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29*


嫌な予感がしていたんだ、と降谷は苦虫をかみつぶしたように言い捨てた。酷い爆発音で耳が一時的に聞こえなくなっていたが、時間が経過して幾分かましになった。まったくもって今回の犯人は最低最悪だった。

「おい、生きてるのか赤井」

「・・・・・・だいぶ、まずそうだな」

言葉がかすれている。隣の人間から垂れ流されている血液量を目算するだけで、残り時間がすぐさまはじきだされる。もう、長くはもたない。基本的に、赤井も降谷も腕っぷしでだれかに後れをとることはない。けれど、赤井自身に確かに普段とは違う焦りがあった。そして、爆発は想定していたよりも遙かに大きく廃ビルを瓦解させた。

「・・・‥テープは、どうなった」

自分の怪我のことなどどうでもいいとばかりに赤井は言った。

「あの糞野郎からは奪い返した。当然だろう。さっきの爆発で他のデータも飛んでいるといいが」

赤井がしきり気にしている古い記録テープはすべて破壊した。その始末をつけていた分だけ逃げ遅れた。唐突な爆破音に、廃ビルが一部崩れだした。衝撃の中で、今回のすべてを企てた男が赤井の腹にナイフを刺し、そして、当の犯人は爆発の揺れでおこった瓦礫につぶされあっけなく死んでしまった。

「そうか」

安堵がにじんだ。今回の件で、降谷以上に前のめりに捜査していたのが赤井だ。普段ならば、どちらかといえば降谷のブレーキ役ですとばかりに理性的な男が、焦って、そしてミスを犯した。

「なら、問題ないな」
「・・・・・・・・問題がありすぎる」

唸るような声になった。おびき出された廃ビルで人質の解放までは問題なく進んだ。部下たちもひかせて、更に赤井には別の目的があった。――テープ。
赤井はそれを世に出すつもりは微塵もないらしかった。

「おい、いい加減にしろ」
「なにがだ」
「ここで死ぬ気か?ふざけるな!!死に場所がお前と同じ穴倉だなんて死んでもごめんこうむる!」
「・・・・・・」
「・・・・・・あの子がどこにも行けなくなる」

赤井が閉じかけていた瞼をうっすらあけ、いつもの皮肉気な笑みを口元に浮かべ「それはまずいな」と言う。

「まずいどころじゃない最悪だ。だいたい何を勝手に動いてる、あのテープはなんだ」
「・・・・・・」
「巻き込まれた僕には聞く権利だあるだろう――このままなら、どうせ長くはもたない」

かなりあちこちを動き回っていた。この場所を発見し、救出の手がのびるまで。常識的にみてもはや赤井は助からないだろう。

「・・・・・・記録だ――研究記録。とある機関で行われた、実験の」

何の、誰の実験であるかなど、聞かなくてもわかった。
かつて、赤井にくっついて春は渡米した。しばらくはその能力はうまく機能していた。彼と春のことを古くから知るジェイムズ・ブラックは『君のせいではない』といつでもいう。君のせいではない?そんなはず、なかった。まだ幼い春の手をとったその瞬間から、すべての責任は赤井にあった。FBIにもともとあった伝手で、幼い春のことも外部コンサルタント扱いで受け入れるだけの柔軟さがFBIにはあった。赤井は自分の若さゆえの高慢さを今でも悔いている。自分が守ればいい。そう高をくくっていた。だが結論として、一度、赤井は春を傷つけた。情報が欲しかった、父の死の真相が知りたかった赤井と、息をするのさえ許されないような環境から逃げ出したいと願っていた春は、互いを利用しあっていた。それでも、年上の赤井には確かに責任があったのだ。
能力がひどく安定しない時期、どうしようもならなくった春の『治療』を申し出られ、そして春を渡した。それから三か月。その間に春が何をされていたのか。

「・・・・人体実験。一部の研究者の暴走で、あの子が浚われ、モルモットのようにつかわれた。」

「・・・・・」

降谷は乱暴に赤井の止血をおこなった。なぜ自分がこんな神父のように告解を聞いてやらなくてはならないのか。舌打ちをしたかったけれど、ほかならぬ《あの子》の話なので話の邪魔をするような真似はしなかった。

「英国から、アメリカに実験に来ていた春と似たような能力の双子の兄弟が『警告』をしなければ、最悪の事態になるまで俺は気づきすらしなかった――いや、手を離した段階で最悪か、あの子は結果的に酷い心的外傷をうけた」

母であるメアリの伝手で、ASPR《アメリカ心霊協会》の実験に、立ち会ってみないかと赤井に声がかかった。似たような少女を保護しているなら、参考になるだろうというジェイムズの気づかいもあった。数分だけならと面会を許され、挨拶代わりに握手をした。瞬間。春よりは幾分か年かさの少年は、ひどく顔色を悪くした。
預けたはずの研究所に春の姿はなく、すぐに捜索が始まった。見つかったときの惨状を、今でも時折赤井は夢に見る。
生きていただけで奇跡のようだった。以降、英国に本拠地を置くSPR《英国心霊協会》の双子と同じ能力の訓練を定期的に受けに行くようになった。

「そんなことがあってよくもまぁ組織の潜入捜査に同行させたな」
「『おいていかないで』と泣かれてNOが言えると思うか? 無理だ」
「泣くのか、あの子」

降谷の前では少しも泣こうとしない子なので意外だった。赤井は「君の前では背伸びしてるんだよ」とかすかに笑った。あの頃、春にとって《春自身》を見てくれる人間は赤井だけだった。狭い世界で、他に縋るものなんてないとばかりに懇願されてNOを言えるわけもない。

拉致され、人体実験されていた間のデータはFBIに厳重に保管されていた。外部に残っていたデータの一部を、今回の犯人は餌に使ったのだ。春の一件で、違法な実験をつまびらかにされ、職をうしなった科学者の弟子が企てた見当違いの復讐劇。それに降谷は巻き込まれた形になったというわけだ。

「データを公に垂れ流すといわれてね」

そんなことが許せるわけもない。

「もういいから黙ってろ。懺悔なら教会でやれ」

「断罪してくれそうな人間は、君のほかにはおもいつかない」

春が、少しも赤井を恨まないから。

「なぜ僕が。知ったことか。勝手に死ぬな・・・・・あんな顔のあの子の世話をやくのは二度とごめんだ」

「は、」

爆発のさなかで時計すら壊れてしまった。どれくらい時間がたったのか、体感でしか図れない。

「あの子が来るまで持ちこたえろ」

「・・・・・・もう来ない」

「来る」

「日本をちかごろは離れたがらない」

いい傾向だ、と降谷は言う。アメリカなんて物騒な国にはおいておくべきではない。日本の危険性については棚上げした。

「子離れの時期だな」と降谷が皮肉を言う。

「君も」

「・・・・・うるさい」

赤井秀一が、自分に絡んでいることで死にかけているのにあの子が来ないはずがないのだ。だからこそ、勝手に死んだ気になってもらっては迷惑極まりなかった。

「出血がおおい」

「死ぬな」

この男が死ねば、ようやく外の世界で歩き出したあの子供がどうなるのか、降谷は想像したくもなかった。

「きびしいな」

「あの子のために死ぬな・・・・・お前は俺が殺してやる」

「ああ・・・・・そうだった」

(たしかに、あの子が、泣くところは見たくない)

かつて死を装ったときに、春が精神的にボロボロになっているのを、なんどか遠目に見た日のことを覚えていた。降谷がそれをどうにかすくいあげて、手を引いてくれたから、春は何とか生きている。だから、春を連れていくのはてっきり降谷なのだろうと思っていた。

(それが、まさか――)

いつか、幼い日に「おいていかないで」と泣いていた子供は、守られる場所にもういる気はないのだ。
瞼が重い。ゆるゆると意識が霞が買っていく中で「 ――秀に、・・・ッ!!」

耳慣れた声が、赤井を呼んでいた。










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