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沖つ白波、敷栲の夜 4


一日のうち、多くの時間を慶にいる陽子に送るための書類を書くことに費やすようになった。100年分の知識を少しでもわかりやすく、日本の文字で書く。だがそればかりではいけない。こちらの文字になれるためには、数をこなすよりほかにない。それでも王として、長い長い時間を生きる陽子のためにとっかかりくらいは作っておいてあげたかった。

「随分と熱心だな」

合間合間に尚隆が邪魔をしにやってくる。

「丁度いいから、海客向けの本も作ってしまおうと思って。こちらにきても、心細くないように、ガイドブックを作ろうとは前々から思ってたの」

陽子の話を聞いたが、随分と酷い目にあったらしかった。他国のことに手を出しては大綱にもとる。だから口は出せない。ならばせめて、各国にガイドラインのようなものがあればいいと思ったのだ。延王のお供である程度の国には行ったことがあった。海客や胎果の扱いはほんとうに国ごとで随分と違う。

「もう、じかんがないだろう」

時間。
尚隆の言うことはもっともだった。まとめて、本にしても。それを各国に配布するために各国にかけあっていくには時間がかかる。

「・・・・そうだね」

「でも書くのか。難儀な奴だ。中途半端に手を出しておいて放り出したらどやされるぞ」

なんてことはない風に尚隆は会話を続ける。
あの日。国に戻って以来。尚隆は少し手を伸ばせば届く絶妙な距離にいた。でも、一度だってそこから手を伸ばしてはくれない。過剰ともいえるほどの距離の近いスキンシップがゼロになった。気に入っていたものを手放す準備をしているようで、それがむしょうに寂しくてしょうがない。帰る。それだけを考えて過ごしてきた。それが大前提だった。
尚隆が一度随分と気持ちを膿んでいたときだって「私を返してくれるまでちゃんと王でいて」とひっぱたいた。
帰るのが前提の関係だった。

そうしていざその時が来ようとして、迷っている。
尚隆は何も言わない。
きちんとお前が選べと、その目が言っている。

「海客のための学校とか、十二の国のどこに流れ着いてもまず最初はそこに行けば最低限の生活のすべをおしえてもらえるところを作ったらどうかな」

「おおごとだな」

「うん」

「奏あたりは乗りそうだが、財政に余裕がない国は渋い顔をするだろう。海客があまりこない国もある。よそ者への手厚い加護は民草の反感も少なからずある」

「そっちも時間、かかりそうだよね」

陽子は大使館のようなものがあれば、と言っていた。どれも、あちらにはあったものだ。感覚として、陽子の言いたいことは花にはよくわかった。
やりたいこと、やってみたいことが後からあとから湧いてくる。ここで、やりたいこと。それを指折り数え上げて、言い訳しようとしている自分がみっともなかった。違うだろう、と心の中で自分が自分を笑っている。
お綺麗な建前じゃない。本音の部分は。


(いくな、ここにいろって言ってほしい)


それだけだ。
尚隆のその一言を待っている。うぬぼれているな、と思った。それくらいには必要とされていると思っている。
まったくもって度し難い話だった。陽子の招きで慶を訪れることになったのは、そんなころだった。




***



雲海をゆけば行き来はたやすいけれど、せっかくだから道々で国の様子を歩きながら見ていこうと言うと、三長官全員が反対した。一人の供もつけずに徒歩などとてもではないが許可できない。延からの正式な使節団を組もうなどと言い出すから、今度はそれに春が反対した。それでは少しも民の様子をこっそり見る、なんてできなくなってしまう。

尚隆があつらえてくれた馬車と、幾人かのお供の人で、ゆるゆるとしたいいところのお嬢さんの物見遊山、という雰囲気で慶を見て回ることになった。当然、泊まる宿も安全面を重視したお高い宿だ。こうなるといっそ申し訳なくなってしまった。おとなしく雲海を行けばこんな余計な面倒を増やさずにすんだ。とはいえ、いつでも尚隆のようにふらふらどこにいるかもわからないような放浪をされるよりもよっぽど官は気が休まるのですからと力説されてしまっては春としてはどうしようもない。彼らが主の悪癖をため息交じりに甘受しているのを見ているから、せめて自分くらいはきちんということを聞くべきだろうと素直にうなづくことにした。

「どうにもきな臭いようですねぇ」

と、供の一人である蘇芳が言った。普段から、各国の様子を見て回る役目を賜っている

「あれ?どうしました?」

馬車が止まり、首をかしげる。外に出てみると道のわきで馬車が横転していた。

「お困りですか?」

声をかける。振り返った人を見て、どこかで見たような気もしたけれどすぐには答えが出なかった。

「・・・・・・あなたは、」

「旅のものですよ。あー、これはまずいですよね。じきに日も暮れるし、向こうの空に黒い雲が迫ってる。一雨来ますよ」

馬車の主らしき男は膝まづく。そのしぐさの美しさに、目をみはり、それからすぐに「立ってください!」と告げた。これはまずいかもしれないのでは?と隣で蘇芳が胡乱な顔をしている。


「お気遣いは有難いですが、大事ありません。先を急いでいらっしゃるようだ」

「・・・・」

黒い雲が間近に迫っている。それを仰ぎ見ながら、さてどうしたものかと考え込んだ。
結局その人を馬車に乗せ、宿まで連れていった。慶の様子を教えていただきたいのだなんだと言い含めた。
乱がおさまってからしばらくしてその人が慶王のそば近くに控えていたものだから、何とも奇妙な縁があったものだと感心してしまった。天の配剤。奏の風来坊太子がよくよくこの言葉を口にしていた。







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