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26-1


《唐沢克己の証言》

八嶋君についてか・・・そうだな、今でも外務営業部に来てくれないかなとは思っているよ。貴重な人材だからね。
ああ、八嶋春寿退職阻止実行委員会についても勿論知ってる、旧ボーダー幹部にとって割と深刻な機密を握られてるみたいだからねぇ。
私もたまに誘われるし、面白い会議だね。迅くんに個人的にアドバイスをしたりもしたけど、八嶋君は中々手ごわい。

けどまぁ、うん。
その件に関しては、風間くんたちの意見に賛成かな。根付さんもかなり心配していたけれど。彼女がもしも内通者だとしたら、外務営業部長としては人を見る目がなかったというより他にないから、それこそ引退して田舎に引っ込むべきかもしれないな。

とにかく、個人的な見解をいえば彼女は内通者ではないし、もうどこにもいかないとおもうよ。行けないだろう、と言うべきかもしれないけどね。
何故そう思うか?
こう見えて、昔ラグビーをやっていてね、その時に培った勘、かな?

というか、逃がす気は私としてもないわけだしね。
ぜひとも迅くんには頑張ってもらいたいな。



***


ボーダーの廊下は複雑に入り組んでいるうえに、似たような景色が続くせいもあいまって迷子になるものは割と後を絶たない。突貫工事にも似た勢いで建てられたものだから仕方ない。だが根付栄三にしてみれば、どうということもない。彼は非常に優秀な人物なのだ。一度案内されれば一度で覚える。それくらいは組織の上層にいる人間には備わっていてしかるべき最低限の要素といえた。

「Hello?」

角を曲がる寸前に聞こえた声に、根付は足を止めた。流暢な英語の発音だ。ボーダーでここまで綺麗な発音はあまり聞くことがない。

「あー、」

その人物の顔を確認して、とっさに根付は身を隠した。
八嶋春。彼女は、あたりをきょろきょろと見渡して声をひそめた。

「その話をするのはここではちょっと、まずいから――、一端出るよ、かけなおす。けど、いいの?この情報は高くつくよ?」

ささやくような声音で彼女は小さく笑っていた。根付は息をのむ。

(情報を売っている?なんの?だれに?)

手にしていた書類が、瞬間ゆるんだ手元から滑り落ちていく。その音に、彼女の視線が根付へと向いた。通話を切りながら、彼女はたった今気が付いたとばかりに、にこやかに笑いながら「手伝いましょうか?」と歩み寄ってくる。
落ちた書類の中にあるものは広報用のパンフレットの試作品だ。それだけの、はずだ。それでも根付はとっさに「必要ありません!」と叫んでいた。
相手はきょとんとした顔になる。
並んだ言葉を脳内で反芻する。内通者。その言葉がぐるぐると回る。

「大丈夫ですか?」

心配です、というこの表情すらも演技だとしたら?企業産業スパイを根付は何人も知っていた。彼らは息をするように仮面を張り付け嘘をつく。だまされるな、警戒しろ。誰もかれもが「彼女は大丈夫」だという。ほんとうに?根付は懐疑的だ。彼女の履歴書には堂々と潜入捜査経験有と書かれている。
根付は資料を拾い集めて、彼女から逃げ出した。
こんな時に限ってこの手の相談事をしたい唐沢が外向きの用事で不在だった。一応の報告を城戸司令にはあげた。彼女の監視レベルの引き上げることの許可はされたが、根付は正直もうこんな取り扱い危険人物は放り出してしまうべきだと思った。
彼女の提案は興味深いものがあったけれど、あいにくハイリスクハイリターンは根付のスタイルではない。
だが、目下の問題は別にある。再びのネイバーによる侵攻はすでに迅悠一によって確定した未来として報告されている。不確定であり、ろくな物的証拠もない案件よりも、そちらにすべてのソースは割り振られるのは仕方ない。少なくとも自分だけは警戒しておかなくては、と目を光らせている。

「根付さん、この間のイベントの嵐山君もすごく良かったです」
「・・・・・そうですか」

明らかに根付は八嶋春に対して懐疑的な態度を隠していないにもかかわらず、彼女の方は一向にかまわずこうして嵐山隊のファンの鑑のような意見を熱く語っていく。

(そうでしょうとも、嵐山君たちは素晴らしい!)

思考がそれてうっかり嵐山隊の魅力をより広く知ってもらうために必要なことを1時間もノンストップで議論してしまったことに気が付いて、根付は言いようもない疲労感に襲われた。もしも、彼女が根付の危惧する通りなら、彼女はなかなかやり手の内通者である。
自分に外交は向いていない、と根付は悲鳴を心の中であげた。

――この情報は高くつくよ?

ささやき声だけがリフレインしている。




***




けたたましい緊急警報が鳴る、ボーダー本部の一角で唐沢克巳は銃で脅されていた。

「痛いめにあいたくなかったら、おとなしく端末を渡してください」

この現代日本において、こんなもので脅されるのはめったにないことではあるが、危うい橋も渉るのがお仕事である唐沢はあいにくのところ初めての体験というわけでもなかった。だが、それでも。想定外の相手ではあった。
――『一瞬の油断が命取りなんですよ。』
という根付の言葉をぼんやり思い出した。
唐沢は今しがた本部に戻ってきたばかりで、トリオン体ではない。撃たれれば、死ぬ。
銃口は、少しも揺れることなく唐沢に狙いを定めていた。慣れた仕草だ。この子はこんな顔をするのかと、いっそ感心すらしていた。

「――八嶋くん」

唐沢は相対する人物の名を呼んだ。
けれど彼女は小さくため息をついて、唐沢が自分言うことを聞く気がないのを悟ったようだった。

「すいません、急いでるんで」

短い謝罪だった。
銃声が響く。
中々銃の腕もいい。これもきっと『赤井仕込み』なんだろう。少しばかり焦っているようにも見えるが、内心を読めるなんて便利な能力は唐沢にはない。
撃たれた場所を片手で押さえながら、廊下の端へと背中があたり、ずるずると崩れ落ちる。手が、赤く染まっている。


「ボーダーは《 迅悠一 》に頼りすぎですよ」


痛みに、視界がかすかにゆがむ。ラグビーのおかげで痛みには強いはずなんですけどね、という軽口も口から出てこない。
八嶋春が唐沢のカバンから、端末を奪って立ちさるのを、ただ見ていることしかできなかった。


「――だから、こんなことになるんです」

その捨て台詞はもっともだった。迅悠一が視る未来で、ボーダーは回っている。その予知を灯台の明かりのようにして、よるべもない大航海を続けている。
これは果たして迅悠一の視た未来の内か、それは唐沢にはわからない。





***





「本部長っ」と沢村が焦った声をあげた。ガロプラの侵攻がともかくの終息を迎えそうになっていた矢先である。

「唐沢部長の端末に不正アクセスを検知しました」

「唐沢さんの?位置は?」

「本部内、北東12階廊下です。監視カメラの情報につなぎます」

画面が切り替わる。アクセスのあった地点の廊下の壁によりかかって座り込んだ唐沢が、映りこんだ。スーツの腹のあたりが画面越しにさえも真っ赤に染まっているのが見て取れて、全員が息をのんだ。

「時間を巻き戻せ」

いち早く忍田が指示をとばし、監視カメラのログを再生する。
そして、唐沢克己に向けて発砲した人間がスクリーンに映し出された。手慣れたしぐさで銃を撃ったその人物は、ここしばらくよく上層部の議題に上った人物だ。
――八嶋春。
根付はだから言ったんです!と何度も繰り返していた。


「どうなっとる、なにしとるんだアイツは!」

「これは、まずい事態ですよ?!」

鬼怒田は机をたたき、根付は頭を抱えている。すぐに唐沢の安否の確認へと付近の隊員を向かわせる。画面の中の唐沢は微動だにしないので、最悪の事態すら脳裏をよぎる。

「端末の現在位置は」

「そのまま移動しています」

「こちらからアクセスできるか」

「電源切ってないみたいですし、ハックできますよ」と冬島が口をはさんだ。

忍田は即座に「やってくれ」と指示を出す。冷や汗をかいて、まずいですよまずいですよ、と根付が繰り返すから「落ち着いてください」と忍田が声をかける。

「落ち着いてられますか?!緊急事態じゃありませんか?!遠征艇が守れたところで、唐沢さんが落ちたんじゃ本部運営に致命傷ですッ!!一体誰が!どこから!遠征にかかる費用引っ張ってくるんですか?!」

切実な悲鳴だった。唐沢克巳がいなくなれば、本部運営のどれほどが滞ることになるのか、それを一番理解しているのは根付だからこそ、彼の顔は真っ青だった。大規模遠征なんて、夢のまた夢だ。

「唐沢さんが落ちたと決まったわけではありません」

「あちらは実弾を使用したんですよ?生身の、非戦闘員に!内通者は《彼女》だったということでしょう?!」

内通者、そのあぶり出しをしなくてはいけない、という議題は確かにあった。再度侵攻が片付けば、そちらをと迅と話してはいたが、動きが早かった上に、動いた人物は想定外の人間だった。迅にこれは見えていたのか。確かめているだけの時間の余裕はない。

「もうちょいでロックが開きますけど、あいつが内通者なら、唐沢さんの端末そのまま持ってんのは頭悪すぎませんかね?」

「というと?」

「そこそこ情報戦も仕込まれてるし、持って動いたときのリスクは知ってる奴ですよ春ちゃん」

「沢村君、本部内に非常事態通告を」と指示をだす。


――本部メインコンピューターにバグが発生しました、全職員、隊員はすみやかに規定の行動についてください。


端的な命令だ。本部メインコンピューター、というのは《迅悠一》を指している暗喩だ。迅の未来視にはないバグの発生。A級職員と隊員にしかこの意味は伝わらない。


『あ、忍田さん?こちら太刀川〜、現場ついたよ』

通信端末を片手に、現場に到着した太刀川がカメラにむけてひらりと手を振る。

「・・・慶、何故お前がきたんだ」

『俺のとこからが一番近かったし』

「まだ敵が周囲にいたらどうするんですか!」と根付がA級1位の身の安全を警戒する。

『敵って?』

敵、というべきなのか。
先日、一緒にラーメンを食べた夜を思い出す。助けたふりをして、あれもすべてが計算だった?だが、忍田にはそうは思えなかった。
――信じてくれる人には、同じだけのものを返したいって思ってます。
そう、彼女が忍田に言ったのはいつだったか。

「・・・・慶、唐沢さんは」

『ん?あー、ひっでーなコレ、もうだめじゃん』

相変わらずの軽口に忍田が眉をひそめた。

「本部長、端末の音声拾えました」

冬島がタンっ、とキーを押した。



***



少しばかりくぐもった声が、本部司令室に響いた。八嶋春の声だ。
すぐに端末の位置情報を確認し、監視カメラにアクセスする。これは幹部クラスしか知らない上に、露骨に視えてる監視カメラなんてものがないので、誰も気づいてはいないようだった。カメラは『三人』の人間をとらえていた。


『私は貴方の敵じゃない』


と、春が口を開いた。右手には銃を持ち、左手には先ほど唐沢から奪ったのであろうタブレットが抱えられている。
《二つの銃口》に威嚇される職員が震えている。八嶋春と、脅される職員と、そしてもう一人。同じように銃をかまえた三人目はじっと視線だけは春に向けている。




「あれはどこの職員だ?」

「銃口を向けられている人物なら。人事部の幹部候補ですよ」

カメラはじわりと、アングルを引いていく。

「・・・・もう一人の男は、その同期です。そして、最後の一人はおわかりでしょう?!」

事務畑の根付が解説した。いったい誰が裏切りものなのか、誰が裏切りものだとしても最悪の事態だ。アクセス権限の高い人間が三人。狭い部屋で顔を突き合わせている。



銃を持った男は、口を開かない。作法として春は両手を挙げた。
へらり、と春は笑っている。


『ご苦労様ですよねぇ――あなたたち、CIAも』


銃を握った男は顔色ひとつ動かさない、が違うとも言わない。


「CIA!?」

先ほどから根付の血圧は上がりっぱなしである。春の言葉が正しければ大国アメリカのスパイが幹部候補に名を連ねていたことになる。



『先手を打ってたのはさすがですけど、私に罪を着せて内通者として始末しようなんてひどすぎません?同じ《半端もの》どうし仲良くしましょうよ』

『何の話だか、わかりませんね』

『銃かまえて何とぼけてるんだか。実は、私も潜入捜査でして。日系なもんだから、こんな面倒な仕事押し付けられたんですよね』

『S級オペレーターとして就職が決まった方が何をおっしゃる。彼が情報を流しているのを見つけたので追い詰めたんですよ』

『またまたー。こんなとこに飛ばされたんですから、貴方だって手柄あげて本国帰りたいでしょう?私もそろそろ飽きてきちゃったところなんで丁度いいや。一人より二人の方がはかどる。最近ちょっと監視がきつくなってきてて、一人じゃきついなーと思ってたんですよ。手柄は折半でいいですから一口のりません?』

にこりと笑って、春が片手に持ったタブレットを揺らした。

『唐沢克巳のタブレット。獲ってきたんで。もう今さらこっちもあとには引けないんですよ』

『・・・本物ですか』

『見てたくせに。私の行動チェックしてたでしょう?さっきメインコンピューターのバグ発生アナウンス聞きました?あれ、多分私のせいなんですよ。そして、私が唐沢を撃つのを目撃した貴方はこの機に自分も動こうとして焦った結果、同僚に見つかってしまって、現在どう始末するか検討中ってとこでしょう?確認しますか?いいですよー、一応バックアップもとったんで』

タブレットを足元において、片足で蹴るとフロアを滑らせる。スーツの男は警戒を緩めることなく足をかがめて端末を取り上げた。


『ちゃんと指紋認証も解除してあるでしょう?』

スライドさせれば、いくつもの案件に関するデータがあがっていく。

『まー、細かいことは道すがらで。いやー、肩身狭いですよね本国で。ハーフや日系になんだかんだであたりはきついし。ほら、例の組織の件だけじゃなくクライン財閥令嬢の事件、あれの手柄のせいでやっかみが酷くて、ほとぼりさめるまでって、こっちに飛ばされたんですけど。――とりあえず、疑うなら先に証明しますよ』

『・・・FBIの《幸運の青い鳥》がやることにしては過激にすぎるのでは?』

『私はそっちにレンタルされたこともあるし。それに実はこれ《ハリー・クライン》からの依頼でもあるんです。どうせ飛ばされてるなら別件で動いてみないかって極秘の』

『・・・』

『失敗できない仕事ってのは、おわかりいただけました?』

いくつかのデータを確認した男は、小さく頷いた。

『さて、 ボーダー職員のお兄さん、私たちと仲良くアメリカまでランデブーしませんか?有益な情報を流せば一生遊んで暮らせますよ?』

脅されるように銃を向けられた職員は首をがんとして縦にふらない。裏切者、と震える声が詰った。それに肩をすくめて『それは残念』と、そのまま、春は至近距離で二発撃った。
司令室でモニターを見ていた根付が悲鳴をあげた。


『さて、さっさと行きましょうか』
『どこへ』

崩れ落ちた職員を一瞥すると、銃はまだおろさないまま、春に向き合う。

『――遠征艇、ですよ。その運用データを手に入れるの、時間はかかったんですけど何とかなった。今、どうも上は本部内に侵入した敵にてんてこ舞いのようですし、ついでに頂いていきましょう。ここまでやっちゃったんなら、さっさと逃げるに限る』

『本国と日本で国際問題になるぞ』

『無理ですよ、ボーダーはこれを公にできるほど安定した組織じゃない。唐沢克巳がいなくなれば、情報戦でうちが負けるなんてありえませんし、外交圧力で押しきれますよ。そもそも私がやらなきゃ、貴方がやってたでしょう?』



本部に陣取った幹部たちは眉間にしわを寄せた。たしかに、それは事実だった。外務営業を一手に担う唐沢が落ちれば、ずるずると各国の要求はエスカレートしていくだろう。
彼の代わりをできる人間は、今のところどこを見渡してもいなかった。だが、一つのキーワードで、忍田はこれが見たとおりの事態ではない可能性に気づいた。


『それはいえている。――本当に動かせるのか』

『だから、言ったでしょう?一人では厳しい、って。指示に従うなら乗っけてあげますよ。他に誘える人いません?』

男は何人かの名前をあげる。遠征艇の許容人数は〜、と春があれこれ説明し始めたところで開発畑の人間が奇妙な顔になる。どこか話がおかしい。



『忍田さん?聞いてる?いきなり通信切られると困るんだけど』

回線に割り込みをかけたのは太刀川だ。

『唐沢さんの件なんだけどさ――』

「慶、あとにしろ。ハンガーにまだいる隊員は?」

「太刀川隊員がベイルアウト、その後風間隊員がトリオン切れで同じくベイルアウト。小南隊員と、村上隊員が開発室の職員と後始末にまわっています」

「開発室職員は退避、すぐにそっちに《内通者》が行く、拘束しろ。トリオン体なら問題ない」

一番はじめに、八嶋春は現状の確認を行っている。その上で、ハンガーへ向かうとすれば、それは――、

「慶、唐沢さんは生きてるな?」

忍田は確信をもって口を開いた。

『 あー・・・高そうなスーツがダメになってるけど、生きてた』


酷い目にあいました、と痛みをこらえた声音の唐沢が割り込んだ。
全員がほっと息をつく。この人が死んだら、ボーダーの弱体化は著しいのだ。


「救護職員を先ほどの部屋へ向かわせる。恐らくそちらも、撃ったのは《空砲》だ」

『衝撃も痛みもあったので空砲ともいえませんが』と唐沢はため息をつく。

「慶は唐沢さんを連れて退避」

『了解了解。あ〜、つまんないとこでベイルアウトしましたよね俺』

先ほどの戦闘はそれはそれで面白かったし、迅の予知も覆せたので満足だったが、こちらは恐らく迅の予知の外側の出来事だ。首をつっこめなかったのは惜しい。

『迅くんはどうしてます?』

「迅には動くなと伝えてありますが」何せ捕虜と一緒なのだ。こちらに駆けつけると言う迅をとにかく今は動くなと言ってある。本部内部のごたごたを捕虜に悟られるわけにはいかない。

『いえ、なら結構です。この件は、こちらで何とかしましょう。八嶋君の言葉はおそらくそういことでしょうから』

唐沢が忍田を止める。

――ボーダーは迅悠一に頼りすぎなんですよ。

正論だ。全員に反論の余地はない。
今日何度聞いたかわからない。

――迅の予知がなんとかしてくれる。

その絶対の信頼は、裏を返せば依存であり、甘えだ。わかっていた。それでも信じる道を、忍田は選んできた。


『迅くん、今日は別件でもうかなり動いてるでしょう?こちらは《我々》で始末をつける。そのつもりだからあんな捨て台詞を残して行ったんでしょうし』

「・・・現状、迅を呼び戻すほどの緊急性はなくなっていますが、彼女が、」

忍田は言いよどむ。これは予知の外側にあった案件だ。何がどう転ぶかわからない。万全を期すなら、呼び戻すべきだが。そして何よりも。まだわからない。信じたい、彼女は信じれる人間だ。忍田はそう思っている、それでも一つの可能性として、彼女が内通者である可能性は排除しきれない。


『ちょっと忍田さん内通者って何よ?!』

通達を受けた小南が騒いでいる。

「八嶋君が連れて行く。CIAの人間だ、それなりに腕に覚えのある人間のはずだから、トリオン体とはいえ油断はするな」

『CIA〜〜!?春ったら何してるのよ。そもそも迅!迅はなんにも言ってなかったわよ?』

『・・・・? 村上、了解』

『鋼さん、了解、じゃないでしょう?!』

『すみません、自分は片腕がロストしてますから、小南のサポートにまわります』

『ないつーしゃなんて、あたしが全員やってやるわよ!』

怒れる小南を相手にするとは何とも相手も運がない。打って変わって落ち着いた声が続いた。

『こちら風間、救護職員と先ほどのデータ保管室につきました』

「職員は?」

『痛みと衝撃で気を失っていますが、命に別状はありません』

「そちらは風間君にまかせる」

『ハンガーには』

言外に同回生の応援に駆け付けたい気持ちがすけた。だが、

「今、君はトリオン体か」

『・・・では、外から木崎を呼び戻すことを具申します』

迅の名前ではなく木崎の名前があがった。

「沢村君、どうだ」

風間の具申にすぐさま、木崎の位置を沢村が割り出す。

「本部外壁周辺ですが、今からで間に合うとは」

『間に合う必要はありません。小南と村上で制圧後、現状を木崎に引き継ぐのがベストかと』 

「現場責任にまわすということだな」

『八嶋と連携をとるでしょうから』

おおよその状況を現場につくまでに頭に入れたらしい風間は、職員の手当に立ち会っている。

「八嶋君が内通者かもしれないとう嫌疑はまだ晴れてませんよ!」とほとんど悲鳴のように根付が主張した。彼はそれこそを自分の役割だと思っている。風間はそれを聞き、そしていつもと変わらぬ調子で答えた。

『八嶋をボーダーに誘ったのは自分と太刀川です。何かあれば、自分たちが責任をもって対処します』

通信はそこで切れた。










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