My Blue Heaven | ナノ
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It's you.


※映画『TE/N/ET』のネタバレが多分に含まれます。特に本編に絡みはないので、映画ネタ興味ない方はごめんなさい。
ネタバレOKの方のみご覧ください。







***





「黄昏に生きる」

ふいの声かけだった。迅は、はて?と首を傾げて振り返った。声の主は、真剣な顔をしたまま、じっと迅の隣を見ていた。

「――宵に友なし」と、ひといきひといきおいて、迅の横を歩いていた春が答えた。すると、トレードマークの帽子をかぶった荒船はニッと笑った。

「見ました?」
「見た!」

二人は主語もないのに、意思疎通ができているようで、この場では迅だけが話題に乗れずにいた。

「よかった・・・・いい映画だったよアレは」
「あの監督らしさ全開でしたよね、マジで。二回目もう行きました?」
「まだ!行くつもりだったんだけど、二回目にそのままなだれ込もうとしたら仕事が入って・・・・」
「そりゃ残念っすね」

盛り上がる二人は話に花が一気に咲いていた。話題はつい先日、公開されたばかりの新作映画の感想だ。
「We live in a twilight world, and there are no friends at dusk. 」 英語圏での生活の長い春は、滑らかな発音で台詞を繰り返した。邦訳もかっこよくて好きなんだけど、原文も詩的で好きだなぁあと。荒船も頷き、こちらも進学校に通う秀才なだけあって綺麗な発音で繰り返した。
ふと、迅は今のフレーズを以前にも聞いた覚えがあったのを思い出した。

「それ、一か月くらい前に誰かと電話で話してた時にも言ってた?」

「げほっ」

「一か月、まえ?」

春がせき込み、荒船は首をかしげる。

「ユ、ユーイチ君の、気のせい、では・・・・」

映画はつい先週封切りになったばかりだ。奇妙に挙動不審な春を、荒船が怪訝に見やる。

「そう?」

迅としては、珍しい春の英語の通話だったから記憶のすみにあっただけのことで、確かに一言一句覚えていたわけでもない。

「そうそう!ほら似たような言葉って意外にあるもんだしね!」

春のスマホがなった。着信に英語が表示されている。
――Twilight《黄昏》
慌てたように通話ボタンを押すと春は口を開いた――”there are no friends at dusk”

かすかに聞こえた言葉に荒船は荒船は目を見開いた。
迅は記憶の中の言葉と今の言葉をすり合わせた。やはり、同じのような気がする。
早口の英語を聞き取ろうと荒船は耳を澄ませたが、ネイティブの早口はどうにも聞き取りずらいのか苦戦しているようだった。

「ごめん、二人とも。ちょっと知り合いに頼まれごとしちゃって」
「知り合い?」
「CIA関係、の人、かな!何件か電話かけなきゃいけなくなっちゃったから、部屋戻るね!じゃ!」

取り残された二人は顔を見合わせる。

「・・・・・・どう思います?」荒船は慎重に発言した。
「うーん、おれ映画見てないからね・・・映画関係の業界にいる友人?とか」

流行りものの大作であるなら、業界関係の人間は映画にちなんだ挨拶をするのかもしれない。迅にその業界の知り合いはいないのでなんともいえない。未来は視えても、関係性が見えるわけではない。

「ああ、そっちか」と荒船がつぶやく。
「そっち?」

春はそれなりに顔が広いので別におかしい話でもない。

「・・・・・映画、実話だったのかと、思ったというか・・・・や、SFの見すぎでしたね」

映画にある組織が、実際にあったのではないかと荒船は思ったのだ。ありえない、はあり得ない。三門市民はそれを身をもって知っている。なるほどね、と迅も頷く。

「迅さん、春さんの未来視ました?」
「誰かと会うみたいだ――外国の人っぽいね」

去っていく後姿を視認すれば、ほんの少し先の春が誰かと会っているのが視えている。

「呼吸マスクつけてるけど、なんでだろ?」
「・・・・・・・・聞かなかったことにしときます」
「ん?」
「無知は武器って言ってましたから、映画で」

荒船は少しばかり遠い目をした。あれが実話を元にしていたって不思議ではない。世間一般から見ればボーダーだって十分にSFじみているのだから。

「映画、まだやってるやつ?」

迅はにっこり笑って言う。
無知は武器になる。が、自分はそういうタイプではない。





***




春は、色を選ぶときはかなりの確率で《青》を選ぶ。今日も、青い石のイヤリングをつけていた。昨日は青いパンプスだったし、その前は確か青のロングスカートをはいていた。

「春さんって逆行してたりしないよね」

雨も降っていないのに、青い取っ手の傘を持った春がきょとんとした顔になる。それから自分の青い傘に気が付いて迅の言った意味を理解すると破顔一笑した。

「いやいや、まさかぁ!私は逆行してないよ!」

私は。
ということはだれかは逆行しているのか。という突っ込みはとりあえずしなかった。今のは「映画見た?」と返すのが正解だと気が付いたのか慌てて「面白い設定だよね!」と言いつくろう。春は嘘がうまいのか、下手なのかいまいち迅はつかみかねている。迅相手だと割にゆるゆるだ。映画の中で、青は『未来から遡る』ことを意味し、赤は逆に『現在から未来へと順行』していくことを意味した。それを踏まえてみると春の選択する色は酷く意味深に映らざるを得ない。

「昔は赤のが選ぶこと多かったかな。」
「でも、最近はよく青系選んでるでしょ」
「癖になってるんだよね」
「癖?」

空色が急速に暗くなっていく。春の傘の出番はありそうだ。逆行してきたから天気を知ってるのでは?という迅の疑問を「天気予報見たんだよ」という。迅は雨が降るのは勿論しっていた。春が傘を差したのを視たからだ。ぽつぽつと降りだした雨をよけるように、春が傘をさし、迅を傘の下に招き入れた。未来視通り。「天気予報士さんってすごいよね」と春は関心したように言う。

「秀兄の色だから。一時期、見るのもつらくて。服とかもぜーんぶ赤いのはやめてた」

赤井が偽装死をしていた時期のことだという。

「で、反対の色ばっかり選んでたみたい。自覚は、あんまりなかったんだけど」

ちらりと上を見上げて青い傘を揺らす。無意識の反抗だったのだという。

「だから、ほんとに逆行なんかしてないよ。映画は、フィクションだからなんだって自由に描けるのがすっばらしーよね」

同じ傘の中に入ると、春は迅が濡れないようにと傘を高くする。迅よりも背が低い彼女の手から、するりと傘を奪って傘を傾ける。

「ゆーいちくんこそ、逆行してない?」
「おれが視えてるのは未来だけだって春さんも知ってるでしょ」

天気予報がどうかは知らないが、迅の未来視だとこの雨はすぐやんでしまう通り雨なのだって『視ている』ので知っている。

「どうかなぁ・・・秘密の回転ドアとか持ってたり」
「しないしない」
「怪しいなぁ」

迅の隣を歩く。雨脚はどんどん強くなるから、雨音が煩くて会話がうまく聞き取れない迅が背をかがめて耳を傾けた。
春は映画の内容を思い返しながら、他愛のない会話をする。いつか来る別れを知りながら友情を育んでいく。その心情がいかばかりなのかと。

「私に逆行は、無理だなぁ――だって、泣いちゃうよ。まともに友情なんてはぐくめる気がしない」
「春さんは結構ポーカーフェイスでしょ」
「身内には弱いんだよ私」

誰とでもそれなりに親しくはなるけれど、パーソナルスペースは広い方だ。他人に対して警戒心が強いのは、能力持ちにはありがちな話だから迅もそれとなく理解できた。反動のように、一度内側に入れてしまうとめっぽう弱いことも。身内。その言葉をそっと反芻する。彼女にとっては、どこまでがそれにカウントされるのか。

「ボーダーもさ、合言葉とか作ってみたらどうかな」
「たとえば?」

迅は先を促す。春はうーん、とうなる。言ってみたものの、ぱっとは思いつかない。
「トリガー」といったら「オン」とか返せばいいのだろうか。

「じゃあ、餅」

迅の言葉に春が瞳をきらりと光らせる。

「太刀川君」

今度は春が「カピバラさん」と言い返す。迅はすかさず「雷神丸」と返答した。もうほとんど合い言葉というより人物連想ゲームだ。

「焼肉」

「東さん!」

即答が帰ってくる。

「じゃあ、カレー」

「イコさん。最近はナスカレーがうまいらしいよ」

「日本って皆カレー好きだよね。確かに美味しいし。ナスカレーかぁ、今度食べてみよう。じゃあ――ぼんち」

にっこりと春が笑って迅の答えを待っている。

「春さん」

「いやいやいや、私なんてそんな!違うでしょ!」

春は口をとがらせる。人差し指が迅をさす。

「ぼんち――はユーイチ君、でしょ?」

得意げに悪くないかもね!と連想ゲームをつらつらとあげていく。実際、ある程度の情報収集を敵が行ってしまえば簡単に得られてしまう答えばかりだからあまり効果はないのはお互いにわかっていた。それにしても、と迅は即答する春を横目に口元をゆるめた。随分とボーダーに知り合いが増え、なじんでいる。

「じゃあ、春さんは?」

「わたし?そりゃー決まってるよ」

得意げに胸をはる。「赤井さん?」と茶化すと「それだと返答は『降谷さん』になるよ」という。本人には絶対に内緒だけどねと内緒話でもするみたいに声をひそめて肩を揺らす。

「わたしはね、」

まっすぐに春の視線が迅に向けられた。雨音に、かき消されるようなささやきは、真っ青な傘で世界から切り取られたみたいに、取りこぼすことなく迅の鼓膜を揺らした。
別にこの人のことばに深い意味はない。わかっていて、この後だってせっかく迅が二人きりになれる瞬間を捻出したのにだって気づかずに同い年のメンバーの麻雀の誘いに大喜びで飛んで行ってしまうのが視えている。
しょうがない。臆病な人なのだ。短い付き合いの中で、迅だってわかってきている。

美しい友情の始まりと終わりの物語。
いつか来る別れの日を知りながら、友情を築くなんて狂気の沙汰だ。

迅はいつだって、最善を探している。
世界にとっての最善と。自分にとっての最善と。
天秤にのった二つを量りながら。

春のスマホが鳴って、未来視通り。同期たちの麻雀の誘いに「行く行く」と二つ返事をする。

「・・・・・うそつき」

八嶋春の未来は、ちっとも確定されてくれない。
自分に、彼女が紐づくなんてはずがない。思い通りに世界を最善に近づけるべく暗躍するのに、この人はちっとも迅の思い通りになってくれない。それが切なくて、でもどうしようもなく愛おしい。

「ん?」

通話を終えた春が迅を見上げる。聞き取れなかった迅のつぶやきを問い返す。「なんでもないよ」と迅も誤魔化した。

視えないのだ。未来に。確定されているなら視えていたっていいはずなのに。
彼女のつるむ友人たちが、ある種の迷いを抱えながらもこの三門に生きていくのが視えても。そこに彼女がいる未来はまだない。確率の低い未来は、遠くまでは視えない。その事実だけが迅の目の前にあるものなのだ。


――It's you(ユーイチ君だよ)

そんな、とっておきの秘密でも話すみたいに耳元でささやかれた言葉ひとつくらいじゃ、すこしも足りない。ちっとも安心なんかできやしない。

「春さんが麻雀でどんな目にあうのか視えただけ」
「え。ちょっと待ってその言い方って嫌な予感しかないね?!」
「やめとく?」
「いやいや、未来くつがえしてこう」

ニッと挑戦的に春が笑った。
今の所、そういう未来は視えないけれど、この人はある意味例外中の例外だ。
うっかり太刀川にカモられて、めんどうなレポートの手伝いをしている未来はほとんど確定している。話しているうちに通り雨はやんで、雲間から光が差し出した。青い傘がぱちんとたたまれた。
青空が顔をのぞかせ、世界は今日も未来にむかって進んでいる。




***




あの映画で、最後にすべてが明かされて『美しい友情の終わりと始まり』が描かれたシーンに酷くデジャヴを覚えた。
こんな瞬間が自分にもあった気がしたのだ。

――君の名前は?

青い目が自分を視ている。
紡がれた名前を知って、沸き上がった感情。やっと会えたと思った。そして、きっとこれが始まりなのだと確信していた。この場所で、彼に出会って、その名前を呼んだ時に。
今まで生きてきた全部が、ここにつながっていたような気すらした。

――迅、悠一。

鼓膜を揺らすその名前を、何度も反芻した。
すべてがはじまって、多分、これまでのすべてが終わった瞬間。
黄昏の中で生きていた。
宵に友はなく、迎えた夜明け。
帰還不能点は超えてしまった。

『 ボーダーへようこそ、八嶋春さん 』

未来はもう動き出していると告げた少年が、春にとっての《TENET》で《夜明け》で、ぜんぶなのだ。
――It's you.
告げた言葉は少しも信じてもらえていない気がするけれど。自分にとっては紛れもない、ただ一つの、どうしようもないほどに大事な真実そのものだった。
真実はいつも一つだと、東の名探偵の言葉を思い出して、春は小さく笑った。





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2020.Dec.25
映画T/ENETを見て、かっとなって書いてしまいました。この時期の映画なら鬼滅だろ!!とも思うので、鬼滅見てキャッキャしてるボーダー隊員の話とか書きたいです。







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