その他夢小説 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



東京’64より愛をこめて


一音、一音が、どこまでも青い秋の空に吸い込まれていく。
重なる音が、高らかに響いて、酷く気分が高揚したのを覚えていた。
世界中の青空を集めたような晴天から、すべてはきっと始まったのだ。

――1964年10月10日、東京は前日までの雨模様が嘘のように美しい秋晴れだった。




***



――20XX年、アメリカ。

欧州の年寄りどもは、酔うとまったくをもって手に負えなくなる。
アメリカはそういうだらしなさがどうにも嫌いで、酒そのものが美味しいと思えなくなったのはこの駄目な大人たちによるところが無いとは言えない。コーラが一番うまい、というたびに「これだからお子ちゃまは」と言わんばかり。酔い潰れて裸になる醜態をこりもせずに繰り返すほうがどうかしている、というのがアメリカの見解だ。
いっそ世界会議後のこの打ち上げにだってこなければ良いのかもしれないけれど、飲んで騒いでの中心に大抵いる二人は浅からぬ縁のある人たちで放っておくのはヒーローを自称するアメリカにはできずにいる。
新しい大統領になって、めまぐるしい日々に疲れているせいで久方ぶりに口にしたアルコールはバーボンだ。とろりとした液体が喉元をとおりすぎていく。酒は百薬の長とも申しますし、と長年の同盟国たる日本が言うと悪くないものに思えた。普段から落ち着いた酒のすごしかたをしている彼もここ最近は少しばかり浮かれているようだった。

「日本も最近ご機嫌だよね」

乾杯とグラスをあてた。

「ええ・・・・楽しみなんですよね東京オリンピック。今か今かと指折り数えてしまいます」

64年に、戦後復興を世界に示した東京五輪。あらゆるものが輝いていました、と日本はうっとりと語る。普段冷静な彼の思わぬ情熱にアメリカは青い目を見開いた。確かに自国開催は嬉しいものだけれど。

「なにもかも皆懐かしい・・・・・ああっ、あの熱狂の五輪が帰ってくるなんて!新幹線開通!ご成婚のパレード!東洋の魔女!円谷!あの五輪ポスター、まだとってあるんですよ!この間行李から出してきましてね?飾ってはためつすがめつ眺めているのです」

「お、おお、楽しみなんだね」

日本の熱っぽい口調に引きずられて、アメリカは長らく忘れていたーーいや、忘れようとしていたことを思い出して、少し遠くを見るような目になった。おや?と日本が首をかしげてのぞき込んだ。

「アメリカさん?」
「あのオリンピックはとってもよく覚えてるんだぞ・・・・・いろいろ」

酒が回ったのかも知れない。もう引き上げないとろくでもないことを口走りそうだと自衛の気持ちがわくのがほんの少しだけ遅かった。アメリカー、と後ろからのしかかられて机に両手をついて何とか顔面が直撃するのだけは回避した。
後ろからおっさん二人ーーアメリカとフランスがのしかかっている。

「・・・・・おっさん二人がくっついて気持ち悪いんだぞ。ほら、もうお開きにしなよ君たちも」

「なーなー、アメリカまだチェリー?」
「・・・・・・・はぁ?」

ただでさえ呆れた視線を向けていたが、更に視線の温度がぐっとさがった。遠くのテーブルからスペインやプロイセンがこちらを伺っているの見えた。

「おにいさんは〜、もう卒業しちゃったと思ってんのよ?ほら、お前もいい加減ねぇ?でもぉ、坊ちゃんはあいつはんなことできないベーベちゃんだっつーから」
「んだよ、こいつに女の影があった時期ねーだろうが。さっさと掛け金よこせオラ」
「わかんねーじゃん、お前アメリカに夢見過ぎだし〜。新しい大統領見てみ?THEアメリカンドリームだよ?」
「関係ねーだろ、んなもん。前任者の優等生ぶり忘れてんなお前。あれにちょっとでもコイツが影響受けてたかぁ?個人単位で国人に影響はでねーっつの」
「あるよ」
「ほら見ろアメリカだってこう言って、」
「あるよ、もうチェリーじゃない」

酔ったイギリスがグリーンアイをまん丸にしている。FXCK。目潰ししてやろうかと思ったのを何とか堪えた。ひゅ〜、とフランスが口笛を吹いて冷やかす。せっかく日本と二人淡いノスタルジーに浸っていたのに台無しだ。思い出した記憶の一ページ。誰にも内緒にしていたことを、こんな風につまびらかにすることになるなんて!

「え、ま、おま、見栄はんなくていーんだぞ?」
「いついつ〜?そんなそぶり見せなかったじゃ〜ん秘密主義なのねアメリカは〜〜。で?で?どこまでやったの?なにまでやったの?いや〜、お前と猥談できる日が来るとはね。あ、もしかして最近の話?紹介しろよ、お兄さんにさ〜」

日本がじっと気遣わしげに見つめていたので、アメリカは肩をすくめて見せた。彼が悪いわけじゃない。紹介しろ、あたりでイギリスがそわそわとし始めた。兄として、弟の相手に挨拶とかうっとうしいことを考えているに違いない。

「64年だよ」

オリンピックイヤー。平和の祭典。誰も彼もがお祭り騒ぎだった、あの夏から4年と少し。それがアメリカの淡いはつこいだった。

「まさか日本とか?!」
「違うよ!!・・・・・・日本ちの子では、あったけどさ」

黒髪が肩口で揺れるのを見るのが好きだった。思い出すと、連鎖するように記憶が次から次へとあふれ出す。あまり、思い出さないようにしていた秘密の恋。誰にも言わなかったのは、大事なものを独り占めにしていたかったからだ。あの子と、自分と。それだけで、良かったなんて口にしたら、からかわれるに決まっている。

「その方とは」と控えめに日本が問いかけた。
「フラれた。その子、五輪の後にうちに留学してきてたんだ。だから、卒業で帰国するタイミングで・・・いろいろあって、」
「え」と日本が少し声を出したけれど気にせずに続けた。もうやけだった。好きだったんだよ、君たちに見せるのだって嫌なくらいに。メロメロさ!あの頃俺ちょっと飲み会とか付き合い悪かっただろう?留学中は最初は彼女大学の寮にいたんだけどさ、良い感じに近くのアパート借りて同居してたのさ。ラブラブだったよ!二人であっちこっちいってさ!つらつらと、流れるように思い出話をした。
甘い甘い思い出に胸焼けを起こせば良い。話しながら、自分自身だってその甘さに酔いそうだった。けんかもしたのに、思い出すのは楽しかったことばかりだ。女の子は綿菓子みたいにふわふわ、なんて言うつもりはない。アメリカの国民の女の子たちはとびきりクールで強い子が多い。それでも、人の子で。男よりはよっぽど筋肉もないから。アメリカにしてみると触れるとこわしてしまいそうだといつだって向き合うときは慎重だった。
興味があちこちに動き回るアメリカを「ガキすぎる」という評価を下すのは歴代の秘書でも多かった。ソーリーこれが君たちの祖国なんだよ。
アイスを全制覇するのも、バーガーのアメリカ全土マップを作りたいっていうのも、エベレストにチャレンジしたいっていうのも、なんだって彼女は「面白そうだね、やってみよう」とOKしてくれた。このあたりの下りになると、全員の視線が少しばかり冷えてきた。
アマゾンの奥地にある遺跡探検だとか、ナイルの川下りで彼女が最高の釣りを披露してくれて料理もうまかったんだぞと褒めそやすころには「それはお前の妄想か何かか?」とイギリスがうろんな顔で言い始めた。

「失礼だぞイギリス!彼女は妄想なんかじゃないとも!君の妖精さんと違ってね!」
「はぁ?!妖精はいるっての。ざけんな、お前のいってんのはデートコースじゃねえよ。映画の撮影だろ。お前インディアナの映画見過ぎて自分のことだと思い込んでんだなきっと」
「どこのアマゾネスだよ屈強すぎない?まじで日本ちの子ぉ?大和撫子がナイルで釣り・・・・・・お兄さんたちがからかいすぎたな。悪かったよアメリカ」
「ちょっと、変な同情はよしてくれよ!それに彼女のことを変に言うのは許さないんだぞ!」

スカイダイビングにスキューバ、空も海も山も、どこもかしこも二人で行かなかったところなんてないくらいだ。いつか二人で宇宙にだって行ける気がしていた。月面着陸をアメリカはNASAで見守っていて、興奮冷めやらぬままに彼女に電話した。月にだって行けたんだから、時間のゆがみくらい何とかなるんじゃないかなんて舞い上がってすらいたかもしれない。
とにかくアメリカはこの恋を誰にも秘密にしていた。大声で叫びたいくらいに自慢したくなったこともあったけれど。

「あの、アメリカさん」

日本が慎ましやかに挙手して発言を求めたので、アメリカは口を閉じた。

「・・・・・その方、どこでお知り合いになられたんですか?あの容姿とか、」
「競技会場さ。彼女どこでもフリーパスだったから、あちこち案内してもらったんだ。あ、もしかしたら日本は知っていたりするかもしれないな。容姿・・・・うーん、黒髪で黒い目がくりくりで・・・・ってのは君んちみんな言えるか」
「お別れされた後、連絡をとりあったりなどは・・・・」
「してない。今頃は、かわいいおばーちゃんになってるかもね」

国は人の子に近づきすぎてはいけない。これはイギリスにいつだったか恋人がいて、その別れ話に遭遇した時に聞いていた。酷い平手打ちを甘んじて受ける彼は、ことさらに酷薄にふるまおうとしているのがアメリカにはわかった。別れる時はあれくらいでいいんだよ、と。強がりだと当時は思った。プライドの高い人だから。けれど、自分も恋をして別れを経験して、今なら少しは理解できた。人の子の人生はあっという間だ。未練なんて残さないくらいにすっぱりと別れてしまった方が『双方』の為だ。


「あめりかぁ・・・・」

酔っ払いが涙ぐんでいる。アメリカの嫌いな部類の『おおきくなってお兄ちゃんは感動した』モードが発動しているのは間違いない。この話はおしまい!と切り上げる。これ以上玩具にされたくないし、大事な秘密の思い出を披露してやる気もなかった。
アメリカは、ずっとこの恋について忘れようと努めてきた。だって、まだ好きだったのだ。アメリカは愛されて育った。認めたくはないけれど、イギリスに。だから、自分がうまく恋を終わらせられなかったのは、きっとこの兄に似たのだと変な感慨すらわいた。常なら絶対に認めないけれど。

「ほら、部屋まで送ったげるよ。ちゃんとキーは持ってる?」
「・・・・64年、オリンピックで出会って留学先で同棲して世界中を二人でめぐって4年と少しでおわかれ・・・・・・・え、いや、まさかそんな」
「にほーん、新刊のネタにはしないでくれよ?」

真顔で繰り返されては少し照れ臭い。日本が「アメリカさん、その方まさか、」と言いかけたところで、別の声が割って入った。

「祖国」

日本語だ。懐かしい響きに聞こえて、アメリカはつられるように声の主を見た。そして肩にかつごうとしていたイギリスを落っことした。

「全員祖国だよ〜〜〜だれをご指名かな?」フランスが露骨に声色を変えた。

切り揃えられた黒髪が、店内の照明ですこし光っていた。

「失礼、そうでしたね。日本国はこちらにいらっしゃいますか?明日の予定が、一部変更に、」

言葉は途中で途切れた。アメリカが勢いよく立ち上がって、椅子が背後にいたフランスやイギリスごとひっくり返った。
ゆっくり、まるでスローモーションみたいに声の主がアメリカを見た。くりくりの瞳が、アメリカをとらえた。

「え」

地味な黒のスーツ。控えめな化粧。でも、アメリカは一目でわかった。――彼女だ。

「春??」

名前を呼んだ。全員が息をのんで二人を見ているのがわかったけれど、どうでもよかった。ありえない、だってもうあれから何年たった?彼女であるはずがない。

「・・・・ある?」

彼女が、アメリカが使う人名を呼んだ。こみあげる激情の渦を抑えきれなかった。立ち上がっていたアメリカよりも低い位置にある顔を両手ではさみこんだ。触れた体温。肌の感触。覚えている。全部が、彼女そのもので。
ずっと会いたかった。彼女に告げられた別れは一方的で、少しも納得できなかった。卒業と同時に彼女の足取りは完全につかめなくなった。
なんで、とか。どうして、とか。あらゆる疑問を棚上げして、アメリカはその薄い唇に吸い寄せられ、キスをしようとして−ーひっぱたかれた。ほわっつはぷん?なにが起きた?事態が把握できない。
これは夢か、映画か。アメリカのお気に入りのテーマパーク映画なら、ここでキスしてハッピーエンド。エバーアフター。二人は幸せに暮らしましたとさ、でしめるところのはずだ。

「あわわわ、春さん、貴方もしや、」
「菊!菊!!私用事ができたから帰る!」
「敬語とれちゃってますよ?!」

公私混同は避けるべしとかなり徹底した呼び名すらも戻ってしまっているから相当慌てている。

「うう、頭がくらくらする」
「わああああああ?!」

アメリカが一撃から何とか立ち上がろうとしたところに二撃目が繰り出された。反対側のほっぺも赤く染まった。





***




――196X年、アメリカ。

『最初から卒業まで、って決めてたんだ』

月面着陸に夢中で、NASAに入り浸っていた。ただの学生としてしか自己紹介はしていないからNASAにいるなんて勿論言えない。国家的プロジェクトに国人たるミスター・アメリカがいないなんてありえない。結果として、ろくに恋人と連絡も取れない日々が続いていた。彼女は彼女で卒業前の追い込みもあったし、進路(これについては彼女はかたくなに口を閉ざしていた)のことでも考えることがあるからと連絡がつかない恋人を寛大に許してくれているのだと思っていた。
人類にとって偉大なる一歩が刻まれた夜、月にウサギはいなかったのかぁと彼女は酷く残念そうだった。ずっと長いことそう信じていたのだと言う口ぶりが、珍しくも幼くてアメリカはすぐさま抱きしめに行きたくなっていた。

『アル、月見てる?』
「見てるよ!」

勿論リアルタイム映像だ。

『月、綺麗だね』
「ん?そうだね!」

日本人は月が好きなのだという話を彼女がしてくれるのを聞きながら、その日は結局朝までずるずると通話していた。ベッドの上で心地よい疲労感と達成感、それから彼女の柔らかな声が電話口から漏れ聞こえて。アメリカは幸せだった。
全部の跡片付けをして、久しぶりに部屋に帰ったアメリカを待っていたのは一通の手紙。部屋にはアメリカの持ち物以外のすべてが片付けられていて、ポストには彼女の使っていた鍵が投げ込まれていた。

――ごめん、アル。さようなら。
アルのおかげで、アメリカのことが好きになれた。
素敵な時間をありがとう。

ずっと後になってから「月が綺麗ですね」が遠回しな日本語の「愛している」なのだと知った。なんで。愛してるなら、傍にいてほしかった。永遠になんて言わない。もう少し、もう少しくらい。人の子の人生はあっという間で、自分の『もう少し』とは比べ物にならない。わかっていた。彼女の幸せを思うならいつか終わらせなきゃいけなかった。自分が終わらせるものだとばかり思っていたから、突き付けられた別れがうまく消化できなかったのかもしれない。
ちゃんとお別れをしたいから、なんて言い訳にしてこっそりCIAの友人に捜索してもらったことだってある。けれど彼女は見つからなかった。エージェントたちは揃って「そんな名前の日本人は存在しなかった」という。そんなまさか。彼女はいた。まちがいなく。
写真は魂が吸われるから嫌いなのだ、なんて真顔でジョークを言う彼女とは一枚を除いて撮っていなかったせいで、ますます『アメリカさんが童貞こじらせてイマジナリーガールフレンドつくったらしい』なんて不名誉な噂まで一時期は流れかけた始末だ。ちゃんと訂正したうえで黙らせたが、しばらくやけに生暖かい目であちこちから見られて針のむしろだったうえにやたらと上司にそういう店に連れて行かれて酷い迷惑だった。まだ別れてない。アメリカはそういう認識だったから不貞行為を働くなんてまったくもってありえない。かたくなに、アメリカは彼女を探していた。
けれど、十年二十年が過ぎ、三十年過ぎた頃。あの当時アメリカの情熱を応援してくれた官邸の友人たちの髪色も白くなり出した頃に、アメリカは彼女のくれたいくつかのプレゼントを一つの段ボールに詰め込んで、倉庫にしまいこんだ。彼らを見ながら、彼女の上にも同じだけ降り積もった時間を思った。おばあちゃんになったってきっと可愛い。みたい。会いたい。抱きしめたい。ああ、まだこんなに愛している。段ボールにぼとりと水滴がおちたのを乱暴にぬぐった。
二人で暮らした部屋は長らくそのまま借り続けていたけれど、建物の老朽化とかで数年ほど前に取り壊された。よく一緒に行ったベンダーも代が変わっているし、お気に入りのジャズバーは移転してしまった。
どんどん時間は流れて行って、二人で過ごした痕跡が少しずつ薄れていって、次第にアメリカも彼女のことを思い出さなくなっていった。











――20XX年、アメリカ。


「君、もしかして国だったのかい?」

赤くなった頬に冷やしたタオルをあてながらアメリカは聞いた。納得のいく答えはそれしかない。彼女は入口の方ばかり気にしている。

「違う。むしろアルが国だったの?アメリカ?冗談きつい・・・・」
「それはこっちの台詞だぞ!?君、あんな置手紙一つで!」
「だって仕方ないでしょ?!区切りつけなきゃいつまでだってズルズル一緒にいちゃうし!卒業前にもっと一緒にいたかったけど、アルは、何か他のことに夢中だったみたいだから・・・・・もう、飽きたのかなと思ってた。ほかにいい感じの子がいたのかなって」
「アポロ計画が忙しかったんだよ!!NASAに缶詰だったのに浮気できるわけない!」
「知らないよ!私の知ってる《アルフレッド》はただの学生だったんだよ?!」
「ていうか君、少しも年取ってないじゃないか!」
「こっちにもこっちの事情があるの!」
「じゃあ、言うけどおれは納得してないよ。別れたつもりらしいけどさ君は!」
「別れたんだよ!」
「やだ!認めないんだぞ」
「これだからアメリカ人は!!――いや『アメリカ』なんだから当たり前か。超大国様様だね」

皮肉っぽく彼女はそっぽを向きながら言い捨てた。日本がコホんと咳払いをした。

「でも、私が馬鹿だった。聞いてたのになちゃんと」

彼女の視線の先にいたのはイギリスだった。あまりの展開に酔いもぬけはじめているようだった。

「サーがしてた可愛い可愛いおれのアメリカトーク。」
「ぶほっ」

飲みなおそうと口に運んでいたウィスキーをイギリスは噴出した。

「特徴は一致してたのに・・・気づけよって話ですね」
「・・・・・待て、俺、そんな話したか?え?まじで?いやいや、してねー、よな?」
「我が家の秘蔵のお酒でべろべろに酔ってましたよサー」
「・・・・いつごろのはなしだ?」
「日本が英国と同盟結んだころでしょうそりゃ。ウキウキでしたよねサー。あの頃くらいが我々としても平穏でよかった」

酷く親し気な口ぶりだった。用意された席についた彼女はあれから一度だってちゃんとアメリカを正面から見ないくせに、イギリスのことは別らしい。日英同盟。極東の、ちっぽけな島国と、あの大英帝国が同盟を結んだ!その話題は当時世界でもかなりセンセーショナルに受け止められた。それが1900年代の初めのころである。

「あいつら、最近見ねーけど元気にしてんのか?」
「みんな山奥にひきこもってるけど、元気にしてますよ。かなり、数は減りましたけどね」
「で、あの、だな、お前まじで付き合ってたのか?その、アメリカと」
「・・・・・・・・」

彼女が口をつぐんだ。世間話にはのっても、アメリカの話にはのってこない。

「私が付き合ってたのは『アルフレッド・F・ジョーンズ』っていうNYの学生で、国の化身の『アメリカ』じゃあないです」
「同一人物だよ!」
「違う。全然違うよ――いえ違いますよ合衆国殿」

嫌いな呼ばれ方だった。イギリスも気づいた。これはアメリカが独立してしばらくかたくなだったイギリスがよくした呼び方だった。

「やめてくれよ、そんな呼び方」
「そういうわけには。私なぞ日本国の単なる秘書にすぎません。そうだ、仕事に来たんでした。祖国、明日のスケジュール変更についでですが一つ飛行機の便を遅らせることに。オリンピックの招致で協力いただいた方とのランチが一件入りましたので」

くるりと風向きを変えて、さっさと立ち去ろうとする彼女の手を攫んで引きずり戻す。乱暴な動作に非難するような目を向けられたけれど、これくらい別に普通だ。アメリカは彼女と取っ組み合いのけんかだってしたことがある。彼女は細くて小さいけれど、見た目に反してとても強くて頑丈だ。それが、アメリカを安心して一緒にいられた要因の一つだった。

「春」
「ここでやりあうつもりですか?私は、反撃いたしませんよ。先ほどの無礼は誠に申し訳ありませんでした。訴えられてもおかしくない・・・・平にご容赦いただけますと幸いですが」
「春ッ!!」

揺らがない、凪のような目だ。感情を極限までに削いだ表情。そんなものでごまかすなんて許すわけがない。アメリカは口元をゆがめながら、いまだこの身の内にこんな激情がくすぶっていたことに驚いていた。淡い初恋。それが、長い時間身の内でぐるぐるとめぐり続けて歪になっていた。

「君が何者かはこの際どうでもいいよ」
「それは結構ですね」
「言っておくけど、」

ぐ、っと顔を近づけた。黒曜石の瞳。日本と同じ、けれど彼女の色だ。遠い日に、何度も覗き込んだ黒。

「君がおれと同じように年をとらないんだったら、勝負は俺の勝ちに決まってるんだから無駄なことはやめた方がいい」
「なんのことです」
「俺は諦めるのが大嫌いなんだ」

イギリスが、アメリカの建国記念日に贈り物をしてくれるのにかかった年月。それに比べればまだまだあの別れの日から数十年しかたっていない。長期戦?望むところだ。

「・・・サーは子育ての仕方を間違えてますよね」
「うるせー、ほっとけ」
「『おれの天使!輝ける星!』」
「まじ俺それ言ったか?!嘘だろ?!」
「ぶふー!坊ちゃん酔って、んなこと語ってんの?だっさー」とフランスが茶々をいれた。

「ともかく!私はこれで失礼いたします!」
「もうちょい面白話してかない?アルフレッド少年との出会いとか〜、眉毛との関係とか?」
「ムシュー・フランス、面白い話なんてありませんよ」
「ちょっと!俺と話しなよ!!」
「超大国とお話なんて恐れ多くて無理ですほんと。祖国ー、連絡はしましたんで。私はもう寝ます」
「明日、ちゃんと逃げずに出勤してくださいね」
「・・・・・・やだなぁ、そんな、まさか、働きますよそりゃ」
「目が泳いでますよ」
「春ってば!逃がさないぞ俺は!」
「しつこい男は嫌われますよミスタ」
「君は『粘り強いのはアルのいいとこだよね。そういうとこ好きだよ』って言った」
「その話をお続けになる場合、これまで固く口を閉ざしてきましたが致し方ありませんね。かつて酔った貴方が『おれを育ててくれた人の話なんだけど』から始まる今ならわかる『俺のだいすきなイギリス』トークを披露することになりますが」
「は?!」
「待て、くわしく!その話くわしく!」
「イギリスは黙ってなよ!ほらね!認めるってことだろソレは!」
「あれは俺がまだちびだったころなんだけど、彼のことが俺は大好きで」
「わああああああああああ」
「オイ!アメリカうるせぇぞ」
「言ってない!言ってないんだぞそんなこと!捏造だ!」
アメリカとイギリスが言い合う隙をついて、春がするりとアメリカのそばから抜け出した。あっという間の動きに「ブラボー」とフランスが拍手した。どこまでも観客気分らしい。

「では、皆様おやすみなさいませ」

日本式のお辞儀をきっちり決めて、彼女はすたこらと逃げ出した。







back