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19.25


ふらふらと、あちらこちらを覗き込みながら米屋陽介は本部を生身で歩いていると、近頃話題の人物が廊下に立っているのを見つけた。
S級オペレーターの八嶋春だ。
B級以下には詳細はそこまで伝わっていないが、A級部隊の米屋にはそれより少し多くの情報があった。曰く、八嶋春は《超能力者である》だ。
実際それを目の当たりにしたことは、まだ米屋にはなかった。いくつかの功績を並べられたデータが本部のアーカイブに公開されていたのを三輪隊でも見たが、どれも『偶然なんじゃね?』という気もしたし、偶然でないとしたら『迅さんばりにやばくね?』という気もした。

三輪は案の定、八嶋春という人物を《迅悠一の同類》というカテゴリに放り込んだ。つまり、積極的にかかわりに行くA級隊員が多い中、三輪隊は全体としては隊長にならって距離を取っていたのだ。
米屋としたら、ちょっとというか大分興味があった。面白そうだから、だ。
事実でも、事実ではなくても。八嶋春にはボーダーに《S級オペレーター》という新たな席を設けさせる価値があるのは間違いないのだから。



「どーも、八嶋さん」

とりあえず、黙って見ているのも何なので声をかけた。距離は近くないが、一応挨拶する程度の間柄ではある。A級の作戦室のフロアにS級作戦室があるのだ。
八嶋が振り返った。


「えっと、ごめんね、私、君と面識あったかな?」

「ひでーなぁ。挨拶くらいはするじゃないっすか」

「うわ・・・ごめんね。覚える顔と名前が最近多すぎて・・・・ええっと、」

「米屋陽介。三輪隊の」

「米屋くん?!え?別人じゃない?いつもの髪型は?イメチェンなう?いつもの髪型だったらちゃんとわかったよ!」

男子三日あわざれば括目して見よか…と八嶋春はじっくり米屋を見た。いつもはカチューシャであげている髪がばっさりと落ちている。こうしていると確かに長い付き合いのある人間でも二度見する。そんなに違うとも本人としては思わないのだが。

「よく言われますね。ってか、八嶋さん独り言いってましたけど、大丈夫っすか」

「……独り言?」

「独り言」

八嶋の言葉を繰り返すと、やってしまった、という顔を彼女はした。

「あー、うん。独り言。言ってた」

「……」

この反応は、なんだ。

「誰かと、話してたっぽくも見えましたけど」

突っ込んでみると、八嶋は更に微妙な顔をした。これはうっかり失敗してしまったのを、あまり親しくない年下の子に指摘されて気まずい、という顔に見えた。見えた、というのはあくまでも米屋の主観だからだ。
三輪隊は八嶋春を迅悠一を基準にはかった。迅悠一は、未来を視る。そしてそのすべてを飄々とした仮面のしたに隠している。同類であるならば、この顔だって作られたものの可能性がある。

「……迷子がいて、誰かの弟かと思ったんだけど」

考えてみれば、いるはずがなかったと八嶋春はため息をこぼして、先ほどまで視線を向けていた場所に視線を向けた。

「違ったみたい」

「何か見えてたんすか」

「……ちょっと、調子が良すぎるというか、良すぎて悪いというか、うん、……ごめん」

「なんで謝るんですか」

「だって、驚かせちゃったでしょ」

誰もいないところに笑顔で話す女、というのは確かに奇異な光景ではあったけれど、それが謝罪につながるのが米屋としてはぴんとこない。

「全然?つーか、やっぱいるんだ本部って」

――幽霊が、いる。
それはものすごく腑に落ちる。たくさん死んだし、たくさん壊れた。そりゃいるよな、と思う。本部の七不思議というのがあるくらいだ。

「……こないだは東君を完全にびびらせてしまったから」

「そりゃまぁ、あそこはホラーに関しては人見さんの教育が行き届きすぎてるし」

「人見ちゃん厳選のホラー映画は、実物視る私でも怖い……いや実際あそこまで怖いこともないような……でも、ほら、不気味でしょ、何もないとこに話しかける女って」

「やー、でもいたんすよねソコに」

八嶋春は、一瞬困惑して、戸惑いながらもコクンと頷いた。なんというか、少し思っていた人と違うな、と思った。
これが素の顔なら、迅よりもずっとわかりやすい。FBIにいて、CIAにも伝手があり、公安にもかなりのパイプがある、ボーダーの隊員にも関わらず要警戒指定にされている人物なのに。

「可愛い子だった」

「そーっすか。まだいます?」

「いないね」

「生きてるか死んでるかって、そんな見分けつきにくいもんなんですか」

「……いや、普段はそんなミスしないんだけど」

気を付けよう、と口元に手をあてて八嶋春が言った。どうにも調子がよくないのだ、と。能力なんてない米屋にはない悩みだから、便利でいいじゃん、と思ったのは悪かったなと思った。

「八嶋さん本部の七不思議知ってます?あれって全部まじもんなのかって出水たちと話したんですけど、実際どーなんだろって」

「七不思議とかあるのか…」

「トイレに花子さんいます?」

「いや、いなかった、と思う」

今のは冗談だったのに、真顔で返答があった。男子トイレは入ってないし、本部全部のトイレを使ったわけじゃないから正確には言えないけど、と言い添えるあたり、この人ちょっと変わってるな、と再認識する。そういえば、この人は太刀川と親しいのだ。『あの』太刀川慶と。変わってないわけがなかったし、もっと言えばボーダーに就職内定してる大学生組はもれなく頭おかしい、というボーダー学生組の持論の裏付けでもある。

「それは、まぁ置いておいて、米屋君その頭どうしたの?」

「カチューシャをさっき来てた陽太郎に持ってかれて」

「あぁ〜、なるほど」

じっと、米屋を見ている。いやこれは、

「なんか視えてます?」

視ているのだ、と気が付いた。たまに迅も似たような反応をする。
目の前にあるものを、見ているようで見ていない。

「うーん」

こっちかな、と八嶋春がついておいで、と米屋に手招きした。おとなしく後ろをついていく。
たどり着いたのはS級作戦室だ。ここに出入りする隊員は結構いるのを、A級の作戦室とも近いから知っていたが、自分が入るのははじめてだった。
出水の会話でよく出てくるようになった『春さん』と、こうして話をすること自体も。


「ああ、やっぱりなぁ」

八嶋春はソファを背もたれ越しに覗き込んで苦笑した。

「あーー」

同じように覗き込んで、苦笑した。

「さしづめ米屋くんごっこの最中に眠くなっちゃったのかな、陽太郎くんは」

ソファで陽太郎がぐーすかと眠りこけている。その頭はいつもの帽子ではなくて、米屋のカチューシャがのっかっていた。

「全然似合ってないじゃん」と言えば「いやいや、可愛いじゃん」と八嶋春が笑った。スマホを取り出して写メをとっている。後で玉狛の人に送ろう、と楽しそうに言った。

「これ、みえてたんですか」

「まさか!私はユーイチ君じゃないよ」

「でも視てましたよね」

食い下がると、視線がそらされた。

「視たというか、視ようとしたというか。結局、たどり着いたのは推理したからで、視えた結果じゃないよ。一応、周りには推理の得意な人が多かったから」

カチューシャをした陽太郎がこの区画でふらふらしているとして、それをあっちで見たよという証言ももらい、『あっち』と言う方向に人が集まる場所があるならばそれはS級作戦室だと判断したらしい。そもそも陽太郎は玉狛に顔を出す八嶋春に懐いているらしいから、少しかんがえてみれば何のことはない種も仕掛けもある手品みたいなものだ。

「視ようと思ってすぐに視えるなら便利で良かったんだけどね」

そんなものか、と相槌をうった。そっと陽太郎を抱え上げて、邪魔くさい前髪を揺らすと笑いながら八嶋春がちょっと待ってと米屋を呼び止めた。
デスクから何かを取ってくると、米屋の前髪をつかんで、ぐいっと持ち上げた。


「邪魔そうだから、止めとくね。そのピンは使ってないやつだから適当に処分してくれてもいいし」

「どうも」

「どういたしまして」

処分してくれていい、あたりが自分たちとの距離わかっているんだろうなと感じた。

「返しに来るんで」

「そっか」

一呼吸おいて「ありがとう」と八嶋春が頭を下げた。いや礼を言われるようなことしたっけ俺。と米屋は首をかしげた。








「………八嶋春の監視兼護衛として、防衛任務に定期的につくことになった」と、自隊の隊長である三輪秀二が不本意そうに言ったのは、その数日後のことだ。

「そりゃ面白そうな任務じゃん」と言ったら、秀二は露骨に嫌そうな顔をしたので八嶋さんは苦労するかもなーと、他人事のように考えた。








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