My Blue Heaven | ナノ
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behind the scenes


舞台はすべて整った。
その裏側を、ひっそりと縫うように彼女は勝手知ったる道をいく。
青い糸を横目に追いかけながら。





***






「なんか面白いことやってんだってー?」
「そうそう結婚式!あの玉狛の実力派エリートとオペの人らしい」
「あれ?その人って太刀川先輩の彼女なんじゃないの?」
「え、城戸司令の愛人だろ」

C級の隊員たちの噂話に口元を緩めた。どうやらすべてうまくいったらしい。オペの制服をきて、幾つかの廊下を曲がる。騒ぎの中心からは離れていくから、どんどんと静けさは増す。この一大イベントは開発室とも絡んでいて、出来栄えをチェックするというお題目で盛大なLIVE上映を敢行していた。
だが、目的はそこにない。勝手知ったる道のりを迷いなく歩き進めていく。この時間、この場所を誰も通らないことを『知っている』ので、問題はない。
ロックのかかっていない部屋にするりと滑りこみ、懐から取り出した一枚の写真をデスクの上にい置きっぱなしになっている本の間へと挟み込んだ。

「――Mission,Complete」

スパイ映画のお約束を小さくつぶやいて、かすかに笑った。
あたりをぐるりと見渡してから、監視用カメラにひらりと手を振った。すぐには誰も見ることはないはずだ。監視システムにはハッキング済みのはずだから、首尾よく自分の痕跡は消されることになる。
もし、万が一のことを考えて走り書きしたメモをカメラにかざしておく。もし、これを復元し再生した人間がいたとしても――いや、この組織は優秀なのをよく知っているからきっといる――問題がないように。

『私は敵じゃない』

それからもう一文。
短いセンテンスだが、彼らにはこれで十分通じるはずだ。ぐしゃりとメモをまるめてポケットに突っ込んで、するりと部屋を出た。




***




監視システムに何ものかがアクセスした形跡が発見されたのは、騒ぎが落ち着いてからだ。ダミーの映像が走らされていたにしても、防衛基地としては遅きに失した。警備の穴がなかったかを検証しながら、侵入者の特定を開発室が任されていた。

「・・・・誰だよコイツ」

廊下の死角を的確に選んで歩いていく。誰だ、と言いながらも、特定の人物の名前がちらついていた。だが、ありえない。ありえないはずだ。見慣れた顔がそこにある。

「・・・・・・八嶋、でしょコレ」と寺島が口にする。
「ばっか!春ちゃんはこの時刻にここにはいねーよ。生中継してたじゃん」

雰囲気が確かに似ている。というか行動解析にかけた結果99.9%、八嶋春であるとはじき出されている。だがそんなことは『ありえない』はずだ。
同時刻に記録された広報用結婚式の映像にも八嶋春は映っている。

「ドッペルゲンガー?実は双子の姉妹がいた?」
「トリガーとか」

容姿を変化させることは、トリオン技術にすれば簡単な部類だ。太刀川を10歳老けさせた換装体を作ったのも記憶に新しい。

「動きをここまで同調させられるか?無理だよ、双子だってここまでシンクロしない」

「あ」

カメラの位置を正確に把握している侵入者が、ひらひらと手を振り、映像の切れる最後の瞬間にメモが映る。

――私は敵じゃない。

それから、


――『"私"には秘密に』


私、とは誰だ。
筆跡にいたっては100%で一致した。これは八嶋春の字だ。

「・・・・・・未来人?」
「タイムリープとか、マルチバースとか、逆行とか」

どれも流行りの映画で取り扱われていた。フィクション、とされるはずのものだ。
「SFかよ」と言いながらも、大規模侵攻を経験した三門市民としては、更には未知の素材トリオンを日夜研究する人間としては笑い飛ばすのは難しい。
「あ」

寺島が侵入者の手元をズームした。粗い画像をクリアにしていく。

「なに?なんか気づいた?」
「ネイル」

八嶋春は大雑把なところもあるが、敬愛する保護者の教えには忠実に従う。細やかなルーティンを自分で決めては繰り返しているのだと口にしていた。
その一つがネイルだ。
12か月で基本カラーを割り振って、更に週ごとに一本ずつ変化をつけて。何とも面倒な話だと呆れたが、未来について真剣に情報を得たいなら、これが割合効果があるという。指先が視界に入らない状況は早々ない、というのがその理由だ。自分の能力だけでなく、視覚情報によっている迅のためというのも大きい。

「寒色だから冬かな」
「色だけか・・・どこのメーカーだとか分析いんの?でもちょいピンクはいってんのな」
「なるべく新発売のものを使うようにするって言ってましたね」
「誰か詳しいやつ呼ぶ?」
「芦花あたりが詳しいかも。コスプレすんのによく使ってるし」

開発室の数少ない女性職員の名前があがる。芦花は一目で答えを出した。「今度新発売のやつでしょソレ。まだ市販はないけど予約始まってるやつ」
ベースは寒色。夜色のダークなものだけれど、少しばかり春の訪れを感じさせる薄ピンクのラメが嫌味ならない程度にあしらわれている。

「ちなみに私も予約した。推しのカラーリングに近いんだよね」
「・・・・・・いつ、発売だって?」
「もうじきじゃない?都会じゃもう出回ってんの?あー、こういう時、三門も田舎だって思うよね」

端末でホームページを芦花が開いた。発売日は、4月9日。
宣伝用のCMが静かなクラシックのメロディと共に流れている。
――また来る春で、貴方に出会う。
宵闇の中に、薄いピンクの桜が咲き乱れる映像は幻想的で、有名女優を器用しているわけでもないけれど嫌に記憶に残ると既にネットでは話題らしいという。芦花もこれを見て購入を即決した。

「・・・・・・偶然、だよな?」

冬島が恐る恐る寺島を見た。4月9日は迅の誕生日である。

「八嶋が言うに」

寺島が言葉を区切る。

「あらゆる偶然は必然につながるって」
「・・・・・・これが、八嶋(仮称)としてだ――本人に、言うなってのはどうなんだ」
「八嶋が言うんなら、そうしといた方がいいんじゃないっすか。まぁ、判断は上がするでしょ俺たちの仕事はここまでですよ」
「自作自演じゃん!春ちゃんプロデュース?でも、俺なんか嫌な予感するんだけど?!」

ハッピーエンドだ。すべては計画通りに進んだし、望んだ結果が得られた。だというのに、何だか冬島はそわそわ落ち着かない。また来る春で、それはまるで一度は別れてしまうような口ぶりの文句ではないか。

「そのネイルって10年くらい前に出てた人気商品のリメイクらしんだけどさー。ネーミングも結構変わってるんだよね――《花に嵐》って。ここのラインは皆、よそとはちょっと違う雰囲気が好きで買ってる層が一定数いる」

花に嵐の例えもあるぞ。
よぎった一篇の続きを冬島がつぶやいた。

「・・・・・・・さよならだけが、人生だ?」

三人は顔を見合わせた。

「ああああああ、まじで!まじで黙っててそれでいいんだよな?!」
「冬島さんボロ出さないでくださいよ」
「無理・・・記憶とばすか・・・・」
「許可でますかね」
「おろしてもらう。無理。俺絶対顔に出る」
「またまたー。結構しれっと空っとぼける癖に冬島さん」
「芦花ちゃん俺をなんだと思ってんの」
「女子高生の犬」
「・・・・・・・」
「間違ってないよね、寺島君」
「ノーコメントで」

データをUSBに落とし込むと寺島はこれで今日の仕事は終わりとばかりに端末の電源を落とした。

「じゃ、報告よろしく冬島さん」
「げ」
「仕事仕事〜」

最年長者に押し付けるとばかりに面倒な上層部への報告をまかされた冬島はぐしゃりと頭をかきまわした。

「恋愛ってのは多少障害があった方が燃えるからほっといたらいいんですよ」

芦花が自分のデスクに戻りながら言う。

「ただし二次元に限る、だろソレ」
「一理ある」と寺島。
「次のコミケのコスプレどうしよっかなー」

芦花はもう興味がないのか、スマホをいじり始めていた。
冬島はUSBを見ながら、今日までの出来事を振り返って、それから腰をかがめて大きくため息をついた。考えていても埒があかないのだ。
少なくとも今は問題ない。あの劇的な結婚式で、めでたくあのもだもだしまくっていた二人はくっついたわけで。それが本人による自作自演だろうがなんだろうが、進展したならそれでよし、めでたしめでたし。完。
これまでにない大規模遠征が間近にあって、冬島だって準備に追われているのだ。これは秘密で、おそらくは八嶋がわかっていればいいだけの話なのだろう。




***





ぜんぶがうまくいったのかは、正直わからない。
まだ途切れていない青い糸を手繰り寄せるように、指先で追いかける。
登る階段はあちこちに草が生えていて、手入れも最低限にしかされていない。かつてはそこを駆け上がった。待っている人がその時はいた。
一段、一段、踏みしめて。3月の冷たい風が頬を撫でた。
古ぼけた赤い神社の鳥居をくぐり抜ける寸前に、振り返る。天気がいいから、遠くまで見渡せた。三門の街を、目を細めて見つめた。
じっと、そのまま足元が根を張ってしまいそうになるのを視界の端で『青』が揺れる。
触れることのできない糸が、自分を呼んでいる。
もう一度、その景色を、街並みを、瞳に焼き付けるように瞬きもせずに一望して、右の手をまっすぐに街並みに伸ばした。太陽に反射したシルバーのリングが薬指に輝いている。伸ばした指先は空をつかみ、そうして何かに別れを告げると彼女はくるりと背をむけ赤い鳥居を一歩潜り抜けた。
強い風が、山のてっぺんから吹き降ろして、あたりの木々を大きく揺らした次の瞬間、もうそこにはだれもいなくなっていた。









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