、おいで」と言う東春秋。わかっていても、途中では口を出さないけれど、困っていると手を差し伸べる。これって何というか、ある種の調教ってやつなんじゃないだろうか。
東はいつか春が諦めて力尽きて、東のつくったお城の中に引きずり込まれてくれるのを待っているのじゃなかろうか。まだ、春は抗っているけれど、そうなってしまうのは時間の問題だろーなー、と太刀川はおもむろに両手を合わせて合掌した。
元A級1位はやることが違う。








「そんなに戦闘員やりたかったのか?」

東君がぽつりと言う。やりたかったのかと聞かれれば別に・・・という意志薄弱さだ。単純に「お前には無理だよ」と一方的に言われたのが悔しくて反発していただけで、自分が戦闘に向くか向かないかで言えば、向いていないのだって承知はしている。

「・・・べつに」

背伸びしても、追いつけなくなってしまった東君の後ろ姿を少しだけ恨めし気に見つめた。握られた手だって、大きくて力が強くて振り払えない。







title by 約30の嘘




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