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続・ある釣り合わない愛の詩について


――その女、ほんとに一般人か?

裏の仕事を手伝う部下が唐突に言った。その女、とはハル・レッドフォード。スティーブンの恋人だ。ごくごく普通のOL。一般人。そのはずだ。スティーブン自身も付き合う前にはきちんと身元を洗った。
履歴書どうりの人物で怪しい過去はなし。難点といえば、HLPDに親しい友人がいることくらいか。


『出来すぎな経歴だ』
「よくある経歴だろ?」

かばいたくなるのだって仕方ないだろう。疑心暗鬼が基本スペック装備のスティーブンにとってハルは癒しだ。唯一の癒しすらも疑わなくてはならないなんて、と自分の生業にほとほとため息がでる。

『ここはHLだ』

つまりあらゆることが起こりうる、と言いたいのだろう。どうみてもただの一般人にしか見えなくとも、HLに生きるものである以上”ただもの”と一概に言えないのも確かである。

「というか、何か気になることでも?」

でなければ、わざわざ経歴を洗いなおすようなこともないだろう。一度はシロと断じたものを今になって調べなおしたのには理由がないわけがない。部下はいつだって優秀だ。

『女の家』
「今は僕の家だ」
『前の家、男が出入りしている』

ミシリ、と思わずスマホを持つ手に力がこもる。それは初耳だ。彼女がまだ前の家を解約せずにいるのは前々からスティーブンも気にはなっていた。その点に関して、確かに彼女はいつも言葉を濁し、決断を先送りにしていた。てっきり、スティーブンとの生活に不安を覚えているだけかと思っていたから強くは詰問しなかった。自分との関係が危ういものなのは、全面的にスティーブンのせいだから、彼女の不安も理解できた。その不安だって、いつかはきっと埋めることができると思っていた。

『何か聞いているか』
「・・・・・・」

聞いていない。

『1週間前からだ。鍵をこじあけて侵入してりゃ、ストーカーの線も洗ったが鍵を持ってる。正規品だ』

つまり、彼女自身が鍵を渡した男。

「・・・・・どんな男だ」
『ただもんじゃあねぇ』

端末を見ろ、と指示されスマホを肩口にはさみながらそれに従う。

『男が部屋に入った最初の日だ』

ハルの家にはいくつか盗聴器と監視カメラを置いている。念のため、だ。そのカメラに、男が映っている。ただものじゃない、のはスティーブンにだってわかった。部屋へ入るなり、男の視線はまっすぐにカメラへとむけられた。きょとん、と。なぜカメラがあるのだろう、と心底不思議そうな顔をした後何かに納得したように「ああ、」と小さくつぶやいて、男はニコリと白い歯を見せ笑ってカメラへと手を振って見せた。
念のためのカメラといえど、そんじょそこいらの人間では気づけないよう巧妙にしかけられているカメラに、瞬時に気づき笑って見せる。
玄関先のものはそのままに、残るすべての監視カメラや盗聴器具は撤去されてしまった。
これはプロの仕事だ。

『ただものじゃないこの男と、あの女の関係が出てこないのは問題だろ』

大問題だ。眉間にしわがよる。

『この1週間で変わったことは』

1週間。あわただしく記憶をひっくりかえす。
何か変化があったか?

「・・・・特に、は、……あぁ、でも、」

帰りが一度遅かったことがあった。久しぶりに会う外の友人と食事をするといって、スティーブンの誘いを断った。

『どうする』

どうする?もちろん、今すぐ尋問すべきだろう。スティーブン・A・スターフェイズならそうする。

『――できるのか?スターフェイズ』 

返事は、できなかった。



***


久しぶりに訪れた街だった。元、紐育。今はヘルサレムズロットと呼ばれるようになった異界と現世がまじりあう場所。アメリカの中にあってアメリカと呼び難い場所だ。
記憶を頼りに道を進んでいくと、見知ったアパートが男を出迎えた。どうやらこの街特有の理不尽な『区画くじ』に当たらずにすんでいたようだ。
古ぼけたエレベーターはスルーして非常用の階段を上るのは、一種の職業病だ。
久方ぶりに使うことになった鍵をポケットから引っ張り出して、男は勝手知ったる『我が家』へと足を踏み入れた。

(ん?)

真っ先に、違和感に気づいて小首をかしげる。なぜそんなものがここにあるんだろう?と疑問が浮かんだのもつかのま、すぐにその答えに思い至る。この部屋の主はもうずいぶんと長いこと自分ではなかったのだ。ぶしつけな視線に、ニッと男は白い歯を見せて笑った。

(あの子も、ずいぶんと男の趣味が悪いなぁ)

害はないだろうが、監視者とて男の着替えを見ていて楽しいものでもあるまい。男は玄関先に向けられていた定点カメラのみを残して、他の『眼』はすべて綺麗に取り去った。




***





「あれ、早い!珍しいね」

夕方、いつもなら絶対にこんな時間には仕事が終わらないから帰れない時間に、家へと戻ると身支度を整え出かける直前だったハルにでくわした。

「・・・でかけるの?」

こんな時間から?と言外に含ませる。どこか言葉にとげがあるのは、端末越しに見た男の笑みがちらついたせいだ。これからその男と会うのだろうか。

「うん、時間外なのにクライアントに呼び出し食らっちゃって。でもスティーブンがこんな早く帰るってわかってたら居留守使ってさぼっちゃえばよかったな」
「仕事なのに?」
「へーきへーき、ううー、今からでも明日にってできないかな・・・・」

ハルがスマホをにらみつける。

「身内のわがままみたいなのだし、ちょっと電話してみようかな・・・・」

結局ダメ元で電話してみることにしたらしい。スティーブンの後ろをひょこひょことついてくる。

「あ、ジョン?えっとね、やっぱり明日じゃだめ?うん、そう。そうなの!」

親しげに呼ばれる男の名前に顔がひきつる。自分を落ちつけようと、ソファへと腰をおろす。

「いいの?うんうん、明日ね!明日頑張る」

ぱっと輝くように笑む。どうやら話がついたらしい。

「仕事明日でいいって!」

スティーブンの横にすとんとハルが座る。こちらを見上げてくるハルに、やましい表情はちらりともない。これも演技か?冷静なライブラ副官の自分が値踏みする一方で、そんなはずないとただのスティーブンがわめく。

「仕事、忙しい?」
「普通かなぁ。けどちょっと無茶ばっかり言うクライアントが来てるから大変かも」
「今の電話の相手?」
「そう!もういっつも突然で。嵐みたいな人なの。巻き込まれてるうちは大変だけど、そのうち通り過ぎてくから、辛抱強く耐えているのです。」

今回は珍しく長滞在なんでたーいへん!とスティーブンの肩に頭をのっけてけたけた笑う。仕事の話聞かれるの珍しくて新鮮だなぁ、と。危機感のない声だ。

「仕事、やめないかって話覚えてる?」
「やめないよって話したの覚えてる?」
「・・・・・」
「今の職場、好きだもん」
「退職して家庭に入ってくれって俺が迫っても?」
「ん?これってあれかな。私と仕事どっちが大事なの?的シチュエーション?」
「どっちが大事?」
「そりゃあスティーブンだよ、当然!私はスティーブンほどには仕事人間じゃないし」

最後の一言にはぐさりときた。

「でも一応愛社精神はあるし、恩もあるから簡単にはやめたくないなって思うの。それに私仕事やめても、スティーブンほとんど家にいないでしょ?一人で待ってるのはさびしいかなぁ・・・仕事してたらきもまぎれるし」

健全でまっとうな意見だ。

「・・・・俺に隠してることあるだろ」
「え?」

隠し事だらけのお前が言うのか、と自分でも思う。

「何か言うこと、ない?」
「んっと、ええと、何のことかな?こないだスティーブンのお気に入りのワイン一人であけちゃったこと、とか・・・?」
「どうりで見当たらないと思ってたよ。けどそれじゃない」
「ばれてたか・・・ごめんなさい。けど、それじゃないの?ほんとに?じゃあお気に入りのシャツに焦げ目つけたこと?」
「何枚だって焦げさせてくれてかまわないさ」
「ご、合コンに引きずって枯れた、こと?」
「その話はあとでまた詳しく聞かせてもらおうかな」

ソファに膝をのせて、腕をソファの背についてハルを囲い込む。まるで檻に閉じ込められた小動物みたいにハルはびくついている。

「スティーブン?」

手を、ゆっくりと首にかける。どれくらい力を籠めればこの首がへし折れるだろうか。なんて物騒な考えが頭をよぎる。
尋問、しなくてはと副官スティーブンが言う。そんなことする必要はない、と恋人のスティーブンが叫ぶ。

「なんか二人でのんびりって久しぶりだね」

嬉しそうに言う。足をぱたぱたと揺らすのは浮かれているときのハルの癖だ。

「どこか出かける?ごはんまだでしょ?」
「・・・・・」
「スティーブン?」


その夜は、結局何一つ聞けなかった。キスして、食事もそっちのけで彼女の意識がおちるまで何度も抱いて。抱き合うときはいつも饒舌なスティーブンが一言も発さないせいで、ハルは酷く困惑していたけれど、次第に快楽がまさりささいな疑問は吹き飛んでしまっていた。

――できるのか、スターフェイズ?


部下の言葉が脳内をリフレインした。




***




「スティーブンに何かありました?」

ハルはめったに使うことのないメールアドレスをその日久しぶりに開いた。宛先は恋人の上司にあたる(らしい)男性だ。仕事に踏み込んでほしくないのがわかったから、接触をひかえていたのだが、そうもいっていられない事態だった。職場の上司なだけではない、彼はハルが知るスティーブンの心を許す数少ない友人の一人なのである。
ここ数日のスティーブンの様子のおかしさを、相談できそうな人は他に思いつかなかった。『スティーブンに内緒で会えませんか?』という突然の呼び出しにもクラウスは快く応じてくれた。

「何か、とは?」
「様子がおかしいとか、なかったですか?」
「ふむ」

紳士は顎に手をあて考え出した。クラウス・V・ラインヘルツはスティーブンの絶対だ。彼がクラウスを見る目でわかる。絶対的な信頼と、親愛。この人のためなら何でもしたくなってしまうのは、付き合いの短いハルでさえそうなのだから、常にそばにいるスティーブンはいわずもがなだ。

「仕事が忙しいようではあったが・・・」

おかしい、と感じることはないようだった。

「・・・・・スティーブン、時々頑張りすぎたり考えすぎたりしてメーターふりきっちゃうじゃないですか。」

クラウスは頷く。スティーブンは優秀な副官だが、メーターが振り切れているときは突拍子もない結論へと着地する節がある。

「今がその状態だと?」
「それに、近い状態に見えたので・・・」

器用に見えて不器用な男なのだ。そして図太そうに見えて繊細だ。

「・・・・ミス・レッドフォード、その、」

大きな体を縮めた紳士はおそるおそるハルに問いかけた。「ハルでいいです」と答えると「では、ハル、」と紳士は意を決したようにまっすぐにハルを見た。そして言いよどんでいた言葉を口にした。


「その包帯は、スティーブンのせいだね」
「・・・・いやいやいやいや、まさかそんな、これはあれです、階段から落ちた怪我で!!私の不注意というかなんていうか、」


突っ込まれるだろうな、と思ってはいたがあまりにストレートな物言いにどぎまぎとする。これは多分スティーブンの弱さなんだろうと思う。

「・・・・病院には?」
「知り合いに見てもらったんで大丈夫です、見た目より大したことないんで」

包帯が見えないようにと長袖とっくりを着ていたが、やっぱりわかってしまうらしい。実は見えないところはもっと酷かったりするのだが、その惨状をこの紳士に告げるのははばかられた。本来、クラウスに相談するのもためらっていた。この状態を見られてしまうと、スティーブンにとっても気まずいことになるかもしれない。クラウスはとてもまじめで清廉な紳士に見えたから、女性への無体は許しがたいことだろう。
だが、だからといって自分の友人に相談してしまえば。間違いなく恋人は逮捕されてしまう。ハルの友人、ダニエル・ロウは職務に忠実なおまわりさんである。もともと変な男にひっかかっていると思われているのだ、ハルが大丈夫だと言ったところで問答無用で手錠を持ち出すに違いない。

「あの、とにかくちょっと様子がおかしいのは確かだと思うんです。クラウスさんの方が付き合いは長いですし私なんかが口をだすのもおこがましいですけど、お、女の勘的なあれなので、その、」

クラウスの眉間にしわがよる。その顔ですごまれてしまうと、正直肝が冷える。自分が怒られているわけでもないのに。

「君はこれからどうするのだろうか」
「や、どうもしないです」
「・・・・・・」
「ひっ、いただ、いた、ううぅ」

身を乗り出したクラウスにぎゅっと腕を掴まれる。それだけで、体は悲鳴をあげた。正直待ち合わせ場所に来る道のりだって結構しんどかったのだ。あちこちに残るキスマークと噛み痕、強く握られすぎたせいでくっきり残ってしまった彼の手痕。嵐のように激しく抱かれすぎて筋肉が悲鳴をあげている。

「私が口を出すべきことではないと思うのだが、」

ハルと似たようなことを言う。

「君たちはもっと話し合うべきだ」

話。話とはなんだろうか。スティーブンは秘密の多い人だ。いまだに秘密と謎が彼をとりまいていて、ハルに見えているのはそんな彼が見せることを許容したことだけで。
それでいいと思っていた。
話をしたら、彼の秘密を知りたくなってしまうかもしれない。そんな女はきっと困るだろう。

「彼は君をとても深く愛している」

背筋がのびる。
緑の瞳がハルを射抜いた。愛されている、それは知っている。同じだけの強さで自分は彼にそれを返せているだろうか?
釣り合っていない私たちは、それでもそれなりに過ごしてきたけれど。



***



その晩、クラウスとスティーブンはとあるパーティーに出席していた。ライブラの出資者の一人が主催するもので顔だけでも出してほしいと懇願されて断りきれなかった。
かなり大口のスポンサーなので機嫌を損ねるわけにはいかない。そして人の集まるところには情報もそれなりに集まってくるのだ。
恋人とディナーの約束をしていたスティーブンは急なスケジュールの変更にすぐさま謝罪のメールをいれた。
恋人は恨み言のひとつも言わず、スティーブンを気遣う内容のメールを返してくれた。彼女は何も聞かない。物わかり良く、いつも笑顔でしようがないなぁとスティーブンを許してくれる。そこにスティーブンは意味もない不安をあおられてしまうのだ。
自分に興味がそこまでないのではないか、もしかしたら他に気になる人間でもいるのかもしれない、スティーブンの執着がうっとおしいと感じてはいないだろうか?
執着しているのは自分ばかり。その現実がどうしようもなくもどかしい。

苛々としながらも、表面上はにこやかにスティーブンはパーティー会場を動き回る。クラウスが気遣わしげな視線を何度もよこしていたが、そちらは素知らぬふりをした。普段より少しだけ酒を煽るペースが早いことにも、自分ではほとんど気づいていなかった。
だからだろうか、スティーブンは珍しくも大衆のどまんなかで見つけた人物に目の前が真っ赤に染まっていた。


「あら、可愛らしいパートナーをお連れですわね」
「はは、そうでしょう?照れ屋なもので引っ張り出すのも一苦労なんですがね」

主催の女主人と話しながら鷹揚に笑う男の顔、そしてその男に腰を抱かれた同伴者。
グラスを握りしめたまま、スティーブンは凍りついた。
男に促されると、隣にいた同伴者は困ったように微笑みあいさつを返す。その声も、スティーブンのよく知るものだ。

「私の宝物ですよ」
「ま!」
「・・・・・・」

普段とは違う、すこし大人びたドレスと化粧をほどこした恋人が否定もせずにあいまいに笑っていた。

「スティーブン?」
クラウスが声をかけてきたのにさえ、答えられない。
「・・・・・」

整った顔立ちだ。甘いマスクに、艶めいた声、スーツの上からでも均整のとれた体躯が見て取れる。今口を開いたら、何を言うか自分でもわからなかった。
人ごみのなかで、会話はとぎれとぎれにしか聞こえてこない。だというのに、視界にとらえた男の口元をスティーブンは断片的にだが読み取れた。


『構成員』

『リスト』

『今晩』

『ライブラ』


感情が冷えていく。それらの単語から導かれる答えなんて火を見るよりも明らかだ。あの男は組織とって脅威となりうる。そして、その横にいるからに―――、もちろんアリスも。
調べたはずだ。彼女の経歴はクリーンだった。だったはずだ。だけれど、そこに自分自身の願望が手心を加えていた?
彼女は白だったはずだ。同僚の忠告で灰になり、そしていまや真っ黒だ。排除しなくてはならない。組織のために。
これまでしてきたように。


「やぁ、色男が台無しだ。大丈夫か?」

肩をたたかれる。失態だ。

「はじめましてミスタ」

歯を見せて、にこりと男が笑う。

「・・・・どうも」

声が震えていないだろうか。ハルは隣にいない。まだマダムと話をしているようだった。
男はグラスを掲げてみせる。

「さて、いくつか勘違いがあるだろうから訂正しておくよ。僕は彼女の恋人じゃあないし、彼女は別に君をうらぎってやいない」

さわやかすぎていっそうさんくさいほどの男だ。

「彼女が今日パートナーとして同伴してくれたのは恋人に振られてさびしがっていたからでね、最初はもちろん断られてた。けどこうした場はパートナー同伴の方が動きやすいだろう?あの子は恰好のめくらましだしね」

ふった、というのは心外だった。

「家の鍵を持ってるのは、そもそもあそこは僕の家だったからだ。あの子の方があとから転がり込んできたんだよ、幸い僕は世界各地を飛び回るからほとんどいないしね」

監視カメラはあとでまたつけなおしておくから安心してくれよ、などと男は続ける。

「今日は君に渡したいものがあったんだよ」と胸元にUSBが差し込まれる。それをちらりと一瞥しながら、スティーブンはいつこの場からこの男を連れ出し始末するかの算段をする。

「マダムに席を設けてもらったんだ、穏便にすませてもらいたいな」

男は肩をすくめた。
そしてまた一歩距離をつめて、囁く。

「先日別の組織を追っていたときに手に入れた。君たちの構成員リストの一部だ、一つは回収した、もう一つはおそらく旧五番街に棲む化け物が持っている。そっちは君らでどうにかしてくれ」

「・・・・どういうつもりかな」

「国家の安全に寄与してくれる友人にプレゼントだよ」

男はそう言ってスティーブンに耳打ちする。自分が所属する組織の名を。

「僕たちは君たちの敵じゃあない」

それを聞いて、納得した。アメリカの裏舞台で動く不可能任務に従事する、エージェント。アメリカの、ひいては世界の安全を守る役割を果たす彼らは確かにスティーブンたちの味方、とまでは言えずとも敵ではない。

「もちろん、あの子もね」

マダムに得意でもない酒を薦められて、断るのにハルが四苦八苦しているのが見えた。

「どういう関係だ」
「特別な関係さ。あの子に聞いてみるといい」


死ぬほど不愉快な気分になる。ハルのことなら何でも知っている、とでもいいたげな男の態度が気に食わない。

「ジョン!」

ハルの声だ。マダムから逃げ出してきたらしい。
声には少し非難するような響きがある。

「どうして置いてけぼりにする、の、・・・・」

ジョン、と呼ばれた男の隣にたつスティーブンの顔を見るなりハルが驚きに目を見開いた。はくはくと口を開いたり閉じたりして、けれど言葉が出てこないらしい。

「今、丁度ハルの話をしてたとこだ」
「は?!」
「お似合いだ、とほめれられた」
「え!!」
「僕もまだまだやれそうかな?」

ハルが心底嫌そうな顔をした。

「・・・自分の歳をそろそろジョンは考えたほうがいいと思う」
「ひどいな」
「・・・・ふたりはどういうごかんけいで?」
「同業者みたいなものかな」

ハルが顔をしかめた。スティーブンの仕事について彼女はこれまで危ないお仕事、という認識はあったものの実感がいまいちなかった。けれどこれは決定打だ。この男と同業者ということは本当に本当に危ないお仕事の人なのだろう。何をしているのかは知らないが、昔から生傷の絶えない人だった。

「彼は、」とスティーブンがじわりと声をしぼりだすとかぶせるようにハルが口を開いた。
「おじさん!わたしのお父さんの弟なの!」
「そういうことにしといてくれ」
「ジョンは私を適当に紹介して回るのやめてよ!職場の友達に恋人とか勘違いされてるのすごく困ってるんだからね?」
「僕はほんとのことしか言ってない」
「ああもうっ!その思わせぶりな笑顔がダメなんだってば!その笑顔はとても嫌いです」
「憎まれ口言いつつ好きな癖に。子供の頃は僕のお嫁さんになるって作文に書いて、」
「わぁああああ、意地悪!鬼!嫌い!さようなら!もう二度と付き合わないからね!?」

ハルが頭を抱えた。抱えたいのはこっちの方だとスティーブンは思った。
僕は仕事がまだ残ってるから失礼するよ、と男は去っていく。

「またなハル」
「永遠にさようなら!」

遠慮のない応酬だ。

「おじさんの話は聞いたことがなかったかな・・・」
「・・・したよ、こないだ。台風みたいな人だったでしょ?」

小さくハルがため息をつく。

「もしかして、最近なんだかおかしかったのはジョンのせい?」

微妙な顔をしているのだろう、ハルは納得したとばかりに胸をなでおろした。


「君を始末しなくちゃいけないかとおもった」

本音をこぼせば、ハルが顔をひきつらせた。
けれど話を聞いていくつか納得もしていた。彼女がスティーブンに対してとる距離の測り方は、おそらくは叔父との距離のとり方で身に着けたものなのだろう。秘密を抱えすぎた人間の傍にいて、自然と身についたもの。

グラスを置いて、ハルの手をそっと取る。

「スティーブン、あのね、この際だから言っておきたいことがあるの」
「禁止ワードなら聞かない」
「・・・ちがうったら」

ハルは肩をすくめた。耳元に真珠のイヤリングがきらりと揺れて光っている。何度目だったかもわからないが、スティーブンが約束をドタキャンした夜に謝罪の意味も込めて贈った品の一つだ。高級すぎる詫びだと叱られた。返品するならザップにやることにするといったあたりでしぶしぶ受け取ってくれたもの。しっかりものの彼女だから、てっきり質屋にでも入れているかと思っていた。

「わたし、スティーブンが考えてるよりスティーブンのこと大好きだからね?」
「・・・・・」
「・・・・その、あ、愛してるし!」
「どれくらい」
「え」
「どれ、くらい」

質問を繰り返す。

「とっても?」

考えあぐねたあげくの答えがこれである。

「もっと具体的に」
「・・・・・」

ほんとこの人めんどくさいな、という目をハルがしている。愛をささやいている最中にその表情はどうなんだとスティーブンは不満げだ。

「・・・・こっそり寝顔写メして、会えないときにながめちゃうくらいにすき、です」

羞恥で死にそうな顔をしてハルが言うが、それならスティーブンだってそっくり同じことをしている。もちろんスティーブンの場合は寝顔だけじゃあないけれど。

「でも部屋は他の男と使ってる」
「おじ!さん!そしてあの部屋はもともとおじさんの部屋なの!だから勝手に解約できないからそのままになってただけだよ?!」
「じゃあ、荷物全部まとめてうちにきてくれ」
「え」
「嫌なの」
「嫌じゃあ、ないです」
「全部だぜ?」
「家具はジョンのだし」
「でも君が使ってたやつだろ」
「や、あの、」
「ところで、禁止ワードは何回言ったか覚えてる?」
「へ?」

だってあれはスティーブンに言ったわけじゃないと抵抗されたが、関係ない。ルールはルールだ。言ったからには、罰ゲームだ。
結局、荷物はその日の夜のうちに全部スティーブンの部屋に動かしたし、あの男と使っていたとかいう家具は残らず処分した。他の男と同じベッドを使って彼女が寝ていたなんてとてもではないが許容できない。
彼女がいった禁止ワードの罰のぶんだけにとどまらず、ここしばらくの心労のぶんも勝手に加算して思う存分キスをした。







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