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僕が幸せにしてあげなくてもいい子


「八嶋春です、将来の夢は素敵なお母さんです。旦那さん募集してます。今のところ、東さんにお嫁にもらってほしいなと思ってます。年齢差は厳しいですが、城戸指令も好みです、どうぞよろしく!」

八嶋春はあっけらかんとした女だった。迅が最初に視たときから、一貫していつ視ても、どの未来でもあっけらかんと笑っている。そういう人間もいるものなのか、と感心したのを覚えている。



城戸指令が割と好み、と言い放っている割に八嶋春のスタンスは城戸派というよりも忍田派寄りだ。中学生の癖に、旦那さん捜しを公言してはばからないのを面白がっていろんな連中がちょっかいをかけている。
八嶋春は”幸せ上手”な女の子だ。
いつ視ても、幸せそうな未来しか視えなくて、この子はほんとにボーダー隊員なんだろうかといぶかしむこともある。何せ、ボーダーの人間というのはいつだって危険と隣り合わせだ。

「春ちゃんていつも幸せそうだよね」
「私から見て、迅さんも割といつも幸せそうですけど」
「え、そう?」
「そうそう」
「旦那さん候補にしたくなった?」

彼女の頭の中には旦那さん候補者リストがあるらしいともっぱらの噂である。

「東春になるの諦めてないんで」

ノーセンキュー、と軽くかわされた。
じっと春の顔を視る。

「聞かないの?」
「なにをですか?」
「未来の旦那さん、視えてるけど」

東さんにもらったらしい缶ジュースを大事にかかえていた春が、今度はじっと迅の眼を覗きこんできたから、おもわずひるんで一歩あとずさりしてしまった。

「じゃあ、私結婚できるんだ!」

と、あっけらかんと笑った。

「相手気になんない?」
「結婚できるんなら、そのうちいい感じになるから今は知らなくてもいいです。誰かな〜、楽しみだな〜東さんかな〜〜?」

幸せ上手なこの子が、東夫人になる未来はないわけじゃない。年齢差はかなりの障害だが、いくつかの分岐を経ると東さんの方が絆されていくが、それもまだ確定した未来というわけじゃない。
彼女は幸せ上手だが、少し節操がなさすぎるなと迅は思う。ブレブレの未来。割と頻繁に変わっていく彼女の未来の旦那様の顔。変わらないのはウェディングドレスで笑う彼女だけだ。それでも彼女の旦那の顔で、一番頻繁に見るのはやはり東春秋だった。

春を見ていると、最悪の結果がいくつもちらばっている大規模な侵攻なんて訪れないんじゃないかと思えてくる。そんなはずもないのに。たくさんの”さいあくなみらい”があちこちに転がっている。たくさんの未来を視て。どれが一番ましかを比べ、選択する。命の取捨選択、優劣をする。
へらへらと笑いながら、最高の未来に向かう過程ですら死ぬかもしれない人間と何事もないように会話しているせいか、どんな未来でも笑っていて幸せそうな彼女との会話はとてつもなく楽だった。




「春ちゃん、春ちゃん、ぼんち揚げあげるからこっちきて」

手招きすれば、ひょこひょこと近づいてくる。ランク戦が見渡せるブースのソファに座る迅の手元から一枚ぼんち揚げを奪ってご満悦という顔をじっと見る。

「視てるんですか?」
「うん」
「私、東夫人なってます?」
「ないしょ」

節操がないな、と思う。東さんにお熱の癖に、今はなぜだか太刀川さんに接近する未来が視えている。

「私、幸せそうです?」
「それはまぁ、うん。春ちゃんが幸せそうじゃない未来って俺視たことないよ」
「なら、良し!」

春ちゃんがもう一枚ぼんち揚げを奪っていく。迅のぼんち揚げをこんなに喜んで奪っていく子も少ない。段ボールをひと箱わけてやろうか?と申し出ると、迅さんからちょっと貰うくらいが丁度いいんですと丁重に断られた。
女の子はいろいろと自制せねばならないらしい。涙ぐましい彼女の努力を、いつか彼女の横にいる男が理解しているか確認するようにまた春ちゃんの未来を視る。
笑っている。だから、きっと彼女のささやかな努力は報われるのだろう。



八嶋春の、幸せそうな未来は迅悠一にとっての精神安定剤に近かった。
このいつだって幸せそうに笑う子が泣くような未来を招くやつがいたら、きっと迅は自分が容赦しないだろうという確信がある。
白状すると、サイドエフェクトを彼女に関しては非常に個人的な意味で乱用している。彼女の未来が、ボーダーから離れてしまわないように慎重に暗躍を重ねている。ボーダーにいれば危険もますが、ほとんど確定された幸せそうな未来の存在を言い訳に迅は自分の精神安定剤の確保している。
まだ中学生だ。選べる未来なんて無数にあるが直近の未来なんてたかがしれている。高校への進学はひとつの分岐だ。彼女が隣町にある進学校も受けると聞いてからは、迅は一層念入りに彼女の未来を視ていた。
三門で進学する未来と、隣町で進学する未来。どちらも視て、どちらでも幸せそうなら三門で進学すればいいのだ。
幸い、彼女が隣町へ進学する分岐はすぐに消え去って、三門での進学が確定した。

そこそこに真面目で、そこそこに頑張り屋の彼女だからもしかしたら進学校へ行くのだろうかと思っていたら、確定した未来では迅と同じ制服を着ていたのが意外だった。

「なんでこっちにしたの?」

気になったから聞いてみたら、なんだか想定外の言葉が返ってきた。

「どっちでも楽しいだろうし、どっちでも行きたい大学には行けそうだし、それなら迅さんが楽な方がいいかなと思って」
「へ?」
「だって迅さん私を定点観測してるんでしょう?」
「んん?」
「迅さん、私幸せそうです?」

頷いた。彼女の未来は幸せそうだ。
定点観測うんぬんは、どうやら東の言葉らしい。以前、随分と睨まれているからどうしたらよいかと相談したらしい。相談にかこつけて東と二人きりになれたんでラッキーだった、とこれまた正直に白状するのが彼女らしいところだ。
彼女の未来を視る。いつもどおり笑っているのが視えたから、幸せそうだと告げた。
そうでしょうとも、と彼女は腰に手を当てて得意げだ。

真新しい高校の制服のスカートが風で揺れた。

「春ちゃん、」
「はい〜?」

突風が吹いた、スカートが勢いよくめくれあがる。きゃあ、と可愛らしい悲鳴があがった。

「・・・・みえました?」

何が、とは春ちゃんは言わなかった。未来ならば視えたと即答するところだが、あいにくと違うのはわかっていた。
見える未来が”視えて”いた。スカートを抑えた方がいいよ、というつもりだった。結局間に合わなかったけれど。

「春ちゃんってボーダー好きだよね」
「好きですよ、大好きですとも!何か文句ありますか!?」

顔を真っ赤にして抗議してくるのも視えていて、照れくさそうにお礼を言われる未来よりも見たかったから、ワンテンポ口を開くのを遅らせたと知られたら、きっともっと怒られるだろう。

「迅さん、誰にも言わないでくださいね?約束ですよ?」
「ん?春ちゃんは城戸さんもタイプというだけあってボーダー愛にあふれてるよね」
「ああいう割と損な立ち位置にいる人好きなんです」
「へ?」

真っ赤な顔でそっぽを向いて、口をとがらせている。

「損?」
「組織のバランスでこう厳しい参謀ポジいるじゃないですか。皆に敬愛される人と、割と距離をおかれつつ怖がられている人と、その間を取り持つ人。三人できれいなトライアングル!ボーダーってよくできてる組織だと思うんです。でも厳しいポジションって結構大変だし。それでもちゃんと役割に徹していられるのはすごいことですよ」

思わず迅は目の前の人はいったい誰だったろうかと二度見した。

「・・・・春ちゃんって東さんのお嫁さん狙ってるだけあるね」
「なんですかそのめっちゃ意外だったみたいな発言!私みたいなB級隊員だっていろいろ考えてるんです」

えっへんと胸をはった。迅は両手をあげて降参のポーズをとる。まったくもって迅は彼女を見くびりすぎていたということだろう。年の差という壁をぶち破って、東夫人になっている未来の可能性があるのは、こういう部分が東の興味を引くからなのかもしれない。

「ギャップにときめきました?」

にやりと笑う。

「ギャップ萌えで攻めるわけか。春ちゃんもやるねぇ」
「ふっふっふ」

未来が揺れている。どの未来でも、八嶋春は笑っている。



***



「春ちゃん、その道右にはいかない方がいいよ」

俺のサイドエフェクトがそう言ってる、と付け加えると春はあっさり頷いて「ありがとうございます」とお辞儀した。何に対するお礼?と聞けば、何か自分の危機を見て回避させてくれたんでしょうと全幅の信頼を寄せた言葉を頂戴した。

「・・・・お礼言われるようなことはしてないよ」
「暗躍は趣味ですもんね!でもありがとうございます」

左の廊下へ姿を消した春を見送った。右の廊下からやってきた人を見て、迅は深くため息をついた。

「どうした迅?なにかあったか?」

落ち着いた声に、ますます自己嫌悪は深まる。迅は今、ひとつの確定しかけていた未来を回避した。慌てていた春が東にぶつかってしまう未来だ。

「・・・ちょっと自己嫌悪してまして」
「あまり悩みすぎるなよ?」

ぽんっと迅の頭に大きな手が乗せられた。














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