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イミテイション・キャッスル


「なんでこうなったんだろう・・・」
「まったくだ」

男と女はステンドグラスから差し込む光に照らされた互いの顔をげんなりと見合わせた。二人の嘆きは聞こえていないらしい年かさの神父が二人に祝福を告げた。

その日、ハルとスティーブンは結婚した。熱烈な拍手が一つ、気のないまばらな拍手がちらほら。何か月持つかと賭けをはじめるもの多数。教会の鐘の音が、祝福の音を奏でるより先に、この街ではいやというほど聞きなれた爆発音が二人の結婚生活の始まりを告げた。
花婿付添人をつとめるクラウスが拳を震わせている。
「せっかくの式が・・・なんということだ」
二人の共通の友人である彼は今日という日のためにあらゆる方面に手を尽くしていた。
「しかたないってくらぁーうす。よくここまで何もなかったよねって感じだし」
「どうせならあと1時間早くやってほしかった」
「本音が漏れてるわよダーリン」
「おっと失言だったなハニー」
祭壇の裏へと花嫁が回り込む。緊急事態にそなえて新郎の”仕事道具”がそこに用意されていた。使わずにすめばいい、というクラウスの願いむなしくはれて出番を迎えることとなった。特別な細工が施された革靴をつかむと花婿へと投げつける。花婿はなんなくこれをキャッチして、白のモーニングにあつえられた靴を脱ぎ捨てた。
真っ白なドレスをたくしあげた花嫁はガーターで太ももに固定していたナイフで邪魔な裾を切り裂く。
「・・・おい、式に武器は身に着けないって話じゃなかったのか」
「だって、可愛かったのよコレ。サムシィングフォーってやつだしね!花嫁の特権よ特権」
「かわいこぶってもだめだからな、だいたい君、わかってるのか?何事もなく式がおわってめでたく初夜をむかえてたらどうなってた」
「脱がした花嫁の太ももにいかしたデザインのナイフ見つけたくらいで逃げ出すような男は選んでない。もし逃げ出したら、そのナイフで刺される覚悟くらいしといてほしいわよね女に恥じかかせるなんてサイテイでしょ?」
ジーザス、とスティーブンは天を仰いだ。
「なんすか、さっそく夫婦喧嘩っすか?」
「ウェディングドレスの下に武器を装備してない女性と結婚しろよザップ」
「ちょっと!」とハルはスティーブンの頭を後ろからひっぱたいた。ついで「クラウスはそれくらいどうってことないと思うでしょう?だってこれアンティークでとびきり手入れも行き届いてるし、サムシングフォーにぴったりだってK.Kも太鼓判押してくれたもの似あってるでしょ?」
「女の言う”かわいい”ほどあてにならないものはないね」
「うるさいわよスティーブン」
「せっかくの式が・・・しかしハルどんな姿でも君は雄々しくたくましいと思う」
「やだクラウスったら、好き!」
「紙一重で褒めてないぞソレ」
友人の式を台無しにされたことに激怒したクラウスをよそに当の花嫁と花婿はこれから離婚調停で法廷にでも駆け込みそうな勢いである。雄々しくたくましいと評された妻は夫に再びの一撃を華麗に加えた。
「ハル、敵はあちらだ」きまじめにクラウスが吠える。
「あらやだ、うっかりしてた」
「うっかり!うっかりね!」スティーブンが言った。
「うっかり屋の奥さんってちょっとかわいい響きよね」
「君はいつも可愛い」
「クラウスもいつも素敵よ!」
きゃー、胸キュンよ!と両手をほほにあてハルがうっとりと悦にひたるのを嫌そうな顔でスティーブンは眺めている。
「嫁がさっそく浮気してますよ番頭ォ」
ザップがすぐさま夫へ告げるがこちらはすぐさま先ほどの表情を隠して肩をすくめた。
「クラウスは天使だから。私の心のオアシスだから」とはハルの主張である。
当の天使はといえば、一心不乱に拳をふるっている。
せめてアフターパーティーは完ぺきに!と花婿付添人兼、花嫁付添い人も任されていた天使、もといクラウスは決死の様相である。
教会を飛び出せば、そこはすでに地獄絵図もかくやの状態だ。祭壇の前で愛を誓わんとしていたときには、げんなりと半ば退屈そうにしていた花婿花嫁の目が鋭い光を帯びて輝く。
「今夜は寝れないわね、ダーリン」
「血まみれのドレスが最高にクールだぜマイハニー」
「忘れない初夜になりそう」
「・・・マッタクだ」
教会の鐘が、喧噪を割らんばかりに鳴り響いた。ふり仰げば、ばかでかい異形の化物が鐘をおもちゃのように振り回している。祝福を告げるはずだったかねがものすごい不協和音を奏でている。右手に持っていたブーケを、花嫁は思い切り放り投げた。
その日、一番の最高に物騒な笑みを浮かべて花嫁は駆け出す。
まったくもってクレイジーな結婚式になった。だがまぁ自分たちには似合いの顛末だなと二人は口にしないながらも思っていた。駆け出した花嫁を見送る花婿の足元から冷気が立ち上る。
空に舞い上がったブーケが弧を描いて、氷った地面にパサリとおちた。

クラウスの奮闘もむなしく、結局のところアフターパーティーはおろか初夜にも間に合わなかった。騒動はまるまる72時間近く続き、誰もがくたくただった。
それでもまだあきらめがつかないのか、せめて誓いの言葉と指輪の交換のところだけでも行おうと主張するクラウスをがれきの上で仲良くならんだ二人は微笑ましく見守った。
夫婦の意見は一致している。互いにちらりと視線をあわせる。めんどくさい。言葉にせずとも通じ合った。
「指輪の交換ならさっきしたよ」とスティーブンが言った。
嘘ではない。半目にはなっていたが花嫁も否定しなかった。たとえそれが戦闘のさなかに邪魔だからと投げつけられたものであっても、もう一度あの面倒な式を繰り返すよりはましだった。

「クラウスに誓って!いちゃいちゃしつつも任務にはげむことをここに誓います!」
花嫁は胸に手をあて宣誓した。ノーモア結婚式、という意思を花婿もひしひしと感じとり、即座に「クラウスに誓って」と続いた。いちゃいちゃはどうかと思うけど、といい添えることも忘れない。

夜が明けて、朝陽がヘルサレムズロットの街を照らしはじめる。さしこむ光にきょとんと見開かれたエメラルドグリーンの瞳が鮮やかに輝いた。
クラウスの眼がゆっくりと細められ、柔らかな孤を描く。

「君たちはほんとうに、似合いの夫婦だ」

新婚夫婦は二人そろって嫌そうに顔を合わせたものだから一層クラウスは笑みを深くした。
かくして二人は結婚したが、その夫婦生活は長くは続かなかった。喧嘩をしては仲直りをし、仲直りしては喧嘩をし、離婚しては再婚して、また離婚した。
ただひとつだけ、二人は決して誓いのことばは破らなかった。クラウスに誓った、任務の精進だけは。



***



ハルはクラウスが大好きだ。クラウスと二人きりの空間を彼女は何より愛していたし、その穏やかな空間を手に入れるためならどんな犠牲も手段もいとわなかった。

スティーブンはクラウスが大好きだ。大の男が何を言うかと思うかもしれないが、男ぼれさせる男なのだクラウスという男は。LoveともLikeともいえないが、人間として一人の友として、彼ほど信頼のおけるものはスティーブンにいなかった。スティーブンもまた、余計な邪魔の入らない、クラウスと二人のんびりとチェスをしたり酒を酌み交わす時間を大切にしていた。

「クラウス!」
「クラァーウス!」

声が重なる。クラウスが”ふたり”を振り返る。

「どうかしたかね」

思わず凍りついた二人はすぐさまにこやかな笑みを張り付けてクラウスに駆け寄った。

「チェスのお誘いに来たんだけどさ」とスティーブンが言う。
「新しい茶葉が手に入ったの、いっしょにお茶しましょ!」とハルが言う。
どちらも横目に相手を捕えて『おい、邪魔するんじゃない馬鹿野郎』とクラウスに気づかれぬように牽制しあっている。
クラウスはおろおろと二人を見比べて、それから申し訳なさそうにこれから園芸クラブへと出向くので、と謝辞を述べた。

振られた二人はこれまたにこやかに「残念」と伝え、笑顔でクラウスを見送った。
「ちっ」と舌打ちをしたのはどちらが先か。目線だけあわせて、すぐさま二人は部屋をひきあげていった。彼のいない部屋に何の意味もないのだといわんばかりに。
だれもが敬愛してやまぬリーダーだ。誰にも平等に対等に彼はふるまう。時折貴族の生まれであるが故の不遜さが垣間見えることがあったとしても、それは気になるほどのものではない。クラウスと二人で過ごせる時間はとても貴重なものだ。
彼は誰からも求められる人である。
ゆえに、彼のことを大事に思ってやまない二人は彼を独占できるほんの少しの時間を欲していた。互いの存在がとてつもなく邪魔だった。
彼らは考えた。『邪魔者がいない』空間をいかにしてつくるかを。



「クラウス、相談があるんだ君にしか言えない」とスティーブンはクラウスを呼び出した。誰にも言えない、と。ハルとお茶をしていたクラウスはここで聞こうと言ったが、そっと「その、彼女に聞かれたくないんだ」と耳打ちされ、では今夜酒でも飲もうと承諾した。ハルの顔が盛大にゆがんだのにスティーブンは勿論気が付いていたが、素知らぬ顔をした。約束を取り付けたのに満足したスティーブンは上機嫌だった。
そのままチェスする二人の横に陣取ろうとすれば、ハルがごほんと咳をした。そして先ほどのスティーブンと同じように「私もクラウスに話があるからはずして」と言った。クラウスに「スティーブンに聞かれたくない話なの」とそっと耳打ちすれば、これまたクラウスは困ったように眉根をさげ、スティーブンにすまないがと退室を促してくれた。



――かれのことが、きになってるの。そうだんにのってもらえない?
――かのじょのことが、きになってるんだ。そうだんにのってくれるかい?


彼らはその日まったく同じ願いをクラウスにしたのだ。恋愛相談。これこそ、相手を排除するにはもってこいの話題である。片思いの相手のことを相談するのに、当の思い人をその場においてはおけない。口の堅いクラウスだからこそ、その適当な嘘が露見することもない。ザップあたりにそんなことを言えば、たとえ嘘でも次の日には真実のようにあちらこちらへと言いふらされているに違いないが。
その日以来、かわるがわる、二人はクラウスを独り占めにしてはありもしない恋愛相談をもちかけた。二人のことを取り持とう、とクラウスが言えば「共に戦えるだけでかまわない、ただクラウスが相談に乗ってくれれば気持ちが軽くなる」とうそぶいた。良心が痛まないわけではなかった。心の底から二人の幸せをクラウスが願っていてくれるのは痛いほどにわかるのだ。だが、その良心の呵責も邪魔者のいないゆっくりとしたクラウスとの時間が手に入ると思うとかすんでしまうというだけの話である。

「君たちは、もっと幸福を望んでいいのだ」

クラウスの言葉にあいまいに笑う。望んでいる。とてもささやかな幸福な時間を。その結果がこれなのだ。
だが、彼らはクラウスの行動力を甘く見積もりすぎていた。




「なんでこうなったんだろう・・・」
「まったくだ」

偽りだらけのお城をいつのまにか知らぬ間に築いてしまった二人は、そのお城を大事に大事にしてくれた人を裏切れない。クラウスが二人は大好きなのだ。彼に軽蔑されるなんて絶対にあってはならないことだ。


かくして冒頭にいたる。






title by Javelin





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