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それは一体いつ芽生えたのか


「どうしよう東くん!」
「この世の終わりみたいな顔してどうした?」
「うたたねしてたの・・・」
「ああ」

春はよく寝る女であることを東もよくよく承知している。

「城戸司令に呼び出しされてて、緊張してたせいで悪夢を見てたの・・・」

圧迫感のある上司の名前にこれまた東は頷いた。びびりの春ならば、そんなこともあるだろう。

「それで?」
「・・・・・うなされていた私を起こしてくれた親切な人をうっかり夢と思い込んでつい、つい・・・・」
「おい、まさか、」
「その、まさかなの!起こしてくれたのは城戸司令だったの!てっきり夢だと思って私はうっかり、」

春は頭を抱えてしゃがみこんだ。

「うっかり”碇司令、人類補完計画はいつ始動ですか”ってマジ顔で聞いてしまった・・・城戸司令がやるゲンドウポーズ実は好きなんですとか言った・・・・夢だと思ったのに・・・現実だった・・・・つらい。これはクビまったなし」

「てか城戸司令は意味わかってないんじゃないか」

「すべてはゼーレのシナリオどおりだ、って言われた。これはもう影でこっそり私が『逃げちゃだめだ』ごっこしてたのもばれた。こっそり碇司令ってあだ名で呼んでるのもばれたに違いない・・・」

「・・・・城戸司令ノリいいな」

むしろ見たのか。後日それとなく聞いてみたら、組織作りの参考に!と林藤に見せられたとの証言を得た。確かに使徒を撃退する組織と、近界民を撃退する組織。トリガーを扱えるものは成長期の子供の方が多いこともあり、似ているといえば似ているかもしれないが。
参考にした組織の末路が悲惨すぎるだろうと東は嘆息した。東自身は、さして興味がある方ではなかったが、アニメ好きである春に何度か映画に付き合わされている。

「ところで本題はなんだったんだ?」
「進路について」
「まだ決めてなかったのか」
「院に行くと決めてる東くんにはわかるまい・・・さらば青春の日々・・・・つらい」
「城戸さんがわざわざ春になんだって?」
「トリオン量も少ないし、東くんとのコンビも解散しているし、特に君は現場に必要ということもない、的なことをどストレートに言われました」

入隊が同時期で、大学の同期で、人に対して壁を作りがちのひきこもりな春とは、戦術戦略面での話があった。記録分析マニアな春と、理論組立の東で、あれこれとトリガーを使用した戦略戦術の実践をしてきたが、いかんせん春が弱かった。すぐに他の人間をいれて、春はオペレーターに回っていた。

「まぁ私レベルの人間なんていっくらでもいるもんね」

がっくりと肩を落としているが、ただの隊員の進路にわざわざトップの城戸司令が口を出すとも思えない。

「就活するのか」
「みんなやってるし一応」

この間スーツも買った、とため息交じりに春が言う。温かい時期はTシャツ、寒くなればパーカーという二択で過ごしている彼女にはスーツはずいぶんと窮屈なのだろう。
そこで東は思い至る。つまるところ、上層部も彼女の定まらぬ進路について探りをいれているのだ。

「響子ちゃんに一緒に本部長を支えよう!と熱く語られたけど、響子ちゃんみたいな才色兼備さんいたらもう私いらないよね?むしろ足手まとい・・・」

おそらくは本部長の差し金だろう。沢村響子は近いうちに現場職を退いて本部長補佐に就任するらしいとはもっぱらの噂である。

「やりたいことって言われてもいまいちピンとこないんだけど、就活を機に自分を見つめてみるのもいいかなって。自己分析とかしてる」

「オペレータ―続ければいいんじゃないですか」

割って入ったのは東の新しい部隊の隊員、二宮である。飛び込んできてから、一心不乱に東に愚痴り倒していたが春はようやくその部屋に自分たちだけではなかったことに気が付いたらしい。

「二宮君、ごめん今もしかして会議中だった?!あの、その、すぐ出てくね!東君ごめん、気が動転してた、私よく考えたらもう部外者なのに・・・はずかしい」

「八嶋さんのオペなら欲しがるところはいくらでもあるでしょう」

「ごめん二宮君、高校生に気を使わせるなんて」

「とにかく、フリーでオペレーターしたらどうですか」

「最近はオペ志望優秀な子で飽和状態らしいし」

「東さんのように指導にあたるとか」

「指導といってもなぁ・・・私の作戦は基本的に東君ありきだから応用きくかな?」

「八嶋さんくらい敵にまわすと厄介かつ面倒なオペいないでしょう」

春は二宮のストレートな言葉に衝撃を受けたように後ずさった。
二宮は褒めたつもりだが、本人はそうはとっていないのが東には見て取れて頭を抱えたくなる。

「・・・・やっぱりオペはやめとくよ」

大学で戦史を研究する春は、東と話が合う。戦術や戦略を実践で試せることで、一時期二人は楽しくてしようがなかった。古今東西ありとあらゆる戦術や戦略をかたっぱしから実行していった。
無邪気な顔してえげつない戦法の女、というのがもっぱらの評判である。
二宮は露骨にしたうちした。

「あ、でもしばらく太刀川くんの教育係を引き受けたよ。本部長の胃に穴が開く前になんとかしないとね・・・」

「太刀川の?」

「トリガーに関して教えることはないんだけど、このままじゃ進級の危機らしくって。かてきょだね」

「東さんの方が家庭教師には適役では?」

「あ、傷ついた…ですよね私も思ってた、私レベルで家庭教師とか舐めんなって話だよね、わかる、わかるよ二宮君、私も思ったんだけど、東のレベルに慶がついていけるわけがないという本部長のセリフに『アッ、デスヨネー』ってなったんだよ。なのでこれから太刀川くんとこ寄っていく予定です」

二宮は再び盛大な舌打ちをした。ついで口を開こうとした二宮よりも早く「二宮君なんて大学はもう推薦で余裕なくらいなんでしょ?さすがだねぇ」と春がほめたたえた。
隣で東がため息をついた。



***



「スーツっていいよね」
「毎度突然だな」

東隊の部屋で春はお茶をすする。

「就活始めたんだけど、スーツっていいよね」

同じことを繰り返している。これまで長らくラフな格好を愛してやまなかった春の発言とはにわかに信じがたい。

「スーツ着たイケメンがたくさんいてウハウハだったの」
「へぇ」
「そういえばボーダーの制服もいいよね」

一応春にも支給されていたが、今まで袖を通したことはなかった。

「きっちりかっちりって苦手だったけど悪くないということに気が付いたの。就活のおかげで新たな扉が開けた気がする」

よっぽどお気に召したのか、ひたすらにスーツのかっこよさについて春は語る。

「これまでは何とも思わなかったんだけど、ボーダーの制服を着こなす幹部組ってものすごくかっこいいと思わない?見た目だけじゃなくて中身までデキル人たちだし」
「ボーダーに就職する意欲わいたか」
「いやぁ、あの横に並べる自信はないなぁ。恐れ多いわ。けど広報部とか入れたら楽しいかもね、幹部のスーツ特集組みたい」
「誰が喜ぶんだそれ」
「世の制服フェチと私が喜ぶ」

そうしてじっくり東を眺めた。

「東君さぁ、」
「断る」

全部を言い切る前に、東が言った。にべもない対応だ。長い付き合いである彼は、春がろくなことを言わないのを知っている。

「まだ何も言ってない」
「ボーダーの制服着ろって言いかけたんだろ。なんで隊員がコスプレじみたまねをしなくちゃいけないんだ」
「似合いそうだねとは言おうと思ったけど、実際に着ろとは思ってないよ」

だがまぁ、そのうち着ることになる人だろうとは思っている。東や冬島あたりは幹部候補生のようなものだ。東はきっと似合うだろう。目に浮かぶようだった。

「東君の幹部制服姿みたいなぁ。早く出世してね」
「ボーダー外に出たら見ることないぞ」
「あれ、これはボーダーに残らないかという誘いですか次世代幹部さん?平隊員でもお給料あげてくれる?」

東はため息をついた。ボーダー外に出れば、おそらく見る機会こそ少ないだろうが、出世間違いなしの東ならばテレビや何かニュースで顔出すことも増えるだろう。理知的な彼はさわやか好青年の嵐山と方向性は違うが市民にきっと安心感を与えてくれる。そんな人材をいつまでも広報部が裏方に放っておくはずもない。

「ボーダーでスーツ姿見てみたい人ランキングの作成がしたい。卒論のテーマを今から変えようかな・・・この間、太刀川くんに着せてみたんだけど死ぬほど似合わなかったことをこっそり東君には報告しておくね」
「高校生に何やらせてるんだお前」
「ただで勉強教えてるのに少しくらいメリットあっても怒られないと思う。けどこっそり拝借した忍田さんの制服着て調子乗った太刀川くんがこともあろうに…響子ちゃんにドヤ顔でみせびらかしに行ったせいで、結局忍田さんにまでバレて怒られるならまぁわかったんだけど『・・・・頼んだからな、八島』って悲壮な顔して目をそらされた。これで進級できなかったら私は忍田さんに殺されるかもしれない。そして私は友人を一人失ったのである・・・響子ちゃんから着拒されてるんだけどどうしよう・・・・」
「・・・・」
「・・・全部太刀川くんが悪い」

押しに弱いが好奇心は強いので、そそのかされるとやってみずにはおれぬのだろう。あれこれと欲望のままに生きる太刀川と、いっしょにいるとついアクセルとブレーキが逆転するようだった。

「とはいえ年長者だろ。しっかりしろ」
「・・・太刀川くんの成績はじわじわ上がってるから最低限の仕事はできてるはず」

春が遠い目をした。太刀川慶の家庭教師は年長組でたびたび持ちまわされてきたから、その苦労は東にも理解できたので多少の暴言には目をつぶった。
ひとしきりスーツについての情熱を吐き出して満足したのか、春はここ最近ねぐらにしているらしい資料保管庫に引き上げていった。

「悪かったな二宮、騒がせた」

黙って部屋の隅にあるソファで本を読んでいた部下に声をかけると、いつものようにそっけない返事があった。二宮と春の遭遇率はかなりの頻度で、いるときを狙ってきているのかと思うほどだが、二人にそう会話があるわけでもないので単純に偶然なのだろう。

「就活が楽しいみたいですね」

話は聞いていたらしい。
数年後、東の元を離れ新たな隊を作った二宮の隊服がスーツ揃えになったのを知って東は心の底から同情した。




***



「二宮さんに弱点ってあるんですかね?」と人は言う。
東は顎に手をあて、考え込む。可愛い元部下を思い出す。弱点。

「そうだな・・・」

顔良し、頭良し、機転もきき、トリオン量も申し分なく、指揮官としても優秀だ。

「……女運が悪いところじゃないか?」

本人が聞けば盛大に抗議するだろうが、東としては決して間違ってはいないとおもっている。女運、というより女の趣味が悪いのだがさすがにそこまでは言わないでおいた。
一体いつどこでアレにひっかかることになったのか、元隊長として彼女と引き合わせた張本人である東としては聊か責任も感じていたりするのだ。


















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