My Blue Heaven | ナノ
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The Darkest Nightmare


《 Knocking on the heavens door 》

いつものごとく、公安のセーフルームでのんきにくつろいでいたら降谷さんが何だか妙に気迫のこもった表情で何か僕に問題はあるか?視えてないか?なんでもいい気が付いたら言うように、と迫ってくる。どうも仲のいい(というと『ただの協力者だ』と降谷さんは言いわけする)占い師によくない占いの結果をもらったという。迷信は信じないけれど、過去の実績を鑑みると彼女に関してだけは一考の余地があると思っているらしい。わたしの方でダブルチェックをさせようというのだ。どちらも非科学的だけれども実績はある。うーん、と降谷さんを見る。手元で健康のためにと定期的に降谷さんに支給されたオレンジをむいている。風見さんが会話の時くらい手を止めろ、と視線で合図をくれたので、指示におとなしくしたがった。手がべたべたになっていて、慌ててティッシュかハンカチを探したけれどすぐに出てこなくて、結局降谷さんがハンカチをかしてくれた。また降谷さんに手をやかせて!と風見さんから呆れた視線が投げられている。すいませんすいません。せめて何か役に立ちたい。何かないか、じっと目を閉じて集中する。
頭の隅っこでノック音が聞こえた。コンコン。Knock,Knock。コンコン。ノック音は5回、リズムよく聞こえてくる。振り向くけれどそこは壁で、とりあえずべったりと耳をくっつけてそばだててみたけれど何の音もしない。けれど壁からではないところからノックが聞こえた。ノックがたまに変なとこから聞こえるんですよね、というと降谷さんは何かひらめいた!みたいな顔をして私を置き去りにして飛び出していった。えええ?何?ノックが何?え?なんで?取り残された私はとりあえず、近くのデスクで姿勢をただして書類仕事をこなす風見さんに「今ので何か、わかりました?」と聞いた。風見さんは「あの人はあったんだろう」とそっけない。「最近たまによそでふんわりした未確認情報拾ってくるのってどこなんですかね?風見さん知ってます?ほら、占い師の人」風見さんが一瞬だけ息をつめた。こちらには何か思い当たるところがあったらしい。「あ、風見さんも占ってもらったんですか?」風見さんは、割と顔にでる。占ってもらったらしい。苦悶の表情を浮かべて「・・・・女難の相が出ていると言われた」と白状した。それから疑わし気にお前もその女難のうちだぞ、という顔をされてしまったのは、ちょっととばっちりだと思う。
ノックノック。自分で壁を叩いてみた。頭の奥深いところから、こだまのようにノックがかえってきた。






《 Hell's Drive 》

秀兄に呼び出されて、これまた最近何かないか?と聞かれる。
私のアンテナはそこまで高性能ではないので、もごもごと口ごもるしかない。視える日と視えない日との落差がありすぎて割と自分でもがっかりするのだ。何か。うーん、と首をひねってそれからつい先日公安のセーフルームでノック音がどこからともなく聞こえて煩くて昼寝もできなくなったことをおもいだした。居心地のいいねぐらが、ホラーハウスのようになってしまって逃げ出したのはつい最近の話だ。うっかりその話をしてしまった。しまった・・・。これは許されないミスだ。情報漏洩だ。ごめんなさいふるやさんわたしのどじまぬけあほ。
ものすごい誘導尋問を受けたわけでもないのにうっかり。するっと。この後死ぬほど謝りに行こうと固く誓った。そしてその「なるほどな」顔なんですか秀兄。私はなーんにもわかってないんですけど?え?ノックってそんな何かピンとくるものなんですか?・・・・・私が馬鹿なだけか。ですよね。・・・・・ちょっと凹むな。神様はどうかしている。私にこんな能力をプレゼントするより秀兄たちにあげればよかったのに。
秀兄といるときも、たまにノック音が聞こえたけれど、公安の人たちの所できこえたほどではなかった。もっとかすかで、遠くに聞こえる。さて動くか、とばかりに目の前でライフルバックの支度を秀兄がしはじめた。えええ・・・・説明は?そういう私に気が付いたのか、秀兄は少し考えたような顔になる。わからないか?と。ノックノック。秀兄が私のおでこを右手でノックした。「お前も関係者だ」と言われる。関係者?ノック。knock。のっく。――あ。あああああ?!それはかなりまずいのでは?気が付いたことに、満足したのか「張り込みに付き合え」とタブレットを丸投げされた。
その数日後に、NOCリストの保管された公安施設から逃亡した組織の女スパイを追いかけて地獄のドライブをするはめになった。猛スピードすぎてナビがついてこれないからといって、私にナビしろなんて無茶ぶりがきて正直後部座席で震えた。はりこみが暇すぎて助手席から後部座席に移って足をのばしてくつろいでいたというのに!!ああああ、これだから!車は!!嫌いなんだ!!絶叫コースターもかくやのスピードで車は走っている。時折「右!」とか「あ、迂回して!!」とかかろうじて指示は出したけれど何回かは完全に無視された。ナビの意味が!ない!途中で何度か舌を噛みきりそうだった。恐ろしい・・・。あぁあぁぁ、始まってしまった。先回りできそうなところをピックアップして何とか伝えた後は、後部座席でひたすらに「安全運転第一安全運転第一」と呪文のように唱えていた。先回りした場所で車外にでて普通に狙撃の体制に入っている。ここアメリカだったっけ?え?銃の国?こわい。窓から外をうかがっていたら、更にありえないことに加速した車が突っ込んでくる。みんなあたまがおかしい!秀兄がなんとかぎりぎりでタイヤを打ち抜いて、車は橋の下へと落下していき、大爆発。この後始末をまかされるであろう人たちに私は盛大に同情した。これだから車は嫌いなんだ・・・・。






《 I failed 》

ノック、ノック、ノック。のっく、のっく。
頭の裏側から誰かにノックされている感覚。うるさくて頭を抱えた。でもそれよりも、自分の無能ぶりがつらい。ごめんなさい。気づけなかった。もっと早くに気づいていたら、誰か一人くらい助けることができたんだろうか。もっと、もっとたくさんのものが守れたんだろうか。気づいたのは降谷さんと秀兄だ。
NOC――ノン・オフィシャル・カバー。黒の組織に潜入する各国の潜入捜査官たちののリストが公安から奪取されてしまった。私はたった一人だけ、心当たりのあったベルリンにいるまだスパイを続けている人にメールを入れた。どうか彼女が無事ならいい。組織に潜入していた頃、ジンにこれでもかと痛め付けられていた私を助けてくれた人だ。彼女が私をかばってくれて、その手に触れたときに、彼女がNOCなのだと気がついた。強い覚悟と使命感が伝わってきて、私は自分のふらふらした生き方が酷く恥ずかしくなったのを覚えている。
秀兄がへこんでいる私の頭をなでてくれた。そして行くぞ、と言う。立ち止まっていてもしようがない。わかっている。ノック、ノック。音はまだやまない。
あずささんに聞いたら、もう降谷さんはお休みの連絡を入れていたらしい。急な連絡。急なお休み。水無玲奈の動きもつかめない。その意味は明白だ。
私は降谷さんに貸してもらったハンカチをぎゅっと握りしめ、降谷さんの痕跡をたどった。目を閉じ、深く呼吸を吸う。心臓の鼓動をひとつ、ふたつと数えながら、深く深く潜っていった。
わたしは、しっぱいした。
その失敗をなかったことにできるとは思わない。それでも、またひとつ失敗をするのだけは嫌だった。

(―― ッ降谷さん、無事でいてください・・・・)

風見さんからメールが来ていて、やっぱり降谷さんは連絡がつかないらしい。そんな状態なのに、勝手に動くな、ちゃんと食事をしておけ、あの人に心配を増やすなと優しいお小言がくっついていて、私は少しだけ笑ってしまった。







《 Dog fight 》

拝啓、スコッチ。
Please help me!! もうだめだ! 

ほんとうにもどうしようもないです。私にあの二人は止められません。なんで仲良くできないのかな!?暗視用スコープのついた双眼鏡から見える景色は控えめにいってこの世のものとは思えないです。観覧車の上でバトルしてる。観覧車の上でバトルしている!二回言ったけれどまた信じれないのでもう一回言うけど、観覧車の上で、バトル、してるんです。なんで? Why?! 私にあの二人のストッパーなんてできるわけがなかった・・・・早くコナン君が来てくれたらいいなと祈るよりほかにないです。コナン君というのは天才小学生です。彼の決めぜりふときたら最高にクールで「江戸川コナン、探偵さ」と言われた瞬間、私はこの子に全面降伏しました。かっこいい。けど、三人揃うとコナン君を要にさらに大爆発をするから、それはそれで後始末を思うと憂鬱です。バカみたいなこと言っているけれど、不安で死にそうです。待っていろ、と言われて、観覧車がよく見えるところに陣取っているけれど。待つのは大嫌いだ。帰ってこないかもしれない。情けないことにがくがくと自分が震えているのがわかる。観覧車の上のバトルでも見て半笑いになっていないとやっていられない。あ、ようやく三人揃った。秀兄が私のためにこっそり通信状態をスピーカーにしてくれているから、やり取りがよく聞こえるようになった、降谷さんは相変わらずだ。「仲良くして、コナンくんに迷惑かけないようにね」と秀兄に声をかけたが、かすかに相手は喉をふるわせて笑っただけだ。そういう態度が降谷さんの癇に障るんだろうなぁ。余裕で悔しくなる気持ちは少しだけわかった。まぁ、私にしてみればおんなじ気持ちを降谷さんにだって抱くのだけど。








《 Fireworks 》

「秀兄、これも!」

渡されたものを、赤井は訝しげに見た。ライフルバックに無理やり詰め込まれようとしているのは爆弾解除に必要な工具一式だ。普段、そう赤井の装備に含まれるものではない。
それはバックアップとして動くことの多い子だからわかっているはずだ。それでもあえて「これも」と渡されることの意味。赤井は「必要になるのか」と短く聞いた。
何か視えたのか、という意味もそこには含まれている。困ったように首をかしげて、それから「・・・・・・経験則だよ。ジンがやりそうなことでしょ」とため息を小さくついた。少しだけ赤井は目をみはった。言われてみれば確かにあの男のやりそうなことではある。必要、ないかな?と自分の予測を途端に不安がりだしたのを頭を撫でてやめさせた。何でもかんでも能力に結び付けていたのは、赤井の落ち度だ。

「確かに、舞台は東都水族館の大観覧車。やるにはうってつけだ」
「派手なんだよ・・・・あの男はやること・・・・」

心底嫌そうに顔をゆがめて言うのが、少しおかしくなって赤井小さく笑った。



***



たーまーやー、と日本では言うらしい。
花火を見たときに前教わった。私は心の中で叫んだ。でも実際には声は小さかったと思う。ついさっきも花火を背景に恐ろしい異種格闘技をぼうぜんと眺めていたけれど。再びぼうぜんとしていた。こんなことってあり得るのか。爆発音の直後、闇夜の鴉が、花火の閃光でその影を浮かび上がらせた。ほんと空自はなにやってるんだ、ここまで侵入許してていいのか?しっかりして日本政府!もうほんとめちゃくちゃだ。あの組織のやることときたらいつでも派手で、後始末のことなんてつゆほどにも考えない。疑わしきは爆破をもって抹殺、である。こわい。銃社会のアメリカならともかく、ここは日本である。無法地帯か。いや、まぁ日本も大概裏側は真っ黒なのだけど。あの花火はおそらく最近阿笠博士に聞いた花火機能のついたコナン君のサッカーボールだ。私は話を聞いたときちょっと博士って実はヤバい筋の人なのかな?と不安になった。あんな花火がさく裂するサッカーボールを小学生のお腹のベルトにくっつけていいのか?優しい、いい人かもしれないが、科学者なんてのはやっぱりマッドだ。『君もどうじゃ?』と身を守るためにと善意の申し出を受けたけれど丁重に辞退した。絶対に誤爆する自信がある。私のお腹で花火大会がはじまる未来を想像して震え上がった。怖い。コナン君ってやっぱりすごい子である。
秀兄のライフルから放たれた銃弾が、へりの急所をついた。あの三人がそろったら無敵かもしれない。今頃ジンがあのヘリの中で慌てふためているとおもうとざまあみろと舌をだしたくなる。わたしはあいつが大嫌いだ。爆発の炎であの長ったらしい髪が全部燃えてしまったらいいのに。勝った!なんて私は完全に思ったけれど、あの男がそう簡単に死ぬわけがなかった。しぶとい。最後の最後まで銃弾の雨を観覧車に振らせてから、ヘリがその場を離脱していく。その場に墜落していたら、それこそ被害も甚大だったしこれで良かったのかもしれないけれど。秀兄の方と連絡がつかなくなる。ああ、観覧車が!ぐらりと揺らいで、動き出した。







《 Big wheel 》

もうだめだ。
私はその場にうずくまった。
だってあんなのもう無理だ。ぐらりと揺らいで、動き出した観覧車。もう暗視スコープで覗いているのだって怖くて無理だった。その場で膝を抱えてしゃがみこんでいた。観覧車は嫌いだった。降谷さんだって嫌いなはずだ。だって、怖くて怖くてたまらないのは、降谷さんの中にあった記憶なのだ。観覧車が爆発する。その瞬間の喪失感を、時折わたしは垣間見てしまう。サングラスをかけた、男の人。その人が誰かは知らない。降谷さんにとって大事な人で、だから、その記憶をうっかり視てしまったときは酷い罪悪感にかられた。こわい。置いてけぼりにされてしまった。降谷さんはそれでも決して立ち止まらない。動け、動け、と私はあの日の降谷の記憶を必死で思い出す。怖い。もう見ていられない。だいじょうぶ、あの三人がそろったら無敵だって自分でも思ったじゃないか。だいじょうぶ、大丈夫、と自分に言い聞かせる。動け、立ち止まるな。
何もできないけれど、目をそらすことだけはもうしたくなくて。私はふらふらと立ち上がった。大きなサッカーボールが膨らみだす。ああ、コナン君だ。すごい。彼はほんとに最高だ。それでも観覧車が止まらない。
もうだめだ。そう思った。けれど、工事用の車両が観覧車を止めた。夜の闇には鮮やかすぎる爆発が、とうとう観覧車を止めた。
きっと水族館の人たちは何とか無事だろう。三人は?三人は無事だろうか。
そういえば、風見さんもあそこにいたはずだ。そして――最後の一人は?あれはきっとキュラソーだ。何が彼女を動かしたんだろう?

暗視スコープをひっつかんで観覧車の方を確認する。降谷さんが、夜の闇の中で晴れやかに笑っている。珍しい顔で、あの顔を見ているのが自分だけなんてちょっと勿体ないなと思った。風見さんにも見せてあげたい。風見さん、無事かな。無事だよね。しぶとそうだし。
コナン君と秀兄も見えた。
観覧車は水族館に激突するほんの一歩手前で停止している。観覧車はやっぱり鬼門だなぁと思う。







《 Memory 》

大混乱の中で、風見さんを見つけて駆け寄ろうとした。コナンくんが、運ばれてきた遺体から何かを拾い上げた。「記録媒体?!」と色めき立った風見さんにコナン君が一言言った。「記録じゃない、思い出だよ」と。私は、ずっと見ていた。暗視用の双眼鏡で、その影の動きを。見ていた、だけだった。
表立っては私は公安に協力しているわけじゃないから、風見さんの無事を見届けてそっとその場を離れた。こぼれおちた何かは黒焦げになっていて、遺体の損傷を推測するには事足りるものだった。
私は立ち尽くしていた。あれに触れに行くべきだ。彼女の持ちものであるならば、触れて何かが視えるかもしれない。記録ではなく思い出だと、コナン君は言ったけれどハルにはそれを『思い出』を『記録』にしてしまえた。彼女のメモリーデータを抜き出せれば。そうすれば組織の何かがつかめるかもしれない。触れようと、さりげなく一歩を踏み出そうとしたところで、後ろからものすごい力に引っ張られた。
「・・・・秀兄」振り返ると、見慣れた顔がすました表情で立っていた。観覧車の上でバトルして、銃撃され崩れた観覧車の中からヘリを狙撃して、あまつさえ転がりだした観覧車を止めたうちの一人はかすり傷程度でぴんぴんしているらしかった。
「みなきゃ」と私が言うと、秀兄は必要ない、と言う。せっかくの情報なのに。組織のNO2、ラムのお気に入りならばなおのこと。でも秀兄は私の手をひっぱって、車に戻った。見なくていい、と秀兄は私の目を上手に塞ぐ。酷い損傷だったから、それに同調すれば私は酷くダメージを受けるだろう。それをきっと秀兄は辞めさせたかったのだ。死者の過去を覗くのは、いつだってリスクが大きい。どれだけ傷を負ったっていいのに。秀兄の考えはよくわからない。リスクのある仕事をよこしたりもするくせに、こうやって酷く私を甘やかすときもある。
私はそれに甘んじていたくなかった。知ることができるなら、全力を尽くすべきだと思った。だって、それくらいしか役に立てない。公安でこっそりお願いした。降谷さんは秀兄と同じく渋い顔をした。けれど結局は私に折れてくれた。さすがに、もう遺体には触らせてもらえなかったから、彼女の思い出の欠片に触れた。

(ねーちゃん!)

視えたのは、思い出だった。
鮮やかすぎるほど極彩色のメモリーが、そこにはあった。色違いのイルカのキーホルダーが揺れている。無邪気な笑顔。自分のほほを、何かが伝う。降谷さんがそっと指先でそれをぬぐってくれた。それだけだった。視えたのはそれだけ。あたたかな思い出の欠片だ。
・・・・・あれ?
最後の最後で、何か視えた気がした。もう一度、目を閉じて、触れる。次に視えたのは漆黒の鴉だ。鴉が、きらきらした光りものをさっと攫っていく。この鴉を、前にもハルは視たことがあった気がした。どこでだ?これはただ過去の映像ではない。ではなんだ?
「何か視えたのか?」と私の雰囲気が少し変わったことをさっした降谷さんが言う。私はわからない、と首をふった。







《 The Raven who lived 》

公安からの帰り道に、突然犬にのしかかられた。
大きい図体でのしかかり、べろりと無遠慮に頬をなめあげられてわたしは変な悲鳴をあげた。だってこんな当然犬に襲われることなんてない!飼い主から逃亡してきたらしい犬は、毛並みの良さで血統書でもついていそうなほどに美しい犬だったが、どうにも自分勝手に無邪気さすら残したやんちゃ坊主だった。「すいません!」と飼い主の人は必死に謝ってくれた。べとべとになった頬を服の裾でぬぐった。泣いた痕も、これで消え失せたかもしれない。
「大きい犬ですね」と私がきくと飼い主さんは犬種を教えてくれた。――アイリッシュ・セッター。犬を前にしているのに、なぜだか鴉の羽ばたきと泣き声が聞こえた気がした。
あれれ?
コナン君のような、疑問符がうかぶ。犬の頭を撫でてやりながら、この降ってわいた偶然の邂逅について考えた。アイリッシュ・セッター。そういえば、途中で新商品フェアをしていたからつい買って飲んだコーヒーは偶然にもアイリッシュコーヒーだった。
あれれれ?
真顔になる。これはなんだろうか。偶然か、はたまた何かの暗示だろうか?
大きな猟犬とその飼い主を見送りながら、かすかに残ったアイリッシュ・コーヒーの甘さを思い出す。それから、少しも甘さのない猟犬みたいな男のことを思い出した。

しばらくしてから、私は通り雨の後に綺麗な虹がかかっているのに見惚れていると突如外国人の美男美女に拉致されて厄介な仕事に付き合わされる羽目になったのだけれど、それはまた別の話だ。










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