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はつ恋


First love is only a little foolishness and a lot of curiosity.
ーー初恋とは少しばかりの愚かさと、あり余る好奇心のことだ。
(バーナード・ショー)






恋ってのものを、実はちゃんとしたことがなかった。
これを言うと欧州のおっさん連中が図に乗って演説を始めるからあまり口には出さない。
前へ前へ、まだ知らぬ未来へ。アメリカという国は忙しすぎた。
世界には問題ごとが山のようにあったし、宇宙進出だってソ連との競争で鬼気迫るものがあった。
いろんなことに目移りしているやんちゃな少年を、かわいいとは思っても恋する相手にするには幼すぎると思われていたのはふがいないけれども事実だろう。歴代の秘書官で優秀な女性のうち幾人かには「最初は若くたくましい祖国に恋をするけれど、次第にやんちゃな弟の姉のような気持ちになってしまう」と脱弟を掲げて独立したアメリカとしてはなんとも言えない評価を下されている。

ーー君が好きみたいだ。

告白としたらなんとも曖昧だ。みたいだ、なんて。好きだ、と断定するにはよく知らない子だった。良く知らないのに、何故告白が口をついて出たのか、まったくもって自分でも驚きだった。この心の動きについては明確な答えがない。
なんでだろう?と頭を抱えていると、フランスには「まぁ、恋ってそんなもんだし」と頭をなでられた。お前に春が来たとはね、と。
日本からは「泣かせたら切腹です」などという結構怖い警告をもらっている。
当の恋人にいたっては「恋愛映画がハリウッドで流行ってたからでしょう」なんて分析をしている始末だ。そんなに流行っていただろうか?自分の好みとしてはいつだってアクションやSFが好きなのだけれど。

「実は私、アナキンよりオビワン派なんですよ」

至極真面目な顔をして彼女は言う。絶対パドメは男の趣味が良くないと断言する。アメリカにおけるSF史で三本の指に入る映画を例えに持ち出す。
どういうたとえなのか本気でちょっとわからなくて首をひねる。彼女が言うには俺は「闇堕ちルートを回避してジェダイオーダーを我が物にしたアナキン・スカイウォーカー」であるらしい。そしてそのマスタージェダイたるオビワンのポジションがイギリスだ。

「やめてくれよ!好きな映画なのに見返しずらくなったじゃないか!!ちっとも似てないよ!!」
「見返しずらいなと思うくらいには共通点があったでしょう」
「・・・・・・そ、れは、」

幼い自分から愛情を持って育てられ、強大な力を持った少年。長じて後に師匠に反抗。
ラストの戦闘は今見たら絶対に独立戦争時代の自分たちを思い出してしまう気がした。かっこいい戦闘シーンがお気に入りだったのに!いくつかの台詞がどうにも我が身に突き刺さる。恋人に解けない呪いをかけられた気分だった。

「・・・・つまり君はイギリスが好きなのかい」

ぶすくれて言うと、彼女は笑った。

「ですね。すごくタイプです」なんてあっさりと肯定するのだから恋人として俺はむくれる権利があると思う。
「不貞は許さないんだぞ!!あと、俺はハン・ソロ派だし!」
「じゃあ、私は頑張ってチューバッカポジ狙っていきますね」
「そこはレイア姫って言うところだろう!?」

恋人よりも相棒がいいなんてどうなのか。

「I Know」
「〜〜ッ、君、すぐそうやって誤魔化す!」

愛してる、と言うと「知ってたさ」と答える男。それがハン・ソロだ。かっこいいじゃないか。でもその台詞は俺の方が言いたいんだ!!にっこりと笑う恋人のほっぺたをつっついた。趣味が唯一あうのは映画だから、二人のデートで一番多いのは映画鑑賞だ。それからご飯を食べて、映画の感想をあーだこーだと言い合って、ホテル。お決まりのルート。
イギリスみたいなのがタイプだなんて言われたのは、それなり恋人としてはショックだったから完璧なイギリス流デートコースを再現してみせたことだってあるけれど、あんまり評判はよくなかった。なんでだい?こういうのがお好みなんじゃないのかい?
少しばかり困ったように笑う。好み通りに恋ができれば世の中、恋愛におけるもめごとなんてなくなるんですよ、なんてしたり顔で言われた。
年数でいえば俺の方が遙かに長生きしているはずなのに、どうにも年下の恋人のように扱われてしまうのはなんともしがたい。彼女には3人の弟がいるそうだから、お姉ちゃん属性が強すぎるのだ。




世界会議の休憩時間「初恋からはえらく違うところへ着地しましたよねえ」と日本がしゃべっている。相手は彼女で、声をかけようとした俺はぴたりと足を止めた。初恋。彼女の。

「また、その話するんですか祖国?!やめてくださいよ・・・・初恋と青春が黒歴史みたいな扱いになっちゃうじゃないですか。あれは私の美しい思い出の一ページなんですから茶化さないでください」

「初恋は実らないものなんですかねぇ。新刊はそれで行きましょうか」

「年下彼氏ものはどうしたんですか祖国!唐突な路線変更はファンも驚きますよ!?」

「年下彼氏とうまくいっていないところに、初恋の人が現れるってベタですけど萌えません?」

「萌えますけど」

「焼け木杭には火が付き易いですしね」

「私、今の恋人に燃やしつくされてるんでそんな余暇に興じれませんよ」

「おや、お熱い」

くすくすと日本が笑う。彼女の初恋が誰か、気になって腹の底がむかむかしたから、なんだかほのぼのした二人の会話には割り込んでいけない。おれの初恋は、多分彼女のような気がするのに、向こうは違うなんてあんまりだ。

「貴方の恋はいつでも難儀なお相手で、爺はちょっと心配です」

おじいちゃんと孫はほのぼの笑いあっているけれど、俺はちっとも笑えない。むかむかする。おれの何百分の一も生きてないあの子の初恋が俺じゃないんだろう。そんな短い時間の中でだれを好きになったというのか。美しい思い出なんてうっとりと紡ぐ口を今すぐ塞いでしまいたい。

「アメリカさんで最後の予定です」
「若者たちの恋は爺には眩しい・・・でもですよ、もし本当にあの方が貴方に別れ話を切り出したときは新しい恋のお相手くらい幾らでも見繕ってきてあげますからね」

日本が酷い。これ以上は黙って聞いていられなくて「やぁ!二人とも早いね!」と会話に割って入った。切り替えの早い日本人は、さっきまでの会話なんて何にもなかったですよって顔をする。
――アメリカさんで最後の予定です。
おれで最後?ほんとに?日本なら、もっと彼女にぴったりの誰かを見つけてしまえるのでは?
国と、国民なんてうまくいきっこないのでは?

「ねぇ」

いつも通りの笑顔で俺は「別れようか」と彼女に告げた。
日本が眉をひそめた。彼女はぱちくり、と目を瞬かせて、それだけだ。

「これ、九回目ですよ」
「ね、返事は?」
「・・・・・アメリカさん、何か機嫌悪いんですか?」
「ねぇ」
「私は、アメリカさんが好きなので別れたくありません」
「そう」

彼女のカウントでは九度目らしい別れ話はそれだけだ。彼女は俺が好き。別れたくない。
終わってしまった恋とは違う。終わらせたくないと思ってくれている。質の悪い確認作業だ。さっきまでのモヤモヤが少し減る。まっすぐに彼女の黒い瞳が俺を見ている。唐突に別れ話をした男を、一心に。

「君は俺のこと大好きなんだな!」
「じゃあこの別れ話はなかったということで」
「ヒーローはヒロインの言うがままだからね!」
「わー、さすがヒーローアメリカさんですねー」

そそくさとスマホを取り出した彼女を日本が「こら」と叱る。

「会議中はソシャゲ禁止同盟でしょう」
「だって祖国、傷心は二次元に癒してもらうしか・・・・今なら可哀そうな私のことを哀れんだガチャの神がSSR引かせてくれるかもしれない・・・・」
「だ、め、で、す。癒しは恋人にお願いしなさい」
「ん?今は何のガチャやってるんだい?」
「今はですねー」

いつも通りの会話が始まって、日本が横でため息をついている。彼女はもう何でもなかったみたいに今やっているソシャゲのイベントについて嬉々として語っている。

「アメリカさん」と会議後に日本に声をかけられた時、これはまずいなあとは思った。別れ話を彼の前でしたのは自分のミスだ。つい口をついて出ていたのをひどく後悔した。
彼女の上司である彼が、頻繁にされる別れ話のことをよく思っていないのはわかっていたのに。案の定、しつこく釘をさされることになった。勿論、自分の落ち度だからちゃんと甘んじて最後まで全部聞いた。恋人の気持ちを試すような真似を繰り返してはいけませんと、口を酸っぱくして言われる。イギリスが保護者面して割って入ってきて「あの子はいい子だ、お前にはもったいねー」と褒めそやす。保護者面して入ってくるなら、もっと元弟を褒めて援護射撃して欲しい。
あまつさえ「9回も裏切られたら絶対俺は二度と顔あわせねーし」なんていう。何に重ねているんだよ。その話なら軽く100年は冷たく無視した癖に。100年も無視されていたら彼女は国じゃないんだから、すなわち永遠のお別れだ。

「お子ちゃまを甘やかしすぎなんだよ」とはフランスの意見だ。確か4度目あたりの別れ話を目撃された。珍しくも冷たい視線で、最大級の軽蔑を向けられたと思う。独立戦争の時だってあんな顔はしなかったくせに。時折、彼女をフランスのパーティーに誘うようなったのがそのあたり。俺がパーティーに突撃して、ダンスを楽しんでた彼女を攫って行ったから二度目はないと思ったのに、しつこくお誘いをまだかけているらしい。フランスが選りすぐった将来有望株の、彼女と年のころ合いがぴったりの相手ばかりを招いているパーティーは、体のいいお見合いだ。俺だって彼女とまだダンスしたことがなかったのに、よその男と楽し気に踊るのを見たときの俺の気持ちを少しは考えてほしい。
皆がみんなして彼女の肩をもつ。お前が悪い。その通りだ。俺が悪い。わかってる。わかってるけど。



九度目の別れ話をした直後の会議を、なんとか終わらせてすぐに彼女を捕まえようと慌てて書類を鞄に詰め込む。彼女はイギリスの秘書官と親し気に会話しているから、すぐさま邪魔してやりたい。あの二人はちょっと親しすぎると思うのだ。「お似合いやんなぁ?」とニマニマこちらを煽るように言うスペインのことはとりあえず無視した。次の会議ではこてんぱんにするんだぞ、とだけは心に誓った。
腹が立つのは、その煽り文句を否定しきれないからだ。お似合いだよ、ほんとにね。

「お腹がすいたんだぞ!いつまで仕事してるんだい君達!」

するとすかさず、彼女が鞄から日本のお菓子を取り出して「各種取り揃えてますよお客様」なんてニンマリ言う。イギリスの秘書官はおやおやなんて顔で笑っている。
「そこはお客様じゃなくて『ダーリン』って言ってくれなきゃハニー」
「失礼・・・・つい数時間前に別れ話されかけてまだ傷心中なんです、私なんかがダーリンなんて呼んでよいものかと・・・」
「うっ、それは全然問題ないんだぞ」
「どれにしますかダーリン」
「おすすめは?」
「この時期の限定品ありますよ。あと、こっちの苺のやつが新商品なんです!」

こんなお菓子が彼女の鞄に常備されているのだって俺のためだ。日本はそんなにたくさん食べないし、自国のお菓子を他国に来てまで食べる必要なんてない。彼女だって「お菓子の食べ過ぎはダイエットの敵なんで」というのが信条だ。溢れんばかりのお菓子は全部俺の為。もしも別れてたら、このお菓子はどうなってただろう。誰かほかの人の胃におさまった?それこそ、親しい同僚に?

「ぜーんぶ貰う!」
「だと思いました」

ふふふ、と彼女は笑う。嬉しそう。けど、やっぱりちょっとつかみどころがないのは、彼女の上司とそっくりだ。日本人の本音は中々みえない。
お菓子を抱えた彼女の頬を両手で包み込んで、鼻筋にキスをすると、顔が真っ赤になる。
可愛い。やっぱり俺は彼女がまだ好きみたいで、別れ話をさらりと彼女が流してくれたことに安堵した。ちらりと顔を伺うと視線を少しそらして「明日は休暇なんです」と告げてくれる。
たまらなくなって、両腕を今度は彼女の腰に回す。彼女は小さいからがっちりとホールドしてしまうと、ちょっと足が浮く。つま先だちであわあわあたりを気にしてる。もう誰もいやしない。呆れた周囲はさっさと退室してくれていた。

「・・・・・あのさ、さっきのソシャゲのガチャ、回す?」首筋に頭をすりつけながらおずおずと申し出る。ポケット何枚も入れている林檎印のカード。仕事中はソシャゲ禁止!と自らを戒める日本に付き合う彼女だが、もう日本もドイツたちと食事に行っているはずだ。「あはは、いいですね〜」とふにゃりとした返事。
そそくさとポケットからそれを出すと、きょとんとした彼女が「課金は自分でするのがガチャの神髄なんですよ」と真面目腐って言う。
今日はそういう気分らしい。欲に負けるとこれで割と釣れるのにな。そういうのが顔に出てたのか、彼女はちょっと口を真一文字に引き結んだ。

「ダメですよ、女性相手にお金で物事解決しちゃ」
「だって、君はバラの花束貰うより、この林檎のカード出した瞬間のが嬉しそうなんだぞ」

恋人のぱっと花開くような笑顔が見たいな、と思って買ったのだ。それは彼女が俺のためにお菓子を用意してくれるのと同じ、だと思う。

「うぐ」
「一枚だけ一枚だけ。俺が回したげる」

ガチャの引きがいいのは、日本のお墨付きだ。

「だからさ、お目当て引けたらご褒美くれるかい?」
「引けなくったって、私はいつでも恋人にはなんだってあげますよ」

手をつないで、俺のフラットに向かう。
結局、その日はお目当てのキャラは手に入れられなかった。林檎のカードはナイトテーブルの上に置きっぱなし。
二人してベッドの上で盛り上がって、じゃれついて、くたくたになった彼女が零時をまわったところで「しまった・・・・ガチャ昨日までだった」と一言だけうめくように言ったのが、ちょっと可笑しかった。

俺にばかり甘い恋人を、どうやったらもっと甘やかせるのか。
わからない。彼女は上手に流れるように俺を甘やかす。ママが欲しかったわけじゃないのだ。
伝わっているだろうか。うまくいかない。
何せほんとに、これが自分にとっての初めての恋だと思うから。

――初恋からはえらく違うところへ着地しましたよねえ。

日本の言葉がちらついた。彼女の初恋の相手なら、もっと彼女は甘えれたのか。
嫌な想像を蹴散らすように、腕の中の彼女をぎゅうと抱きしめて眠った。









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