My Blue Heaven | ナノ
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20.38


「何故、三輪を八嶋にあてた」

司令室で、机越しに城戸は問う。ぼんち揚げを片手に、くえない笑みを浮かべた少年は、もうずいぶんと長いことを城戸の悪巧みの片棒を担ぎ続けているが、今日に限って言えば笑みをひっこめ司令室の城戸のデスクに懐いている。


「秀次にとって、いい影響になるのが視えてたからね」


だから、忠告はしても警告はしなかったし、任務の取り消しもかけずにいた。城戸にはそれができたが、迅の進言で三輪を残した。本来、八嶋春をつれての巡回任務は風間隊と太刀川隊で行うはずだったのを、変更した。


「城戸さんだってあのままでいいとは思ってなかったでしょ」

「そうだな。だが八嶋春にとっては自分のトラウマを暴かれた形になる。それについてはどうなんだ」

すでに報告は三輪から上がっていた。S級作戦室が設置されてすぐに『専用のシャワー室を』と望んだが、この件を隠したいという目論みもあったのだろう。

「・・・春さんはおれが何しても許してくれるんだって」

「噂になるのは承服しかねているようだが?」



三輪隊を除いての二部隊で組んだ場合、八嶋春が倒れた日は太刀川の部隊が担当していただろう。その場合の未来はどうなっていたのか。城戸に知る由はない。


「秀次がおれを嫌いなのは、ただしいよね」

温度のない声でいう。この少年は、たまにこういう顔をするのだ。この顔を知っているのは、おそらく旧ボーダーにいたころを知るものでなければいないだろう。いや、一部は知っているかもしれない。
風刃を手にする直前も、似た顔を見せた。誰も寄せ付けないほどに、現実よりも先の未来だけを視ていた。


「・・・迅」

「ボーダーにとっての最善なのは間違いないよ」

そして、そのためならば、いくらでも迅悠一は選択する。そういう風に、してしまったのは、迅の周りにいた自分たち大人の責任だった。


「自作自演は、ボーダーの得意技だからね」

「迅、その言い方はやめなさい」

つい、言葉に力がこもった。
迅が笑って「前の城戸さんみたいな口調になってるよ」と上げ足をとる。

「傷つくのがわかってて、それを待ってから、助けに現れてヒーローみたいな顔をする。どこまで知ってたかなんて誰にもわかんないからね」

「それが最善なんだろう」

「だから、わかんないよ。少なくとも春さんは傷ついた」

「・・・ボーダーに、私の組織にとって最善であるならば、かまわん。八嶋春はいまだに要警戒対象者だ。その監視と、八嶋春のボーダーへの囲い込みに関してお前に一任しているのも私だ。よって、すべては私の責任だ」

「・・・・おれ、城戸さんのそういうとこ好きだよ」

「迅」

「ねぇ、城戸さん。どうしたらいいと思う?」


何故、自分に言うのだ。そんなことは林藤なり、忍田なりに話せばいい。何故、城戸を迅は選ぶのか。



「・・・・・おれさ、春さんのことが好きかもしんないんだよね。出会ってそんなたってないのにさ。すっごいズルをしてて、未来視使いまくってる。さいてーじゃない?ねぇ、城戸さん、どうしたらいいかな。おれが何しても、ほんと、春さん許してくれるんだよ。それは視えてる、けどさ」

「何故、わたしにその話をふる」

「だって、ボスに言ったら面白がって余計なことするじゃん絶対。おもちゃにされるのはヤダ。忍田さん?無理無理。春さんへの態度が目に見えてぎこちなくなるよ。風間さんは春さんと近すぎるし、太刀川さんは論外。ああ、嵐山?駄目だよ、あいつなら『告白しないのか?』って言う。無理だってそれは」

「・・・・」

保管されている風刃を引っ張り出してきて、八嶋春を呼び出し通訳させたうえで、この不毛な相談を最上に丸投げしてしまいたかった。そもそもが、これは最上宗一が負うべき案件のはずだ。たった一人の愛弟子なのだから。この面倒なサイドエフェクト持ちの、屈折した恋の面倒を、あの男が見るべきだったのだ。何故、自分が。


「・・・好き『かも』なのか」

「かも」

「八嶋春がボーダーの人間と婚姻関係に至るのは、ボーダーとしては願ってもない展望だ。政略結婚第一号になるのなら、大々的に広報で取り上げて逃げようがない方向に持っていくのがいいだろうな」

業務としての割り振りとして考えることにした。

「根付さんの仕事っぽい」
「発案者は唐沢君だ」

唐沢が先日酒の席でこぼしていたプランである。根付がボーダー結婚第一号は絶対に嵐山君がいいです!と主張したのでお流れになったが。
どこの式場を手配するか、ボーダーの関連企業の上客リストをあげてみるくらいには本気の顔だった。したたかに酔っていたのは間違いない。唐沢は酒に強くない。が、一見して酔っているようには見えないのが癖ものである。途中まで城戸は真に受けていた。唐突に机につっぷして、漸くこれは酔っ払いのたわごとだったのだと気づいた始末だ。


「唐沢さんにも言われたなー。既成事実をつくっていくのが一番ですよ、って。未成年なのがいまひとつ印象がよくないので、二十歳になってから押し倒すのが根付さんのためにもいいでしょうね、だって。こないだの添い寝はその一貫だったんだけど」

「・・・・・」

「けど、そういう未来は結局視えてない」

視えてない。その未来はまだ確定していない。迅がこんな話をするの初めてだった。これまでだって、この少年が誰かと交際しているらしいと噂になったことはあった。どれも告白されて付き合って、フラれるのは迅の方で。
付き合うのが視える。けれどフラれるのも視えていた、のだろうか。始まる前に終わりが視えている。
あんなに傍に自分はいるのに。どれだけ噂を煽っても、どれだけ暗躍をかさねても。

「おれと、春さんが付き合う未来って少しも視えないんだよ。不毛じゃない?ここまでやっても視えない確定しないって、脈なしってことでしょ?」

未来を視て、よりよい選択をするのが迅で。
だからこそ。

「春さんにとっての《とくべつ》枠はおれにしてくれるみたいだから、それで、いいのかもしんないけどさ」

「――八嶋君は、未来の旦那を夢に見ると言っていた」

迅がはじかれたように城戸を見上げた。初耳らしい。

「ボーダーの《制服》を着た旦那を探してみるのも面白いと、そう言っていた」

城戸の警戒を少しでも解きたかったからという側面と、《最上宗一》に振り回されたことのある人間への共感から、こっそりと八嶋春は自分の秘密を城戸に打ち明けた。それをこれまで城戸は誰かに口外はしなかったし、するつもりもなかった。だが、八嶋春と迅悠一を天秤にかけるならば、後者との付き合いの方が城戸は長いのだ。

「・・・・へぇ」

迅の声が少しだけ低くなる。温度も限りなく下がった。面白くありません、と全身で言っている。好き『かも』しれない?どこがだ。予防線をはるのは、怖れているのだ。見えない未来、確定しない未来。手探りの関係は常人ならば普通のことでも、未来視を駆使して生きてきた迅には縁遠い。
好きなんだろう。そして、それを曖昧なままにしておきたいのだ。

「制服ね」

隊服ではない。というニュアンスを迅は正確に読み取った。ボーダーでいうところの制服は、事務方を除けば『幹部組』を指す。
この情報をどう扱うかは迅次第だ。邪魔をするのも、迅自身が『制服』を着て、その夢の相手になるのかも。

「それ、春さんは城戸さんにだけ話した秘密なんでしょ?おれに言ってよかったの?さっきも言ったけど、今のを聞いておれがまた未来視で春さんの邪魔するかもよ?」

「八嶋春を、ボーダーから逃がさないという目的が達成されるなら、それが誰であれ、どんな手を使ったものであれ大した違いはない」

ボーダーは城戸の組織だ。派閥は違えど、一つの傘の下にある。
ボーダーは正義の味方のふりをした悪の組織だ。目的のために手段は選ばない。少年の純粋な思いさえ利用する。三輪の、迅の。未成年の彼らの思いを、利用して、ボーダーはできている。


「迅、今後この手の相談は林藤にするように」

「ええー、聞いてよー」

「支部長からの命令系統を乱すのはよくない」

黒トリガーの時の理屈を持ち出せば、迅は口を三の字にしてふてくされてみせる。

「けち」

「結構。話はおわりだ。迅、八嶋君と映画を見たか」

「どれを?」

「《大脱走》だ」

見たよ、と迅は頷いた。

「そうか、ならわかるだろう。―――すべては《見方しだいだ》」

どれだけ脱走に失敗し、どれだけの犠牲をだし、そしてそれにどれだけの意味があったのか。すべては見方しだいで。
そして、何度失敗しようが彼らは挑み続けていく。どれほどの劣勢でも。


「見方しだい、ってのはいい考えだよね」


迅はそう言って、司令室を出て行った。


城戸はその背中を見送ってから、今、何かよくないスイッチが未来視持ちの少年に間違いなく入ったことに気が付いた。










「・・・しまったな」

額に手をあてて、かつての同輩の名をつぶやいた。その顔は、おそらく先ほど迅が揶揄したように『前の城戸さんみたい』な顔だったが、それを見る人間はもう誰もいない。
ボーダーのためにならないことを、迅悠一は決してしない。あらゆる選択肢から《最善》を選ぶ。迅が、いったいどの最善をめざし、ルートを選択しようが、結果さえ伴なえば城戸は関与しない。
おそらくは、今度ばかりはそれが仇となる。

組織のトップとして、あらゆることに対して感情をフラットにしなくてはならない。それでも。最上を亡くして、それから、何かを『ほしい』と言ったのは風刃だけだったこどもが、ほしがっているものを与えてやりたいと思う。
この際、その欲しがられている本人の気持ちは城戸には関係ない。何しろ、アレに関して言えば手おくれだ。



( 最上宗一に目をつけられて、のこのこ三門にやってきた時点で、逃げ道はないか )



それは恐らく、自分と同じで、と城戸はかすかな諦観を胸に、手元のあげられたいくつもの報告書を眺めた。

「風間か」

『緊急の用件でしょうか』

城戸の内部通信に、部下はすぐに応答した。

「八嶋春の件で、迅が動く可能性がある」

『・・・?問題ないのでは?』

「こちらの想定の範囲内なら問題はない、放っておけ。だが、そうでないときの始末は君に一任する」

範囲内ならば、だ。人の思考はごくまれに、突拍子もない方向に動く。追い詰められればなおのこと。城戸としては、迅と八嶋春がまとまってしまえば面倒が減る上に、その八嶋春を本部で押さえれれば玉狛への牽制としても使えるという打算があった。

『厄介ごとの気配しかしませんが』

「先払いをしておけば、後々リターンが入る計算だ」

『唐沢さんの理屈ですね』

「三雲君の件と同じだ。リスクはあるが、リターンもある。」

ハイリスク、ハイリターン。それがボーダーだ。ハイリスクでローリターンのことも多いが、そこには目をつぶる。実際、先ほど城戸がきったカードは城戸のもくろみとは違う作用を迅にもたらしたようだった。八嶋春の視る未来について。これを風間達にも話すべきか。ひとまずは迅の出方を待ってみるよりほかにない。

『・・・風間、了解』

通信が切れる。要領を得ない命令になってしまったが、聡い隊員なのでうまく手をうつだろう。











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