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07


「春さん、就職おめでとう〜」
「・・・違う」

迅の音頭に突っ込みをいれた。
S級漫才乙、という感想は求めていない。

「S級オペレーター就任祝い」という名の飲み会は断固拒否するといったのに迅に引きずってこられてしまった。

「・・・八嶋春です。S級オペレーターとかいうよくわからない職務押し付けられました。三門市立大学の三回生です」

知らない面々もいるので開始早々自己紹介をするはめになった。合コンだと思って、と前向きな考え方もしてみようとしたが、相手がもれなくボーダー隊員である。
ぱちぱちととりあえずの拍手が送られた。
飲みの席は風間と迅の間である。

「諏訪はランク戦関係で顔見知りだが、木崎あたりは初めてか」
「玉狛にこもりきりだとな」
「21歳メンバーとは就職について切実に語りたいと思っている」

が、木崎を見て望み薄そうだな、と遠い目を一瞬した。
職業軍人じゃないの?と本気で思った。

「就職が既定路線なんだろ?次期幹部候補に躍り出た新人って噂やべーぞ」
「諏訪君、一緒に抵抗しようよ。私の次は君だからね、間違いなく」
「こえーこと言うなよ。第六感の女に言われると震える」
「私はユーイチくんほど視えてないから。ふつうに一般論だから」
「俺たちより東さんだろまず」

話を向けられた黒髪の長髪男性は東春秋。25歳。大学院生だ。

「オペレーター界の東さん、というあだ名が付きつつあるのでゆっくり話してみたかったです」と春は真顔だ。
「やっぱ、就職かわすには院にいくのがいいんですかね」
「ノーコメントで」
「狙われてますよ。東関連で何かあったら最優先で報告するように厳命されました」

フライドポテトにかじりついた。向いの席で東が苦い顔をしている。

「死なばもろともな気分になりつつあります」
「爆破立てこもり引き越しただけあるよなー」
「太刀川君、何で飲み会いるの?レポートは?」
「こないだの戦功でチャラにしてもらえる裏取引を唐沢さんがしてくれた」
「・・・・それでいいのか」
「春さん飲まないの?」
「飲まない」
「飲めないじゃなくて?」
「唐沢さんにはこないだ飲み勝った」

全員がぎょっとした顔をする。

「あの人と、さし飲みしたのかよ?」
「握られた弱みを無しにするには弱みを握り返すしかなかった・・・あれは恐ろしい賭けだった」
「春さんて割とギャンブラーだよね・・・」

迅は隣でオレンジジュースを飲んでいる。

「やると決めたらやるよ。気は、短い方の自覚がある。お酒の席ならうまくいく、って夢で見たからやってみた。けど、実際成功したかは微妙」
「なぜだ?」と既にほろよい加減の風間が言う。
「・・・聞かないほうがいいとか、知らないほうがいいことって世の中にはあるよね・・・。あと朝までラグビーについての講義を受ける羽目になった。今なら日本の全チームについて語れる自信がある。というかわざと酔っぱらって機密を垂れ流すことで、沼に引きずり込まれた可能性に最近気が付いてぞっとしてる」
「お前が残ってくれるなら俺は嬉しいがな」
「ときめいた。うっかり就職の手続きを踏んでしまいそう」

春は割と風間に点が甘い。

「よし、ここにサインを」

横からすっと差し出された書類にうっかり流れでサインしかけて春は凍りついた。

「・・・風間くん酔ってるね」
「そうだね」と迅が相槌をうつ。

手元にある書類は三門市の婚姻届である。

「というか相手の名前がユーイチくんですが。視えてた?ねぇこれ視えてた?私うっかりサインするとこだったよ?」
「惜しい」

読めない笑みで、さらりと迅が言う。

「前途ある若者を売りとばしていくスタイル怖い。もっとユーイチくんは自分を大事にした方がいいと思う」
「春さんならいいかなって」
「・・・・未成年に誘惑されてどうリアクションするのが正解かわからない」
「なに、結婚祝いパーティーにすんのか?」
「太刀川くん黙って餅食べてて」
「迅春、って語呂悪くね?太刀川春にしてやろーか?」
「どっちかと言うと年上が好みなので結構です」

ボーダーだともっぱら年下の方が多いのだが。

「春さんが年上と結婚してる未来はまだ視えてない」

誰となら結婚してる未来が視えるっていうんだ、とはもう聞かずに置いた。
もう酔うしかないな、と断ったけれどビールを追加注文した。



***



にぎやかな飲み会から数日、噂があっという間に広がるボーダーで、一つのうわさが回っていた。
春が寿退職を狙っている、というのがソレである。まだ就職もしてないので寿退職ってなんだよ、と春あたりが聞いたら突っ込むだろうが本人はまだ知るところではない。

噂の始まりはA級の高校生組である。
A級隊室の隣にあるS級隊室はできてしばらくは、いついっても春がいた。ほとんど下宿に戻らず、隊室で生活しているようで、面倒見が割といい春に高校生組は懐いていた。
それが、ここ数日18時になると定時退社の会社員のごとくすっぱり仕事にかたを付けて帰宅していく。
これは怪しい、とトリオン体で後をつけ、カメレオンやバックワームを駆使した追跡が始まった。下宿にまっすぐ帰る。とくに怪しい動きはない。
買物をしにスーパーによるのも、とくに不自然ではない。だが、出水は少し違和感を抱いていた。

(あの人、あんなに食う人だっけ?)

買物袋は一人で食べるにしては多い食材が詰め込まれている。
春の下宿は警戒区域よりは少しはずれていて、そこそこ治安がいいと評判だ。
外付けの階段をのぼっていく。資料によれば(これは本部からの横流しだ)春の家は201号室である。
監視用のスコープを覗きこんでいた米谷は「オイオイ」と半笑いを浮かべつつ、このビッグニュースを果たして上に報告するべきか本気で悩んだ。
出水の疑問は正しかった。
春はさして大食いなわけではない。

(春さん家から男が出てきた)
(すげー親しそう)
(俺たちこれ見てていいのか)

その日はおとなしく撤退した。一応借りてきていた監視用カメラを設置したが、男が朝まで部屋から出てくることはなかったので、そういうことなのだろう。



「こいつやばいっすよ」とはA級2位の冬島隊に属する当真だ。
同じくスナイパーの奈良坂も頷く。モニターに映る男は、数百メートルは離れているモニタをわずかにではあるが補足していた。確かに、まっすぐに、カメラに視線が向けられた。
スナイパー組は震え上がった。
この距離で、トリオン体でもない人間がなぜ気づくのか。

「春さん、まだ微妙にボーダーに警戒心あるよな」
「流される前に無駄な悪あがきだよな〜。上が逃がすわけねーじゃん」

こんなことをしていていいのかA級部隊は、とB級の荒船あたりは思っていたが口は出さないでおいた。映画好きの春は荒船にとってもいい先輩だ。借りている映画のDVDを返す時には何か差入れを買っていこう、と心に決めた。

「上に報告しとくか?」
「どうでるだろうな幹部組」
「こっそり男が消されるに一票」
「金を握らせて春さんを捨てさせるに一票」

ろくでもない会話を高校生たちがしている。

「傷心のところをボーダーの誰かに慰めさせて、ハッピーエンドだな」

ちっともハッピーではない、という突っ込みはもはやボーダーに毒されまくっている人間ばかりなので上がらなかった。
その慰め役は誰がやるんだ、という危険な話題を荒船は華麗にスルーした。



***



「でき婚するとかいうわけのわからない噂を真に受けた忍田本部長に、真剣な顔で「福利厚生はきちんと整備するし育児施設の開設も検討するから残ってほしい」と慰留をされた・・・・でき婚ってなんだろう?恋人もいないのに子供だけできるわけがないと思う」

S級隊室の自分用のデスクでぐったりとしている春に、迅は苦笑した。

「噂に尾ひれがついてるなぁ」
「そもそも最初のうわさが何なのか」
「春さんに彼氏がいるって話でしょ?」
「いないよ」
「ほんとに?」
「いたらボーダーには入ってないと思う」
「そうなの?」
「怪しい組織に出入りせずに青春を謳歌してる。けど私に付き合ってくれる奇特な人ってそうそういないと思う」

声のトーンが落ちたので、オヤと迅は顔をあげた。

「春さん面倒見いいし、もてそうなのに」
「部屋にはあげられないし、秘密は多いし、そもそも突拍子もない行動を理解してもらえないから大抵フラれる。秘密が打ち明けれるかどうかってとこまでいかないんだよね。ユーイチくんとかそういうことない?能力的に他人を自分のテリトリーにはなかなか入れられない・・・」
「未来視で?まぁ、多少はあるかな」
「悪夢見るとすごい形相で魘されるから他人に見られたくないしなー」

では今下宿にいると噂の男にはそうしたところが見せれる、ということだろうか。
迅も何度かそういう場面に遭遇したことがあるけれど、春はあまりそういう時は迅といたがらない。すぐにどこかへ行ってしまう。
じっと、春の未来を視る。まだ、ボーダーを去る未来は視えていない。

「俺は春さんのこと結構好きだけど」
「私もユーイチくんのこと大事だよ」

サインをもらい損ねたのは痛かったかもしれないな、と並行する未来を見比べる。
春は”モガミソーイチ”以外に、これといってボーダーに思い入れが少ない。ボーダーを去る未来は視えていないが、ちらついてはいる。
ボーダー隊員とくっつけてしまえ、という上の思惑は酷い話ではあるが正しい判断だ。
モガミソーイチと接触をすることができる人間をボーダー外部に野放しにする選択は上層部にはない。外部に弱みを握られる危険性はさけるべきだろう。

――業務連絡。S級オペレーター八嶋春隊員、すみやかに2階応接室にお願いします。来客がお待ちです。

「来た!っていうかS級オペレーターって肩書き館内放送で流さなくてもいいのに…内線とかさぁ」
「来客だね。そして肩書認知のためにしばらくは呼び出しは館内放送でって会議で決まったらしいよ」
「視えてた?」
「うん」
「東さん呼んできてもらっていいかな?」
「さっき内部通話で声かけといた」

視えていた。東と、春と、来客者が談笑している。

「あの人だれ?」

視えてはいても、それが誰なのかまではわからない。
春が信頼しきった人物である、というのは表情から読み取れた。

「私が世界で一番優秀な捜査官だと思ってる人。凄腕スナイパー。東さんにさ、参考にした人の名前聞いたんだけど結局は実践で試行錯誤した〜って話きいて。そんなのに聞くより赤井さんに話を聞いてほしいと思ったから呼んでみた。あと三日間の講習を荒船君に受けてほしい」

褒め言葉しか出てこない。荒船の名前は春の口から頻繁にでてくる。
互いに映画好きなので話が合うらしい。

「そりゃすごいね」
「一生勝てない気はしてる。ユーイチくんも来る?FBI捜査官を生で見れるよ」
「じゃあお供しようかな」

さきほどまでげっそりしてデスクに懐いてたのに、心なしか足取りも軽い春の横に迅は陣取った。



***



FBI捜査官の来訪に、割と緊迫感が漂っていた。
城戸司令にちょっと似ていた、とお茶を出した沢村響子は証言した。
ボーダーないの機密保持レベルは高い。些細なことでも国外にもらすことは許されない。
よって接客する人間は相応の立場にいる面々に厳選されていた。

「まさかの展開だった」と迅は言う。
「視えてなかったの?」と春は首をかしげた。
「春さんこれ夢で見たの?」
「東さんと話が合うことは夢に見なくてもわかったから。どーしても会わせて見たかったんだよね!満足!!」

東と、話題になっている春の来客は現在進行形で盛り上がっている。会話がとどまることを知らない。東があんなにも興奮したところを見るのは初めてで、迅は明日は雨だろうかと真剣に心配した。サイドエフェクトでは晴れるはずなのだが、未来と言うやつは気まぐれに変化を繰り返すので油断ならない。

「まぁ東さんがFBIに引き抜きをかけられる可能性が浮上しますが」
「実践に有益な情報交換ができたってことで、トントンかなそれ」
「トリオン体じゃなくても使えると判断したら強奪しにくる可能性はあるからね。赤井さんは東さんより上手の天然人たらしだから」
「春さんの狙いは?」
「これに関しては完全に東さんのため。だって最初のスナイパーが東さんでしょ?みんなが東さんを目指してるけど、正直しんどくないかなって。荒船君は近接戦闘もいける狙撃手のモデルの提示。木崎くんもすごいって聞いてるんだけど、いろんなパターンを知るだけ伸びるタイプっぽいじゃない?あと単純に自慢の幼馴染を見せびらかしてみたかった」

東は25歳だが、戦闘員の中だとかなり年長組に分類される。ボーダー自体が新しい組織で、中堅の職員の数が少ない分、若手に頼りにされている。
本部で顔を合わせる回数が増えるにつけ、大変だろうな、と春は思っていたらしい。
同じく女子高生だらけのオペレーター界で、大学生ゆえの時間の融通がきくため様々な仕事を割り振られ、後輩からの相談を受けるようになってしまっている現状も、東への共感をよんだらしい。

「私が連絡取るとやっぱり角がたつしあらぬ疑惑を抱かれがちで困るんだよね。身内に近い感覚だから。けど東さんなら完全にボーダーの人だし、適切な情報交換ができるって上も安心でしょ。これを機に東さんにも戦闘に関して相談相手ができたら、いずれはそれがボーダーにも反映されるし」
「春さんもボーダーの人だよ」
「そりゃそうだけど、年季が違うし。私も現場で使いまわされてきたけど、やっぱり後方支援型だから東さんの相談相手には不足だなと。私の知る限り最強クラスの現場現役エージェントを召喚した。これはボーダーの上層部に泣いて感謝してもらっていいと思う」

ちらつく未来がある。
アメリカにいて、FBIのジャケットを着ている春の横にいるのは先ほどの捜査官だ。まだ確定されていない、確定率は限りなく低い未来だ。
けれど少しでも選択を間違えれば、そのルートへ未来は進む。絶対に消えない未来なのは、そこが春にとって”逃げることができる場所”だという認識があるからだ。
ボーダーだけが春の居場所ではないから。

その事実を、忘れかけていた自分に気が付いて、迅はひそかに驚愕していた。
視えているのに、春はもうどこにも行かないような、そんな不確定なことを期待しているのは暗躍を常とする自分らしからぬミスだった。



***


「春は、ここが気に入ってるらしい」と赤井秀一と名乗った捜査官は言う。
東の隊室へ移動して、わずかに酒を入れつつ話す。時刻はもう深夜0時を回っていた。

「連れ戻しに来たんでは?」
「無理そうだな」

意外だ。そこまで春はボーダーに入れ込んでいただろうか。

「自分の持っているカードを惜しみなく切るのは、あいつらしかぬ手だ」
「貴方とか?」
「そう。ボーダーを許容してほしいと思ってる。身内にうるさく言われるのが嫌なんだろうが。そもそも、ボーダー内でわざわざ俺を紹介するところあたりが手遅れ感を増しているな。いわゆる引き継ぎ作業をさせているわけだ」
「荒船はどうでした?」
「筋がいい。引き抜きたいが、まぁそっちも無理そうだな」

本人いわく、身内である赤井はため息をついた。引き継ぎ、という単語に一抹の不安がよぎる。ひきつがされているのはもしかすると自分なんだろうか。

「あてが外れた。なんだかんだで戻ってくるだろうと思っていたんだが」

ぬるい缶ビールを煽る姿も様になる。

「――だがまぁ、世界を救ったヒーローには負ける」と、意味ありげに笑った。
その人物が自分ではないのはわかったけれど、一枚上手の現役FBI捜査官から、それ以上の情報は東をもってしても引き出せなった。







――で、どういう意味だと思う?と東は迅に聞いたがそれこそちゃんと聞いといてよ東さん、と文句を言われるはめになった。
この未来を視とおす青年は最近、同じく未来を夢に見る女性をいかにして引き止めるかについて暗躍を重ねている。

つい先日の婚姻届未遂事件は、結構本気で捨て身の戦術を選んでいるな、と分析している。効果のほどはまだわからない。先日は戦術的には敗退したが、戦略的には間違っていないような気はしている。









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