My Blue Heaven | ナノ
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32.5


「深夜のラーメンは罪の味ですよねー」

本部で深夜に出くわした少女はカップ麺を片手に照れ臭そうに笑った。彼女が向かう先は開発室の方向だったので、泊まり込みの夜食なのだろう。

「あまり無理を重ねないように。とはいえ、いい匂いだな」
「実はこれまだ市販されてない新商品なんですよ。知り合いがこっそりくれたんですけど
、今はもう店主がなくなってつぶれちゃった伝説の名店の味をレシピをもとに限りなく再現!ってのが売りらしくて」
「『二楽』?」
「そこです!よくご存じですね」
「若いころに食べに行った覚えがあるよ」

では罪の味をおすそ分けです、と彼女は後から忍田にまだ未発売のカップ麺を届けてくれた。










「林藤、気になることを耳にしたんだが・・・迅は玉狛以外にもどこかに部屋を借りていたりするのか?」

「え、どこ情報だそりゃ」

「どうなんだ」

「あ〜、何件かあったはずだ。俺名義のも一個あるけど、三門市全体動き回るのに不便ない程度」

「・・・・ちゃんと、把握してるのか」

「連絡は大体いつも入る」

「大体?迅はまだ未成年だろう・・・・いちおう」

「だよなー、面目ない。けど、あいつがいるってなら用意してやんなきゃだろ?支部の予算の範囲内でやってるし」

必要で予算内で、それならば確かに問題はない。問題はない、けれど。

「それって春ちゃん情報?」と林藤はわかっているくせに聞いた。

「そうだ。足場が大事なのはわかるが能力の傾向をみると一人でいる時間が多すぎるとリスクが高い、すべて把握しているなら杞憂だけれど、もしもの時が怖いと言っていた」と忍田も肯定した。そこで会議に顔をそろえた面々がため息をついた。

「城戸さん袖にするってのも春ちゃんらしいというか、なんというか。よりによって忍田かー」

「何の話だ?今は迅の話で私は関係ないだろう」

「あるって、めっちゃある。その話さ、春ちゃんは自分の伝手使って調べたわけだろ?んで、その貴重な情報をお前に上げたわけ。迅の直属の上司である俺でも、司令である城戸さんでもなくな」

だからなんだ、と忍田は眉根をよせた。たまたま、会議室へ向かう道すがらに春に出会い、話をふられたので確認をとっただけのことだ。

「あのな、迅もそうだけど。あんまあいつらの言う『ばったり』とか『たまたま』を信じすぎんなよ?」

「違うのか」

「お前に、情報を渡すのを選んだってことだろ。他にはなんか聞いてないの」

「・・・?八嶋君がらみで?」

「そ」

「たまに食事に誘われるが」

そういえば、何度か食事に誘われた。勿論二人でというわけではなく、太刀川がいたり、沢村がいたり、迅がいたりするが。ボーダー内部の食堂ばかりでは味気ないですよ、とあちこちに連れ出されている。ボーダー外部の人物と顔を合わせ、時には酒を共にした利する時間は以前よりも増えたかもしれない。
それを聞いた根付が、嫌そうな顔をした。

「・・・・三門市議の坂本さんにお会いしたんじゃありませんか?」と一応聞いておきます、と根付が言った。
どうだったか、と振り返る。何故こんな話になったのか、と思いつつも確かに会ったので頷いた。一度は三門を離れたが、最近になってまた開店したというラーメン店で顔をあわせた。太刀川と春にそれぞれラーメンを奢ったのでよく覚えている。

「ラーメンの趣味があう人だった」と林藤を見ながら真顔で答えた。その方が何か?と聞けば、根付はしぶしぶとばかりに答えた。

「・・・・あまりボーダーに興味がない方だったんですが、先だってお会いしたとき随分と好意的でして。聞けば本部長と食事で一緒になったと」

「良かった、何か失礼をしたのかと思いました」

「ぐうぜん、ばったり、たまたま、きぐうにも、このあたりのワードは気をつけろってばお前。全然違うかもだからな?」

「だから何がだ」

「八嶋春は忍田本部長派についたって話だろ。まじでなんもその辺聞いてないの?結構露骨じゃんソレ。気づけよ。つーか迅でもそこまでストレートにやんない気がする」

「迅くんは顔を見ないと視えませんからね」と唐沢が二本目の煙草に火をつけた。
つられて林藤も一本目を灰皿に放り込み、二本目へと突入した。

「・・・・迅の、話でしたよね」
「ボーダー怖いが口癖だけどさ、春ちゃんのが怖い。まじで。アメリカから帰国してからちょっと変わった?よな」
「・・・・ぐうぜんの可能性だってある」
「あるけどさ。ある程度こっちも頭働かせないと、あいつらばっかり働かせてるはめになる。迅も大概勝手にひとりでやろうとする癖あるけど」

「『the Blue Bird』、幸運の青い鳥が彼女の通称だったらしいですからね。彼女がいると事件が解決するとFBIではもっぱらの噂だとか」

「偶然幸運が舞い込むもんかね。つか室長はどうです」

水を向けられた鬼怒田は「知るか」とにべもない。「こっちにも顔をよく出すぞ」

「迅と動きが近いよなー。あいつも開発室好きだし。新型トリガーが形になりつつあるって噂どーなの?」

「開発中だからなんともいえん」

「八嶋春は、そもそもが最上宗一の関係者だ」と城戸がしめくくる。全員がその言葉に納得した。

「彼女には同情していたが、その必要もなかったようだな」

「こっちも心してかからないとパクリと食われかねませんねぇ」と唐沢がにやりと笑った。結局迅の単独行動先については林藤が管理を密にするという点でおちついた。
三門市防衛に関しては本部長が最も重視する点であるから、情報の共有に関してもレベルを以前よりもあげることになった。

迅がかなり春を意識しているのを知っていたので、林藤は三本目の煙草に火をつけながらなかなか厄介なのにひっかかっちゃったんだなーと思った。


「こりゃ、中々に手ごわいな」
「楽しみな人材じゃないですか、ますます逃がすわけにはいきませんよ」
「その点に関しては既に手を打ってある」
「・・・・隊員たちは楽しそうでしたね」と根付が呆れたように言った。

「何の話?」と本部に顔を出す頻度の低い林藤が聞いた。

「寿退職阻止実行委員ですよ。一応は迅くんも一枚かんでいるはずですけど」

「あっはっはっは、それウケるなー」

「笑い話じゃありませんよ。さっさと彼らがくっついてしまえば、話は早いんですけどね」

「本部楽しそうで何よりだわ――けど迅はなかなか手ごわいと思いますけどね。あいつ頑固だから」

「そういうのは自然のなりゆきだろう、あまり口を出すのは、」

「お前そんなことばっか言ってるから逃げられっぱなしなんだろ」

「・・・・・・・それはここでする話か」

忍田が含みのある林道の言葉に、むっとした顔になる。非常に、珍しい部類の会話だったので唐沢は面白そうに眺めている。

「言わせてもらうが、そうやって茶化してばかりだから会長から声がかからないんだろう」

「は?会長?どこの〜?とんと心当たりが多すぎてな〜」

「『ソーイチが、林藤は好きな子はいじめすぎて追い詰めちゃうタイプって言ってたんですけどほんとですか?』と八嶋君が言っていた」

「・・・・・・・・あの人なに話ししてんの?てかお前らは何の話を、――あ、そうだこっちからも一つ情報が」

ちらり、と隣に座る忍田を林藤は一瞥した。
その報告が会議でのぼったとき、根付は深く息を吸ったのちに、ちらりと唐沢をうかがっていた。唐沢はおやおやという顔をしたし、忍田は目を見開いた。そして城戸はどンな反応するか、林藤は慎重にうかがっていた。鬼怒田は我関せず、と腕を組んだままだが内心では驚いているのか口元がひくひくと動いていた。結局城戸は最後まで表情ひとつ変えなかった。
会議がお開きになり、本部の廊下を忍田と林藤は歩いていた。




「八嶋君が、慶と、けっこん」
「そ。迅が言うには、な」

忍田が理解しきれない、とばかりにもう一度繰り返した。お前は一体何を言っているんだ?と愕然とした表情を向けられたって、林藤だって困る。これは迅によってあげられた報告を、一応ではあるが本部にあげることにしただけなのだ。わずかに、根付の反応が想定していたよりも小さかったのは気になった。あの人は大概オーバーリアクションだ。とすると、ある程度想定されていたとみるべきだろう。隣の忍田は相変わらず驚愕の表情を崩していないから共有されていない情報があるとみるべきだ。

「けっこん」

「俺たちより先にまじかーって話だよなぁ〜」

「そういう問題じゃない!」

「弟子に先越されたって話題からお前ももうちょい攻めてみたら?今、あいつどこだっけ?最後にインスタか何かあげてたのイタリア?」

忍田は話を自分の色恋にフラれて顔をしかめた。そしてすかさず反撃に転じた。

「桐嶋先輩に連絡をとってないやつに煩く言われる筋合いはない」

「桐嶋ぁ〜?会長は関係ないじゃん。お前騙されかけたんだって?可愛い後輩に何やってんだかな」

「・・・・・・すっとぼけるな」

互いにいい歳で、独身で、仕事が生活の大半を占めているようなところがあるのだから、これ以上つつきあうのは無意味でしかない。林藤は高校までの腐れ縁のような彼女のことを今だって憎からず思っているけれど、どこで生きるかの選択をしたときに重ならない線を自分たちは選んでいるのだと理解していた。
一方で忍田にも長らく意中の相手がいて、勧められる見合い話にしぶしぶ行くことはあっても結局長年の片恋を捨てきれないらしく破談になるのを繰り返している。

「話を戻すけどさ、」と林藤は軌道修正をはかった。

「迅が視たって話らしい。蒼也のやつにすごい顔で『あなたは何してるんですか、しっかり手綱握ってください』と抗議された」

「・・・・本人はどちらも否定してる」

「けどまー、ありっちゃありだよな」

「は?」

忍田は足を止めて、林藤に向き直った。

「なに?お前も迅とくっつけろ派?」

「そっちはどうなんだ」

「俺?」

林藤は食えない笑みを崩さない。

「俺は迅の味方してやんないとダメだろ?迅がそうしたいっていうなら付き合ってやるよ。俺たちの都合にさんざんあいつ付き合わせてきてるんだしな。大前提だろ――迅の未来視を信じる、のは」

「・・・・・・・・信じることと、何もしないことは同義じゃない」

「俺がやんなくても躍起になってる面々がいるしな?俺までそっちまわっちまったら迅が孤立するじゃん。追い詰めすぎると良くないって」

ハンズアップして、自分は中立よりだが迅の肩をもつと林藤は宣言した。が、それでも思うところはあるからこそ、こうして本部の方の動向も探りがてら話に出したのだ。

「今回ばっかりは圧倒的不利なんだからさ」

唐沢はいわずもがな迅を押していたし、春をボーダーに引き留めようとしている人間の大半は、迅がなんとかするべきだと思っている。師匠を前にして言うのも何ではあるけれど、太刀川は盛大な当て馬だ。本人自らその役割を買って出ている節さえある。

「孤立無援じゃあいつもしんどいだろ?」

「まぁ、それはそうかもしれないが」

「蒼也たちが動いてるらしいし、ほっとけって。後は若いもの同士で、ってよく言うしな」

「それは見合いの常套句だ」

「さすが見合いの回数が両手の数超えたやつの言うことは違うな」

「なんで俺ばかりにそういう話が来るんだ・・・・」

つい先日も懇親のためにと開かれたパーティーに本部長として派遣されたはずが、最終的には見合いもどきになった忍田は林藤を恨めし気ににらんだ。上層部は独身者が多いが、この手の話題を振られるのはなぜか自分ばかりなのが忍田は非常に不服だった。

「うちの面子じゃ、まぁ大抵はお前にいくよな。胡散臭い、って俺嫌がられるんだよ」

「嬉しくない」

「お前の見合いが二けたを超えたことをあいつに教えてやったらさー、」

「は?!」

思わずつかみかかりかけた忍田を抑える。まぁまぁ、最後まで聞けよ、と。

「面白くなさそうな顔してたぞ?良かったな、脈はゼロってほどでもないだろ」

「・・・・・・・・いつの話だ」

「昨日の夜」

「なんでそっちに連絡が来て、俺の方にないんだ」

「そりゃ、親戚だし俺」

「・・・・・・・」

「ま、お前も気長に頑張れよ」

林藤は忍田の肩を叩いた。

「じゃあ今、まだこっちにいるのか」

「や、次は南米っつってたな」

「もう出たのか……」

「みやげ、お前の分もあずかってるぞ」

「どうせまた成田で買った菓子だろう」

「東京菓子うまいじゃん」

「……」

「昔、お前にうっかり死ぬほど不気味な人形買って帰って嫌がる顔見ようとしたら嬉々として玄関に飾りだしたの見て以来失せ物にすると決めたって言ってたな――それってまだ飾ってあんの?」

「・・・・・・ある」

それとは別にもらったおかしなタペストリーだって、THE土産物めいたペナントだって勿論飾ってある。洞爺湖、と彫られた木刀だって毎朝ルーティーンの素振りで愛用している。林藤は眼鏡をふいて涙をふくようなそぶりをした。茶化されているのがわかるから、忍田はもう突っ込まない。

「最初のころの何だか奇妙な置物ばかりだったのは嫌がらせだったのか・・・・」

「お前、何だと思ってたんだよ」

「趣味なのかと」

「ははっ、趣味の悪い女をよくもまぁ長々好きだよなーお前も」

「うるさい。そういえば、同僚にものすごい仕事のできるイケメンがいると桐嶋先輩が話していたな」

「へー。むかしから面食いだよなアイツ」

「は?」

「なんだよ?なに?俺の顔なんかついてるか?」

「眼鏡と髭がついてる」

「そりゃ通常装備だ」

「・・・・・・・はったおしたくなる面だ、と言ってたな」

けたけたと林藤が笑う。

「はー、笑ったわー」

忍田は深く深くため息をついた。

「ま、この歳になってもままなんねーもんだし、なるようにしかならねーだろ」

そのまま玉狛によって、忍田はビニール袋に無造作に入れられたみやげを受け取った。どれも、国内の菓子ばかりで、それでもまだ『真史へ』と殴り書きがビニールにされているだけで、自分の存在が一ミリも彼女の中になくなったわけではないと思えた。
袋の中身をしんみり眺めていると、にやにやと林藤が眺めているし、それを他の若い隊員たちが珍しそうな顔で見ているものだからいたたまれなくなって、忍田はすぐさま本部へと引き返した。










「あら、忍田」

林藤と別れた後、本部の一角でばったりと顔をあわせた相手は、忍田を上から下までじっくりと観察したあとで「いいことでもあったのね」と満足げに頷いた。忍田はきょとりと目を丸くする。手にしていた袋にお菓子が入っているのが見えたのか『あの子と食べたい』という欲求が透けて見えて、忍田は思わず苦笑した。

「少しいるか?」
「いえ、やめておくわ。大事なものを他人に分けてばかりいてはだめよ」

大事なものを少しだけ手放さざるを得ない状態に置いているがわの人間としては、胸の詰まる言葉だった。

「なら猶の事、もらってくれ」

ひとつだけ袋から取り出して差し出す。彼女は《忍田》瑠香。自分にとって、大事なもののひとつなのだから。

「・・・・相変わらずのお人よしね」と笑った彼女は、今度は断らずに受け取った。
面会日はもうじきだから、きっとその時までくらいなら賞味期限も問題ないはずだ。











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