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Love means never having to say you’re sorry.


(愛とは決して後悔しないこと)



私の恋人は、裏家業の人間である。
名前をスティーヴン・A・スターフェイズという。恋人、というものにまさかなるとは思っていなかった相手だ。普通の事務職である地味女の私の横に並んで歩くのが不自然なほどの色男で、表向きは善良な会社員だ。誰もに羨ましがられる最高の恋人。ただし、時折スーツがずたぼろだったり、シャツに誰のかもわからないような返り血がついてたり、どこの女のものともしれぬ香水の香りをさせていたりする。裏家業はいつ何が起こってもおかしくないから、デートのドタキャンも星の数ほど。待ちぼうけを食わされたのは一度や二度じゃあきかない。

今日だって最高のホテルで、ディナーを予約してくれていたけれどそこでぽつねんと食事を一人でしている。周囲の視線が痛い。食事なんてせずに帰ればいいなんていう人もいるかもしれないが、だってここのディナーは1年先まで予約でいっぱいの人気ぶりなのだ。もったいないことできるはずもない。一人でだって食べる。一人の食事は味がしないなんて殊勝なことを言っていたら彼とは付き合っていられない。今日のディナーだって以前のドタキャンの埋め合わせのはずだったのだ。楽しまなくては損というものだ。

食事をして、彼が予約してくれていた部屋に泊まった。ベッドの上に薔薇の花束がおいてあった。気障だなぁ。

薔薇は好きだ。帰ったらどの花瓶に生けようかと算段する。埋め合わせに花を贈られることも多いから我が家はいつの間にか花瓶だらけだ。

彼はいつも私に謝る。何度も何度もなきそうな顔をしていることもある。私の腰に鼻先をうずめて、長い腕をぎゅうぎゅうとすがるように回して抱きしめて。

彼の”ごめん”がちょっとずつエスカレートしている気がした。今回のごめんはもう予約してあるから、と押し切られたけど。こんな高級で予約だって一苦労のレストランなんて分不相応だ。彼が時計を忘れた日に、貸して欲しいといわれて自分の時計を貸した。帰ってきたときにはそれが元の時計の何倍もする高級ブランドの時計に変わっていた。仕事中に壊してしまったから新しいのを用意した、と言われた。

花束だって最初はささやかなブーケだったのに、いまや何かのイベント用かと見まごうほどの大きさだ。

辛そうだし、大変そうだし、最近はずっと眉間にしわがよっている。会ってもろくに会話する間もなくベッドへと連れ込まれてしまう。何かに追い立てられているみたいに、急いている。

大丈夫なんだろうか?こんな情緒不安定で裏家業のほうに影響出たりしないのか。振り回されているのは私のはずなのに、ふりまわしている側のスティーブンのほうが憔悴している。

心配だった。だから少しだけ会う回数を減らそうと言った。心配だったから。大事なことなので二度言った。私に会うために寝る間も惜しんでいるみたいだった。危ない仕事の最中に何かあったらどうするんだ。合う回数が減ったとしても、私は彼に元気で笑っていて欲しいし、もっといえば生きていて欲しい。恋人に”生きててほしい”のが最大の願いだなんて我ながらとんでもない恋をしているなと思う。

繰り返すが心配だっただけなのだ。

なのに、スティーブンはそれこそこの世の終わりみたいな顔をする。「嫌だ。絶対に嫌だ。別れない」別れる?そんな話はしていない。私はただ、そんな顔ばかりをさせたくないだけだ。なのに、うまくいかない。

合う回数を減らそうと提案したのに、結果としては以前より顔を会わせる日が増えた。相変わらず、彼はくたくただ。どうにか彼の負担が減らないかと考えた結果、いつのまにか同棲することに同意させられていた。

仕事に行く、帰ってくるとヴぇデットさんの美味しい夕飯が待っていて、それを美味しくいただいた。とりあげられてしまった私のアパートの鍵を今夜こそは返してもらおうと彼の帰りを待つ。一番いいのは夕食時、ヴぇデットさんもいるときの帰宅だ。第三者の存在は彼を少しだけ正常に近づけてくれる。だというのに、最近は図ったように私がうとうとしはじめた深夜に狙い済まして帰ってくる。話がしたいのに、夢うつつの私はスティーブンの突然のキスに思考を溶かされてしまう。キスして、めちゃくちゃに抱かれて気絶するまで許してもらえない。最後に彼とぴロートークしたのはいつだっけ?もう思い出せないくらい前の気がする。くたくたの身体で朝目を覚ますと、隣はもうもぬけの殻だ。また話せなかった。
その、繰り返し。
これは非常によろしくない。なんだかとても爛れた関係すぎる。わたしはスティーブンのスーツ姿がこの上なく好きで、いつまでだって見ていられるなぁと常々思っているのに、最近彼を思い出そうとすると大好きなスーツ姿がうまく出てこない。彼の引き締まった体躯と、滲む汗、真っ赤な刻印。ベッドの上の彼ばかり思い出してしまうから、たまに職場でフリーズしてしまう。

「ちょっと距離を置いたほうが、」

いいんじゃないかな、とは続けられなかった。氷の刃が私の横に突き刺さった。やった本人が一番驚いているもんだから私が驚く機会を逃してしまった。無意識だったらしい。氷と、私と、自分の足元を順番に見て、顔から表情の抜け落ちた連続殺人鬼みたいな顔した恋人が「ごめん、今のもう一回、言って、くれるかな」
いや、言えるわけがないよね。同じ事を繰り返したら“殺してしまうかもしれない”とスティーブンの目が言っている。愛がヘビー級だよダーリン。どうしたらいいのか。長年恋愛に関してはライト級でやってきた私には何がベストなのかさっぱりわからない。
視線の先にある部屋唯一の扉が凍りついた。逃げ場はない。凍りついたのは扉だけじゃない、スティーブンもだ。瞬きひとつしない。

「あのねスティーブン、」
「……なんだい」

かすれた声。このごろこんな押し殺したような声ばかり聞いている。私は彼の声が好きだ。こういう声もキライじゃない。けど。

「お願いがあるんだけども」
「嫌だ」

即答か。いかん、凍り付いていたスティーブンの手が不穏な動きを始めている。これはまたいつものパターンだ。

「話しよう?」
「今、してるだろ」
「その、…やらしいことぬきで」
「……こういうのが嫌い?それとも、俺に触られるのが嫌になった?」

嫌いじゃないし、嫌じゃないから困っているのだ。

「最近明るいとこでスティーブンの顔、見てな、い。んんっ、ちょっと、ん、まって!キス禁止!」
「嫌だ」
「ん、ぁ、ちょっと、」

禁止だと言っているのに!

「キス、好きだろ?」とスティーブンはちっとも話を聞いてくれない。「スティーブン」と息もたえだえに呼ぶ。さえぎるように唇がふってくる。
キスして、セックスして、また夜が明ける。くたくたの身体にいつ付けられたのかももう分からないくらいたくさんのキスマークが散っているのを確認してがっくりと肩を落とした。じわりと痛みがある腕を見れば、盛大な噛み痕までできていて、めまいがする。
ベッドサイドに『Sorry』と走り書きしたメモが残っている。ごめん。これって何への謝罪だろう。私の話を聞かないことへの?嫌だっていったのに抱いたこと?気絶するまで好き勝手したこと?噛み痕のこと?いやまぁ全部ひっくるめてのSorry、なんだろうけれど。
ひとことだけのメモをそっと鞄にしまいこむ。もうこれで何枚目の“ごめん”なのかもわからない。寝起きまで一緒に過ごせることが少ない彼が、いつだったか初めてくれたメモは謝罪じゃなくたわいない日常の会話だった。“明日19時に”とか“コーヒーがきれてるよ”とか“いってきます”だとか、“君におはようがいえなくて残念”なんてのもあった。彼に貰うささいなめもを大事に大事にしまって、彼に会えないときに眺めては寂しいのを我慢していた頃もあった。いまや見直す隙もないくらいに一緒だし、いつこっそりしまっているメモの束が彼に見つかってしまうかとひやひやしている。
走り書きの“ごめん”をなぞった。

そしてまた、私は会社に行って仕事をし、帰宅してヴェデットさんの食事に舌鼓みをうち、めったに帰ってこない恋人のベッドで眠る。



「やっぱりまずいと思うの」
「何が」
「セックスしないと落ち着かない体にされてしまった」
「……おい、のろけならよそでやってくれ」

恥をしのんで昔馴染みのダニエルに相談したら鼻で笑われた。あまつさえ奴は「逮捕して欲しくなったら言えよ」なんて言う。いやいや、逮捕って。ダニエルはヘルサレムズ・ロットのおまわりさんである。

「裏家業のやばい奴なんだろ」
「まぁ、多分。おそらく。めいびー」

というか確実に。何しているかはしらないが、やばい道の人であるのは確かだ。

「お前なぁ、変なのをひっかけてまわるのいい加減やめろよ?」
「へ、変なのって失礼な!ダニーのそのコートのがださくて変だし!」
「そういう台詞はその腕についてる盛大な噛み痕、治ってから言え」
「……」

治りかけるはしからまた彼が、スティーブンが上書きするのだから完治するはずもない。




恋人、だと思っている。彼に会えるのが嬉しい。けれど。
彼はまるで“ごめん”と“愛している”をインプットされ壊れたように繰り返し続けるセックスマシーンになってしまった。愛の言葉は嬉しい。セックスもまぁ、その、嫌いじゃない。……嘘です、好きです。
不満があるとすればたったひとつ。行為の最中に繰り返される“ごめん”だ。今、私の中で苦手なワードランキングを作れば間違いなくTOP3に入ってくる勢いだ。ごめんってなんだ。意味がわからない。
ごめん、すまない、わるかった。とにかくもう謝罪は聞きたくなくて「次から謝るたびに、その回数だけ外泊します」と宣言した。
ちょっとしたワードゲームだ。もちろんスティーブンは嫌だと言った。もう半ば自分でも無意識のうちに口をついてしまっている言葉のようで制御できないままに口にして、私が外泊することを彼は恐れているようだった。

「外泊ってどこに?」
「私の部屋です」

まだ部屋は引き払ってない。

「ほんとに?」
「それ以外のどこに行くってんですか?」
「……」

スティーブンの赤銅の瞳がじっと私を見つめている。まるで何かを探るような目におかしくなる。この人はいつだって騙し騙される裏の世界の人なんだなぁとしみじみ感じるのはこういう時かもしれない。普段はちょっと面倒なくらい手のかかる、我侭な恋人なんだけれども。
笑ったのが不満だったのか、むっと彼が眉をよせた。可愛い。私は騙したりなんかしないのに。

「わかった」

何かを思いついたような顔だ。

「かわりに僕の条件も飲んでくれるかい?」

ぎゅう、と私の腕を握るスティーブンの力が強まって「痛いよ」と抗議すれば「ごめん」と言いかけた彼が一瞬言葉を飲み込んだ。瞬間また拘束が強まって「痛いってば」とスティーブンのほっぺたを私もつねりかえした。口を開いて、閉じて、開いて「君が好きすぎて力加減を間違えるんだ」と言い訳した。どうにも私を外泊させたくないらしい。

「スティーブンの条件って?」

話を戻した。転んでもタダでは起きない恋人は私にも禁止ワードを設定した。
“イヤ”と“大キライ”と“さよなら”
不穏な言葉の羅列だ。言ったら全力で言った回数の倍犯すから、って冗談めかして言っているつもりかもしれないが目が笑ってませんよマイダーリン。
とりあえず“イヤ”はイヤだと、拒否した。ではさっそく、とばかりにのしかかってくる恋人のさっきとは反対側のほっぺをつねる。イヤは禁止無理なのは近頃どこでもさかってくる恋人が悪い。イヤ、とダメが禁止されたら私は社会生活を営めない。不服そうに彼が喉を鳴らす。仕方ない、とばかりにそれは禁止ワードから除外された。
しかし、私は繰り返される“ごめん”がイヤでこのゲームを持ちかけたというのに、スティーブンが設定した禁止ワードのチョイスはなんなんだろうか。私は“大嫌い”だとか“さよなら”を繰り返した覚えはないし、その二言なんてわざわざ禁止しなくても別れ話にでもならない限り、私は言わないのに。
他の言葉じゃなくていいの?と聞いた。でも、スティーブンはそれがいい、というのだ。これは絶対に別れ話なんてしないという遠まわしな意思表示なのだろうか。まわりくどすぎるだろう。そもそも、私はスティーブンのことが好きだ。そりゃあ、いつか素敵な香水の持ち主さんに「貴方はもうお役ごめんよ」って言われて「今までありがとう」ってスティーブンに言われて私が振られる夢ならいくらでも見たことがあるけれど。逆?いやないない。

「いつまでにする?」

ゲームならば期限がいる。しばらく口癖みたいになっている“ごめん”を言わなければ、そのうちゲームをしていなくても大丈夫になるはずだし、そもそも罰ゲームを実行するのもされるのも実は結構めんどくさいな、とか考えている。私だって外泊がそんなにしたいわけでもないのだ。ただ、スティーブンに効果のある罰は物理的に距離を置くことのようなのでそれを選択しただけだ。スティーブンの家にすっかり馴染んでいるから今更自分の部屋に戻っても他人の部屋のように違和感を感じてしまいそうなのは目に見えている。

「死ぬまで」

わーお。重い!勿論口には出さないが。
さすが裏社会の人は言うことが違うな、とまたしても一般人の私は感心した。

「でも、ごめんっていえないと不便じゃない?」
「言わなきゃ君は永遠に外泊しないんだろ?だから言わない」
「うーん」
「君も言わないよな」
「私の罰と、スティーブンの罰の天秤が釣り合ってないような」
「そんなことないさ」
「そ、そうかな」
「そうだよ」
「スティーブンはさ、」

スティーブンが息を呑む。あ、またキスされそう。慌てて手を伸ばして彼の口に手のひらを押し付けた。

「私のこと、大好きだよねぇ」

目を細めた彼が何を今さら、とばかりに押し付けられた手のひらに苛立ちまぎれに「愛してるんだよ」と言った。なんでわからないんだ、とその目が言っている。

「へへ」

照れる。
釣り合ってないのは、しようがないのかもしれない。だってスティーブンはかっこいい。わからない、なんでこの人こんなに私を好きでいてくれるんだろ。かっこいいし、時たま見せる幼い拗ね方は可愛いし、そのギャップだってたまらない。こんな素敵な人を、世の女の人たちが放っておくはずも無い。
好きだなぁと思う。ヘビー級の愛におし潰されそうではあるけれども。

「わたしも愛しちゃってます」

言ってまた恥ずかしい。何言っているのだか!愛している、を言うのが死ぬほど様になる色男に、私みたいなちんちくりんが愛を囁く現状に顔が真っ赤になる。

「多分、死んでも化けて出そうだなってくらいにスティーブンのこと愛してるんですよ」
「まさか。君はさっさと天国でバカンスを楽しんで僕のことなんて忘れちまう」
「天国行ってそう?」
「似合いそうだ」
「スティーブンは?」

僕が天国行きの切符を持ってるように見えるかい?なんて自嘲する。

「寂しいんですか」
「寂しいね。地獄で待っててくれるかい?」

地獄行きを確信している恋人ってどうなんだろう。多分、ダニエルに言ったらめっちゃ反対されるだろう。あれは案外心配性の過保護な男なのだ。だから今後も詳しい話はしないでおこう。うっかりスティーブンが逮捕されたら困る。

「いや天国いくけど」

私は善良な一般市民だし。酷い恋人だ、と詰られた。

「地獄まで迎えに行ってあげますよ」

嬉しそうに、スティーブンの顔がゆるむ。喜んでるけど、信じてはないって顔。どうにも、私の愛はうまくスティーブンに伝わってない。好きなのに。いつだってスティーブンは私に“置いていかれる”と思っているふしがあるのだ。


釣り合ってない。釣り合ってないのが、多分わたしたちの“恋”なのだ。
釣り合わないけど、釣り合わないなりに、二人で恋をする。
押したり、押されたりしつつ。



「げ、私辛いの嫌いなんだけど、も、」

注文したのと違う配達ミスのピザのせいで、うっかり禁句を言ってしまって鬼の首でもとったみたいな笑顔の恋人にピザよりも先に美味しくいただかれてしまった。


私の恋人は、裏家業の人間である。
名前をスティーヴン・A・スターフェイズという。恋人、というものにまさかなるとは思っていなかった相手だ。普通の事務職である地味女の私の横に並んで歩くのが不自然なほどの色男で、表向きは善良な会社員だ。
釣り合ってないね、という人がいるかもしれないし、言われている本人が一番それを自覚している。事実だけれども、釣り合ってないなりに私たちは割りと上手い具合の関係を築いていると私は思っている。
とりあえず、禁止ワードのゲームの罰の釣り合いの取れていなさ加減については協議が早急に必要であるかもしれない。最近ゲームの主旨が変わって、スティーブンはいかにくだらない用件で私に禁止ワードを言わせるかゲームを勝手に始めている。悔しいから私もスティーブンにごめん、と言わせてやりたるという本末転倒の事態に陥っているがが外泊がしたいと思っているわけじゃないので私の罰を変える必要がある。禁止ワード言うたびにキスしますから。どこでも不意打ちで!どうだ困るだろう。私はスティーブンが結構女性関係怪しいのもふんわり知っている。さぞや困るだろうと思いきや、四六時中ごめんごめんと言い出したから、スティーブンはちょっと頭のネジどこかに落としてきたのかもしれない。けど、前のごめんよりもちょっと響きの変わった新しいごめんの響きは、まぁ嫌いじゃない。
と、そこまでダニエルに電話で「何かもっといい罰ゲームないかな?」と相談したのに「爆発しろリア充」と叩き切られた。









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