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Manhattan Dream


「別れよう」と、恋人に言われることに慣れてしまうというのはどうなのか。
これで通算何度目かになる別れ話を珍しくも深刻な顔をした相手を眺めながら私はかみしめた。慣れてしまった、が辛くないわけではない。にしても、こういうふいに見せる憂いのある表情は、この人の顔の丹精さを際立たせるのが何とも腹立たしい。普段とのギャップも相まって、一層人を惹きつける。あたりをさっと見渡しても、周囲に人は見当たらない。それにほっと安堵する。この顔を見たら絶対誰だってキュンとしてしまう。罪作りな恋人だ。

「・・・・ねえ、ちゃんと聞いてるかい?」

拗ねたような声音もかわいい。

「きみ、ちゃんと聞いてないだろう」
「聞いてますよ、別れ話でしたよね通算8度目。末広がりでいい感じです。知ってますかミスター・アメリカ?八って漢字で書くとですね、」
「いや、知らないけど、8度目?え?まだ、そんな、3回、いやこないだ話たし4回くらいじゃ」

指折り数えだすデリカシーの無さときたら全くなんで自分はこの人を好きなんだろうと思いたくなる。酷い。自分が別れ話をした回数くらいきっちりきっかり覚えていてほしい。その回数の分だけ、私の心がずたずたに裂かれて血を流しているというのに。

「『別れたい』んですか」
「・・・・・・・俺は、その、その方がいいんじゃないかと思っただけなんだぞ」
「『別れよう』だと少しあいまいです。英語の方がいいですか?日本語だとニュアンスが難しいですかね」

ミスター・アメリカはぐっと黙り込んだ。多弁なこの人が、こうして黙り込んでしまうのはこの別れ話におけるお決まりみたいなものだ。彼は言う。君が嫌いなわけじゃない。自分は君が好きだ。大好きだ。けれど別れよう。別れた方が君のためだと思う。このあたりのことを彼のことを割りに溺愛するイギリスさんに酒席でもてなしがてら披露するとバカ受けする。さんざっぱら元弟の不器用さを笑ったあとで、それからパブで一番いいお酒をごちそうしてくださるのは、おそらく元兄としての慰めだとかフォローだとか、そんな感じだ。

「私、アメリカさんが好きなんですよ。好きあってる二人がいて、なんで別れる必要があるんですか。もしかして私が日本国の秘書官だからってスパイ活動を疑われてますか?」

「そんなことないよ!でも、」

「でももへちまもありません。ノーセンキューです。私は貴方が好きです。貴方が私を嫌いになったら、その時はおっしゃってください。別れます」

ここで嘘でも嫌いと言ってくれればいいのに、と思わなくもない。この人はずるい。いや、人と形容するのも悩ましいが。なにせ彼は、大英帝国の粗野なる長男とも揶揄された《アメリカ合衆国》。人ならざる国の化身なのだ。
翻って私はといえば、同じく国の化身たる《日本国》の秘書官を務めている一般人だ。身分違いを責められて、君には彼の横はふさわしくないという誹りを受けるのはしようがない。

「・・・・・・・・俺は正義のヒーローなんだから、正しいことをしなきゃいけないんだぞ」

尻すぼみの台詞を鼻で笑ってしまった。しまった、失敗した。アメリカさんはあからさまにショックですという顔になる。
「さすがアメリカ合衆国」と言うべきところだった。笑ってしまってはどうしようもない。

「好きですよアメリカさん」

うなだれた彼の頬にそっと口づけた。可愛いなぁこの人は。
両手をとって、じっと美しい碧眼をのぞき込む。宝石みたいに輝くブルーアイズが戸惑いで揺れる。

「空気を読むのが日本人は得意なんじゃなかったっけ」
「空気を読まないやり方を恋人を見て覚えたんですよ」

空気を読んで、おとなしく引き下がって別れろと?まっぴらごめんだ。だって好きなのだ。私はこの人が。彼が。むしろ空気の裏の裏の裏まで読んでいる。彼が別れようというときは、決まって私が同世代の異性と親しくなる時だ。新しく入った新人職員につきっきりでいたのが今回の別れ話のトリガーなのは明白だ。
原因が分かっているから、あまり動揺はない。そりゃあ、最初のころは泣いた。号泣だ。次に言われたときは倒れた。現実を直視できなくなるくらいには、私は彼が大好きなのだ。
三度目、四度目と繰り返しだすと、痛みのこらえ方にも手慣れてきてしまったが。



「なんだ、またやってんのかお前ら」

通りすがりで声をかけてくれたのは、イギリスさんだ。呆れたような顔で、元弟に「レディを傷つけるなばか」と叱責をしてくれた。もっと言ってやってください。ほんと。

「今夜、慰めてやろうか?」
「今夜はマウリッツォさんと飲みなんですよ」
「おいおい、うちの秘書引き抜くのだけは勘弁してくれよ?」

マウリッツォさんはイギリスさんの秘書官である。年も近く、勤め始めた時期が近かったことから同期のようにつるんでいる。秘書官はそう長勤めをする人間がいないので、ベテランとして残っている自分たちは珍しい部類だ。

「引き抜くだなんてそんなまさかぁ。まぁお互い、定年まで勤めあげて独身だったら熟年結婚しよーねって約束してるくらいです。お墓は日本と英国とどっちがいいかな・・・・日本は葬儀費用たっかいんですよね」
「は?」
「宗教上どーなんだお前んとこ」
「我が家ゆるゆるですからねー。日本人で宗教こだわりちゃんとある人ってすくないですし。うちは弟たち三人いるから私が墓守る必要もないんで緩いですかね。あ、でもマウリッツォさんはイタリアの選択肢もあるのか」

墓に一緒に入る、というのは日本だけだったか。海外ではどうなんだったかな?と考えていると、攫んでいたアメリカさんが体を固くするのが分かった。情熱的に言えば、死んだら大好きな恋人の大地に葬って欲しいなとも思うがこれを言うのはあまりにも酷なのでさすがに口にはしない。彼の国民でもないのに、それはいささか図々しすぎるという自覚もある。

「い、いいいいいまの、浮気の告白かい?!」
「別れるならまぁ問題ないですよね」
「まだ別れてない!」
「ですよね。なので恋人がいる私は現状、普通に職場が同じ友人とごはんに行くだけです。というわけでイギリスさん、今晩はあんまり派手な飲み方しすぎないでくださいね」
「いや普通に飲んでるだけだぞ毎回」
「騒ぎが起こって後始末に駆り出されるとこっちの食事も切り上げなんですよ?前回の会議のあとの会食での恨みは忘れてません」
「それについては悪かった」
「今回はちょっといいレストランなんでほんと頼みますよ?ノーモア海賊大戦争・・・・」

大海賊時代を過ごした元国同士が、酔いすぎてバーを修羅場に変えた夜はまだ記憶に新しい。
アメリカさんが何やらもの言いたげに私を睨んでいるけれど、彼だってその飲み会には出席の予定なのだ。フリーの時間、友人と友好を深めるのに文句は言われたくない。

「どこ?」
「こないだミシュランに載った三ツ星レストランなんですよ!なんとマウリッツォさんの伝手で予約がねじ込めたらしくって!!今週の忙しさはそれを楽しみに乗り切りました・・・・楽しみ」

店名を告げると、さすがイギリスさんは一度行ったことのある店らしく「いい店だぞ」とお墨付きをくださった。ますます楽しみだ。

「君がパブじゃないなんて珍しい」
「デートにはうってつけの店でな」
「え、イギリスさんそういう相手がいらしたんですか?」

メモ帳をかまえて食いぎみに尋ねた。この手の話題は祖国の次なるコミケのネタを求められたときに非情に有用である。

「そん時は残念ながら、うちの大使の娘さんのエスコート役」

スマートにエスコートするイギリスさんが目に浮かんだ。きっと娘さんは目をハートにして「いつかサー・イングランドのお嫁さんになりたい」なんて胸をときめかせたに違いない。
サーはご丁寧にドレスコードの心配までしてくださった。勿論、国の秘書官なので、最低限の正装の持ち合わせはある。いつものか、と聞かれてうなずくとイギリスさんは「せっかくだからおめかししろよ〜」と囃し立てる。マイフェアレディでも見たのだろうか。この方は割りにああいうのがお好きだ。
彼の最愛のイライザが、むっつりと頬を膨らませている。

「恋人がいるのにデートなんて不誠実だ!」
「実はここ予約だけなら前もしたんですよ。三か月前に予約できてウキウキで恋人誘ったんです。三か月前に」

にーっこりと笑って言う。アメリカさんは脳内のカレンダーをめくっているらしい。三か月前。
やれやれ、とイギリスさんが肩をすくめている。元弟の恋愛事情なんてものを見せてしまっているのが申し訳なくなる。

「あ」

気まずげに視線がそらされた。三か月前、私は七度目の別れ話をされた。
もちろん、めげずに私は「NO」を告げたし、別れ話は立ち消えた。けれど、とてもじゃないけれど、デートに行ける心境にはなれなかった。泣く泣く、その日はフランスさんに予約した席をお譲りしたのだ。

「聞いていないよ?!」と恋人は悲鳴をあげている。

「あのなぁアメリカ、お前もうちょい恋人に対してちゃんとしろよ。俺の教育方針を疑われる」

「恋愛指南なんて受けてない!」

「じゃあ今教えてやる。ステップ1、レディを泣かせるな」

「泣かせてない!」

「そこんとこどうだ?」

「涙も枯れはてましたね」

遠い目をする。まったく、泣いていたら勝負にならない。
若い国家であるアメリカさんは、老国家にからかわれて顔を真っ赤にした。それでも私よりはるかに年上のはずなのだけれど、末っ子気質の彼は、お姉ちゃん属性の私としてはやっぱり可愛い年下のように見えてしまう時がある。

「好みとしたら真面目な年上が好きなんでマウリッツォさんどストライクんのはずなんですけどね・・・・」

「アメリカ少しもかすってないな」

「ねえ?」

「君たち俺を虐めるときに足並みそろえすぎなんだぞ!」

「アメリカさんが私のこと虐めるからですよ?別れたいなんて、傷つきます」

「うううう」

「撤回してくださいます?」

「・・・・・」

「撤回してくださるなら、恋人の我がまま聞きますよ?よその男とレストランデートなんか行くなって言ってくださるなら、おとなしくホテルに直帰します」

「甘やかさなくていいぞ?せっかくのディナー楽しんでこいって」

いい店なのに、とイギリスさんが言う。実際いいながらもちょっと惜しいなとは思っている。行きたい。すごく楽しみにしていたので。でも、恋人が。大好きな恋人が嫌だなって思うなら行かなくたってちっともかまわない。

「・・・・・・」
「アメリカさん」

前回の別れ話からまだたった三か月だ。前回うやむやに流してあいまいにしていたのが良くなかったのだ。だからこんな早々に八度目の別れ話がやってきてしまった。慣れても、哀しいし、つらい。ちゃんと今度は言質が欲しい。

「・・・・・OK、俺の負け・・・・撤回するよ!だから行っちゃいやなんだぞ!」

なんだかいじめっ子のようだが、私は悪くない。
アメリカさんの言葉に、心からほっとする。よかったまだ、手を離したくないと思ってくれている。

「おや、仲直りできたみたいですね」
「マウリッツォ〜、お前もうちょい強気でいけよ」
「祖国の弟さんから恋人寝取るのはちょっと・・・」

ぐいっとアメリカさんが私を抱き寄せた。
まるで牽制しているみたいに。キュンとした。その胸のときめきメーターの跳ね上がりを正確に読み取った英国秘書官さまは、あからさまにヤレヤレという顔をした。

「ジェニー誘ったら?」
「空いてますかね彼女のスケジュールが」
「その店なら仕事なきゃ他の予定蹴ってでもOKだすと思う」
「ちょっと!今度は俺の秘書官かい?!」
「ジェニー、今彼氏ちゃんといますよ」
「恋人がいるのに!!」

どうにも潔癖な、肉体年齢としては未だティーンエイジャーであるミスター・アメリカは叫んだ。
彼は私よりもはるかに長くを生きているけれど、国としてはまだまだ若い。その若さが、言動に滲んでいるのが可愛いなぁと思う恋人としての自分と、それゆえに恐ろしいなぁと思う秘書官としての自分がいる。
別れ際にそっと渡された彼の部屋のルームキーをそっと握りしめる。まだ待っていていいと、言ってもらえたことに安堵する。この恋において、本当のところ私に決定権なんて無いに等しい。彼が私の手を離すと、ほんとうに本気で決めてしまったら、そうしたら。きっと言葉を交わすことだってなくなってしまう。雲の上の人。渡された部屋は、ホテルの最上階のスウィートルームだ。超大国アメリカその人が泊まるにふさわしい部屋。尻込みして逃げ帰った付き合い始めの日々から、心境はそう変わっていない。
分不相応な恋だ。
まるでハリウッドの陳腐なロマンス映画を演じているような気分になるときさえある。それは酷く自虐的な気分だ。自分がもっと魅力的な美人であれば話は別だが、よくこの人は私を恋人にしているなぁ目が悪いのでは?眼鏡の度があっていないのでは?とたまに本気で心配になる。二人してデートしていると、周囲の視線が「釣り合ってないな」みたいに品定めしているのを、ちゃんと知っている。空気を読むというスキルを発動させる気のない彼はちっとも気づいていないけれど。
マンハッタンの一流ホテルのメイドさんと、スウィートルームに泊まる上客の恋愛映画だって、メイドさんがとびきりの美人だから誰もが納得のときめきがあるのだ。もしかたらそんなことが、アメリカでならあるのかもしれない。
地味なスーツをきた仕事人間の女を、彼の横に置いておくのはいかにも勿体ない。ハリウッド女優だってきっと彼に恋をする。

――きみが好きみたいなんだ。

セントラルパークのベンチで仕事のスケジュール管理をしながらテイクアウトのコーヒーを飲んでいた。うろちょろするリスをついうっかり追いかけまわしていると、リスじゃなくてミスター・アメリカをつかまえてしまった。なんでだ。
今もってよくわからない。可愛い、胸キュン!素敵だ!と思っていたけれど、萌えを追求するのがクールジャパン。一部日本人の嗜みみたいなものだ。
多分、アメリカでロマンス映画が流行ってたりしたのだ。はしかみたいに、彼はそれに浮かされていて、ちょうどいいところに転がっていた手近で身元がはっきりとしていて、無意識のうちにもこれが破綻したって問題ない相手を選んだのだ。私はそう判断した。超大陸の無意識。なんて恐ろしい。なんて高慢。
半ば意地のように「わたしもです」なんて返した。それが最初だ。すぐに飽きるのだろうと思った。その時はそれなりに慰謝料ふんだくってやろうなんて打算もした。
なのにこんなにも長く続いている。近頃はヒーロー映画がハリウッドでは流行りだし、女性の自立が叫ばれる昨今だから守られているだけのヒロインとのメロドラマなんて流行らない。正義感に満ちた「別れよう」発言はそのあたりが影響しているに違いない。
困ったことに、意地で始めた恋に自分の方が抜け出せなくなっている。好みじゃないのに。ちっとも。趣味も大部分はあわない。にぎやかなパーティーピーポーはぶっちゃけてしまえば嫌いだ。スポーツマンとは水と油。にぎやかなパーティーよりも、静かなお茶会の方が好きだ。
日本国の化身は長らく秘書官を置かずに、自分一人で身の回りを片付けていた。それがどういう星の巡りがあったのか、秘書官を置いてみようという話になり、ちょうど大学を出たばかりだった自分が面接を突破した。栄えある第一号秘書官。この時点でかなり人生の幸運を使い切ったなと思ったものだ。もとより秘書官がいなかったせいもあり、どこか秘書官のいる国に研修に赴きシステムを円滑に導入することになった。貴方が選んでいいですよ、という恐れ多すぎるお言葉に甘えて私はとある会議の見学を許された。熱い夏の日だ。あれも確かマンハッタンだった。
喧々囂々の会議、秘書官たちは国のサポートを影のように円滑に行う。とはいえ、かなり通常の上司部下よりも会話がフランクだったりするのは意外だった。
最初の候補はやはり同盟国のアメリカで、次いでイギリスだった。私がイギリスを選んだ時は、かなり驚かれた。初対面で「それで秘書官やるつもりか?」と上から下までサー・イングランドに品定めをされた結果いわれた一言はかなりグサリと刺さった。くそハイソサエティのお貴族様が。という下品な一言はきちんと飲み込んだ。ぐっとこらえはしたが、くやしさのあまりに涙も滲みかけたのはまったく国家の一大プロジェクトに選ばれた身としては情けないとしかいいようがない。なんで私を祖国は選んだのか。もっと優秀な人もいたというのに。言い過ぎだぞイギリス!とかばってくれたのはアメリカさんだが、別にだからといって彼に好意を抱いたわけでもない。
むしろかばわれればかばわれるだけ、くやしさは増した。黙っててほしかった。超大国アメリカ。どれだけ適当な恰好をしていたって、ゆるぎない。シェーク片手にしていたって。
「英国で」と祖国にお願いしたときは、彼は少しほほ笑んでいた。遠い昔に、英国に渡った若者たちがいましてね、と昔話もしてくださった。その日のうちに日本でも指折りの老舗テーラーに駆け込んで仕事用のスーツを何着かあつらえた。とんでもない額になったが、このままで英国に行けば間違いなくサヴィル・ローに一番初めにぶちこまれるのは目に見えていた。他国を敵視するつもりはない。でも最初だから。メイドインジャパンで行きたかった。今は割合好きなものを好きなように来ている。何事も最初と言うのはこだわりすぎてしまうのだ。
実際、研修は厳しかったが水はあった。紅茶も好きだし、何より園芸も手芸も好きだった。同じ小さな島国だからかもしれないし、祖国の話してくれた遠い日の先輩たちのことを思い出したサー・イングランドが途中からかなり親身になってくださった。
ともかく、ミスター・アメリカとどうして急転直下でこんなことになったのかはわからない。



つらつら考えているうちに、本日の業務が滞りなくすべて終了した。渡されたキーカードを使って豪華なスウィートルームに入る。それなりに仕立てのいいスーツでも、ここではかすむ。

――別れよう。

言われた台詞を反芻する。付き合い始めたばかりのころはいつだって、そういわれたときの返し方を用意していた。
『もう飽きたんですかヤング・アメリカ』なんて揶揄してやるつもりだった。
百万ドルの夜景とでも呼べそうな窓の向こうをぼんやりと眺める。
彼のテリトリーにいるといつでも、奇妙な気分だ。素晴らしいドレスを着ているのに、玩具の指輪を耽溺している。ちぐはぐだ。
幾らするのか考えるのも恐ろしい調度品のソファに陣取り、ファストフード店のフライドポテトをつまんでいるのもちぐはぐ。スマホにジェニーから「素敵なディナーありがと」とメールが入っていた。ああ、勿体ないことした。

「・・・・・やっぱ行っとけばよかった」

こぼれた愚痴をまさか誰かが拾い上げるなんて思わなかった。

「それは許可できないんだぞ」

後ろから伸びてきた指先が、フライドポテトを数本奪い去っていくのにつられて後ろを振り返る。ご機嫌そうにジャンクフードを頬張ったアメリカさんが立っていた。

「おかえりなさいアメリカさん」

ただいま、と隣にどっかり彼が腰をおろす。

「これ、夕飯だからあげませんよ」
「わお!最高じゃないか俺の大好物ばっかりだ」
「・・・・・」

綺麗に髪をなでつけて、いつになくフォーマルな装いだ。

「いいお店だったみたいですね今日」
「ちゃんとお土産もあるよ?」
「え」

つげられた店名に額に手を当てた。OMG。神様お許しください。
一流レストランの会食で、お持ち帰りをしてきたらしい。私のために。絶対後日イギリスさんにこの話をされるに違いない。祖国はきっと苦笑している。豪華なお食事、たまにタッパーにつめて持って帰りたくなるんですよね、なんて祖国と言いあうジョークをよもや実践する人がいるなんて!

「まだあったかいよ」

にっこりとヒーローが笑う。私はマナー鬼たる、イギリス先生の顔を頭の中からひとまず追い出した。
袋から取り出した幾つかの食事は、持ち帰り用に詰められてなお宝石のように輝いている。宝石みたいな食事と、ジャンクフードが無造作にデスクに並んでいる。にしても量が多い。フルコースのテイクアウトでもしたみたいだ。

「美味しかったの全部持って帰ってきた」
「イギリスさん、渋い顔してたでしょう」

せっかく頭の中から追い出したのに、またすぐ目に浮かんだ。

「レディを泣かせないために必要なんだって言ったら、フランス人のシェフは張り切ってくれたから大丈夫」

ちらり、と青い目がこちらを伺っている。きっと今夜の予定をダメにしたのを気にしているのだ。

「予約のとれないレストランより珍しいものが食べれてラッキーですね」

「・・・・・・まだ怒ってる?」

私はNoが言える日本人である。違う。怒ってない。伝わらないものだなぁともどかしい。
ちっともうまくいかない。それがよくこんなに長く恋人をしていられるものだ。

「恋人に別れ話を持ち出されて傷ついてるんです」

傷ついて、とげとげした気持ちになって。ついあてこすりのように嫌味をいって八つ当たりをした。

「私は、貴方のことが好きだから」

最初は意地で、嘘だった。こまったことに、嘘が真になってしまった。

「・・・・・・ごめん」

「聞きたいのは謝罪じゃないです」

アメリカさんの持つ愛情は、どこかイギリスさんと似ている。きっと彼からもらったものが核だからだ。愛情を与えられて彼は大きくなった。そして独立した。好きなだけではどうにもならない。好きでも手を離すべきときがある。彼は固く信じている。
そうして緩やかな友情を手に入れようとしているのは、寿命なんてもののない国の化身であるがゆえのずるさだった。
テイクアウトのカトラリーにしては立派すぎる銀のフォークを床に放り投げる。アメリカさんの大きな手が頬に添えられ、私はそっと目を閉じた。
柔らかなキスが瞼にふってくる。

「君のことが好きみたいだ」

はじめての告白と同じセリフを囁いた。それが聞ければ、もう満足だった。まだ彼が私を好きみたいなら。それでいい。
眦に、耳元に、鼻筋に。請うようなキスをするのがおかしい。彼はとても潔癖で、繊細な愛し方をする。
別れ話はしばらく聞きたくない。フランスさんのように愛を語って欲しいわけではない。スウィートホテルの夜景でも、最高級レストランのディナーでも、薔薇の花束でもなくて。ただ、不器用に、そう告げてくれるだけでとびきり私は幸せになれるのだと、早く気づいてくれたらいいのにと願いながら、キスをして、彼がくれたものの全部放り投げてソファの上で彼自身を受け取った。








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