最上と迅
何が食べたい?と聞いた。
子守に任じられたから、とりあえず。
こどもはこれまで一度だって「これがたべたい」なんて言わなかった。
それが、あるひを境に、変わった。
『・・・ぼんちあげ、たべたい』
安い菓子だった。そんなのでいいのか。もっとうまいもんあるだろ?と聞いても、こどもは首をふって『ぼんち』と繰り返す。正直それは飯ではなく菓子なので、自分の欲しい答えではない。
それでもまぁ、これまですこしも主張のなかった子供のはじめての要求だったので、かなえてやるかとスーパーに連れて行った。
「お前、こんなのが好きだったのか?」
「こないだ、もらった」
「へー、林藤から?」
「おんなのこ」
おっと、隅に置けない。こどもとはいえ、男だったというべきか。
「可愛いかった?」
きょとん、とこどもは目をまんまるにした。
「見てないから、しらない」
やさしかった、――と、こどもは、菓子をかみしめながら、言った。
やさしくて、つよくて、かっこいいと思ったのだと、自分もあんな風になりたいなと思ったのだと、こどもは続けた。
顔も知らない女の子のことを。
「そっか」
「・・・・・なまえ、きいとけばよかった」
それが悔やまれてならない、という顔をしている。立派に『おとこのこ』の顔だ。
近所を探し回ったらしいが、そのおんなのこは結局見つからなかったらしい。しょんぼりと肩をおとして、ぼんちあげをちびりちびりと食べている。
「会えるといいな、また」
「・・・うん」
やわっこい茶色の髪をくしゃくしゃに頭を撫でてやると、こどもはへらりと嬉しそうに笑った。
最上宗一はその《やさしくて、つよくて、かっこいい》と迅悠一が評した少女の命を救い、可愛い愛弟子の願いを叶えるべく三門市に送る暗躍をすることになるのだが、それはまだずっと先の――最上宗一が死んだあと、幽霊になってからのお話だ。
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