My Blue Heaven | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




03


5年前、実は一度自殺しようとしたことがある。
酷い未来を視て、耐えきれなくなったからだ。大好きな幼馴染の兄が死ぬ夢を繰り返し見て、けれど自分には何もできないのが苦しかった。

『まぁ、こんなとこで死ぬなよ』

声をかけてきたのは、死んだ人間だった。
どうせ死ぬなら俺のおすすめのとこで死ぬほど働いてからにしない?と、呑気な顔して男は笑った。
1年間、そいつはうるさいくらいに春の傍にいた。誰もいないところで、壁にむかって話すおかしな女と何人かの同級生に思われてしまったのが痛い。
1年、と少ししたころ、そのおかしな幽霊はぱったり姿を見せなくなった。
あれくらい常時見えていたことも珍しかったので、いなくなると少しだけ寂しくて、泣いてしまったのは内緒にしておきたい。

その幽霊は、名前を『モガミ、ソーイチ』といった。



***



夢を見た。
巨大な盾だか壁だかみたいなものが、春をぺちゃんこにする夢だ。

突然両サイドから現れるそれは、エレベーターが閉じるみたいに迫ってくる。まだ春がいるのに、勢いが止まらない。夢の中でぺちゃんこになる瞬間、誰かが目の前にいた。
よく見る顔だ。もちろん夢でだが。初めて見たときがいつだったかは覚えていない。最初の頃は自分が創り出したイマジナリーフレンドのようなものだと思っていた。
だが、今ならわかる。彼が着ているのは恐らくボーダーの隊服だ。青い隊服。茶色い髪。風変わりなサングラス。

(なまえがわからん)

意味のない夢だと子供の頃に思っていたものが、三門に来てから急速に意味を持ちつつある。名前のなかった夢の登場人物たちにどんどん名前がついていく。
太刀川しかり、風間しかり。

夢にはいろいろなパターンがある。
未来がそのまま映画のように見えることもあれば、遠まわしに何らかの暗示だったりする。共通しているのは、声や音声があっても何故か”名前”が聞こえないことだ。直接認識して、名前を知って、すると次の夢からはその名前が聞こえるようになる。
昔は名前というのは公にせず、通称だったりした時代がある。本名、真命というやつは、魔術的な力を秘めているだとかなんとか。理屈はよくわからないが。死んだ人の名前はふつうに聞こえるのだから、生者の持つ力のひとつなのかもしれない。

名前がわからないが、青い服着たサングラス少年は昔からよく夢に見た。きっと三門のどこかにいるはずだ。

迫ってくる盾。サングラスの少年、いやもう青年というべきだろうか。
もっと小さい姿の頃から知っているが、明らかにもう成長しすぎている。成人しているか、どうか。
これまでスルーしてきたのは、それが夢の主題になったことはないからだ。よく見るけれど、それは横目に、といった感じで。だが今回は違う。夢に出てくるのは彼だけだ。
探せということだろうか。ここにきて?
三門にきて、二年。一度も出くわさなかった、夢の中の青年を。

さて、探すとなると厄介だ。
何せ顔はばっちり知っているが、名前がわからない。住んでいる場所も知らない。ボーダー隊員はゆるそうでいて、情報の秘匿については結構しっかりしている。
そしてあそこはブラックなのだ。正義の味方風の演出をしているが悪の秘密結社もどきである。下手につついて怪しまれたら、平和な学生生活に暗雲が漂うこと間違いなしだ。
タイミングというものがある。出会うべくして出会う、というやつだ。これまで彼とは出会ってこなかった。これだけ夢に見だしたのだから、呑気に道でも歩いていれば遭遇しないだろうか?
というかタイミングがいいのか悪いのか。この波にのっかるかどうかは考えどころだ。
春にとってまだ夢は夢のままにしておける。ここが引き際というやつだ。ここより先に踏み込むなら、覚悟をするべきなんだろうなと、ぼんやり考えていた。

(三門と、ボーダーから逃げ切れる選択肢って、スルーしかないんだよなぁ)

風間も、太刀川もとっくに決めているだろう覚悟を、三門に縁もゆかりもない自分が果たしてできるのか。起き抜けに”八嶋さん助けて”と太刀川からのラインが入っているのを眺める。ライン交換してしまったのは不覚だった。

(どうしようか)

考える。
青い目が、脳裏をよぎった。もっと小さいころから知っている男の子。
声も知っている、何が好きかも、どんなことをしているのかも。

これはどこで”生きて死ぬ”かの選択だ。帰還不能点。ここを超えたらもはや戻れないと痛いくらいにわかっていた。
煩い声がはやし立てる。まるで耳鳴りのように、うるさくてしょうがない。



***


耳鳴りがしている。
このレベルでうるさくなるのは随分久しぶりで、正直考えることを放棄したい気分だった。
春は大学の食堂で見慣れた髭男に声をかけた。
単刀直入に。

「青い目した、茶髪の、珍しいサングラスかけた子知らない?」
「春さんて年下ナンパするの趣味?」

髭をむしってやった。いつのまにか名前呼びに変わっている。
太刀川慶は春に対して遠慮がない。

「知らないの?」
「知ってる。迅だろソレ。つかさ、昼飯食いつつぼんち食べてるし、春さんこそ知り合いなんじゃね?食い合わせおかしすぎ」
「名前はどうでもいいんだこの際。食べ合わせについても余計なお世話です。これ今最高に美味しいから。あのさ、伝言を頼まれたから伝えてくんないかな?」
「直接言えば?ぼんち好きなら話あうだろ」
「いいから。あのさトリガーオプションあるでしょ?盾のやつ・・・・ええっと最近勉強したんだけど・・・・そうそうエスクード!あれをセットしろって伝えてと頼まれたの」
「誰に?」

誰に。もっともな質問だ。

「知らないよ。いきなり声かけられたんだもん。絶対に役に立つから天のお告げだと思って!なんか予言とかしそうな感じの人だったよ」
「怪しさしかねーじゃん」
「伝えたからね。伝えといてね。じゃなきゃレポートもう手伝わないからね?」

太刀川の体をぶんぶんと肩をゆさぶった。

「了解了解」

レポートをちらつかせればたいていはちゃんと働いてくれるので、とりあえず怪しげでも伝言は伝えてくれるだろう。お礼にあげる、と一枚ぼんちを差し出したらやはり怪訝な顔をされた。

「ほんとに迅と会ったことない?」
「ないなぁ」
「ふーん」
「それよか太刀川くん帰りに本部によって模擬戦しない?久しぶりに個人オペやらせてほしいんだけど。国近ちゃんにも許可もらってきたから」

話をそらすには模擬戦に限る。案の定、太刀川の興味はそちらに移った。

( ”じん”って名前なのか )

と、夢の少年に名前をつけた。おかしいな、と思う。
”アレ”がその子を呼んでいた名前の口の形はそうじゃなかった気がしたが。読唇術を推進されたが真面目にやっていなかったので、あてずっぽうでしかない名前だ。

春は太刀川と本部に向かった。
あと誤解されているようだったので「私の好みは包容力のある年上だ」と主張しておいた。城戸司令と忍田本部長ならどっちが好み?とか聞いてくるあたり、上層部と近いA級トップの発想である。
下っ端B級隊員にはその発想は恐れ多すぎてない。

「同級生だけど風間くんの包容力は正直惚れそう」と正直に白状した。

「献血お願いしまーす」と正門近くで声をかけられる。
「すんません急ぐんで」
太刀川がぺこりと頭をさげた。もうランク戦のことしか頭にないのだろう。
春はぴたりと足を止める。

「春さん?」

じっと献血者が止められている道路ぎわを凝視する。

「ごめん、太刀川くん。ランク戦はまた今度にしよう。献血してくる」
「ええっ?!そりゃ酷くない春さん」
「酷くない。世のため、人のために、この身に流れる血液をささげる崇高なお仕事ができた。むしろ太刀川くんもやろうよ。戦闘民族なんだしお世話になる日もくるかも」
「トリオン体は血でねーし」
「うん。そうなんだよね。けど、健康診断的なのしてくれるし。とにかく私は寄っていくくので」

文句を言いながらも結局太刀川は春の気まぐれに付き合って、献血をしてくれた。
献血ルームでジュースをもらって満足するのだから、何とも安いA級1位である。




***



夢を見た。最悪なことに初夢だった。
新年を友人と迎えて、お参りにも行って、1月の予定をまったり考えながら布団に入った時は最高の気分だったのに。

最低な悪夢だ。
本部のオペレーター室で無差別に人が殺されていく夢だ。
にこやかに話している、目の前の同僚が死ぬ夢を繰り返し見ていた。夢は一晩に幾つも視る。すべてを覚えているわけではないが、特に繰り返す夢については考えることも多い。
どうしてこんなことになるのか。

二番目に見るのはメガネの少年が死ぬ夢だ。いくつぐらいだろうか。
学生服だ。
すぐに三門市の全学生の制服をネットで検索した。第三中学がヒットする。
第三中学のメガネ、で更に検索するとわらわらと目撃情報が出てくる。ボーダーの隊員らしい。ますます整合しない夢だ。理屈にあわない。
ボーダー隊員はトリオン体になれば、多少のけがでも死にはしない。怪我だって一瞬のことだ。なのに夢で彼は学生服のままで死んでいく。
何故トリガーをオフにしているんだろう。
視えた場所は、本部の入り口だ。あんな場所で、あんな年の子がどうして、あんな目にあうのだ。

細かいことがわからないのが自分の夢の欠点だ。
帰り道で見た献血車を思い出す。太刀川には何も言わなかったけれど、春には異様な光景が視えていた。
献血を呼びかける人間の顔が全員、同じ顔に見えたのだ。
夢の中で、死ぬメガネの少年の顔だった。それとなく聞いた今一番足りていない血液はO型らしい、と太刀川が言うのは聞こえるのに、たくさんのメガネの少年はA型を呼びかけているように春には聞こえた。


冷静に考える。これらのことを上に報告するべきだろうか。報告するとして一体なんていえばいい?夢に見ました?
それ以外のなんの根拠もない。正気を疑われるのがオチだ。
ふと、そういうサイドエフェクトなんです、と言い訳してみるのはどうだろうかと思いついた。だが、トリオンの副作用とされているSEはトリオン値が限りなく0に近い私に発現しているのはおかしいだろう。
嘘だとばれる。

どうするのが最善だろうか。
血の海にしか見えなくなった職場で、考えていた。
ソーイチがわめいている。
最近はFBIからの頼まれ仕事もこなしたりしていたせいで能力を使いすぎてしまった。声が雑音のように、ノイズがかっているからよく聞こえない。私のまわりをうろうろしているソーイチを猫の子にするようにシッシッとおいはらった。



***



開発室でトリガーのセットについて考えていたら、意外な人が顔を出した。

「珍しいね太刀川さんがこんなとこ来るの」

弧月での戦闘スタイルが確立している太刀川はあまり新しいトリガーを使わない。

「お前探してたんだよ。ありがたく思え。つか何だここ。真っ黒焦げになってんぞ」
「俺?ランク戦なら今は忙しいからやんないよ。あとそこ触るとやばいよ。うっかり生身で実験してたら事故っちゃってエンジニアが一人大けがした。遠征から持ち帰った物質のひとつが生身に反応する爆発物だったみたい」

S級だったころはできなかったから、とA級に戻った今、太刀川に何度か声をかけられている。暗躍が忙しくて相手をしていないが。
太刀川が「開発室やべー」と大げさに肩をすくめた。

「エスクード入れとけよ」
「は?」
「エスクード。使えるだろお前」
「使えるよ。けど唐突だね。何かたくらんでる?」

いつもは自分が言われるセリフを太刀川に向けていう。

「俺の守護天使が伝えろって言ってたから伝えたんだよ」
「前言ってた先輩?」
「そ。よくわかんねーけど、あの人結構合理主義だし、無駄なことは言わないんだよな」
「エスクード入れろって?俺に?」
「らしいな」

手元のトリガーを見る。ノーマルトリガーだ。ここ数年は風刃を使っていたから、改めて来たるべき日に備えて調整していた。何をセットするか、確かにしばらく悩んでいたが。

「その人、なんて名前?」
「八嶋春。お前あったことないんだって?」
「たまに定期観察はしてる人だそれ。上はこのまま就職してほしいみたいだから未来をチェックしとけって言われてる。なんか直接話す機会がないんだよね」
「本部のオペ室に最近は入り浸ってるぞ」

本部のオペレーター室、と聞いて柄にもなくがっかりした。だとしたら、きっともう会う機会はない。

「へ〜、じゃあそのうち会うかもね」

本部のオペレーター室の何人かの未来を視た。あそこは、酷いありさまだった。血の海が広がっている。この未来をどうにかしたかった。だが、これを変えうる要素が迅にはなかった。
手が足りない。最悪の未来を回避するのに、そこにさける人員はなかった。
命の優劣を、重さを、勝手につけている。
最善から2,3つのところにたどり着いてさえ、犠牲は出るのだ。遊真がいなくてよかったと心底思った。
あの嘘を見抜くサイドエフェクトを持つ少年がここにいたら――お前、つまんないウソつくね、と迅の言葉を見抜いただろう。

「春さん、容赦ないけど面白いぜ。あ、ぼんち好きだったなあの人」
「そりゃいい人に間違いないね、ぼんち好きに悪人はいない」

いつもどおり笑って、ぼんちを食べた。これが好きなら悪人じゃない。
悪人じゃないが、彼女は死ぬんだろう。
最善の未来だけを目指して、トリガーに迅は向かい合った。

――エスクード。

さてこれをどうするか、迅は慎重にあたりを伺うために開発室を抜け出した。
誰かを視なくては、迅のサイドエフェクトは何もできないのだ。



***



時計を置いた。日めくりカレンダーもおいた。
そして夢を見る。
オペ室に現実の変化が繁栄される。毎日かかさず時間をあわせ、カレンダーをめくる。自分のデスクの一番見やすいところに陣取ったそれは、春の命綱だった。

血の海に沈む一瞬に、時計とカレンダーを見る。
×月×日、×時×分――それが、あの惨劇の起こる時間だ。

さて、どうするべきか。入隊半年にも満たない春にあまり発言権はない。多少信頼関係は築き始めているが、まだ足りないだろう。
もう一つの夢に関しても、何件か連絡を入れて必要なものをそろえてはみた。

生半可なやり方ではいけない。全員を退避させる口実がいる。
かつてFBIに引きずり回されたときに叩き込まれた作戦遂行術をフルに活用する。
繰り返し見る二件の悪夢は関係があるのかもしれない。どちらが先に起きるかまではわからない。
一番実現性が高い作戦は何か。
悪夢に魘されながら、そればかり考えていた。




***


第二次大規模侵攻、と呼ばれることになる人型近界民による強襲が1月の寒さも残る日に発生した。

民間人、死者0名、重傷22名、軽傷68名。
ボーダー、死者0名、重傷5名、行方不明32名(すべてC級隊員)
近界民、死者1名、捕虜1名。

対近界民大規模侵攻、三門市防衛戦は終結した。


***





「・・・・死傷者ゼロ?」
「ああ、お前の予知のおかげだ迅」

ぜろ、と迅は小さく繰り返した。忍田は資料を更に読み上げた。

「重軽傷者は多数だがな。しかしオペレーター室の立てこもり爆破については別件で調査がいるな」
「八嶋春?」

反射で名前をあげていた。

「そうだ。彼女が爆発物をもってたてこもった。全員をオペレーター室から締め出して、人型近界民の襲撃直後に爆破をした。立てこもりから襲撃までがあまりに短時間すぎる。彼女が近界民のスパイの可能性もあるが、微妙なところだな。三雲くんの件にも絡んでいる。彼女は現在、治療中だ」

スクリーンに映し出された事件発生直後のオペレーター室を見る。全員を追い出し、そこへ近界民が襲撃する。次いで爆発が発生し、悲鳴があがる。逃げ出した彼女を追いかけて、近界民がオペレーター室を出ていく。機器の損害は多大だが、人命は失われなかったのが幸いだった。
彼女にはいくつもの嫌疑がかけられている。

まず、第一にスパイの。

第二に、彼女はトリオン体になっていた。爆破と同時にトリガーをオフにして、座標を指定した場所に簡易で移動している。怪我をしている、というのはそのタイミングが早すぎて爆発の余波を食らったようだった。彼女が使うトリガーは幹部が外出の時などに使用するものと酷似している。どこで入手したのかを問い詰めなくてはならない。

そして第三に、三雲修の救出にかかわったことの意味だ。
立てこもり、爆破をした直後、彼女は怪我をおして本部の入り口へまっすぐ向かっているのが残った監視カメラのデータからわかっている。中から無理やり本部の入り口をあけようとしている姿も残っている。そして、三雲修を発見し米屋たちと合流すると鞄に入れた包帯で適切な止血の処置を施した。医務室に向かうさいに、大量の輸血パックを(もちろん三雲の血液型のAの血だ)鞄から取り出し医師に託している。
数日前に開発室で実験ミスによる怪我人が出て、その時にA型の血を大量に使っていた。彼女がどこからか持ち込んでいた輸血パックがなければ、三雲修は助からなかったかもしれない。


「・・・・目を覚ましたら話をしてみます」
「そうしてくれ。スパイだ、とは思いたくないな。三雲くんの件については完全に彼女のおかげだ。現場にいた隊員からも報告があがっている」

そして更に、迅は太刀川の忠告を思い出す。
――エスクードを入れろ。
忠告を聞いたのは春からだった、と言っていた。

そして忠告通りエスクードは役に立った。
ヒュースを足止めし、置き去りにさせ、捕虜としてとらえることができたのはエスクードがあったからだ。
迅の未来視は相手を見なければ発動しない。だから、ヒュースを見たあとですぐに、エスクードを使う自分の未来が視えた。だが、エスクードを入れろ、と忠告をした人間はそれよりも早く必要になることがわかっていたことになる。

八嶋春が、迅と近い能力の持ち主である可能性が、高いことはもはや明白だった。









prev / next