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氷上ロマンチカ


僕と彼女の関係について言うならば、完全に僕が利用されているだけの関係である、といえるだろう。
彼女との交友関係を持つことでライブラへのメリットは何一つない。完全なプライヴェートであるが、いかんせん僕と彼女は趣味があわない。歳も離れているせいかたびたび酷いジェネーレーションギャップにおそわれ、彼女は無邪気に僕を凹ませる。
彼女はこのヘルサレムズロットにまるで似つかわしくない、ごくごくあたりまえの凡人だ。かつてこの街が紐育であった頃からの住人である彼女は、どれほど変わり果てようともこの街を愛しているらしい。

「ハル、君またそんな傷こさえて…」

僕は頭を抱える。彼女のからだは見えているとこですらギルベルトのように包帯だらけなのだ。

「ミスタ・スターフェイズ!おつかれでーす、差し入れ?もしかして差し入れ?」
「近くまで来たからよっただけ」
「その手に持ってるサブウェイは?」
「これは僕の昼飯」
「……なぁんだ、私にじゃないのか。けち」

ハルがぶうと唇を尖らせて笑った。この子は本当に良く笑う子だ。

「へえ、せっかく『張りなおしてあげよう』と思ったのに?」

僕の一言にまるで尻尾を振る犬のように彼女は喜ぶ。

「ミスタ・スターフェイズ太っ腹!いや細いけど!わーい!好き好き愛してまーす!」

サブウェイの袋が彼女が勢いよく抱きついてきたせいでぐしゃりとつぶれる音がした。きっとこの中身は惨状だろう。せっかく昼ごはんだというのに、最悪だ。
けれども、彼女が嬉しそうに「好き好きー」とすりついてくるのを止めなかった自分自身のせいであることは重々承知している。繰り返すが彼女はこのHLの住人らしからぬ『普通』の人なのだ。

僕と彼女を隔てている柵を乗り越えると、慣れ親しんだひんやりとした感覚が肌をすべる。

「近頃暑くて、氷とけまくりだったんですよ!練習がちっともできやしない」
「…少し練習できないくらいでも君のレベルはそう変わらないだろ」
「そんなこたぁないです!わたしはそのうちオリンピックで金メダルとる女ですよ?!」
「はいはい」
「あ、信じてない?信じてないですよね、その適当な返事!」

腰に手を当てて仁王立ちする彼女の頭をぽんぽんと撫でてあやしてやる。まったくこの子はいつだって夢と希望に溢れすぎている。薄汚れた大人には目の毒だ。
僕は彼女がまったく理解できない。

「そりゃあ、今は予選落ちのレベルですけどねぇそのうちばーんと一花咲かせて見せますよ。じゃなきゃここのリンクのオーナーにだって、リンクの氷はってくれるミスタにだって悪いですからね!だいじょーぶ!先行投資分はきっと返せるくらいビッグになります」

そうだね、と返事をして足を踏み鳴らす。緩んだ氷がたちまちぴんと張り詰めた。エスメラルダ式血凍道の応用で、この古びたスケートリンクに氷をはってやるようになって随分になる。
あの頃から、ほんっとにこの子は変わらないのだ。
彼女は平凡な人間だ。このヘルサレムズロットでも、そして外界でもそれはそう変わらない。フィギュアスケーターとしての彼女は三流だ。試合ではいつだって肝心なところでずっこけるし、体力もないからすぐにへばる。彼女は今年で20になる。選手生命が短いこの競技におけるベテランの域に入りつつある彼女は未だに大した成績を残していないし、これから先もきっと残せないだろうというのが僕の見立てだ。
現実に打ちのめされて、諦めればいいものを。彼女は高らかに理想を掲げ追いかける。バカみたいに一途だ。どこかの誰かさんと一緒で。

「そういうことは代表選手に選ばれてから言うようにね」
「うぐっ……」

銀のブレードがハルの足元で輝いている。このスケート靴は昨年あまりに古い靴で練習しているのを見かねた僕が買い与えたものだ。

「包帯、緩んでるよ」

サブウェイの紙袋をリンクサイドにおいて、ハルの腕をとる。おれそうなほどに細い。

「実は必殺技の練習をですね」
「本番であがらない努力をすべきなんじゃないのかい?」
「耳が痛い!」
「耳にも包帯がいるのかな?」


包帯を巻きなおせば、もうキレイにはりなおした氷が気になってしょうがないのか、あっという間に僕の手を離れてハルは飛び出していく。真っ白な氷の上に、彼女の通った軌跡がのびていく。のびやかなスケーティング。軽やかなステップ。

「氷はどうかな」
「最高っ!」

氷の上でハルは笑う。


「ミスタ・スターフェイズの氷が一番好き!」


そんなこと言っているから本番の氷に嫌われるのだ、と思わず笑ってしまった。
やっぱり彼女はへたくそで、何度もこけるし、ジャンプはすっぽぬける。それでも僕は、僕の氷の上で踊る彼女を見るのが好きだった。
だから最初にいったことは訂正するべきかもしれない。


彼女との交友関係を持つことでライブラへのメリットは何一つない。それは変わらないが。
僕はただ利用されているだけじゃない。メリットもデメリットもないなんて有り得ない。彼女は今のところ、仕事以外の時間をともに過ごし僕を適度に喜ばせ、はしゃがせてくれる人なのだ。



「好きなのは氷だけ?」



「ミスタ・スターフェイズのこともだぁーい好きですっ!」


そのひとことが、聞きたいがためだけに、ここへ立ち寄るのだから割と俺も単純だ。




***


「あっれ?何見てるんすか?スケート?」
「そう国内大会だけどね」

真っ白なリンクの上に、淡いピンクの衣装で相変わらずの彼女が踊っている。

「あ、またコケタ」
「うん」
「面白いですか?」
「いや?」

短い彼女のステージが終わって、僕はすぐさまテレビを消した。

「あれ、いいんですか?この後、一昨年の女王復帰!とか煽られてましたけど」
「うん、いいんだ」


泣いているだろうか?悔しがっているだろうか?いやその両方か?彼女はいつだって、どんなときだってあの氷の上に帰ってきて、そして僕がやってくるのを待っている。そうしてニコリと笑うのだ。








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